そこに居たのは、もはやただの少女ではなかった。
青と白で彩られたフリフリのドレス、髪は金髪のツインテールに、瞳はエメラルドの如き碧眼に。頭には兎の耳をもしたカチューシャなんかも装備している。
それは新たなる魔法少女の誕生。
絶体絶命の危機、そして敵味方の枠を超えてただ命を守ろうとする魔軍筆頭の姿に感化されて目覚めた、新たなる光の戦士。
魔法少女、セイントミラー・アリス。
『お、お前……』
「いくよ、セイントミラーフォース!!」
少女が手にしたコンパクトから、光のオーラが放たれる。それはドーム状の結界となって、崩落するビルを受け止めた。
一瞬だけ、その大質量が空中で停止する。
勿論、それは無理無茶を越えた無謀だ。初変身に加えてのいきなりの大技……想像を絶する苦痛に歯を目を食いしばりながら、セイントミラー・アリスが叫んだ。
「おじさん、今の、うちにぃ……!」
『ぬぉおおおおお!!』
何をすればいいのか、問い返すほどブラボールは無能ではない。
バックパックに接続した魔工具……金属を溶かすバーナー、鋼材を曲げるアーム、鉄板を切り裂くカッター。普段工作や戦闘に用いるそれらをフル動員してビルを解体する。それによって辛うじて自分達が潜り抜けらえるだけの穴をビルに開けた所で、ついにセイントミラー・アリスの力が尽きた。
バリアが消えて、ビルが落下してくる。
世界を閉ざすような大質量を前に、二人は幼子を庇うように、お互いきつく身を寄せた。
ずずん、とビルが地に落ちる。
道路や地面にめり込むようにして落下したビル。それきり、何の動きもない。
遠くで、爆発音が響いている。先ほどまでとは色合いの違う、白い閃光。
戦いの音色がかすかに届く中、ボコッ、とビルの残骸の山から何かが飛び出した。
無数のコイルを繋いだ機械触手。それが先端のドリルでコンクリートを突き破って伸びてくると、それに続いて鉄の拳が天をつくように振り上げられた。
「……ふ、ふぅー!」
瓦礫の中から、埃塗れの黒い鎧が這い出してくる。
ブラボールである。
彼は片手に気絶した幼子を抱えたまま這い出してくると、しゃがみ込んで自分が出てきた穴に手を伸ばした。それを白い手が握り返し……よっこいせ、と彼は瓦礫の下から埃塗れの少女を引っ張り上げた。
「えほっ、げほっ」
『大丈夫か?』
「う、うん。ああ、せっかくの可愛い衣装が台無し……げふっ」
少女は自らの装束……青いドレスに白いエプロンを羽織り、可愛くフリルであしらった魔法装束を身にまとっていたが、それらは灰色の埃に塗れて汚れ切っていた。エプロンの裾をつまんで持ち上げるようにして自分の姿を確認する少女は、口に埃が入ったのかぺっぺっと唾を吐いた。
とはいえ、あれだけの破壊に巻き込まれたにしては衣装に破損は見られない。見た目よりもはるかに頑丈な素材でできているか、何かの力で守られているのだろう。
ブラボールもまた、初めて間近で見る魔法少女の姿をマジマジとみる。
汚れてはいるが、可憐な装いの少女の姿。髪も金を溶かしたような美しい色合いで、瞳はエメラルド色にきらきらと煌めいている。ほこりっぽい廃墟の中で、少女の周りだけが薄汚れていてもなお鮮やかだった。炎と破壊に彩られた焦げ臭い戦場の中なのに、優しく甘やかな香りさえ漂ってくるような気さえする。
『お前、魔法少女だったのか?』
「ええと、なんていったらいいのかな……今、目覚めたというか、さっきまで違ったというか……」
魔人の問いかけに対する少女の返答は曖昧だ。少女は瓦礫の上で自分の意匠を何度も確かめるようにしている。やがて、じわじわとその口元に笑みが浮かんだ。
「魔法少女……ほんとだ、私、魔法少女になったんだ……!」
『……よく知らないが、魔法少女というのは、“成る”ものなのか?』
