「ごめんなさい! 本当に、ごめんなさい!」
「ははは……いいさ……気にしてないから……」
数刻後。
打って変わってコメツキバッタのようにひたすら頭を下げる女の子と、苦笑いを浮かべるブラボールの姿があった。傍らには幼子が、もう慣れ親しんだ様子でブラボールのズボンを握ってにこにこしている。
児童誘拐の濡れ衣を着せられかけたブラボールだったが、その疑惑を晴らしたのも子供だった。ブラボールと少女の言い合いを見て泣き止んだ幼子が、たどたどしくも事情を説明した事でようやく誤解が溶けると、今度は少女がこの通りぺこぺこ頭を下げる展開になった。
どっちにしろ悪目立ちするにもほどがある。
もはや任務どころではない。
ブラボールはなんかもう色んな事がどうでもよくなってきていた。
「ほんとに、私ったらそそっかしくて……!」
「い、いや。最近変なのが暴れてるし、子供の為に勇気を振り絞った君は立派だと思うよ。なあ、君もそう思うよな」
「うん。ねーね、りっぱりっぱ」
同意を求められた幼子が、こくこく頷いて、少女の下げた頭をなでなでする。
顔を上げて、撫でられた所に手を当てながら苦笑いする少女。
「え、えと……」
「それより、喉が渇いたな。少しアイスクリームでも食べないか?」
「え?」
ブラボールがそういって指さしたのは、通りに面したビルの一階に看板を出すアイスクリームショップ。
困惑する少女をよそに、ブラボールは小銭(偽造貨幣ではあるが)を出して二人分のアイスを適当に買ってくると、少女と子供に差し出した。
「ほれ」
「あいすだー!」
「え、で、でも私……」
喜んで受け取る子供と、困惑する少女。受け取れません、という態度の少女にブラボールはやや強引にその手にアイスを握らせた。
「ほら、いいから。これで今の話はお互いなかったことに。ね?」
「え、えと。……すいません……」
最終的に少女が折れた。
アイスを受け取り、ぺろりと一口。
「あ、美味しい……」
「そうかそうか、それはよかった」
「んまー!」
顔をベタベタにしてニコニコと笑う子供に、ブラボールは苦笑してハンカチを取り出して顔を拭ってやる。
どこの世界の、どの種族も、子供というのは無邪気で面倒くさくて愛らしいのは一緒だなあ、と彼はしみじみと感じ入った。
立場上、彼はこの世界に害をもたらす存在ではあるが、意味もなく民草を害したい訳ではないのだ。
迷惑こそかけられたが、少女のような正義感溢れる者も好ましい。そういった人間が、不幸にならない世の中をつくる事こそが、立場のある存在の責務である……そう、彼は考えている。まあ、現状、ブラボールの故郷である魔界は滅びる寸前で、今はそれどころではないのだが。
そうこうしている内に、二人ともアイスを食べ終わったようだ。アイスですっかり子供は上機嫌になったようで、これならしばらくはおとなしくしているだろう。
このあたりが潮時だな、とブラボールは二人に別れを切り出した。
「さて。申し訳ないが私には色々と用事があるのでね。あとはまかせていいかな?」
「は、はい! 大丈夫です、この子は私が責任を持って親元につれていきますね!」
「おじちゃん、ばいばーい」
子供の手を引き、少女が交番目指して歩き出す。手を惹かれながらも腕をぶんぶん振る子供にブラボールも小さく手を振り返し、踵を返した。
「さてと。どうしたもんかな……」
正直初日から悪目立ちしすぎてしまった。ここは一端、大人しく基地に帰った方がよさそうである。
戻る為のワープホールを開くべく、人の目の無い裏路地に移動しようとした、その時だ。
遠くで、何かの爆発音が響き渡ったのは。
「……何?」
脚を停めて振り返る。周囲の人間も同じように足を止めてざわつく中、ビルの向こうで再び爆発。そればかりか、黒い煙が青空にもくもくと上がり始める。
