ズン、と一歩にじり寄ってくるブラボールの圧力に押されて、加奈は怯えた様子で一歩下がった。
保たれる両者の間の距離……それを、ブラボールの背中からのびた金属触手が一瞬にして埋める。するする、と伸びてきたそれは軟体動物のように柔軟な動きで加奈の左足に絡みつき、きゅ、と股近くの太ももを締め付けた。
「きゃ……」
『何を思ってここまで来たのかは知らんが、蛮勇には代償がつきものだ。……抵抗したければすればいい、するだけ無駄だがな』
「あ……っ」
もう一つの金属触手が今度は右足首に絡みつき、ぐぐ、と無理やりに加奈の足を小さく開かされる。反射的にはらおうとした彼女の右手にもまた、素早く伸びた触手が絡みついて身動きを封じる。一見しなやかに有機的に動く機械触手は、しかし加奈の力ではぴくりとも動かないほど力強かった。
身動きを封じられた加奈の体に、一際太い触手が絡みついてくる。それは足元から螺旋状に彼女の体に這い上がってくると、背後から肩を通って襟元に潜り込んだ。ミミズのような触手の先端が、のたうつような動きで彼女の胸元を這いまわり……その、あきらかに性的な意味を有した動きに、加奈ははっきりと自分の置かれた状況を理解した。
『お前は、篭に囚われた哀れな小鳥だ。……ビーストマン一族が、敗北した魔法少女をどうしたか……伝聞にぐらいは聞いているだろう? どうして私はそうではないと考えたのか、全く理解に苦しむな』
「お、おじさ……ん」
『その反応を見るに、処女か。……くく、ここに来た事を後悔させてやる、とは言わんよ。むしろ、人間ども相手には生涯知る事のなかった悦びを教えてやろう』
身動きできないように戒めた加奈の体を、ずるずる、と機械触手が這いまわる。その動きは優しいが、しかし有無を言わせぬ力強さで、少女の体を嬲るようにしめつける。
骨が軋み、息が枯れる。
「あ……が……っ」
肺が圧迫されて、掠れたような息が吐きだされる。息が吸えない。
苦悶の表情を浮かべる少女は、なすすべもなく慰み者にされるのを待つばかり……。
『……なんてな』
と。
不意に触手が力を抜いた。解放された少女は、咳き込みながら床に崩れ落ちる……その寸前で、優しく触手が彼女の肩を支えた。
「あ……かはっ、げほっ、えほっ」
『驚かすのはこのぐらいにしておこう……お前には聞きたい事がいくらでもある。愉しむ前に殺してしまっては意味がない。人間の脆弱な肉体など、ちょっと力を籠めれば潰れてしまうからな』
空気をもとめてえづく少女を見下ろしながら、ブラボールは冷徹にそう告げた。
……が。
実際の所、彼もまた内心穏やかではなかった。
『(いかん、やりすぎたか?)』
最初はちょっと、あまりに無防備な加奈を脅かすだけのつもりだった。彼女に、実はいい奴、だなんて嘗められるのも困る。だから少しだけ、ちょっと強い力で締め付けて驚かす、ただそれだけのつもりだった……最初は。
だが、絡ませた触手から伝わってくる、少女の柔らかできめ細やかな肌の感触、暖かい体温、身体のうちでとくとくと脈動する心音……そして、花が開くような甘い香り。それらが感応的に触手を通して感じられるうちに、ついついブラボールも本気になってしまった。
それが正気に戻れたのは、彼女の苦しそうな吐息を聞いたからだ。あれがなければ、劣情のままに少女の体を引き裂いていたかもしれない。情欲をもって触れるには、少女の……人間の体は脆すぎる。
『(私とした事がどうした事だ。このような異種族に、欲情を覚えるとは……そうか、魔法少女の持つ魔力のせいで、彼女を魔族の雌として認識してしまっているのか)』
そもそも、人間は魔族とは決定的に違う生き物であり、それ相手に発情するなどというのは、人間からすれば鼠や猫に欲情するようなものである。本来ならばあり得ない。
彼は表情に出さずに、己を恥じた。
『(ええい、自制心が足りん。だが……駄目だ、どうしても彼女をそういう目で見てしまう。柔らかな肌、甘い香り……まるで蟲を誘う艶やかな花のようだ。いかん、このまま同じ空間に居ると我を保てん。理由をつけて一度退室するか……うん、それがいい。そうしよう)』
何とか内心の動揺を纏め、場を仕切り直そうとするブラボール。
だが、それよりも早く。床に膝をついて息を整えていた加奈が先に動いた。
うつむいたまま身を起こす加奈……その右手には、まるでお守りのようにコンパクトが握りしめられている。
彼女の、変身アイテムが。
「……脆弱じゃなければ、いいんですか?」
『む?』
「変身」
少女の体を光が包む。
一瞬後には、そこには天谷加奈ではなく、セイントミラー・アリスの姿があった。
これまで以上に、強い魔力を放つ彼女。その魔力の匂いは、今のブラボールにはハチミツのように甘ったるく感じられた。
内心の困惑を押し隠して、ブラボールは低く腰を落とし戦闘態勢に入った。
戦うか。それならそれで良し。
『……ふん、戦うつもりか? 言っただろう、ここで戦ってもお前に勝ち目は……』
「だよね。うん、わかってる。抵抗するだけ無駄だって……それで、おじさんは私をどうしたいのかな? どうするの?」
『……?』
何やら。
加奈……セイントミラー・アリスの様子もおかしい。ブラボールはようやくその事に気が付いた。
彼女はまるで酔ったように頬を赤く染めて、とろんとしたエメラルドの瞳でブラボールを上目遣いに見つめている。その左手がすす、とエプロンドレスを這うようにして持ち上げられ、襟元に指をかけた。
そしてぐ、っと引っ張り、鎖骨周りを見せつけるように露にする。
思わずその白い肌に視線が釘付けになってしまうブラボール。発情した雌の甘い香りが、ふわりと漂ってきているようにすら感じられた。
「逆らっても無駄なんでしょ? 好きにすればいいじゃない……それとも、私が弱っちいから云々は、言い訳だったのかな? おじさん、本当は臆病? それともヘタレ?」
『……どうやら、貞操が惜しくないようだな』
ゆらり、と蠢いた機械触手が少女の手足に絡みつく。さらにサーボアームを動かし、セイントミラー・アリスの右手を捻り上げる。きゃっ、という短い苦痛の悲鳴と共に、彼女唯一にして最大の武器であるコンパクトミラーがころりと床に落ちた。
これで、彼女は魔族より多少頑丈な肉体を持っただけの、雌に過ぎない。
『よかろう。大人をなめている小娘に、知れば戻れぬ世界があるという事を教えてやろう』
「あ……」
完全に欲情に染まりきった、雄の獣欲に満ちた視線。
至近距離からそれに見下ろされて、加奈は……セイントミラー・アリスは、ごくりと息を呑んで身を震わせた。