タイラズマ+1(元カノ→妹) ~3人の愛と欲~ 分割版 作:eronosuke
第1話 東の衝動
「最初から今の平くんなら、別れなかったかもね」
その言葉が東の脳内でリピート再生されていた。平の元カノ——名前も思い出したくない女が放った毒牙のような言葉が。
「……ッ」
昼休み。教室の隅で一人弁当を広げていた東は、箸を持つ右手が震えた。心臓が鷲掴みにされるような痛み。あの女が平の肩に腕を回す光景がフラッシュバックする。制服越しでもわかる細い腰。薄化粧なのに目立つ大きな瞳。そして何より、
「元カレ? 全然気にしないけど」──あの甘えた声。
「……クズ女……」
呟きは机上の唐揚げに落ちる。脂っこいはずの食事の味がしない。今朝だってそうだ。「平クン変わったね〜、超いいじゃん♡」と腕を絡めた女を見て、平は困ったように笑っただけ。いつもなら、その後で「キッショ」と吐き捨てる彼が、今日はなぜか自嘲気味に頷いていた。
「ッ!」
カーディガンの袖口を握り締める。平の笑顔は"今さら"みたいな諦念を含んでいて、その瞬間に東の頭の中で何かが切れた。許せなかったのは平じゃない。あの女だ。
平をこっぴどく振り、馬鹿にして踏みにじった女が「変わりましたね〜」と上から目線で擦り寄る。
平の価値は昔も今も全く変わっていない。
高校二年になりファッションもスタイルも髪型もちょっとあか抜けた平だけど、そんなもので平の価値は変わりはしない。
「ムカつく……ムカつくムカつく!」
頭の中で台詞を何度も書き換えながら拳を握りしめる。トイレの鏡の前に立ち、深呼吸する。映るのは完璧に仕立てあげた長いソバージュの茶髪。
整形級の美貌が歪んでいる。化粧ポーチの中身を確認する。香水の瓶。これだけは欠かせない。匂いで誘惑するのは鉄則だから。
「アズ?」
振り返ると佐藤葵がいた。目を丸くする彼女に、東は強張った笑みを向ける。
「あー……ごめんサト、なんか虫歯痛くてさ」
「保健室行く?」
「平気平気。あぁでも……ちょっと外出てくるかも」
言い訳じみて響くけれど、佐藤は追及しなかった。それがありがたくもあり、苛立ちもあった。恋愛に疎い彼女には理解できないだろう——いま頭の中で燃え盛る破滅的な衝動なんて。
***
放課後の廊下は閑散としていた。西日が窓ガラスを透過し、埃が煌めく中を歩いていく。目的の人物はすぐに見つかった。体育館裏の小さな階段に腰掛けている小柄な肢体。スマホを眺める横顔。短い茶髪は少し傷んでいたが、それでも十分整っていた。
「あれー? 東じゃん」
女が顔を上げる。声は明るい猫撫で声。反射的に背筋が冷たくなる。
「珍しいじゃん。アンタこんなとこ来ないタイプでしょ? なになに〜?」
舌打ちが出かかる。東は口角を吊り上げて笑った。
「あなたと話したくて来たの。平の昔のこと詳しそうだし」
「ふぅん?」女の眼差しが探るように動く。「なに、アンタも興味ある感じ? 中学の頃のあの陰キャ具合? ある意味可愛かったよね〜。ぽっちゃり体型で必死に掃除してた後ろ姿とか最高にね」
「ッ!」
右足が疼く。殴ってしまえば済むのに——理性が引き留める。拳を握り込み、代わりに口を開いた。
「そう、確かに可愛かったわね。でも知ってる? あいつがどれだけ努力してきたか。夜中まで起きてトレーニングメニュー作ってたりさ。勉強だって私なんかよりずっと頑張ってた」
「……へぇ、そうなん?」女の口角がわずかに下がる。「で、何が言いたいわけ?」
「単純。ムカつくの」東は一歩詰め寄り、膝を折って女の目の高さに合わせた。「昔の彼氏がちょっと格好良くなったからって尻尾振って。滑稽すぎ。あの頃は『思ってたよりダサい、キモい』って言ってたじゃん」
「……!」
女の瞼が痙攣する。東はさらに距離を縮めた。膝同士が触れ合う。熱気と緊張が混ざる。