裏切られたSランク冒険者の俺は、愛する奴隷の彼女らと共に奴隷だけのハーレムギルドを作る 作:柊咲
「いたな」
エギルはボソッと呟くと、視線の先には大きな体の魔物オーガがいた。
2mを軽く越えた背丈に全身を筋肉で覆い、肌色の布で股関を隠している。
人間のような長い黒髪に、真っ黒な瞳と鋭い二本の牙をもつ巨体。
エレノアは、オーガと戦ってる三人へ冷めた視線を向ける。
「やっと……」
エレノアの視線の先には幼なじみである《夕焼けの絆》の三人、クルド、モルドレット、そしてムスリナがいた。エギルは三人に声をかける。
「おい、お前らのとこのリーダーはどうした!?」
すると、昔と変わらない三つ編み姿のムスリナは、困った表情を少しだけ晴れやかにさせると、エギルに伝える。
「え、援軍……? よ、良かった。レヴィアとはぐれちゃったの!」
眼鏡をかけたクルドと、身長が低くて赤髪のモルドレットはこちらを一瞬だけ見たが、すぐさまオーガに視線を移す。
劣勢状態なのは一目瞭然。そして助けてほしいというのが三人から伝わってくる。
「三人共、手を貸すぞ。……エレノア、ここで終わられても困るだろ?」
このまま助けなければ三人は自分じゃない魔物の手によって殺される。そうエレノアが思ったとき、エギルはこちらへ視線を向ける。
エレノアの中にある憎悪が三人の死を望んでいた。だがエギルは、ここで終わらせたら困るだろ、と言った。それはきっと、エレノアの関与していないとこで三人が死んだら、それでずっと続いてきた憎悪の物語は終われないと、きっと後悔すると、そう思ったからだろう。だからエギルは助けるべきだと言ったが、
「申し訳ありません。わたくしは魔力を温存させていただきたいと思います。ここへ来るまでに、少し消費してしまったので」
戦わないと伝えた。その言葉を聞いたエギルは頷く。
「わかった。じゃあ行ってくる」
「……申し訳ありません」
謝ると、隣にいるセリナも、
「エギルさん。私もここでは止めておきます。エレノアの側にいたいので」
と言った。エレノアが驚くように素顔を隠す為に下げていた顔を少し上げると、同じくフードを目深にかぶったセリナは、ニコッと微笑んでいた。
「ああ、わかったよ。じゃあ……」
「わたしも、やめとく」
「……そうか。じゃあ三人はここで待っていてくれ」
エギルは走り出すと三人を助けに行く。その姿を眺めていると、セリナはエレノアに声をかける。
「魔力の消費を抑えたいか。それ、この後に使うからってこと?」
「やはり、わかってましたか?」
「まあね」
「ですよね。別にいいのですよ? わたくしに合わせなくても」
「んー、エレノアがあの三人に勝てるとは思ってないからね。私も手伝ってあげる」
「わたくしがいなくなれば、エギル様を一人占めできますよ?」
「……冗談でも、今はそんなこと言わないで」
「そう、ですよね」
「そうだよ。それに一人占めしても、エレノアがいなきゃ、私もエギルさんも心の底から笑えないよ……」
本当に悲しんでくれてるのだと見てわかるように、セリナは俯く。
その言葉が嬉しかった。けれど、そこまで大切に想ってくれるセリナに、ずっと抱えていた醜い自分の姿は見せたくなかった。だから無理に笑って伝える。
「……あまり醜い姿は、見せたくないんですけどね」
だがセリナは、真剣な表情で返事をする。
「別に私にならいいでしょ? それに、私の生まれ育った村を焼き尽くした奴隷商人が目の前にいたら、私だったらここで黙って立っていられないよ。……エレノアは、大人だね」
「わたくしは大人ではありませんよ。エギル様がこの場にいなければ、わたくしは……」
エギルが好きな自分でいたいし、好きな相手に見せたくない一面はある。だから感情をコントロールするだけ。だからもし、この場にエギルがいなければ何をするかわからない。
「エギル様がいなくなったら、まずは三人と話してみます。少しだけ、聞いておきたいこともありますから」
