裏切られたSランク冒険者の俺は、愛する奴隷の彼女らと共に奴隷だけのハーレムギルドを作る 作:柊咲
「いやぁ、探したよ、僕の奴隷ちゃん」
「い、いや、離して……ください」
セリナの腕を掴んだセブレスチャフは、ニヤニヤと不気味な笑みを浮かべる。
それに対し、セリナは言葉にならない声を漏らしながら、一歩、二歩と後退するが、腕を掴む手が強くて離れられない。
それに背後に立つ老人が、セリナを逃がさないように立っている。
「どうしたの奴隷ちゃん? 僕だよ、忘れたの? 君のご主人様だよ?」
周囲には大勢の人がいるのに、誰もセリナを助けようとはしない。
目が合っても、すぐにそっぽを向かれる。相手が貴族だから、誰も逆らわないのだろう。
セリナを助けてくれる人なんて、ここにはいない。
だけど、
「エレノア……助けて」
叫べばいいのに、恐怖で大きな声が出せない。
出せたのは、掠れた小さくて情けない友人への助けを求める声。元主なのだから殴ればいいのに、それすらもできない。
足が震え、手が震え、瞳が震える。
――自分には力がない。力があれば、こんな奴。
「さあ、帰ろうか。また僕の家で遊ぼう。今度は逃げられないように足を折ってから、ねっ?」
もう、駄目だ。
「足を折られた君の顔は、僕をどんなに興奮させてくれるだろうねぇ」
立ち眩みなんかで離れなければ良かった。
「さあ、行くよ。僕の奴隷」
ずっと二人と一緒にいれば良かった。
「いやだ……助けて……」
遅い後悔が襲う。
折角助けてくれたのに。
――私って、馬鹿だな。
「──すまないが、彼女から離れてくれないか?」
引っ張られる手が止まった。
そしてセリナを守ってくれた温かい光は隣に立って、元主の手を掴んでいた。
「エギル、さん……?」
「その……怖い思いをさせて……悪かったな」
照れ臭そうに頭を掻くエギルの表情は、いつもより優しい表情に感じた。
「君は確か……」
「どうも、貴族様。それで、これはどういう状況だ?」
セブレスチャフに掴まれていた手をエギルが離させると、セリナは背中に隠れた。
大きくて、温かい背中。
そしていつの間にか、セリナの背後に立っていた老人はいなくなっていて、ここにはセリナとエギル、そしてセブレスチャフの三人だけになっていた。
「状況? ふっ、主である僕が、その奴隷を迎えに来ただけだ!」
セブレスチャフの怒鳴り声を聞いて、セリナは耳を塞ぎたくなった。
だけど前に立って守ってくれているエギルの背中を、ギュッと掴んだ手を離すことはなかった。
絶対的な安心感が、セリナの心を落ち着かせる。
「彼女はモノじゃないと思うんだが?」
「ふっ、何がモノじゃないだ。君だって奴隷として購入したじゃないか」
「ああ、奴隷として購入したな。だが俺は、彼女をモノとして扱ったことは一度もない。同じ人として、俺は彼女に接しているつもりだ」
その言葉は、誰かにずっと言われたかった言葉だ。
永遠にモノ扱いされる人生を送る筈だった自分を、彼は人だと言ってくれた。
それが真か嘘か、それはわからない。だけどそんな些細な言葉が、セリナにとっては嬉しかった。
「そんなのは綺麗事だ! 君だって一度は奴隷を買った事があるだろ!? 自分に絶対服従、何をしても許される、それが奴隷だ! 奴隷には何をしてもいいんだよ!」
「……お前みたいな奴がいるから、誤った道を進む奴隷がいるんだろうな」
エギルはセリナの手を離れて、前へと歩いていく。
「ちょっとだけ、待っていてくれ」
エギルは振り向き優しい笑顔を浮かべた。
それに対して、セリナはコクコクと頷くことしかできなかった。
そしてエギルが一歩、また一歩とセブレスチャフに近付いていくと、非力なセブレスチャフは辺りを見渡した。
「お、おい! 何で誰もいないんだ! 僕を守れ、おいっ!」
「お仲間さんなら、もう帰ったんじゃないか? さっきの老人の執事さんだろ?」
「ぐっ……おい、リューベット! 早く出て来い!」
だけど誰も反応しない。
「リューベットってのが、さっきまでいた老人か。あいつは優秀だな。相手の実力を判断できる頭があるんだから」
その言葉を聞いて、どうして周りから人がいなくなったのかを知ったセブレスチャフはたじろぐ。
