裏切られたSランク冒険者の俺は、愛する奴隷の彼女らと共に奴隷だけのハーレムギルドを作る 作:柊咲
ユリシスとフィーと華耶の三人で少し遠出して遊びに行った帰り道、高台からみえた城下街は突如禍々しい炎で赤く染まっていた。
「どう、して……」
「フィー、華耶……どうしたの? なに? なにかあった……?」
終の国の城下街が、巨大な炎に包まれていた光景が目の前にあった。
「なんで二人とも、何も言わないの……?」
ユリシスには何が起きているのかわからなくても、この状況が普通ではないことだけは感じ取っていた。二人の様子もいつもと違う。ユリシスの繋いだ手にはどんどん力が入る。
三人の中でいち早く行動したのは、華耶だった。
「──フィーちゃん、私は彼らに止めるよう伝えてくるから」
華耶は瞬時に終の国へ湖の都の者たちが攻めて来たと理解したのだろう。急いで城下街へと下りて行く。
「フィーちゃん……お家、帰ろう」
「……」
フィーはユリシスの手を掴み、燃え盛る城下街を一目散に駆けた。泣き叫ぶ無数の声に立ち止まることなく、逃げ惑う人たちの姿に目もくれず、二人は屋敷へ向かった。
しかし到着した頃には、二人が過ごした屋敷は赤黒い炎に呑み込まれていた。窓ガラスは粉々に割れ、大きくあがる炎によって柱は真っ二つに焼け折れ、原型を留めていなかった。焼け焦げた臭いと、灰と煙が風に乗って二人に元まで届いてくる。
好き嫌いせず食べなさいとユリシスに叱られた食堂も、寝るまでたくさんの夢や景色の話をした子供部屋も、走って転んだ長い廊下も、三人でお喋りした花が咲き乱れる庭園も、ペットたちと遊んだ広場も。
全部。
全部全部全部全部全部全部全部──
炎に包まれ、消え去っていた。そこはもう、何も残っていない、ただの灰になってしまった。その景色に、フィーは言葉を失った。
「──フィー、教えて。私たちのお家はどうなってるの?」
隣に立つユリシスは、不安そうに真っ直ぐこちらを見ていた。
「それは……」
フィーは息を呑んだ。この状況を説明したくなかった。
ユリシスの家が燃えている。跡形もなく、全て消えてしまった。そんなこと、絶対に言えない。大好きなユリシスを悲しませるだけだ。
「……帰り道、間違えちゃった」
震えた声で、フィーは嘘をついた。絶対バレる嘘をつくしかなかった。
フィーはユリシスの手を引っ張る。けれどユリシスはその場から離れようとはせず、フィーへと、冷たく悲しい声を向けた。
「……フィーも、みんなと同じで嘘つくんだ」
「──ッ!?」
その言葉が鋭くフィーの胸に突き刺さる。痛く、苦しい。だけど、ユリシスの悲しむ表情はもっと見たくない。だから黙ってしまった。そんな時、二人の元へ目掛けて四匹のペットが走ってくる。
白ウサギはエリザベス、黒猫はフェンリル、小鳥はフェニックス、ハムスターはゴルファス。
ユリシスが名付けたのだが、華耶は変な名前だと茶化して、フィーも恥ずかしくて呼ばなかった。
その四匹のペットは、ユリシスの元へ駆け寄ってくる。
そしてユリシスは四匹を抱えて、おぼつかない足取りでフィーから離れた。
「ユリシス?」
「フィーの嘘つき。フィーだけは、本当のことを教えてくれると思ったのに」
「それは……」
「──おい! こっちにも人がいるぞ!」
フィーの言葉を遮るように、何者かがこちらへと近付き、一気に二人を取り囲んだ。その姿を見て、湖の都の者たちだとすぐに理解できた。
「──やめなさい!」
ジリジリと詰め寄ってくる大人たちの背後から、華耶の声が響く。
彼女は走ってきたのだろう、息を荒くさせ、綺麗な白い頬は煤で黒く汚れていた。
「彼女たちは……私の、友人よ。危害は加えないで」
フィーとユリシスに詰め寄っていた湖の都の民たちはゆっくりとその場を離れる。
──だが、この時の華耶の威厳は、そこまで大きくはなかった。
一本の火矢が、ユリシスの足下へ突き刺さる。それを見て、華耶は大声を張り上げた。
「やめなさい! 二人は私の友人よ!」
だが、華耶の訴えも虚しく、再び火矢がユリシスへ向けられた。
「ユリシス、こっちに来て!」
フィーは急いでユリシスの手を掴み、その場から離れた。
終の国と湖の都の争いは今回に限ったことではない。敵は誰彼構わず襲ってくる。老人であろうと、子供であろうと。そして、長く続いた争いのせいで、麻痺してしまっていたのだ。
