それにしても、奇妙な事になったものだ、とブラボールは思わずこめかみを揉んだ。
ここは、異次元にある魔軍の要塞。その中枢部に、どういう訳か魔法少女の姿がある。目の錯覚ではない。錯覚であればマシだった。
一体どうしてこうなったのか。魔王様からの無理難題に頭を悩ませていたのが嘘のようだ。
それはともかくとして、ブラボールは善意と自分の都合から、加奈に警告を告げる。
『まず、ひとつ言っておくが、妙な気を起こすなよ。ここは魔軍の要塞、お前にとっては全てが敵だ。生き延びたければ、私の命令には従え』
「わ、わかって、ます」
幸いというかなんというか、加奈も状況は分かっているようだ。
思ったよりも順々な態度にほっと息をつくブラボール。
そうして落ち着くと、今度はふつふつと、理不尽に対する怒りに似た苛立ちが吹きあがってくる。
『……というか、何を考えているのだ、お前? 敵の幹部が開いたワープゲートの向こうなんて、敵の本拠地に決まっているだろう。普通そういうのは、準備を整えて決死の覚悟で突っ込んでくるものであって、いけそうだから飛び込んだ、なんて衝動的にとっていい行動ではないだろう?』
「えへへ……」
『えへへではないぞ』
悪戯がバレた子供のように愛想笑いを浮かべる加奈に、ブラボールはやれやれと頭を振った。
『まあいい、済んだことだ。……案内する。魔人族は基本的に穏やかな者が多い、お前が迂闊な事をしなければ問題にはならないだろう』
「は、はーい」
先導するブラボールの後を追って、加奈は居住区を見て回った。
魔人族の居住区は、職工魔軍というだけあってそれなりに手の入った、一言でいえば船の中のような空間だった。もっと言えば、博物館などで見た古い軍艦の内部のような。錆の浮いた鉄板で構成された空間に、用途のわからない配管が這いまわり、ところどころで換気扇が静かに音を立てている。
間取りも複雑で、廊下は幾重にも枝分かれしており……その向こう、物陰から、いくつもの好奇心に満ちた視線がこちらを見ていることに加奈も気が付いた。
人間……ではない。人と比べると、耳がいささかとがっているし、肌も青白い。さらに言えば、人の目は闇の中で猫のように金色に光らないだろう。
魔人族。
そういえば、と彼女は気が付いた。さっきから漂っているこの臭い。雑多ないろんな香りがまじりあったこれは、生活臭だ。
そこには、血生臭さも、むせ返るような生臭さもない。
「ええっと……魔族っていろんな姿の人がいるんですね」
『そうだな。お前たち人間からすると理解しがたいだろうが、どれだけかけ離れた姿をしていても、魔力を持ち言葉が通じるならそれは魔族とみなされる。お前たち魔法少女を除いてはな』
「えっへへへ……でも、魔人族、でしたっけ。人間にそっくりなんですね……でもブラボールさんは、変身してる時はともかく、本当の姿はだいぶんかけ離れて居るように見えますけど……」
加奈はまじまじと、漆黒の鎧をまとったブラボールの背中に目を向けた。
「もしかしてその鎧を脱いだら、中身は普通なんですか?」
『この鎧は脱げない』
「え?」
きょとん、と加奈がコンパクトを抱きしめたまま目を丸くする。
ブラボールは足を止めて振り返った。
『私とこの鎧は不可逆的に融合している。この鎧は私の肉体そのものだ』
「え。で、でも、金属みたいに見えますけど……」
『金属の硬さと、肉の柔軟性を併せ持っている。我々魔人族は肉体的にはほかの魔族に大きく劣る。肉体的ハンデを超克するために、私は脆い肉体を改造したのだ』
足りないならば、足せばいい。単純な結論ではあるが、それを実行するのがどれだけ大変なのかは、加奈にもなんとなくわかる。
「……えっと。ちょっと触ってみても、いいですか?」
『構わん』
「では、失礼して」
最初はおずおずと、次第に大胆にぺたぺたと鎧を触る加奈。おおー、とか、わー、とか、要領を得ない歓声がその口から零れる。
「なんか、暖かい……硬いのになんか柔らかい……」
小さな手を押し付けて、不可思議な感触を堪能する加奈。
一方、自分の体の一部である鎧をぺたぺたと触られるブラボールは、なんだか妙な気分になってきていた。くすぐったいというか、こそばゆいというか。
繊細とはいいがたいが、一応感覚があるのだ。おそらく荒事など一度も経験した事がないであろう、白くきめ細やかな指に肌の上を這いまわられるのは、なんとも言い難い感覚だった。
『む、むぅ。……その、まだ満足しないか?』
「あっ。」
ブラボールの呼びかけに、はっと我に返る加奈。彼女は自分のやっていた事を自覚して、羞恥に顔を真っ赤にした。
「い、いえ、はい。満足しました、はい……」
『そうか……』
お互いに微妙な空気が流れる。
それをリセットするように、ブラボールはごほん、と咳をして再び歩き出した。
『私の実験室にいこう。そこなら邪魔が入らずに話ができる。たぶんな』
「よろしくお願いします……」
心なしか二人とも肩を小さくして先に進む。
廊下の奥に消えていく二人を、魔人族の民達が興味深そうに見守っていた。
◆◆
『ここが私の実験室だ』
分厚く重たい扉の向こう、加奈が案内されたのは無数の機械が立ち並び、床に油の染みが色濃く残る焦げ臭い一室だった。
加奈がきょろきょろする背後で扉が閉ざされ、ブラボールが何重にもロックをかける。
「へえー……これが、おじさんの部屋かあ」
『ここで普段から魔工具の開発や、強化装備の実験をしている』
壁際にはずらりと工作機械……ボール盤やグラインダー、プレスベンダやシャーリングといった金属加工においてはお約束のような工具が並んでいるが、一介の学生である加奈にはその用途や使い方など想像もつかない。さらにそこには魔人族特有の人間界にはない工具も並んでいるので猶更の事である。
さらに、それらの機材の間には溶けた蝋燭がいくつも立ち並び、異様な雰囲気を放っている。
薄暗く混沌とした空気は、なるほどたしかに魔族っぽい、と加奈は納得した。
「なんか陰気ですね」
『陰……っ、ま、まあそう見えるかもしれないがな。これでも掃除には気をつかっているんだ、工作を始めると鉄くずが出るしな。あれは踏むと、痛い』
しみじみと実感の籠った言葉に、加奈はよくわからないなりにレゴブロックみたいなものかな、と納得した。
『さて。セイントミラー・アリス。私がここまでお前を案内した理由は、わかるか?』
「え?」
『この工作室は、内部から騒音を生じるのと、機密対策で分厚い耐爆壁で覆われている。この内部ではどんな大声を出しても外には聞こえないし、中で何があっても誰にも分らない。そして、この内部では私の魔力は何倍にも増幅される……拠点だからな。壁の向こうに魔力リアクターがあり、それが私に力を与えてくれる。見るがいい』
ブラボールの背中が、メキメキと音を立てて盛り上がっていく。破損していた背中の魔工具ごと修復していく鎧……。
『つまり。ここで戦っても、お前に万が一の勝機もないという事だ』