「……そっか。あなたは、どうするの?」
セリナはずっと黙っていたフィーに声をかける。彼女は顔色を変えずに答える。
「戦えと言われれば、戦う」
「別に無理して付き合わなくていいのよ?」
「いいよ。だってエギルに付いて行っても、わたし役立たずだし」
「……でも」
エレノアとしては彼女も一緒に居てくれるのは有り難い。だが、フィーもセリナも無関係だ。そんな二人に手を貸してもらうのは違う。そう思ったが、
「……ねえ、聞いていい?」
ふと、フィーが二人に声をかける。そして二人が頷くと「なんで二人は奴隷なのに、そんなに明るいの?」と聞いてきた。なぜか。二人の答えは決まっていた。
「エギル様と出会ったから、わたくしたちは変われたんです」
「うん。エギルさんが側にいてくれたから、私たちはまた笑えるようになったの」
「……そんなに、エギルっていい人なんだ」
「ええ、エギル様はわたくしたちの光なんです。色を失って、白と黒だったわたくしたちの世界に、エギル様はきれいで明るい沢山の色を付けてくれたんです」
「変わった奴隷と主」
「あなたの主は違ったの? ファビオラだったかな?」
「……そう。だけどファビオラだけじゃなくて、主は皆、最悪だったよ。二人が買われたのはエギルだけ?」
「わたくしはエギル様だけですね」
「私は別にいたよ、最悪な主がね」
「そう、それならわかるでしょ? 主なんて、みんな最悪な奴しかいなかった」
「だったら、あなたはどうして、また奴隷なんかになったの? エギルさんから聞いたけど、自分から奴隷になったんでしょ? 本当に楽して養ってもらいたかったって理由だけなの?」
「……」
「主にいい奴がいないってわかってるなら、奴隷になりたいなんて思わないでしょ? 私だったら逃げてる。奴隷になるくらいなら死んだ方がマシだもん。それなのにどうして、あなたは奴隷って立場に固執するの?」
セリナの質問に、少しだけ沈黙が生まれる。
そして考えがまとまったのか、フィーは少しだけ、初めて見せる優しい笑顔を浮かべた。
「いい人を、捜したかったのかも。たった一人だけいた、昔の主みたいな人を」
「……いたんだ、そういう人が」
「いたよ。目の見えない小さな主。わたしに動物の可愛いさを教えてくれた子が」
「……その子とは、どうして別れちゃったの?」
その理由は、エレノアもセリナも気付いていた。
だけどおそらく、セリナはフィーのことが少しでも知りたくて聞いたんだろう。さっき彼女が見せた笑顔が本物で、もっとその笑顔が見たくて——エレノアが最初に笑顔を取り戻したときのように、セリナの優しさがそうさせたのだろう。そしてその問いに、フィーは隠すことなく答えた。
「殺されたよ。シュピュリール大陸の終の国にね」
エギルたちのいるフェゼーリスト大陸から遠く離れた大陸——〝終の国″シュピュリール大陸。
世界に四つある大陸は、それぞれ互いに友好な関係を築けておらず、別大陸に上陸することも、出国することもできない。だからエレノアも、それにセリナも、終の国という名前の場所がどこなのかわからなかった。
「わたしは元々、シュピュリール大陸の小さな村の出だから」
「じゃあさ、奴隷に固執するのは復讐? その主を殺した奴にとか」
「……それは無い。復讐をしても何も変わらない。あそこは戦争が頻発してたから仕方ないこと」
フィーの些細な言葉に、エレノアは響いた。
復讐をしても何も変わらない。その意味合いは違うかもしれないが、エレノアは今から行うことが意味がないと言われたように感じて、俯いた。するとフィーはエレノアをジッと見つめ、
「……だけど、復讐した先に何かあるのかもしれない。わたしはわからないけど、その人がその先にあるものを見出せるなら、選択肢としてはあるのかもね。ほら……終わったみたいだよ」
フィーにそう言われ視線をエギルたちに戻すと、オーガは地に伏せ動かない。だからエレノアはゆっくり息を吐く。
