魔境群馬・桐生ダンジョン特区〜底辺ランナーのハクスラ&ハーレム生活~ 作:Potoooooooo
▼桐生ダンジョン特区 スミレのアパート
『昨日未明から観測されている魔力嵐はさらに勢いを増しており――』
テレビから流れるニュースを聞き流しながら、スミレは一人で朝食を取っていた。
ふと、窓の外へ目を向ける。スキルを発動した彼女の目には、大気を満たす瘴気が嵐のようにうねって見えた。魔力の濃淡を視覚化する彼女の感知スキルは、危険地帯やモンスターの察知に役立つ。このスキルのお陰で、彼女のクラン内での立ち位置は、魔法使いでありながらも斥候のような扱いになっている。
携帯端末が着信音を鳴らした。ご飯を食べる手を止め、画面を見ると表示された名前は『ダリアさん』。クランの副リーダーからだった。
「もしもし……」
『スミレ? 今日も探索は無しね。とりあえず魔力嵐が収まるまでは完全休養ってことにしたから』
「あ、はい、わかりました」
『元気? ちゃんと寝れてる? 外に出ちゃダメよ』
「あ、はい。大丈夫です」
『しっかり休みなさいよね! また連絡するわ! じゃ!』
通話は嵐のように切れた。連絡用のグループチャットを使えばいいのに、彼女はいつもこうして直接電話をかけてくる。なんとも面倒見のいい姉御肌だ。スミレがまだこのクランで頑張れている理由の9割は、彼女の存在が大きい。
「休みかぁ……」
魔力嵐の日は、外に出る気も起きない。そもそも、外に出ないのがセオリーだ。町はいつも通りに見える。でも、大気に渦巻く瘴気は人を蝕む。長く晒されれば、魔力酔いを引き起こすのである。
食事を終え、手持ち無沙汰になったスミレは、寝室のベッドに寝転がった。携帯端末を開き、動画サイトを漁り始める。巣ごもりの日の習慣だった。ランナー業に役立ちそうな情報、どうでもいい情報、くすっと笑える動画。それらを片っ端から摂取していく。
(クロウさんはどうしてるのかな……)
魔力嵐の日はなんだか憂鬱だ。画面にメッセージアプリを呼び出し、彼とのトークルームを開く。何かメッセージを送ろうと伸ばした指先は、しばらく虚空を彷徨い、結局何も打てずにそそくさとアプリを閉じた。
気づけば数時間が溶けていた。
「……なんか食べようかな」
微かな空腹を感じ、もそもそと体を起こす。冷蔵庫を漁り、ヨーグルトと適当なパンを持ってリビングに戻った。
「……」
ぼそぼそとした味気ないパンを齧っていると、『ポロン』と端末に通知があった。贔屓の配信者が、ライブを開始した合図だった。スミレは流れるような手つきで配信サイトを開き、視聴を開始する。
『【桐生】おまえら見とけよ! 今日から中層でがっぽり稼ぐ!【オアシス】』
「オアシス……いいなぁ」
スミレは独りごちると、パンを口に詰め込んでリスみたいになりながら、携帯端末を両手で持ち上げた。
▼桐生ダンジョン 第三層 『オアシス』
「おっすー! 桐生の三層にあるオアシスに来てまーす! クーくんも一緒だゾ!」
「どうも……」
マキとクロウは、オアシス内にあるコテージに到着し、荷物をおろしていた。マキは配信用ドローンに向けて、ハイテンションで手を振っている。
「てかマジ空気良ッ! いや~リスナーくんたちには伝わらないのが残念だわぁ」
鬱蒼とした巨木の森を強引に切り開いて作られたこの拠点は、まるでゲームに登場するエルフの隠れ里を、大企業の資本で現代風のリゾート地へと仕立て直したかのような場所だった。
ログハウス風に統一された建物は、ダンジョンの中にいることを忘れさせるほど洗練されている。自然と人工物が混じり合ったその光景には、いびつな幻想美が漂っていた。
「部屋はこんな感じでーす! ベッドもマジいいもん使ってんねえ」
マキがベッドに飛び込み、弾むように跳ねる。
「また『お面はずせ』って言われててウケる」
「いやです……」
クロウは、マキの様子を横目に、装備品の手入れをしていた。ポータルからオアシスまでの道中でも、いくつか戦闘をこなして連携を確認し、密かな手応えを感じている。
「お、クーくんの9ミリだ。《暗殺者》付き良品と噂の」
