※この作品はR-18です。

裏切られたSランク冒険者の俺は、愛する奴隷の彼女らと共に奴隷だけのハーレムギルドを作る   作:柊咲

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第32話

 

 

 どんなに馬鹿げた選択だとしても、エギルを悲しませることも、一人で抗わせることもしない。

 

 

 

「早くこの者たちを何とかしなさい! もっと力を強めてあげるから!」

 

 

 

 ルディアナが聖力石を高々と掲げると、冒険者たちの瞳が薄暗く輝く。そしてエレノアは、他の冒険者たちのように操られているエギルを見つめる。

 

 

 

「……エギル様。みなさんがあなたのために戦っていますよ? 声をかけてあげなくてよろしいのですか?」

 

 

 

 エレノアの問いかけに、エギルは反応を示さなかった。代わりに右手を前に出し、職業の力を使おうとする。

 だが、

 

 

 

「とりあえずこれで──」

 

 

 

 その攻撃よりも先に、ソフィアの呪術を発動するのが早かった。エギルの全身を包み込むように更に三つの輪っかが締めつけ、彼の体内に吸い込まれていく。

 

 

 

「エギルにかけられている幻術は一時的に封じたわ。これで職業の力は使えない。だけど一時的だから、そんなに長く保たないわよ!」

 

 

 

 職業の力を封じる呪い、それだけでも有り難かった。

 

 

 

「ありがとうございます、ソフィアさん」

「お礼はあと! 今はそいつを元に戻すことを考えなさい。私も解けるかどうか色々と試してみるから!」

 

 

 

 ソフィアはそう言うと、自分の知り得る知恵を振り絞って、エギルを元に戻そうと様々な呪術を試す。

 力を封じられたエギルは、床に落ちていた剣を手に取ると、剣先をエレノアへ向ける。初めて剣を向けられたエレノアは悲しそうに、けれど笑顔を向ける。

 

 

 

「女性に剣を向けてはいけませんよ、エギル様?」

「……」

「帰ってきてください。ご主人様の帰りを、みなさん待っています」

 

 

 

 それぞれがエギルを救うために戦っている。

 セリナとフィーが前線で自分よりも強い冒険者に立ち向かい、クロエとシロエと連携しながら、ルディアナのもとへと向かおうとする。

 そんな四人を援護するように、サナとルナが後方から魔術と矢を放ち、華耶が九尾に指示を出して周囲の冒険者を牽制する。

 レヴィアも、ここに多くの魔物を呼び寄せ、ルディアナを追い詰める。

 そんな彼女たちの奮闘を見ても、エギルの表情は変わることがない。

だが、口元が微かに動いた。

 

 

 

「……エレ……ノア」

 

 

 

 微かに絞り出したエギルの声。

 

 

 

「──これね! 少しだけど、あの女の幻術を打ち消す呪術が効いてるわ! だから呼び戻して!」

 

 

 

 ソフィアは両手を前に出し、その手から光を放つ。彼女の力によって、エギルが囚われている幻術が少しだけ弱まったのだろう。

 微かに意識を戻したエギルを見て、エレノアは目を見開き、胸元に手を当てる。

 

 

 

「は、はい! エギル様! エレノアはここにいます! だから──」

「──おれ、を……殺……せ」

「……え?」

 

 

 

 ソフィアの力がルディアナの力に押されようとしているのか。エギルの心の中では大きな葛藤が生まれてるのだろう。

 このまま操られては彼女たちを傷つける。彼女たちを殺したくない。だったら──。

 自分の意識を保てないエギル。だがエギルの言葉に、エレノアは首を横に振る。

 

 

 

「エギル様の命令なら、喜んで何でも応えます。──ですが、その願いは応えられません」

「どう……して……」

「あなたが死んでしまえば、みんなの頑張りが無駄になり、あなたがいなくなってしまえば、わたくしたちは光を失います。だから」

 

 

 

 エレノアは、ふう、と息を吐きエギルを見る。

 