同時に感じる、禍々しい魔力……ブラボールはチッと舌打ちをした。
どうやら、次に侵略を担当した部隊が早速動き出した様だ。
「それにしてもいきなり町中で暴れ出すとは。相当に血の気が多い奴らがくじを引いた様だな」
悲鳴が上がり、人々がその場を慌てて離れようとする。人の流れを避けてビル側に身を寄せたブラボールは、ふと気になって少女と子供の姿を目で探した。
居た。
そう離れていないビルの壁で、泣きじゃくる子供をあやす少女の姿が見える。
「ち……っ」
なおも現場での爆発がさらに複数回響き渡り、気が付けば周囲に人の姿はなく、残っているのはブラボールと少女達だけ。気持ちはわかるが白状すぎやしないかと愚痴りながら、ブラボールは少女達に駆け寄った。
「おい、無事か?!」
「お、おじさん!?」
「早く逃げろ! この程度の距離じゃ、まだまだ危……」
言い切るよりも先に、閃光が頭上を通り過ぎた。
恐らくは流れ弾。魔力を収束した閃光が、少女達が身をよせるビルの中腹を打ちぬいていた。灰色のコンクリートの壁が崩れ、車ほどもある瓦礫が少女の上に落ちていく。
「え……」
「危ない!!」
巨大な瓦礫が少女達を押しつぶす……その寸前で、駆け出したブラボールが間一髪で間に合った。飛び込むようにして二人を腕に抱き退避した直後、背後で巨大な瓦礫が地面におちて砕け散った。
二人を気遣い、背中から地面にダイブするような形になったブラボール。顔をしかめながらも、彼は腕の中の二人に声をかけた。
「大丈夫か?」
「は、は、はい……」
「(こくこく)」
突然の展開に吃驚したのだろう、少女は顔を赤くしてしどろもどろに応え、幼子は言葉もなく小さく頷いている。あまりに驚きすぎて泣くのも忘れている幼子の頭を軽く撫でて、ブラボールは砕けた瓦礫に目を向けた。
「危なかったな……」
脆弱な人間の体であれに潰されれば命は無かっただろう。
助けられて本当に良かった。
二人が無事な事に安堵し、立ち上がろうとしたその時だった。
不意に、暗い影がブラボールに差し掛かった。
「……ぬ?」
先の一撃はどうやら、ビルに想像以上のダメージを与えていたらしい。
中腹を打ちぬかれたビル。その上半分が、崩れながら三人の上に天蓋のように倒れ込んできていた。
「ちぃいい!!」
今から立ち上がって逃げても間に合わない。二人を助けた安堵に浸らず、すぐにこの場を離れていれば間に合っていたのに。
ぼさっとしていた自分に苛立ちながらも、ブラボールはどうすればこの場を凌げるかを考えた。
……無理だ。
仮に本性を全開にした所で、この大質量は受けきれない。だが……自分の体を盾にすれば、二人だけならば、あるいは。
「ぬぅううん!!」
闇に覆われたブラボールの姿が、一瞬にして本来の姿……職工魔軍筆頭のそれに代わる。目を丸くする二人の子供の上に覆いかぶさり、彼はくぐもった声で呼びかけた。
『動くな! 体の下にいろ!』
「お、おじさ……」
『いいから!』
ビルの残骸がすぐ真上に迫る。
その圧力を感じながら、ふと、ブラボールは自分は何をやっているのだろうな、と自嘲した。
侵略するためにこの世界にやってきたのに、何故かこうして命をなげうち、分の悪い賭けに興じている。
この世界に流れる、穏やかで平和な空気に中てられたのかもしれんな、と彼は毒づいた。
そして、途方もない質量が、彼を黒い鎧ごと押しつぶす……その、刹那。
腕の中で光が迸った。
光っているのは、彼が抱き留めて守ろうとしていた少女。目を見張る間に、その躰が光に包まれて、シルエットを変え、そして……。
「人の夢は世界の未来……セイントミラー・アリス! ここに誕生!」