マキは、クロウの銃にカメラを向けた。
「弾代が嵩みますけどね」
「銃使いの宿命だねえ。アタシ? アタシのは自作♡」
「いいなぁ……」
ドローンのSMGで景気よく弾をばら撒くマキだが、彼女はスキルで銃弾を製作できるらしい。材料費こそかかるものの、市販品を買うよりずっと安上がりだという。消耗品の出費に常に頭を悩ませるクロウとしては、正直かなり羨ましかった。
「ん? 『一緒に寝るのか』ってー? とーぜんじゃん!」
「いや、部屋二つありますから」
「えー」
「えー、じゃないです」
コメントに便乗して適当なことを言うマキに、クロウは慌てて訂正した。これから数日間、彼女の性的匂わせシティーガール仕草に付き合わねばならない。拳銃をホルスターに収め、バックパックを持ち上げる。
「準備できました」
「おっけー! そんじゃ行こうか! いざ第三層!」
『ビープ!』
マキの掛け声に合わせて、ビープくんも元気な電子音を鳴らした。
▼オアシス近郊 『深緑の森』
狩りは驚くほど順調に進んでいる。
マキのビープくんはアタッカーでありながらも、回避盾としてヘイトを集めてくれるおかげで、クロウのステルスアタックも活かされていた。
『ビーーーーープ!』
上空からビープくんが、オーク(二足歩行のムキムキ猪頭)の集団を襲撃して炸裂弾をばら撒く。オークたちの足元で小さく爆発を起こして土煙が舞った。そうして錯乱したところを、隠れていたクロウが1匹ずつ確実に仕留めていく。
あっという間に、5体のオークは討伐された。
「ナイスー!」
マキがクロウに親指を立てる。
この環境は、遮蔽物が多く、クロウのビルドとは相性が良い。そのため、ステルスボーナスを乗せやすく、それが一方的な戦いの要因だった。
逆に奇襲されるリスクも存在するが、対策としてマキは小型蜘蛛型ドローン『スカウトくんmarkⅡ』に周囲を常に警戒させている。
スカウトくんは斥候特化の小型ドローンだ。木の上をカサカサと動き回り、八つのオプティクスセンサーで周囲を警戒している。
マキ曰く、将来的には「光学迷彩積みてーのよー」とのことだった。
「新手はいなさそうですね」
「だねー」
クロウ自身も、『狐のバリスティックマスク』によって感知能力を補強している。周囲に敵影がないことを確認して、ドロップを拾い集めた。
「結晶でっかぁ……♡」
マキが拾い上げたDM結晶を掲げて感嘆の声を漏らす。リスナー向けに、いくらか狙っている感はあるものの、傍らで聞いていたクロウはビクッとした。
「純度も高そ~。まじウマウマ。てゆーか、オークかたくねー? クーくんの火力無かったらもっと時間かかってんねこれ」
オークは耐久力が高く、大抵の場合集団で行動する。今のクロウであれば、ステルスクリティカルが決まればワンパンも余裕だが、正面切っての戦闘は危険な相手である。
「マキさん……とビープくんのお陰です」
『ビープ!』
ビープくんがニコニコ笑顔をディスプレイに映してクロウの周囲を回る。
「もっと大物狙っちゃうー?」
「熊ですか?」
「そそ。コメントで『熊がうまあじでおすすめ』ってみんな言ってる!」
「それ罠ですよ……」
マキを酷い目に遭わせたいリスナーたちの誘導にツッコミを入れつつ、戦利品をバックパックに詰め込んで立ち上がる。
「どんどん狩っちゃうぞー!」
その後も二人は何度かオークの群れを発見し、その都度危なげなく討伐を重ねていった。第三層のモンスターは、一層や二層のそれよりも遥かに手強い。だが、マキのドローンによる攪乱と索敵、そしてクロウの奇襲は驚くほど噛み合っていた。
自分が確かに第三層を攻略できている実感がある。ソロではこうもいかなかっただろう。数をこなすごとに、互いの動きも自然と噛み合っていく。マキがチームプレイに手慣れているというのもあるだろう。クロウはそれに引っ張られる形で、連携を成熟させていった。
そんな調子で森を攻略していた二人だったが、ある場所でクロウがふと足を止めた。
「? クーくんどったの」
