裏切られたSランク冒険者の俺は、愛する奴隷の彼女らと共に奴隷だけのハーレムギルドを作る 作:柊咲
──コンコン。
夜だというのに窓の外が少し明るく、どこか騒がしく感じる。近所の店や近くの部屋で酒を呑んで騒いでいる連中がいるせいだろう。
そんな宿屋の一室で、一人くつろいでいると扉がノックされた。
「入ってくれ」
ノックの前に聞こえてきた足音から察するに三人。きっと彼女たちだろう。
開いた扉から顔を覗かせたエレノアが恐る恐るエギルに声をかける。
「少し、よろしいでしょうか?」
その後ろにはセリナと華耶もいる。エギルはベッドから半身を起こし、
「ああ。外の風に当たりたい。すぐ近くに噴水公園があるってソフィアが言っていた。そこに行くか?」
「……はい」
エレノアがそう答えると、後ろに控えていた二人も頷く。四人は宿屋を出て、商業エリアの中央にある、噴水のある公園へとやってきた。
先程までの騒々しい場所とは違い、公園内は静かな雰囲気に包まれている。見上げれば星空が輝き、広々とした芝生の広場の中央に噴水があって、周囲を涼しくさせている。
「ここら辺に座るか」
周りには人がおらず、ここにはエギルたち四人しかいない。
そこで、ずっと黙ってついて来た三人と草むらに座る。
エギルを挟むようにエレノアとセリナが座り、目の前には華耶が座る。
みんなが俯いたまま、静かな時が流れる。その流れを断ち切るように、エレノアは噴水に目を向けながら震えた声を発する。
「──ルディアナさんと、お会いました」
突拍子もない言葉に、エギルは返事ができず固まってしまった。
だけどすぐに、エギルは悲しそうに声を漏らす。
「そうか」
「彼女が、初恋の相手なのですね」
「……そうなるな」
「……どこが好きだったのですか?」
「どこが、か。そうだな、今はもう思い出せない」
気を遣って言ったのではなく、本当に思い出せないのだ。
エレノアやセリナ、みんなと出会ってからは、どうして彼女を好きだったのか思い出せない。今となってはなぜ好きだったのか。なぜ追いかけてたのか、それさえも覚えていない。
「忘れたかったからとか、年数が経ったからなのかな……」
苦笑いを浮かべながら伝えた。すると、エレノアがエギルに伝える。
「彼女のどこが好きだったかなんて……もう、思い出さないでください」
「え?」
エレノアは瞳を潤ませながら、エギルに伝えた。セリナと華耶は凛とした佇まいながら微かに顔を俯かせる。
「彼女のことはもう忘れてください。エギルさんには私たちがいるんです」
「エレノアから聞いたわ……私も、エギルさんには忘れてほしい」
エレノアが二人に伝えたのだろう。過去にエギルとルディアナの間に何があったのか、そして、ルディアナがどんな女性だったのか。それを知った彼女たちはエギルに過去を忘れ、自分たちと未来を歩んでほしいと願ってくれている。それが嬉しくて、エギルは三人に笑顔を浮かべながら、
「ああ、そうだな」
そう伝えた。すると、エレノアに手を握られた。
「だからお願いです。わたくしたちを好きだと、そう言ってください。……もう、彼女との記憶なんて消して、わたくしたちだけを、見てください。……お願い、します」
震えた声は、静かなこの場所でないと聞こえないほど小さかった。
「なにか、あったのか……?」
問いかけると、
「……彼女は、悪魔です。エギル様を弄んだ、悪魔です」
エレノアの言葉には棘があった。だけどはっきりと何があったのか、それを口にしようとはせず、俯いたままエギルに顔を見せようとはしない。
「エレノア」
顔を見たかった。エレノアがどんな表情をして、どうしてそんなことを言うのか、はっきりと顔を見て知りたかった。
だけど覗き込むように彼女の顔を見ようとすると、エレノアはそっぽを向く。
「今のわたくしは、見ないでほしいです」
「……どうしてだ?」
「人のことを悪く言ってるわたくしの顔は、見られたくないのです。イヤ、なのです。だから顔は──」
そう言われても、声が震えていたから心配になってしまう。だからエギルは、彼女を振り向かせた。そして彼女の瞳からは、うっすらと涙が流れていた。
「見ないでほしいと、そう、言ったではないですか」
「そう言われても心配なんだよ。エレノアも、セリナも、華耶も、他のみんなも俺の大切な存在だ。そんなみんなが悲しそうにしてたら、心配するのは当たり前だ」
そう伝えると、セリナも華耶も涙を流す。そしてエレノアは、首を左右に振った。
「それはわたくしも同じです。エギル様が大切で、心配で、だから……だから、いなくなってしまうのではないか不安なのです」
エレノアの頬へ手を伸ばすと少し冷たかった。
「わたくしたちにとって、エギル様は太陽のような存在なのです。ずっとわたくしたちを照らして、ずっとわたくしたちの心を温かくさせてくれる。そうしてくれるから、苦しかった過去を忘れ、幸せだと感じられたのです。だから──彼女に会わせたくないのです。もう、離したくないのです」
