裏切られたSランク冒険者の俺は、愛する奴隷の彼女らと共に奴隷だけのハーレムギルドを作る 作:柊咲
──エギルの意識は微かに残っていた。
けれど声を発せられない。口を開こうとしても、それを何かが阻む。
職業の力は絶対だ。ルディアナの力に反抗して、自分自身の体を抑えることしか、今のエギルにはできない。
そうしながらも、言葉を発せないエギルは何度も何度も、心の中で訴えた。
──逃げろ。
ルディアナの職業の力を甘く見てたわけじゃない。けれどどこかで、エギルは大丈夫だと慢心していた。
絶対にエレノアたちへの想いは消えない。過去に捕らわれず、彼女たちを幸せにすることだけを望んでいるはずだと。
それなのに、いざ昔と変わらない姿のルディアナを見てしまったら、過去の記憶が蘇ってしまった。
もう彼女を想う気持ちは無い。ただ、言葉で言い表せない感情が心を埋め尽くした。
ルディアナの力にならなければいけない。
そんな使命感。ありもしないはずなのに。だがその感情がエギルの心を支配して、体を支配して、エギルをエギルではなくさせる。
過去の記憶が現実で、エレノアたちと出会って共に味わった楽しい記憶や悲しい記憶、幸せだと思っていた記憶が幻のように感じられてしまう。
抗わないと。
そう思っても、エギルの意識とは関係なく逆の行動をしてしまう。
真っ直ぐ伸ばした剣がエレノアへ向くのを、まるで第三者のように遠くにいながらエギルは必死に何度も何度も叫ぶ。
──やめろ! やめてくれ!
エレノアを傷つけるなんてしてはいけない。ここにいる彼女たちは、エギルの大切な存在で、守るべき存在なのだから。
そう思っても体が言うことを聞かない。
「わたくしに傷を負わせて、エギル様は苦しいですか?」
エギルを見ながら、エレノアはわざと自分に痛みを与えた。そんなことしなくても大丈夫だから。そう思っているのに、エレノアは自分自身を傷つけた。
何かをエギルに訴えている。
エギルが嫌がることをして、何かを訴えているんだ。
全身が痺れるように冷たくなって、感覚が薄れていく。もう、自分を止めることができない。自分が自分である感覚すら失われていく。
──だから頼む、俺を置いて逃げてくれ。俺を置いて、みんなで幸せになってくれ。
彼女たちが幸せになることがエギルの幸せ。
だから──。
そう思っても、エレノアはエギルを放っておいてはくれなかった。
頬に手を当てられたら、全身が冷たかったのに、その部分だけ温かい。
はっきりと、頬からエレノアの温もりを感じられた。
そして、彼女はじっとエギルを見つめる。
初めて出会った時、奴隷オークションで見つめた彼女に目を奪われた。そのときと同じような、吸い込まれるような瞳がエギルを見つめてくる。
そして、そのまま──キスをされた。
何度もした行為なのに、この時は今までよりもはっきりと彼女を感じられた。
エレノアも、他の彼女たちも、エギルを見捨てない。
エギルが戻らなければ、彼女たちはまた深い悲しみの底に沈んでいく。そしてエギル自身も、同様に落ちていく。
誰にも理解されなくても、エギルと彼女たちは似ている。
傷を舐め合う関係だとしても、エギルには彼女たちが必要で、彼女たちにはエギルが必要だ。
──だったら、戻らないといけないな。
過去に抗え。
過去と決別しろ。
彼女たちと共に幸せになる道を選択した。
ギルド──理想郷への道《サリアエーテリアル》。それは彼女たちを守り、幸せにしようと考えた家族という名のギルド。
どんな強大な力で過去に縛られたとしても、エギルは、彼女たち一人一人を愛している。
絶対に──戻るんだ。
「──このキスは、反則だな」
エギルは唇を触れ合わせたエレノアに笑いかけた。
彼女は目を一瞬だけ驚くように開いてから、にっこりと微笑むと、目尻から涙を流した。
「おかえりなさい、エギル様」
「ただいま、エレノア」
唇を離したエレノアは、幸せそうに微笑むと両手を後ろに隠した。