マキが、クロウの肩に顔を寄せて、視線の先を覗き込む。上空に木々が生い茂り、日の光が遮られた薄暗い緑の回廊の先に、切り立った崖がそびえたっている。
「あそこ、洞窟の入り口が隠れてます」
「え、マジ? 何も無いけど」
それは、隠しマップへの入り口だった。狐のお面についているMOD『視野確保+』の効果により、クロウはそれを発見していた。
(こういうパターンもあるんだな)
クロウは心の中で呟いた。もしかしたら、一層や二層でも、こうした隠れた入り口が見つかる可能性があるのかもしれない。宝箱にばかり意識がいっていたが、そうであれば……。少しだけ胸が高鳴った。
2人が近づいていくと、マキもようやくそれを知覚した。崖に裂け目のような入口があるが、魔力的に隠されていたようなのだ。
「隠しマップキター! お宝の予感!」
「行きます?」
「トーゼン!」
「了解……っ」
クロウの返事にも力がこもる。順調な探索で積み重なった手応えと、仲間といる安心感が、クロウの判断を少しだけ大胆にさせていた。
「行こ行こー! おら、リスナーども見とけよー! 神ドロ引くぞ!」
鼻息荒く配信を煽り立てるマキに続いて、クロウも入口へと足を踏み入れる。薄い膜を押し分けるような魔力の抵抗感が全身を撫で、次の瞬間、ひんやりとした冷気が二人を包んだ。
洞窟内は薄暗かったが、『視野確保+』の恩恵を受けたクロウの視界には、湿った岩肌の凹凸まではっきりと映っていた。
「暗ぁっ! ちょっとみんな見えてるー?」
マキは配信用ドローンの映像設定を気にしつつ、ゴーグルを取り出して装着した。
「てかクーくんは?」
「大丈夫です」
クロウは軽くお面を叩いた。
「そのマスク万能ぉ~」
二人は周囲を見回した。敵の反応はないが、岩肌には白い糸のようなものが幾重にも張り巡らされ、ところどころでは太い束となって天井へと伸びている。
「蜘蛛の巣みたいですね」
「だね~」
『?』
壁に張り付いたスカウトくんが小首を傾げる。そのまま、センサーを赤く点滅させながらカサカサと先行していった。
クロウも、感覚を研ぎ澄ませる。マキもドローンから送られてくる情報を処理しながら、配信も忘れない。互いに役割を果たしつつ、二人はさらに洞窟を奥へと進む。枝分かれした道はなく、一本道。獲物を奥へと誘い込むかのように、深く続いている。奥へ進むに連れ、白い糸はその量を増していった。
「……うーわ」
マキが足を止める。岩壁には、白い繭のような塊がいくつもぶら下がっていた。よく見ると、その一つから猪のような鼻先が覗いている。
「オークが餌にされてるぅ~モンスターパニック映画みたいだねえ」
リスナーたちと軽口でじゃれ合いながらも、彼女は警戒を怠っていない。視線を油断なく周囲に走らせている。
「この奥、もっと広くなってるねぇ。ボス部屋かも」
マキは、蜘蛛糸の繭に閉じ込められた熊の死体を見上げた。分厚い前脚だけが、白い糸の隙間から突き出ている。天井からぶら下がる繭の中身は、どれも全身を蜘蛛の糸で拘束され、完全に絶命したモンスターたちだ。特にこの熊は、第三層でもかなりの強敵のはず。それがまるで戦利品のトロフィーかのようにぶら下がっている。配信越しにその光景を目にしたリスナーたちにも、動揺が広がった。『やばくね?』『やべえよやべえよ…』『帰ろうよ』などと、コメントが加速した。
「手ごわそうですね」
クロウの神経がじわりと熱を帯びる。――この先に、この巣の主がいる。
やがて洞窟は開け、巨大な空洞へと繋がった。広間の中央にいたのはエーテル熊だ。あれが巣の主――ではない。熊はクロウたちを待ち構えていたのではなく、周囲に向かって唸り声を上げていた。落ち着きなく、ぐるぐると同じ場所を歩き回っている。その様子は明らかに異常であり、二人は物陰に身を隠した。
熊は、まるで何かを恐れているかのようだった。
「あ」
マキが小さく声を上げると同時に、クロウもそれに気づいた。二人が見上げた先で、天井に張り付いていた巨大な影が、熊へ向かって落下していたのだ。
次の瞬間、轟音と共に地面が揺れる。
「ギャァウ」
