ビル倒壊の現場で天谷加奈と遭遇してからしばらくしての事。
ブラボールは再び、人間の姿に変身して現場を訪れた。
「すでに復旧が始まっているか。早いな」
路地裏の陰から覗き見る現場は、すでに業者による片付けが始まっている。巨大な瓦礫がトラクター等で運び出され、陥没した道路の埋め立てなども始まっている。流石にここまで破壊されてしまっては、元のビルは根本から解体して立て直すか空き地にするようだ。
その手際の良さ、使われている工具の性能に敵ながらブラボールは感嘆する。
「成程、誰がやっても同じ効率で作業できるようにマニュアル化が進んでいるのだな。職工魔軍の連中はいささか自己流に拘りすぎる所がある、見習わねばな」
職業柄、そんな事ばかりが気になってしまうが、ブラボールがここに来たのは人間達の技術を盗む為……ではない。
人間達が、自分達との戦い、その痕跡をどのように調査しているのかが気になったのだ。
ビーストマン一族は暴れるだけ暴れ、戦うだけ戦って、それで終わりだったようだが、ブラボールは違う。魔軍の攻撃、そして魔法少女の出現によって、この国ではそういう存在が実在する事が明らかになった。それらの力の源である魔力について、これまで秘匿されていたのか全く未知の存在だったのか、それすらも実の所、魔軍は把握していない。というか、興味を持つ存在がブラボール以外に居ない。
言うまでもなく、相手の技術力を知っておくことは大切な事だ。どこから何が繋がっているか、わかったものではない。
よって、こっそりと頭目自ら調査に来ているのである。
「……やはり。ある程度、こちらの技術体系に組み込まれつつあるようだな」
瓦礫の山に何やら機材を向けて数値を計測している作業員の姿に、ブラボールは目を細める。
他にも様々な現場検証が行われている。本来ならば人間に化けている事を生かして、もっと近くで観察したい所だが……。
「私の正体についてはもうすでに伝わっているだろうからな……」
あの時、ブラボールは天谷加奈……否、セイントミラー・アリスに存在を知られている。恐らく彼女の口からその事はこの国の政府にも伝えられ、当然現場の人間にも通達されているはずだ。
一応別の姿に変えたとはいえ、そういう存在が居る、と知っていれば、現場に近づく不審人物は疑われて当然だ。そしてブラボールの偽装証明は不完全であり、身の潔白を証明する手段がない。まあそもそも潔白ではないのだから当然なのだが。
「……ち。何かしらの偵察機械を製作して忍び込ませるべきか。しかし、そういった物を持ち出して、担当の部隊に私が動いている事を知られると面倒な事になるな……」
「え、そうなんです? お仲間じゃないんですか?」
「魔軍も一枚岩ではない。それに我々職工魔軍は他の連中からは軽んじられているからな、面倒事は避けたい。……?」
まて。
今、自分は誰と喋っていた?
はっとしてブラボールは振り返る。
果たして彼の潜む路地裏の暗がりに、見覚えのある黒髪の少女が佇んでいた。微かに漂う、花のような香り。
天谷加奈……セイントミラー・アリス。
彼女は何も知らぬ頃と同じ無垢な笑顔を浮かべて、小さくブラボールに手を振った。
「やっほ、おじさん。また会えたね」
「…………!」
「あ、まったまった、今回はそういうのナシで。戦いに来たんじゃないの」
もはやこれまで、と闇のオーラを立ち昇らせるブラボールに、慌てて加奈は両手を振って静止する。それに加え、彼女は言葉でも戦う事の無意味さを訴えた。
「ここで暴れたら、おまわりさん達もすっ飛んでくるよ? すぐに連絡がいって、他の魔法少女が来ちゃうかも。大丈夫大丈夫、私、ここに来てる事、誰にも言ってないから。ね?」
「……ちっ。どうやら、お前の言う通り決着をつけるべき時ではないようだな」
「おっ、物分かりよくて助かる~」
ビキッ、とブラボールのこめかみに青筋が浮かぶ。決して馬鹿にされている訳ではないと思うのだが、どうにもこう、イラッとする言動の少女である。
こういう娘だったか? と記憶を漁るが、違うような、そうであるような。考えてみれば、ブラボールは少女と半刻ばかり行動を共にしただけだ。彼女の知らぬ面など、いくらでもあってしかるべきだ。
まあいい、と彼は小さく息を吐いてクールダウンした。