「俺があいつと会ったら、離れると思ってるのか?」
心外だ。そんなことはしない。みんなの側を離れることなんて有り得ない。エギルはエレノア自身が信じていることを知っている。
「わかりません」
だが、エレノアははっきりと否定しない。そう思う理由が他にもあるのだろう。だからセリナや華耶、そしてフィーも屋敷ではずっと暗い表情をしていたのだろう。
きっと、エギルが何を言っても、何を伝えても、エレノアの不安は消えないだろう。だからエギルは彼女に笑顔を向ける。
「離れない。苦しかった人生を救ってくれたのは、エレノアたちなんだから」
初恋の相手だといっても、それは過去のことだ。今のエギルにとって、ルディアナを好きだった十数年という年月よりも、エレノアたちと過ごした数カ月の方が幸せだとわかる。
「だから言ってくれ。何があったのか」
「それは……」
エレノアは迷っていた。代わりにセリナが口を開く。
「……エレノア、言わないとわからないよ」
「ですが」
「そうね、セリナさんの言う通りだと思うわ。気持ちはわかるけど、話さないと、エギルさんも不安になると思うわ」
二人に言われ、エレノアは少し悩んだ後、ルディアナと出会った時のことをエギルに伝えた。
エレノアの口から聞かされるルディアナの様子は、エギルの記憶とまったく異なる印象だった。そして、
「──香りで人を魅了、もしくは依存させる職業か」
全てを聞き終えたエギルはすぐに信じることができなかった。けれど、エレノアの話を聞いて、思い当たることがあった。
人を依存させる魅惑な香り。それがきっと、エギルがルディアナをずっと追いかけていた理由だ。知らぬ間にエギルは、その職業の力の虜になっていたのかもしれない。
──偽りの初恋、だったのかもしれない。
そして、全て話し終えたエレノアはエギルに伝える。
「職業の力は絶対です。だからエギル様がもし、また彼女と会ったら、わたくしたちから離れてしまうのではないかと思いました。本当は信じてるのに、信じ切れないのです。怖いのです。離れてしまったらと考えると苦しくなってしまうのです」
もし再び能力を発動すれば、エギルはルディアナのもとへ向かってしまうかもしれない。そうならない最良の方法は、彼女と会わないように仕向け、エギルがみんなと一緒にこのクロネリア・ユースを出ることだろう。
「……そうだな」
本当ならすぐできたはずだ。だが、エレノアは、そうしなかった。それはきっと、エギルのことを信じているからなのだろう。
絶対に離れない──だけど──離れてしまったら怖い。
エレノアは脅えてる。きっと、ここから離れてもその不安は残り続けるだろう。それは他の彼女たちも同じだ。だったらエギルがしなくてはいけないことは、ここから逃げることではなく、彼女たちを安心させることだろう。
「会うよ、ルディアナに」
そう答えて立ち上がる。
「じゃないといつになっても、みんなを安心させられないだろ?」
「ですが……」
「大丈夫だ。俺が心から愛してるのはみんなだ。それに、偽りの初恋が能力のモノだったなら、本当の初恋の相手は、エレノアだ」
女性を嫌い、奴隷を嫌っていた。そんなエギルが、もう一度だけ裏切られてもいいから一緒にいたいと思えたのはエレノアの存在があったからだ。そんな彼女に惹かれたのは、心からエレノアに恋をしたからだろう。彼女と出会えたことで、セリナや、フィーや、華耶と結ばれた。
彼女たちは自ら進んで苦しい過去と向き合い、終わらせてきた。それなのにエギルだけが過去に囚われたままだった。それでは彼女たちと対等の立場になれない。
これは乗り越えないといけない、エギルの過去だ。
「向き合うよ、俺も過去と。それに」
彼女たちの頬に流れる涙を一人ずつ拭い、エギルは笑顔を向ける。
「ちゃんと過去を清算して……それからみんなと、結婚したいしな」
身を固めるなんて少し前のエギルなら考えもしなかっただろう。だけどいつだったか、エレノアはエギルと幸せな家庭を作りたいと口にしていた。それはセリナたちも。
そんな生活も悪くないと、エギルは思う。
結婚して、子供ができて。彼女たちとの明るく幸せな家庭。
「もう、みんなを心配させたくないんだ。だから過去はここで断ち切る。そしてみんなで幸せになろう。な?」
そう聞くと、三人は星空よりも明るい、嬉しそうな笑顔を浮かべて何度も頷いた。
「嬉しい、嬉しいです、エギル様」
「はい、私たちみんな、それを望んでいますから」
「そうね。それはきっと、想像するよりもずっと幸せな未来になりそうね」
すぐに結婚は難しいかもしれない。エレノアの姉のこと。サナとルナの両親のこと。神の湖について。やり遂げないといけない、考えないといけないことが沢山あるから、幸せになるにはまだまだ忙しい。だけどそれぞれが背負っていることを解決できたら、その時はきっと、彼女たちとこれからずっと平和に暮らそう。
そして、四人は明日に備えるため宿屋へと戻っていった。