裏切られたSランク冒険者の俺は、愛する奴隷の彼女らと共に奴隷だけのハーレムギルドを作る 作:柊咲
空の箱に何かモノを入れたとしても、それは何の意味も持たない。
魔物の巣窟だったゴレイアス砦から魔物が消えたとしても、人々が住めないならば、そこはただの子供が作った秘密基地でしかない。
もし、その秘密基地に人が暮らすなら、生活の道具を揃え、家を建てなければいけない。
人間が生活するのに必要なモノが揃っていない空箱に入ろうとする者など、この先も現れないだろう。そして、秘密基地から王国になることは永遠にないだろう。
戦うことだけを生業としていたエギル・ヴォルツにとって、その少しの中身を用意することは、どんなクエストよりも難度が高く難しいことだった。
「──用件はわかりました。ただその条件では、少し厳しいですね」
ゴレイアス砦の中心部にある廃城。
そこを拠点にエギルは、王国や街を渡り歩いている旅商人と会談をしていた。
即席で用意したテーブルに肘を付いた小太りの商人は、よく手入れされた髭を触りながら難しい表情を浮かべる。
「……エギルさんの冒険者としてのお噂はあちこちで聞いております。最強のSランク冒険者の称号をお持ちで、周りの冒険者からの信頼も厚い。新しく冒険者だけの王国を作ると聞いて、わたしもそのお手伝いをしたいと思いました」
「だったら──」
「ですが、それは人間としてのわたしの意見であって、一商人としての意見ではありません。一商人としての考えであれば、エギルさんの助けにはなれないのです。いくら冒険者として優秀であったとしても、今この『無名の王国』で暮らす住人がいない以上、──言葉は悪いですが、全く稼ぎにはならず、時間の無駄になってしまいます」
「……」
「申し訳ありませんが、もう少し住人を集めるとこから始めるのがよろしいかと。──残念ですが、人の住まない王国を王国とは言いません。それでは、失礼いたします」
彼は立ち上がり、深々と頭を下げて部屋を出て行く。
まだ名前の無いこの『無名の王国』には、エギルたち六人と、昔からの付き合いで移住してくれたゲッセンドルフとハボリック、それとゴレイアス砦侵攻戦のクエストを依頼したハルト、あとは百名ほどの冒険者しかいない。
「……また、駄目でしたか?」
商人が出ていった扉から、入れ違いのように光沢のある濃い赤色のドレスを着たエレノアが部屋へと入ってくる。その表情は、エギル同様に暗い。
エギルはこの数日間ずっと浮かべていた苦笑いで答えた。
「ああ、人がいないとこで商売をしても利益が生まれないってさ。まあ、その通りだよな」
エレノアが幼なじみと決別したあの日、
──ここに王国を作る。
と決意し、エギルはハボリック、ゲッセンドルフなどの仲間たちと共にすぐ行動に移った。
Sランク冒険者として名を馳せたエギルであったが、王国を一から作るために、数多くの歴史書に目を通し、商人から指導を受け、学んだ。
その時に手本としたのは、既存の冒険者が主体となって作られた王国だった。
その王国も、始まりはエギルの王国と似ていた。まずは意見に賛同してくれる少数の冒険者を集め、その次に住民を集め、生活を不自由なく過ごすために、商品を運んでくれる商人を呼び込み、そこで商売を根付かせた。
少しずつ人口を増やしていき、その王国は規模を拡大させ──結果として、大陸中に名を馳せる王国となった。
最初は、エギルの冒険者としての功績や人柄でここを拠点にしようと懸けてくれた仲間がいた。
けれど、他の重要な部分が全く進まなかった。
冒険者が暮らすだけの生活環境も治安も優れてるとはいえない、始まったばかりのこの場所に移住してくれる者はいない。結果、住民がいないから生活を支える商人も足を運んではくれない。
この無名の王国にはどれ一つとしてない。
何も無いから、誰もここに足を踏み入れることも、住もうともしない。
「……市井の方々に住んでもらえるよう、ハボリックさんが主体となって行っていただいたとのことですが……難しい、ということでしたよね」
「ああ、ここには十分に暮らせる家なんかはあるが、食料などを売りに来てくれる商人は訪れてくれないからな。冒険者の装備の手配や修理なんかだったら、今でも十分商売ができるからさっきも話したんだが……まあ、みんなから同じことを言われる」
「……冒険者の装備類だけでは市場は潤いませんし、他の国で商売した方がいいですものね」
「住民を増やそうとしても、移住するだけの良さを見せられない……厳しい現状だな……」
「王国を作るというのは大変なことです。わたくしたちは先人が用意した箱に、何の疑問を持たずに入って、何も考えないで暮らしていた、ということですから……」
レヴィアはエギルに〝先導者の器″があると言った。
だが、エギルの元に集まってくれたのは年数を重ね、信頼を向けてくれる冒険者たちのみ。こんな自分が、本当に人の上に立つべき存在なのか、それすら疑問に思ってしまう。
「──いや、腐ってはいられないな」
現状は苦しいが、そんなのは何かを一から始めようとしたなら当然のこと。
それを悩んでいても進まないし、立ち止まってもいられない。一度決意したのだから、エギルはやるしかない。
「俺を信頼してついてきてくれた仲間たちのためにも、俺は立ち止まるわけにはいかない。それに」
エギルは立ち上がり、エレノアの元に向かう。
悲しそうな表情をする彼女の頬に手を触れ、笑顔を向ける。
「何があってもエレノアたちを守ると決めたんだからな」
すると、エレノアの表情には笑顔が戻る。
「はい。ゆっくりと、まずは一歩を踏み出しましょう。それがエギル様がお作りになったギルド──《理想郷への道》の目的なのですから」
「ああ、そうだな」
エギルを信じてついてきてくれる彼女たちを幸せにすると決めて作ったギルド。
エギル自身がその道標となって、辛い過去を背負う彼女たちに理想としていた幸せを掴んでほしいという願いを込めて名づけた。
ここで嘆いていても仕方ない。やれることをやって、それでも駄目なら新しい方法を考える。そうやって、一つずつ完成していくしかない。
「俺はもう少し調べものをする。他のみんなはどうしてる?」
「皆さんは住民区の清掃をしてます。わたくしも戻ってお手伝いする予定です」
「そうか。いつも任せてすまないな」
「いえ、これぐらいしかお力になれませんから」
「そんなことは──」
ない、そう言おうとしたが、続きはエレノアの唇に止められた。
そして、顔を離した彼女は、少し寂しそうな笑顔を浮かべた。
「ふふっ、冗談です。それでは、行ってきますね」
「あ、ああ、頼むな」
部屋を出るエレノアの後ろ姿を見送って、エギルはため息をつく。
「どうにか打開策を見つけて、みんなに楽をさせないとな」
まずはここで暮らしてくれる住民の確保を目標にもうひと踏ん張りしなくてはと、自分に言い聞かせるように、エギルは資料に目を向けた。