 

 

「過去と向き合い、一緒に前を歩くと言ったのはエギル様です。だからエギル様はここで偽りの過去に抗い、過去を断ち切ってください」

「……」

「わたくしたちが、エギル様が戻ってくるのを支えますから」

 

 

 

 微かに残っていたエギルの意識が消えたのを感じた。

 感情のない操り人形と化したエギル。そしてその手に握る剣先がエレノアに向く。

 

 ──エレノアの辛い人生の中で、エギルと出会ったことが一番の幸せだった。

 

 望んでもいないのに王女として生を受け、周囲の者たちに特別扱いされ、ただ普通の友達でいたかった幼なじみや、実の姉にまで裏切られ奴隷にされた。

 至高の身分から、奈落の底へ。

 けれどエレノアは、今までの人生よりも今の奴隷としての生活の方が幸せだった。周囲から奇異な眼差しを向けられても、最愛の主がいて、同じ境遇のみんなたちがいる。

 だが、この生活は永遠ではないだろうと、エレノアは心のどこかで予感していた。

 最愛のエギルは、今まで見てきた人々とは比べられないほどのお人好しだ。優しすぎて、人を信じすぎる。

 エレノアはエギルのことを想い、それを正そうとしたこともあった。

 だけど心から優しいエギルに、その優しさを捨ててほしいと頼むことはできなかった。

 優しくて、強くて、自分たちを大切にしてくれるエギル。

 そんな彼だからこそ、エレノアもセリナも、他の彼女たちも側にいたいと思った。

 

 ──エギル様にはこのままの優しいエギル様でいてもらいたい。

 

 代わりに、

 

 ──人を信用できなくなったわたくしたちが、エギル様の代わりに人を疑いましょう。

 

 彼女たちは人生に絶望した日から、人という存在を疑いながら生きてきた。そうして生きるのが辛いことを彼女たちは誰よりも知っている。そんな悲しい人生を、エギルには歩ませたくはない。だったら、今のままの、誰にでも優しいエギルでいてもらいたい。

 彼女たちはそう願った。

 

 

 

「……エギル様。みなさん戦っていますよ? そんな幻の力に囚われていないで、いつもみたいに、みなさんを守ってください」

 

 

 

 エレノアはゆっくりと、エギルへと近づきながら言葉を伝える。

 周囲では剣が弾き合う音や、魔術で城が破壊されていく轟音、そして魔物の叫び声が響く。

 

 ──静かだ。

 けれど、エギルとエレノアの周りだけは異様に静かだった。

 まるでこの世界にエギルと二人でいるような感覚がした。

 エレノアの瞳が、感情の消えた彼を見つめる。

 剣先をこちらに向ける彼は何を考えているのだろうか。

 意識はなくなってしまったのか、それとも偽りの幻に抗っているのか。

 もう、愛するエレノアたちのことなんて見えなくなってしまったのか。

 もしも自分のことを今までのように認識できないのなら、エレノアがエギルに近づくのは危険だ。

 

 

 

「ちょっと、あんた! そいつにそれ以上近付いたら危ないわよ!?」

 

 

 

 後ろからソフィアの声が聞こえる。だけどエレノアは歩みを止めることはない。

 

 

 

「……大丈夫です」

 

 

 

 ここで止まってはいられない。

 エレノアのやるべきことはみんなの加勢をして、ルディアナを止めることではない。彼女がしなければならないことは、愛するエギルを取り戻すこと。それをみんなが望んでいる。

 エレノアは託されたのだ。エギルを救えるのは、彼女だと信じて。

 エギルはエレノアたち、愛する者たちに決して優劣をつけない。それを全員が理解している。

 けれど、どこかで彼女たちは理解していた。

 いつも守ってくれるエギルが不在の時はエレノアがエギルの役目を引き継ぐことを。

 それは、ヴォルツ王国を敵から守った時から、誰しも理解していた。

 今ここで、エギルを救えるのはエレノアしかいない。

 全員が、エレノアがエギルを救ってくれると信じている。エギルを救ってほしい。エギルを取り返してほしい。また──みんなで幸せな日々を過ごしたい。

 ルディアナを止めればエギルは元に戻ってきてくれるかもしれない。だけどそれではいけない。自分自身の手で、エギルには過去を断ち切ってほしい。

 