少なくとも、彼女の言動からは悪意や偽りを感じない。であるならば、ニタニタしながら嫌がらせをしてくる、性根の腐った他の魔軍幹部よりはマシというものだ。むしろ失礼ですらある。
「それで。用件はなんだ」
「いやあ、あの時は余裕がなかったから、おじさんと落ち着いてまた話したかったの。しっかし、ドラマの受け入りだけど、犯人は現場に戻るー、って本当だったんだねえ。おじさんは犯人じゃないけど、ふふっ」
「……おじさんではない、ブラボールだ」
どうにもやりにくい相手だ、とブラボールは眉をひそめた。ブラボールは魔軍、加奈は魔法少女、本来なら相容れぬ敵同士である。にもかかわらず、古くからの友人のように敵意ゼロで親し気に話しかけられるとどうにも調子が狂う。
「話がしたかった、か。それはわかるが……いいのか? 私は魔軍の幹部であり、お前は魔法少女だ。敵と秘密裏に接触していた事がバレれば、お前の立場も悪くなるのではないか」
「あ、それは大丈夫。私、魔法少女になった事、まだ誰にも話してないから!」
「……はぁ?」
とうとう、ブラボールの口から訝し気な声が漏れた。
この小娘は何を言っているのだ? 声と表情でありありと語るブラボールに、加奈はぺろっと小さく、悪戯っぽく舌を見せて笑った。
「えへへ。だってそうしたら、嫌でもおじさんと戦うしかないでしょ? でも今だったら、社会的に私は魔法少女じゃありませーん。よって、おじさんとこうして話していても問題ナシ!」
「だからおじさんではなくブラボールだ。いや、そんな事はどうでもいい。どういうつもりだ? お前とて、前任者の魔軍幹部がこの世界で何をしたのか、知らぬ訳ではないだろう?」
「そうだね。それはよく知ってる。直接被害にあった訳じゃないけど、ニュースになっていたからね」
そう語る加奈の表情は真剣だ。少なくとも、魔軍が人間の敵、というのを理解していない訳ではないようだ。
ますますもってブラボールは困惑した。
「ならば何故……」
「だって私、魔軍の人が子供を助けたり、あまつさえ自分の身を犠牲にして全然関係ない一般市民を助けるだなんて、考えた事なかったもの」
「そ、それは……」
今度はブラボールが口籠る。彼は気まずげに視線を逸らし、もっともらしく言い訳を述べた。
「あ、あの程度のビル、私にとってはなんという事はない。お前達を助けたのは、あくまでほんの気紛れだ」
「うっそだー。魔法少女になったからわかるよ、私達でもあんなのにツブされたら死んじゃうー。それはおじさんも一緒でしょ? だってあんなに必死だったもの」
「む、むぅ……」
苦し紛れの言い訳を一蹴され、ブラボールは言葉に詰まった。まっすぐ、迷いのない黒い瞳に見据えられて、彼は居心地が悪そうに体を揺さぶった。
「べ、別に、それが悪い事ではなかろう。悪人が善行を成す事もある。私はあの時、あくまで極秘の潜入工作中で、市民に紛れていたのだ。それでつい、お前達一般市民に、情を寄せてしまった。それだけだ」
「まあ、そういう事にしときましょうか。まあそれで、私、わかんなくなっちゃったの。魔軍って、本当にテレビで言われているような、血も涙もない悪辣な侵略者なのか。本当に、心も何も持たない人でなしなのか」
「……それは危険な考えだぞ、セイントミラー・アリス。もし同じ魔法少女に聞かれてみろ、裏切り者呼ばわりもやむを得ない。勘違いするなよ? 我らは、我らの目的の為に、この世界を侵略しにきているのだ。一般市民を命がけで助ける事があっても、それだけは変わらない」
少女の愚かな勘違いを正そうと、ブラボールは真剣に言い聞かせた。勿論、その誠実な言動こそが、加奈がそう考えた理由である、とは思い至らずに。
加奈は目を細めて小さく笑う。妙に大人びた笑みだった。
「まあそういう訳なので、私は馬鹿だから自分の目で見た事しか信じられないのです。なので、おじさんともう一度お話したくて探してたの。わかった?」
「……お前の考えは分かった、セイントミラー・アリス。その理由も、理解できないものではない。だがしかし、お前は一つ大事な事を忘れている」
「大事な事?」
こてん、と小首をかしげる少女に力強く頷き、ブラボールは後ろ手に取りだした小さな固形物を地面にたたきつけた。
「私が、それに応じる理由もまた、無いという事だ!」