裏切られたSランク冒険者の俺は、愛する奴隷の彼女らと共に奴隷だけのハーレムギルドを作る 作:柊咲
幼い頃のフィーはモノだった。
それは、捨てられたモノと称すのが正しいだろう。
物心が付いた頃には両親は既におらず、気付いたら終の国の貧民街にいた。
生まれてからずっと誰からの愛情を受けてこなかった。そんな彼女は、捨てられた物を拾い、人の物を奪い、時には誰かを傷つけることで、生きる方法を見出してきた。
それが良い行いか悪い行いかなんて、当時のフィーは知る由もない。なにせそれを教えてくれる者がいないのだから。
そんなフィーがおそらく六歳になり、いつものように貧民街でその日を生きる為にもがいていた、ある日のこと。
「そこに誰かいるの?」
同じくらいの背格好の少女に声をかけられた。
その少女はなぜか目を閉じて杖をついていた。
当時のフィーは、言葉というのを知らない。なので自分に声をかけられたのか、それすら分からず、威嚇するように唸り声を上げた。
「グルルルルッ!」
自分に敵意を向けたら殺す、自分の食料を奪ったら殺す、そういう意味を込めて。
そんなフィーの訴えに、鮮やかな緑色の髪の少女は、フィーに優しく声をかけた。
「あら、わんちゃんでしたか!」
フィーの威嚇に動じなかった。
そして少女はフィーへと手を伸ばす。まるで撫でようとする仕草で。見下されたような態度だと思ったが、これまで、生まれてからずっと人として見てもらえなかったフィーにとっては、不思議と嫌な気分はしなかった。
なのでその差し出された手を握った。
以前、食料を盗みに行った酒場で、大人が握手してるのを目にして、そうするのが良いと思ったのだ。すると、目を閉じたままの少女は悲しそうな表情を浮かべる。
「あなたが……そうだったのですね」
「ガルッ?」
「……ううん、なんでもないの。私の名前はユリシス! 一緒に遊びましょ!」
ユリシスと名乗る少女は、フィーの手を引いて貧民街の暗い路地裏を抜ける。
貧民街が陰であれば、城下街は陽。そしてフィーは、太陽の日差しが照り付ける城下街が嫌いだった。
周りの者が、フィーを汚物でも見るかのような視線を向けてくるのだから。
だが、これまでの経験でフィーは分かっていた。このユリシスという少女は高貴な位の人間だ。このままついて行けばきっと食料が盗めるはずだと。
そして、その予想は的中した。
連れて来られたのは大きな屋敷だった。そしてその屋敷に仕えているメイドが、ユリシスとフィーを見て目を丸くする。
「ユリシスお嬢様、どうなされたのですか!?」
「この子、城下街にいたのよ」
「どうして……その薄汚い娘は貧民街の娘でございます」
メイドはフィーを値踏みするような視線を向ける。
それに敵意を感じたのか、フィーは威嚇するように唸り声を発する。すると、メイドはフィーへと憐れむような視線を向けた。
「……言葉を教わらずに捨てられたのね。ユリシスお嬢様、すぐにその娘から離れてください。危険ですから」
近付いてくるメイドを、フィーは威圧するように睨み付ける。周囲からは他のメイドや執事が現れる。だが、ユリシスは握った手を離さなかった。
「いやよ! だってこの子はずっと一人で……。うちで一緒に暮らすんだもん!」
「暮らすって……ユリシスお嬢様、この娘は」
「あなたもいいでしょ? ここで一緒に暮らしましょ?」
フィーにはどんな会話がユリシスとメイドたちで繰り広げられてたのはわからない。ただ握られた手は温かく、初めて受けた人の――本来は両親から最初に与えられる温もりを、フィーは手放せなくなっていた。
それから、フィーはこの屋敷で暮らすことになった。
食事をユリシスと共にして、ユリシスから言葉を学び、人としての普通の生活を初めて知った。
暮らし始めた頃はキッチンから食材を盗んだり、夜中に屋敷から逃げ出そうとしたが、それをユリシスは「駄目!」と叱りながらも、フィーを抱きしめ離さなかった。
今になって思えば強引で我が儘な少女だったが、この出会いはなければ、フィーはいつ野垂れ死んでいてもおかしくわなかった。だから、彼女がフィーを救ってくれたのは間違いない。
それから時が経ち、フィーは言葉を覚え、世間の常識、そして人間としての作法を学ぶと、ユリシスが目の見えない──生まれつき盲目の少女であることを知った。
フィーはユリシスに問いかける。
「……ユリシス、どうしてあの時、わたしを貧民街から連れ出してくれたの?」
「あの時……? あっ、フィーをわんちゃんと間違えた時?」
「そう」
「あれは……ふふっ、なんでかしら。わからないわ。……ただ、そうね。あの日、目が見えなくてもフィーを感じられたからかしら」
