裏切られたSランク冒険者の俺は、愛する奴隷の彼女らと共に奴隷だけのハーレムギルドを作る 作:柊咲
「エギル様、みなさん待ってますよ?」
「……ああ、ありがとう」
次の日の朝、エギルはベッドの上で目を覚ました。
いつ以来だろうか、こんな不吉な予感のする目覚めは。
ルディアナに突き落とされたあの日もこんな気分だった。
体が重い。ベッドから体を起こしたものの、それ以上動けなかった。
「エギル様……」
扉の前で待つエレノアは心配そうにこちらを見つめる。
「エギル様……やめますか?」
それはきっと、ルディアナと会うのをやめるかどうか訊いているのだろう。エギルは首を横に振る。
「いや、大丈夫だ。全て終わらせよう。手を貸してくれるか?」
右手を前に出すと、エレノアはゆっくりこちらへと歩いてくる。白く小さな手がエギルの手を包む。
「はい、わたくしたちはずっと側におります。何があってもです」
エレノアに引き寄せられて立ち上がると、少しだけ体が軽くなった。一人では歩けなくても、みんなとなら歩けると、そう思えた。
そしてエギルは歩く。前へ、前へ。皆が待つ部屋へ。
途中、部屋の前でシロエとクロエが立っていた。二人はどこか悲しそうな表情をしていた。
「中に入らないのか?」
そう尋ねると、二人は首を左右に振る。
「おねえちゃんが、みんなに大切な話があるって」
「でも私たちが入っていいかわからないので遠慮しました」
「そうか。だが、ここにいるぐらいなら、一緒にいた方がいいんじゃないか?」
「……だけどおねえちゃん、少し怖かった」
「……お姉ちゃんは、そんな姿を自分たちに見られたくないと思います。昔から、そうでしたから」
「エギル様……」
すると、エレノアはエギルの裾を引っ張り小さな声で伝える。
「……セリナは感情をすぐ表に出してしまうタイプなので、怒った顔を二人に見せたくないと言っていました。きっと、セリナはいつまでも二人の優しいお姉ちゃんでありたいのだと思います」
「そうか……」
エレノアがみんなにこれからのこと、ルディアナのこと、それらを説明する。もしかしたら、怒らずにはいられないこともあるかもしれない。そうなってしまえばエレノアの言う通り、彼女は優しい姉ではいられない。
クロエとシロエの良い姉でいたい。
二人はセリナの気持ちをわかっているからこそ、部屋へ入らないのだろう。エギルもセリナの気持ちを汲むならそうするべきかもしれない。
だけど、
エギルは二人の頭を撫で、
「セリナは変わらない。優しい二人のお姉ちゃんだ。どんなことがあっても、それは変わらない。だからお姉ちゃんの隣に居て支えてあげたほうが、セリナも喜ぶんじゃないか?」
隣にいて、ずっと姉を心配していた二人の気持ちを汲むことも、エギルにとっては大切なこと。そして、どんな風に変わったとしても、セリナがセリナであることは変わらないとエギルは思う。
「セリナの側に、一緒にいてやってくれ」
そう伝えると、二人はコクリと頷く。
エギルとエレノアはクロエとシロエと共に部屋の扉を開ける。すると、狭い部屋にはセリナ、華耶、フィー、そしてサナとルナがテーブルを囲うように椅子に座っていた。
「レヴィアとソフィアは外か」
「……レヴィアはここでの話は関係ないから外で待ってるって。ソフィアも興味ないからどうでもいいって」
フィーがわかりやすく説明してくれた。そして、エギルは俯くクロエとシロエの背中を押す。
「ほら、セリナの隣に」
「……うん」
「……はい」
「シロエ、クロエ……」
セリナの目の前で顔を俯かせながら足を止めた二人に、彼女は隣の椅子をポンと叩き、苦笑いを浮かべた。
「お姉ちゃんがブサイクな鬼みたいな顔になっても、嫌いにならないでね?」
そう優しく伝えると、
「うん!」
「はい!」
二人は大きく頷くと椅子に座った。
これから話すことは二人もなんとなく理解しているだろう。だけど全て聞くと決め、セリナも二人に聞かせることを覚悟した。
エギルとエレノアも椅子に座る。同時に、雰囲気が少し重くなった。
そんな空気の中、第一声を発したのはエレノアだった。
「エギル様、みなさんには朝早くに全てお伝えしました。全員、エギル様の考えを尊重してます」
全員の視線がエギルへと集まる。
セリナと華耶とフィーは黙ったまま頷き、サナとルナは悲しそうな表情を浮かべ、クロエとシロエはエレノアから聞かされていなかったがセリナの手を握っていた。
エギルはみんなを見ながら伝える。
「俺は行く。そこで過去と決別する。……だから、側にいてほしい」
過去と決別する。ルディアナの前に立ち、ここにいる彼女たちを愛していると宣言する。
過去に縛られながら歩くのではなく、彼女たちと未来を、幸せな人生を歩くと決める。
ただそれだけのこと。だけど一人で向かうのは、どうしても苦しかった。