「私だってよくわかんないよー。おじさんが庇ってくれた時に、なんか声が聞こえて……気が付いたらこうなってました! うふふ!」
スカートをヒラヒラさせながら、可愛らしく腰をひねってポーズを取る少女……否、セイントミラー・アリス。
どうにも緊張感のない様子に、ブラボールはそのいかつい顔のこめかみに小さく指を当ててため息をつく。
そしてずっと大切に抱えていた幼子を、セイントミラー・アリスに押し付けるようにして差し出した。幼子はすっかり意識を失っているが、命には別条ないようだ。
『……まあいい。それより、こっちだ』
「あっ、うん。ありがと……いけない、私、自分の事で精一杯で」
『そういうものだろう。気にするな』
しっかりとセイントミラー・アリスが幼子を抱きかかえるのを見て、ブラボールは遠くへと視線を向けた。
……あれだけ激しく巻き起こっていた戦いの音が、もう聞こえない。
『どうやら決着はついたようだ。これ以上、ここにいる必要もない』
「ほんとだ。どっちが勝ったんだろう」
『魔法少女の方だろうな。“こちら”が勝てば、破壊はまだ続いている』
視線を遠くにむけたまま……少女に目を合わせず、ブラボールは小さく、しかしはっきりと告げた。
セイントミラー・アリスが目を見開いて自分を見ているのに気が付いているのに、彼は視線を合わせない。口元を覆うマスクの下から、決定的な離別の言葉が紡ぎ出される。
『……つまり、我々の決着もまた、お預けという事だ。セイントミラー・アリス』
「おじさん……」
『おじさんではない。私の名前は職工魔軍頭目、ブラボール。錬鉄の魔人、ブラボールだ』
その言葉を最後に、ブラボールは少女に背を向け、廃墟の上から降りていく。一刻も早くこの場を離れなければならない、戦闘に勝利した魔法少女がこちらに気が付いて駆けつけてくる恐れがある。
だけども、それが分かっていてなお、背後からの声に彼は思わず足を止めた。
「わ、私! 私の名前は天谷加奈! 天の谷、と書いてアマヤ、加えるに奈良の奈で、加奈!」
『そうか、覚えておこう、セイントミラー・アリス』
「……っ! お、おじさんは……どうして? どうして私達を助けてくれたの? 敵なのに、どうして?」
必死な少女の呼びかけに、ブラボールは肩越しに小さく振り返って目を合わせる。落ち着いた鉄のような視線に、加奈は思わず息を呑んだ。
『ある任務を受けて、偵察を行っていた……お前たちを助けた事に意味はない。ただの成り行きだ。敢えていうならば……私は、市民への加害を好まない』
「おじさん……」
『その結果、新たな魔法少女を誕生させてしまった事は悔やまれるがな。……この失敗は、必ず埋め合わせる。セイントミラー・アリス。お前は必ず、私の手で打ち倒す……だがそれは今ではない。今は早く、その子供を病院とやらに連れて行ってやれ』
その言葉を最後に、今度こそブラボールはその場を後にした。
ズシャン、ズシャンと遠ざかっていく鉄の背中……。改めてみれば、その体はボロボロだった。崩れてくるビルから加奈と子供を庇い、大量の瓦礫を自らの体で受け止めた結果だ。魔工具は全て破損し、損傷個所からオイルが血のように垂れ流されている。その無惨ながらも誇り高い背中に加奈は一瞬、追いすがるように手を伸ばしたが、腕の中で小さく呻く幼子にその手を引き戻す。
周囲を見渡すと、戦闘が終わった街のあちこちから、救急車両のサイレンの音が聞こえてくる。
そのうちの一番近い場所に向かって、彼女は子供を抱えたまま走り出した。
魔人と魔法少女。二人の相反する存在は、それぞれ違う方向へ向かって進んでいく。
今は、まだ。
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