「……なにそれ」
「なにかしらね。ふふっ」
当時はそう言われても意味がわからなかった。けれど、
「ユリシスは、フィーちゃんのことをずっと気にしてたらしいのよ」
フィーがこの屋敷で暮らし始めたのと同時期に、当時から敵対関係にあった湖の都の幼き長の華耶。
彼女とユリシスの三人で、終の国の近くにある秘密基地で遊んでいたときに、ユリシスには内緒でその理由を教えてくれた。
「ずっと気にしてた? 目が見えないのに?」
「ええ。きっと声は聞こえていたのね。貧民街に言葉を喋れない女の子がいるって。それで、両親に一緒に暮らせないか頼み込んでいたそうよ」
「そうだったんだ……だけど、どうして?」
「そうね。たぶん友達がほしかったのかしらね。私とフィーちゃんがユリシスと出会う前は友達って呼べる存在がいなかったそうよ。目が見えないから、同年代の周りの子と遊ぼうとしても疎まれてたって」
華耶とユリシスが出会ったのは、まだ彼女が湖の都の長としての自覚がなかったとき。
華耶は湖の都を抜け出し、終の国の領土内へ迷いこんだときに、終の国に追われていた華耶をユリシスが救ったのが出会いだ。
盲目で友達がいなかったユリシスと、湖の都の長として崇拝されて年の近い子と話せなかった華耶。
敵同士とはいえ、お互いの暮らす領土を知っても、二人が仲良くなるには時間がかからなかった。
「それで……。だからあの時、わたしに声をかけたんだ」
「そうね。まあ、どうして私とフィーちゃんと仲良くしようと思ったのかは、ユリシスしか知らないことね。本来なら、私とユリシスは仲良くなれる関係じゃなかったから」
敵対関係にあった湖の都の長であった華耶。けれど、そんな彼女にもユリシスは手を差し伸べた。それがどうしてなのかは華耶にもフィーにもわからない。だが、こうして一緒にいられるのはユリシスのお陰だろう。
それに、と華耶は言葉を続けた。
「ユリシスはね、生まれた時から目が見えない自分の代わりに、フィーちゃんから見た景色を教えてもらって共有したかったそうよ」
「だけど、メイドさんとか、執事さんとかいたよね?」
「……目が見える大人は、周りにたくさんいたわ。だけどみんな、ユリシスを憐れんでいたから、本当のことは教えなかったそうよ。……要するに、都合の良いことしか言わなかったのよ」
雇い主の娘だから本当のことは言わず気を利かせた──。
それをユリシスは知っていたから、大人ではない、何も知らないフィーを住まわせたということか。
「だから、フィーちゃんは大人たちみたいに嘘はつかず、ユリシスに本当の景色を教えてあげてね」
「それは、うん」
フィーが見て来た景色は決して綺麗な景色ばかりではない。時には残酷な景色もあった。だがそれをユリシスが望むというのであれば、フィーは自分が見た景色を全て伝える。それが、自分を救ってくれた、彼女への恩返しでもあるのだから。
そう考えていると、華耶ため息をつく。
「はあ、私も一緒に暮らしたいわね」
「……無理でしょ。華耶は湖の都の長なんだから」
「そうなのよね。だけど……ううん、そうよね」
華耶は何かを言いかけて言葉を呑んだ。
華耶はおそらく湖の都の長という立場を望んでいない。けれどそこからは逃げられない。その思いは華耶にしかわからないのだろう。
「でも、こうして一緒に遊べるから。ずっと、こうしていられるから」
フィーは華耶に肩を触れ合わせるように近付く。すると、華耶は笑顔を浮かべ抱き着いてきた。
「……華耶、暑苦しい」
「もう、フィーちゃんは素直じゃないんだから。こうしてギューってされるの好きなくせに」
「そんなわけ――」
「あるでしょ?」
正面から見つめられ、フィーはコクリと頷いた。
「華耶! フィー!」
そんな時、遠くでペットたちと遊んでいたユリシスが、ペットたちに連れられてやってきた。
「二人で何のお話してたの?」
「ん、なにも。ただフィーちゃんをギューってしてたのよ」
「無理やりね」
「あー、いいなー、私もする!」
両側から二人に抱きしめられる。
この温もりが、フィーは大好きだった。誰かに抱きしめられると、体温が肌を通って感じられて、安心できた。
──敵対関係にあっても、華耶とユリシスとはずっとこんな日々が続けばいいな。
当時のフィーはそう思っていた。目の見えないユリシスに、フィーが見れる景色を事細かに説明して、湖の都を抜け出して遊びに来た華耶と三人だけが知る秘密基地で遊ぶ。
毎日が楽しくて、自分の生い立ちが気にならなくなるほど幸せだった。
──それなのに。それなのに。それなのに。
そんな幸せは突如として奪われた。