熊の断末魔の叫びがこだました。突如現れた漆黒の巨大蜘蛛が、熊へと覆い被さったのだ。熊が暴れるも、その抵抗は長くは持たなかった。
『~♪』
蜘蛛はまるで鼻歌でも唄うかのような気軽さで、あっという間に熊を糸でぐるぐる巻きにしてしまった。その動きにはどこかコミカルさがありながらも、やっていることはえげつない。白い糸で全身を覆われた熊のオブジェができるまで、そう長い時間はかからなかった。
――怯んでいる暇はない。
クロウは隠匿歩法を発動させた。その姿が空気に溶け、完全なステルス状態へ。同時に、マキもドローンへ指示を送り始めていた。ビープくんが注意を引きつけ、その間にクロウが接近し射程圏内からステルスクリティカルを叩き込む――ここまでの探索で何度も繰り返し、磨き上げてきた必勝パターンだった。
「いっけー! ビーくん!」
『ビープ!』
ビープくんが高速で飛翔し、巨大蜘蛛のデカい図体に炸裂弾をフルオートで叩き込む。爆炎が漆黒の甲殻を覆う。だが、不気味な複眼はビープくんを捉え続けていた。
『ギチッ』
蜘蛛の無数の瞳が、小さなドローンを捉える。 爆炎を切り裂き、白い糸がまるでレーザーのように射出された。
『ビープ!』
ビープくんは急制動をかけ、紙一重で回避する。
「ひ~~~~回避ぃ! 頭フットーしそうだよぉ!!!」
マキの悲鳴が聞こえる。なんだか楽しそうだ。
「あいつ感知能力めっちゃ高いんですけどぉ! クーくん! がんばぁ!」
彼女の声援を背中に受け、クロウは急所看破を発動した。複眼の下、わずかに柔らかい部分が赤くハイライトされる。極めて高い知覚能力を持つ代償に、その感覚器官が弱点であるらしい。正確に狙うには、さらに接近する必要があった。
蜘蛛はビープくんへ糸を乱射しながら、苛立つように脚を振り回している。クロウはボス蜘蛛の高性能な感知能力をもすり抜け、その暴れ回る蜘蛛の脚を、転がるように掻い潜った。岩壁に突き刺さった脚が、粉砕した石片を撒き散らしている。クロウは蜘蛛の懐へと滑り込み、銃口を持ち上げ、照準を急所へと合わせた。
直後、《暗殺者》の9ミリ拳銃から小さな銃声が響き、亜音速弾が急所に叩き込まれた。ステルスアタックと、急所クリティカル。この二つの補正で跳ね上がった凶悪なダメージが、一度にボス蜘蛛のHPの大半を削り飛ばした。
『ギチチチチチチチッ!』
耳障りな不協和音が鳴り響き、ボス蜘蛛は狂ったように暴れ始める。
「うわー! さすがにワンパンならず! クーくん! 離脱して!」
間髪入れず、隠れていたスカウトくんから催涙スモークボムが射出されて、クロウの離脱を支援する。
ぼふんっ。
間の抜けた音が響く。射出された催涙スモークボムは、ボス蜘蛛の複眼へとクリーンヒットした。
『ギィィィィィィィィィッ』
苦しげな絶叫が空洞に反響する。ボス蜘蛛には感知されたはずだが、追撃はなかった。
『ギィィィィィィ…………』
――あれ? 思ったよりも苦しんでるな?
クロウはスモークから転がるように抜け出た。そして振り返ると、ボス蜘蛛は引っくり返り、脚をばたつかせていた。やがて、その八本の脚はピクッ、ピクッと弱々しく痙攣し……動かなくなった。
「おお」
ボス蜘蛛を討伐したのだ。クロウは感嘆の声を漏らした。だが今度は、「え?」と、マキの間の抜けた声が響く。
「うん?」
クロウはマキを振り返った。役目を終えたスカウトくんが、マキの体をよいしょよいしょと登っている。
「えーと、倒しました、よね?」
「……あー、なるほどねー」
コメント欄を流し見ていたマキが、納得したように頷いた。
「あの蜘蛛の複眼、高性能すぎて逆に状態異常ダメージに異様に弱かったわけね」
本来、催涙スモークボムは相手の動きを鈍らせるための嫌がらせ程度のデバフだ。しかし、高性能な感知器官である複眼を持つこの蜘蛛にとっては、その刺激が致命的だったらしい。持続ダメージがとんでもない倍率で増幅され、クロウが与えたダメージと合わさって、まるで即死でもしたかのような有様となってしまったわけだ。
『?』
ボク、なにかやっちゃいました?――スカウトくんはそう言うかのように、マキの肩の上で小首を傾げて見せた。