「あとで治療しような……」
「……はい」
謝りたい。感謝の言葉を伝えたい。けれど今も、自分の帰りを待ってくれる彼女たちは戦ってくれている。
だから右手を前に出して、ありったけの剣をこの場に生み出す。
彼女たちを守る剣。そしてその剣を見て、彼女たちはエギルに笑顔を向ける。
「みんな、ただいま」
感謝の言葉よりも先に、その言葉が出た。
「おかえりなさい、エギルさん……もう、遅いですよ!」とセリナが涙を浮かべ、
「おかえり。帰ったら、ギュッてしてもらうから」とフィーが小さく声を漏らし、
「おかえり、エギルさん。たくさんの血を使っちゃたから、ねっ」と華耶が唇を指先で撫で、
「待ってたよ、エギルさん! おかえり!」とサナが満面の笑みを浮かべ、
「良かった、エギルさん。おかえりなさい!」とルナが笑顔を浮かべ、
「どっかいってたの!? わからないけどおかえり!」とクロエが首を傾げ、
「お姉ちゃんを泣かせるのはダメでしょう。おかえりなさい」とシロエが安堵して、
「戻ってくるとは、さすがは先導者の器じゃ」とレヴィアが微笑み、
「まったく、あんたら無茶苦茶よ……」とソフィアが大きくため息をつく。
それぞれの言葉を受けたエギルは、ルディアナに視線を向ける。
「……そうか」
なぜか笑ってしまった。自分がどうしようもないほどの愚か者だと思って、笑ってしまったのかもしれない。
なぜなら、
「お前は──誰だ?」
見ず知らずの女に恋をしていたのだから。
──エギルが十二歳の頃、ルディアナは突然、目の前から消えた。それからずっと追いかけ続けた。
好きだったから、また顔を見たかったから。
だけど、どこを捜しても彼女はいなかった。また会って話がしたかった。ただそれだけ。そんな会えない日々が続くと、エギルはルディアナへの気持ちを追いやるように冒険者の道にのめりこんだ。
そんな簡単に忘れられるわけないのに。
そして再会したあの日――いや、実際には再会していなかったのだが――追いかけていたルディアナは幻に変わっていた。
幻術のせいで、初恋のルディアナだと、そう、刷り込まれていたのだった。
再会したあの日からエギルは、偽物の彼女の幻に囚われていたのだろう。
今目の前にいるのは、昔と何も変わっていない黒色の髪を肩から垂らした大人しそうな少女ではなく、金髪の巻髪を肩まで伸ばした見ず知らずの女だった。
エレノアが幻を解いてくれた今だからこそわかる。
◆
「どう、して……どうして術が……なんで!?」
ルディアナは正気に戻ったエギルを見て、狼狽え、後退りする。同時に、先程まで襲ってきていた周囲の冒険者たちの動きが鈍くなり、やがてピタリと動きを止めた。
「術が弱まった。今なら──」
セリナは冒険者の群れを縫うようにして走り出し、一気にルディアナへと詰め寄る。
逆側の階段を駆け上がったフィーも詰め寄り、ルディアナへと、二人は剣と拳を向ける。
聖力石の効果が消え、エギルや周りの冒険者への術が解かれた。ルディアナと名乗る偽物のもとへとエギルは近づく。
「どうして……」
彼女は地面に膝を突き、ビクビクと震えながらエギルを見上げる。
その近くには、輝きが薄れた聖力石が転がっていた。
「わ、わたくしは、ルディアナです! あなたが好きだった、あなたの初恋の──」
「お前はルディアナじゃない。もう嘘は止めろ」
「ぐっ……どう、して……どうしてどうしてっ! 話が違うじゃないのっ!? ねえ、聞いてるんでしょっ!?」
偽物のルディアナは辺りを見渡しながら、誰かに向かって声を荒らげる。それはまるで、懇願するような怯え方だった。
そして、レヴィアはため息混じりの声を漏らす。
「エギルよ、お主の幻は解けたかのう?」
「ああ、エレノアやみんなのお陰でな。レヴィア、これが聖力石の力なのか?」
「……元、じゃな」
輝きが失われ少し黒っぽくなっている聖力石を指差すと、レヴィアは首を横に振った。