だからみんなに──
「わたくしたちで良ければ、その背中を押します。エギル様の妻ですから」
「そうですよ、エギルさん。エギルさんは私たちをいつも引っ張ってくれてるんですから、今度は私たちが、エギルさんの背中を押します」
「……うん、エギルが前を歩いてくれないと困る」
「そうだねー、エギルさんはやっぱり前を歩いてくれないと。ねっ、ルナ」
「う、うん……。エギルさんを、支えたい、です」
「ええ、そうね。それでみんなが幸せになれるんだったら、私たち全員で進みましょう」
みんなの言葉が嬉しくて、エギルはなぜか笑ってしまった。重苦しい空気は消え、未来が明るく開けたような、そんな感じだ。
「それじゃあ、出発するか」
全員が立ち上がる。
「エギル様、わたくしたちは準備がありますので、少しお待ちいただいてもよろしいでしょうか?」
「どうかしたのか?」
出発しようとしたところで、エレノアに止められた。
そして彼女たちは笑顔を浮かべる。
「これは女の勝負でもあります。なのでわたくしたちは、少しお化粧をしてきます」
どこか楽しげにするみんなを見て、エギルは頷く。
「ああ、わかった。外で待ってるよ」
エレノアたちは頷き、部屋へと戻っていく。
エギルが一人宿屋を出ると、レヴィアとソフィアが壁に背中を預けて立っていた。こちらを見るなり、
「どうやら話は終わったみたいじゃな。……中から聞こえてきた彼女たちの声や、お主の表情を見るかぎり、良い方向に進みそうじゃな」
「まあな」
「それで、行くのか?」
レヴィアにそう言われ、エギルは大きく頷く。
「ああ、行くよ」
すると、レヴィアは納得したように笑う。続いてソフィアが口を開く。
「話がまとまったところで、私からいいかしら?」
「どうした?」
「あのエレノアって女からの頼まれ事の返事を、あんたに伝えとくわ」
「頼まれた……?」
そんな話は出なかった。おそらくは、エギルに伝えず、ソフィアに直接頼んだのだろう。
「あんた、昔の女に会いに行くんでしょ?」
「……言い方が少し違うが、まあ、会いに行くのは同じだな」
「ふーん、どんな職業かもはっきりしないのに?」
腕を組んだソフィアに言われ、エギルは「そうだな」と答える。エレノアの話を聞くかぎり、香水のような匂いを放ち、香りで人を操る能力だと聞いている。だが、本当にそれだけなのかははっきりしていない。
ソフィアは呆れたようにため息をつく。
「ずっと好きだった相手の職業も知らないなんて、あんた、馬鹿じゃないの?」
エギルは言い返せない。なにせその通りだ。ずっとルディアナのことが好きだったのに。
昔、ルディアナの職業について彼女に聞いたことがある。それも何回もだ。だけど、
──私の能力? エギルみたいに優秀な職業じゃないから、言うのは恥ずかしいかな。それに……エギルが守ってくれるから心配ないでしょ?
ルディアナにそう問われると、エギルは「ああ、もちろんだ」と答えるしかない。なぜなら、エギルは頼られるのが好きだったし、ルディアナの前では良い格好をしたかったからだ。エギルの答えを聞いた彼女は「じゃあ、心配ないでしょ?」と微笑んで、いつもこの会話を打ち切ってしまう。それに、
──もしこれ以上踏み込んだら、またいなくなるよ?
口に出さなくてもそう言われているようだった。だからそれ以上、ルディアナの職業について聞くことができなかった。再び彼女がいなくなってしまうのではないか不安だったからだ。
今を思えば、それも彼女の作戦だったのかもしれない。
黙っているエギルを見て、ソフィアは手を払う。
「まあいいわ。それで、エレノアに頼まれたのは、あんたがその昔の女にかけられてるかもしれない職業の力を解呪できるか? ってことよ」
「解呪?」
エギルの疑問にレヴィアが答える。
「あくまで可能性の話じゃ。再び顔を合わせたところで、お主の身体に変化が起きるとは思えん。じゃが、顔を合わせたときに何かしてくる、もしくは昔にかけた呪いを起動する、そこまで想定しておいたほうが良いということじゃ」
「……つまり、俺は今までずっと職業の力に魅了されていたかもしれないってことか?」
「うむ。エレノアは、少しでも可能性があるのなら、そこを取り除きたかったのだろう。他にも色々と頼まれておるのじゃろ?」
レヴィアの視線がソフィアへ向くと、彼女はめんどくさかったといわんばかりのため息をつく。
「ええ、そうよ。『もし再び何か仕掛けてこようとしたらわかるか?』とか『匂いで人を操る職業はあるか、もしあるとすれば対応はどうすればいいか』とかね」
そんなことを頼んでいたのかと思うエギルに、レヴィアはニヤリとした笑みを浮かべる。
「お主を信頼しているが、心配もしてるのだろう。本当に良い妻じゃな」
そう言われ、エギルは頷く。