 

 

「エギル様……帰りましょう?」

 

 

 

 過去を断ち切る少しばかりの支えとなれればいい。

 

 

 

「フィー、こいつらは私に任せて先に行って!」

 

 

 

 セリナが、自分よりも体格の大きい冒険者の攻撃をエギルに教わった剣技で受け止める。

 

 

 

「……わかった」

 

 

 

 フィーが、階段の手すりに飛び乗り、ルディアナに向かって駆け出す。

 

 

 

「むさ苦しい男ばっかりね。邪魔しないで! 行って悪神九尾!」

「ルナ、セリナさんとフィーさんを援護するよ!」

「う、うん! わかったよ!」

 

 

 

 華耶が九尾に指示を出し、サナとルナも後方から二人を援護して、

 

 

 

「おねえちゃんを」

「傷つけさせません」

 

 

 

 シロエとクロエが素早い動きで冒険者たちを翻弄する。

 そして、

 

 

 

「……聖力石の輝きが薄れておる。今ならその聖力石を奪えるはずじゃ。そうすればエギルの意識は元に戻る!」

 

 

 

 レヴィアが魔物たちに一斉に指示を出す。

 ソフィアも、エギルにかけられた呪いを解こうと全力を注いでくれている。

 みんなが成すべきことに全力で挑んでいる。全てはエギルのため。そしてみんながまた、ずっと笑い続けられる幸せな日々を過ごすため。

 

 ──もう、誰も地獄のような人生に戻りたくなんかない。

 

 エレノアはエギルの目の前に立ち、にっこりと微笑む。

 

 

 

「奴隷オークションで出会ったあの日、エギル様はわたくしを見つけてくれました。多くの奴隷がいたのに、エギル様は、わたくしだけを見つけてくれました。だからもう一度、何も見えなくても、わたくしを見つけてください」

 

 

 

 エギルの握る剣が、これ以上の接近を阻むようにエレノアの前へ向けられる。

だがその刃をエレノアは手で掴む。それはエレノアの手のひらを赤く染め、痛みを与える。

 ソフィアが驚いて何かを言っているが、エレノアの耳には届かない。

 剣がエレノアの手を過ぎるように、どんどんと、彼女へ近づく。その度に手から赤い雫が滴り落ちる。

 

 

 

「わたくしに傷を負わせて、エギル様は苦しいですか?」

 

 

 

 エギルがエレノアを傷つけることなんて望まない。もしここで意識が戻ったなら、剣を握ったエレノアの手のひらを血で染めたことに苦しむだろう。

 

 ──苦しめて、ごめんなさい。

 

 最も嫌がることを強いてしまった。自分が痛みを受けたことで、もしかしたら奇跡的にエギルの意識が戻るかもしれない。

 けれど、そんな奇跡や幸運といった現象に、今まで何度も裏切られてきた。

 奇跡なんてそんな曖昧な存在、エレノアは紙切れほどにしか信じてない。

 けれど、運命は信じる。エギルと出会い、みんなと出会えた。それは運命だ。運命だけは信じるが、奇跡なんてものをどう信じればいいのかわからない。

 だから願いを込めて、体を寄せ、左手をエギルの頬に当てる。

 

 

 

「エギル様がいたから、わたくしは過去と決別できました。だからお願い……エギル様も、自分自身で過去と決別してください。──あなたのいるべき場所は、そんな幻で塗り固められた世界ではありません。わたくしを、わたくしたちを思い出してください」

 

 

 

 そしてエレノアは、エギルの唇に口づけをした。

 

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