「リューベットが……まさか、逃げたのか? ぼ、僕を置いて……? そんな馬鹿な! 僕はレイフォーフ家の跡継ぎだぞ!? そんな、そんな馬鹿なことあるか! 執事が僕を見捨てるなんて──」
「お前は所詮、その程度の人間だったってことだ。ここで放っておいても、なんの問題もない──勿論、俺がお前を殺したとしても、なあ?」
誰も助けてはくれない。
セブレスチャフは腰が抜けたように倒れると、弱々しく震えた両足を後ろに下げながら、エギルを指差した。
「ぼ、僕に手を出したら、ど、どうなるかわかってるのか!? 僕は貴族だぞ! お前ら冒険者なんて──」
「ああ、貴族様が発注するクエストは大切だ。だから貴族様には手を出さない。それがこの世界のルールだな?」
「そ、そうだ。だから僕に手を出してみろ……パ、パパに言うぞ! パパに──」
その瞬間、エギルはセブレスチャフの胸ぐらを引き寄せ殴り飛ばしていた。
「俺はSランク冒険者だ。お前一人に嫌われたとこで生きるのに困らないんだよ」
吹き飛んだセブレスチャフは、ピクリとも動かない。
そして消えた筈の老人が、セブレスチャフの影から突如として現れた。
「影師の職業か」
「私も昔は冒険者だったので、聖力石の力を授かってるのですよ」
「なるほどな。だが今更仕返しにきたわけじゃないだろ? リューベットさん?」
「ええ、この主はもう、必要ありませんからね」
「……そいつには、価値が無くなったってことか?」
エギルの質問に、リューベットと呼ばれた老人は冷たい目でセブレスチャフを見る。
「そうです。レイフォーフ家にはセブレスチャフ様の下に弟が二人います。大旦那様は二人の息子に跡継ぎを任せるそうです──だからセブレスチャフ様はもう、不要なのです」
そう言うと、倒れていたセブレスチャフは口から血を流し、小鹿のような足で立ち上がった。
「ま、待って、くれ……リューベット、ぼ、僕が不要だと? パ、パパが、パパが僕を不要だと言ったのか!?」
「ええ、そうです。今まで好き勝手に遊ばせてましたが、最近のセブレスチャフ様は少しやりすぎです。大旦那様はもう、あなた様が帰ってこなくてもいいそうです」
「そ、そんな馬鹿な! 馬鹿な馬鹿な馬鹿な! パパが僕を見捨てる筈がない! だって僕はレイフォーフ家の長男で──」
「見捨てられたから、あなたの護衛をしてるのが私しかいないのですよ」
セブレスチャフのうろたえた表情を、セリナは初めて見た。
「最後にセリナさんと会わせてから消えてもらおうと思いましたが、残念ですね……。これでお別れですよ」
「最後……最後って何だよ!? リューベット答えろ! 最後ってなんだよ!?」
「言葉通りの意味ですよ。大旦那様はもう、奴隷を虐げるばかりの無能を、家に置いておくつもりはないそうです」
そしてリューベットは、エギルに頭を下げた。
「それでは私達はこれで。もう会うことはないでしょう。お元気で」
「い、嫌だ、僕は──」
セブレスチャフは腹部を殴られ気を失うと、そのままリューベットに連れて行かれた。
終わった。やっと終わった。
そう思うと、セリナの目蓋からは大量の涙が溢れてきた。
「エ、エギルさん……私、私……」
「悪いな、すぐに気付いてやれなくて。だけどもう安心しろ。これからは俺が絶対に守る。何があっても」
その言葉を聞いて、セリナは涙を流しながら抱きついた。
顔付きもいかつくて、体も大きくて、こんなに怖い相手。だが性格も笑った表情も優しくて、大きな体は包容力がある。
――反則だ。こんなの反則だ。
そっと抱き返してくれた手を、セリナは振り払うことはなかった。
男が嫌いなのに、今だけはこのままでいてほしい、そう思った。
「エギル様、少し注目を浴びすぎですね。早くここを出ませんか?」
エレノアはセリナとエギルを見て言った。
そして、頭を撫でるエギルは明るく優しい笑みを浮かべて言った。
「さあ、帰ろう。俺たちの家に」
その言葉に、自分の居場所があるのだと思ったセリナは、涙を拭って大きく頷いた。
「はい!」
そんな二人を見ていたエレノアは、とても嬉しそうな表情で微笑んでいた。