「……そうですね。わたくしもその先に心から喜べる幸せがあると信じて、前へ歩こうと思ってます。お話の続きはまた今度ですね。フィーさん、これからもっと沢山のお話しましょうね? 同じ主を持った奴隷として」
「私も、もっとたくさんの話がしたいかな。いい、フィー?」
エレノアとセリナがそう伝えると、フィーは少し照れているのか、フードを目深にかぶって「……まあ、いいよ」と答えた。そしてエギルたちへと向かう途中、エレノアは二人に伝えた。
「お二人と話せて、気持ちが少しだけ明るくなりました。ありがとうございます」
先程まで心にあった三人への憎悪が薄れているのを感じた。
だけど――
「いやー、あんた強いな!」
「ええ、とてもお強いですね」
「こんなに強い人いたんですね」
やっぱり違う。三人がエギルに笑顔を向ける姿を見るだけで、すぐに蘇ってくる。広く深かった憎悪の沼は、そう簡単には薄れることはなかった。拳を握るエレノアからはいつもの優しい笑顔が消えた。冷めてる。何も考えられないほどに、今のエレノアには三人の笑顔が苦しかった。そしてエギルはエレノアに視線を向けると、
「俺は先に進むが……いいんだな?」
と最後まで心配してくれていた。
側にいて支えなくていいのかと。けれど彼の優しさが、今だけは痛く苦しかった。
優しくされれば引き返したくなる。ただみんなで幸せにいられればそれでいい、そう思ってしまう。けどそれでは進めない。このままでは心から幸せにはなれない。
だからエレノアは、エギルにいつもの笑顔を向けた。ちゃんと笑顔が作れた、そうエレノアは思ったが、エギルは悲しそうな表情で頷いた。やっぱり、駄目だった。
「えっ、じゃあ僕たちも付いていきま――」
そう言って付いて行こうとするクルドの足下から、無数の剣が生まれた。それはまるで三人の動きを止めるように。そして三人は驚いたように目を丸くする。
「お前らはここに残ってくれ」
エレノアの感情と同調してるかのように、エギルの冷たい声が静かなこの場に響く。だがモルドレットは、
「残ってくれって……テメェ! なんで俺たちに攻撃してんだよ!? おいっ!」
先程まで尊敬するような眼差しをむけていたエギルを睨み付ける。昔から変わらない短気な彼の姿を見ても、エレノアの表情は変わらない。
「えっと、どうしてですか? なんで私たち、こんな状況になってるんですか?」
小動物のようにビクビクと震えだすムスリナ。
「あっ、もしかして、僕たちはこのまま帰れってことでしょうか。そういうことなら、そうさせていただきます。だからこれを解除していただけませんでしょうか?」
頭が良さそうに見せたがるクルドは物静かに訴える。
三人はエレノアを見ない。彼女に奴隷具を付けて去っていったあのときと同じように、三人がエレノアに背中を向ける。見ないならいい。だったらこのまま背中から三人を、そう思ったとき、エギルはエレノアをジッと見つめる。
「必ず、俺のとこに戻ってこい。三人一緒にだ。……約束、しただろ」
二人で朝にした約束。必ずエギルの元に戻ってくる。どんな結末だったとしても、必ず生きて帰ってくる。
復讐が正しい選択かなんてわからないし、エレノアの負った傷が癒えるかどうかもわからない。ただ前に進みたい。もしも世界中の誰もがエレノアの選択を肯定しなくても、エギルだけは、彼だけは自分を肯定してくれる。
誰も自分の苦しみを理解してくれなくても、エギルだけは理解してくれる。
哀れな復讐者で終わらない。前へ、前へ。そしてこの場を去ろうとするエギルの背中を見つめながら、エレノアは、
「ええ、全て終わらせたら――必ずアナタの元へ戻ります」
これが最後の別れじゃない。三人に裏切られたときのように背中を追って終わりじゃない。絶対にあの大好きな彼の隣を歩く。それが全てを失い、生きることに絶望したエレノアの——生きる希望なのだから。
「——お久しぶりですね、三人共」
さあ、決別の時だ。
昔の楽しかった記憶と、昔の憎しみの記憶に。
そして幸せな明日へ歩くため。