逃げ出した二人に追っ手が向かわないように、華耶が止めようとする声が背後で聞こえた。残酷な世界で、華耶は幼い頃から長という立場のせいで重い十字架を背負わされてきた。
彼女の立場で、終の国の者であるフィーとユリシスに肩入れしてはいけない。それでも生きてほしいと願って、逃げる時間を与えてくれたのだろう。であれば、フィーができるのは華耶に迷惑をかけないこと、そして、ユリシスを安全な場所へ逃がすこと。
遠くへ、誰にも見つからない遠くへ。
二人が行きついた先は海岸だった。三人でよく遊んだ、どこまでも続く海。
フィーはそこで一隻の小舟を見つけた。
「あれに乗って逃げよう!」
ユリシスは何も言わない。しかし、悩んでる暇などなかった。すぐそこまで、華耶が足止めしてくれてる湖の都の者たちが来ている。
小舟を押して着水させる。
――早く……早く足がつかない場所まで移動しないと。
遠くに湖の都の者たちの姿が見えた。これ以上は無理だ。このままでは二人とも捕まるだけ。
しかし、片方が犠牲になって連中を止めれば、一人だけでも逃げられる。
フィーは死を覚悟した。
「ユリシス、早く舟に乗って!」
フィーはユリシスを舟に乗せようと手を伸ばす。
「──ううん、乗らない」
ユリシスはフィーの手を払い、彼女の背中を押して、小舟へと乗せた。そして今まで一緒にいた四匹も舟の中に放った。
「ユリシスどうして!?」
そして、彼女の細い腕がフィーの乗った小舟を力一杯、前へ押し出した。
魔力が込められた動力源によって、進み始める小舟の上で、フィーはユリシスへと手を必死に伸ばす。
「ユリシスも早く!」
しかし、ユリシスがフィーの手を掴むことはなかった。
「……こっちって言われても、わたし、目が見えないからわからないよ」
そう言ってユリシスは笑った。
閉じた目蓋から涙を零すユリシスに、フィーは小舟を叩いて、音を鳴らして場所を伝える。四匹も主人を恋しく思い鳴いている。
「こっちだよ! ねえこっちだよ! エリザベスも、フェンリルも、ゴルファスも、フェニックスも、みんなユリシスを待ってるんだよ! だから……も、もしかして、さっき嘘ついたから怒ってるの!? それなら謝るよ! 謝るから、ユリシスも早くこっちに来てよ!」
「……駄目だよ」
ユリシスは首を振った。
「誰か一人が残らなきゃ、捕まっちゃうよ」
そして、ユリシスはフィーに背中を向け、
「フィーが嘘ついたのは、私を悲しませないようにするためなの知ってるから! だから気にしないで、フィーは生きてね! 私の大好きな──」
──家族なんだから。
ユリシスの最後の一言は風にかき消されてフィーには聞こえなかった。
彼女はたった一人、その小さな背中は方向も定まらないのに走っていく。
決してフィーの元へ向かわせないように──自らが犠牲となって敵の動きを止めるために。
迫る大人たちの体にしがみつき、突き飛ばされても、ユリシスはボロボロの体のまま、おぼつかない足取りのままフィーを逃がすために必死に戦った。
そんな主の姿に四匹は鳴いて叫ぶ。そしてフィーは、小舟を止めようと声を張りながら動力源を操作する。
「止まって……止まって止まって止まって! じゃないと、ユリシスが……ユリシス!」
どんどんその姿が小さくなっていくユリシスに必死に声をかけるフィーだったが、その声は届かず、微かに見えたのは、ユリシスが力無く倒れた姿だった。
小舟を動かす動力源の操作を教わっていなかったことを嘆き、フィーは、無常にもゆっくりと大海原を進む小舟の上で泣き崩れた。
そんなフィーを慰めようと、四匹は彼女の側を片時も離れることはなかった。
「ユリシス……」
それからフィーは、共に主を失った四匹と共に、大陸を渡った。
命は助かった。けれど、フィーは以前のように笑うことはなくなってしまった。いつも心にあるのは、ユリシスへの後悔の気持ちだけ。
死んで償いたいのに、救ってくれたユリシスに申し訳なくてできない。生きていなければいけない。けれど、自分は幸せになってはいけないと感じた。
人形のように、ただただ時間に身を委ねるだけ。
いつかユリシスが許してくれるその時まで、ただ永遠に──。