魔境群馬・桐生ダンジョン特区〜底辺ランナーのハクスラ&ハーレム生活~ 作:Potoooooooo
▼桐生ダンジョン特区 メインエリア スミレのアパート
ベッドから起き上がったクロウとスミレは、ソファに並んで朝食を食べていた。
テレビからは天気情報が流れており、魔力嵐の観測についてキャスターが見解を述べている。クロウは隣のスミレを見下ろした。
「お昼過ぎにはやむみたいだね」
返事はない。彼女は体中にまとわりついた気怠い心地よさを覚えながら、背中を丸めて下を向き、もそもそとパンを齧っている。調子は悪くないどころが、とても良い。でも、腰の重さだけはどうしようもなかった。ずくん♡と下腹部に鈍い疼きが残っていて、時折パンを持つ手が震える。
クロウはもう一度声をかけた。
「スミレちゃん?」
「ひゃいっ!」
スミレはびくんっ、と肩を跳ねさせて顔を上げた。その顔は真っ赤で、小動物のような瞳がクロウを見上げている。今日、朝起きてクロウに抱きついているのに気づいた時の心臓の跳ね上がりと来たら、ダンジョンでモンスターと戦うとき以上のものがあった。
昨日一日中、朝から晩まで抱き潰されたのは妄想でも夢でもなかったんだ……。
いまも胎内にどっしりと居座る彼の遺伝子の重みが、内側からじわりと熱を放ち、クロウのモノになったことをしっかりと自覚させていた。
「魔力嵐。今日にはやむって」
「あ、そうなんですね、えへぇ……」
スミレはクロウに向けて小さくはにかむが、すぐに「ぁ……」と、何か大事なものを思い出したような表情になった。つい、重たく切実な溜息が漏れて、クロウにばっちりと聞かれてしまう。
「はぁ……」
「大丈夫?」
「あ! いやこれはそのあの」
スミレは、アワアワと口をパクパクとさせた。クロウに向けたものじゃないのに、もしかしたら彼を不快な気持ちにさせてしまったかもしれない。そんな焦燥感でパニックになって、「あの」「その」と意味のない言葉を並べ立てる。以前の彼女なら、適当な嘘で塗り固めてその場をしのいでいたかもしれない。
だがそんな彼女の肩を、クロウはギュッと抱き寄せた。
「落ち着いて」
「あびゃっ」
不意のスキンシップに、スミレの体は跳ね上がった。彼に肩を抱かれ、のぼせ上がった頭が彼の心音で落ち着きを取り戻す。その代償として、スミレの頬は真っ赤に染まった。
「もしかしてクランのこと?」
「……」
スミレは俯いた。あまりにもわかりやすい反応だ。自分でも情けないが、彼の前では隠し事などできない気がする。彼女は上目遣いで、縋るようにクロウを見上げた。
「スミレちゃん。クラン抜けて俺とやろう」
「ほひっ?」
彼らしくない強引な提案だった。拒絶する理由はない。自分の人生は彼に捧げたようなものだから。でも、スミレの心の中にはまだ小さな引っかかりが残っていた。
「だからさ、話してみてよ。何があったか」
「ええっとぉ……」
スミレはしばらく、もじもじとしていたが、クロウは焦らず彼女の言葉を待った。やがて、消え入りそうな声で、彼女は現状を話し始めた。
「……実はぁ……、クランがわたしのせいで揉めちゃってぇ……」
事の始まりは、ダンジョン探索中における彼女のミスだった。そのせいでチームは半壊。リーダーが蘇生施設送りになった。問題はその後だ。リーダーはクラン会議でスミレのミスを吊し上げ、蘇生費用をスミレに補填させようと画策した。スミレは隅っこで縮こまり、甘んじて受け入れる覚悟だったが、彼女の予想に反して会議は紛糾した。蘇生費用はクランの共有プールから賄うというのが、クラン内のルールだ。そのルールを恣意的に捻じ曲げようとするリーダーの姿勢は、少なくない人数の反発を招いた。特に副リーダーであるダリアの怒りは凄まじかった。
恋人でもあるリーダーに対して、「一人の責任にして押し付ければいいと思っているその傲慢さが気に入らないわ」とまで言い放った。彼女がそこまで激怒した理由はきっと、ルール無視だけが原因ではないとスミレは感じていた。
(ダリアさんはいつも私を守ってくれた)
危なっかしくて、陰キャで、自信がない。そんなスミレを、世話焼きの彼女は放っておけなかったのだろう。だから、ダリアは自分のこと以上に憤ったのだ。
争いを避ける性分であるスミレは、自分が費用を支払ってでも事態を収拾させることを望んだ。だがそれが、かえってダリアの怒りに油を注ぐ結果となった。ともかくクランは、泥沼の大揉め状態になっている。
自分のせいでクランが空中分解しそうな状況にあることは、彼女にとって耐え難いストレスだった。魔力嵐による休暇が明ければ、またあのギスギスとした空気の中に身を投じなければならない。しかも、リーダーとダリアの仲を引き裂いてしまった。彼女は「いいわよ、あんなやつ」と鼻を鳴らして気にしないように言ってくれたが、スミレの気分が酷く落ち込むのは防げない。
正直、今すぐにでもクロウの手を取ってクランから抜けるべきだ。でも、自分のために怒っているダリアに不義理を働きたくない。そのスミレらしい悩みに、クロウも共感せざるを得なかった。
「……どうにか解決したいね。その副リーダーさんと、一度話してみよう」
「はい……」
スミレは携帯を手に取り、ダリアとのトークルームを開いた。
▼桐生ダンジョン特区 メインエリア
ダリアとは昼過ぎにメインエリアの喫茶店で落ち合うことになった。
約束の時間になり、クロウとスミレは喫茶店に足を運んだ。メインストリートから外れた場所にあり、その店構えは、隠れ家的な佇まいをしている。その洒落た外観は、いかにも女性客に人気がありそうだった。
二人が入り口の軒をくぐると、既にダリアは中で待っていた。彼女は手を振りながら席を立ち、二人に手招きした。金髪の長いツインテールは艷やかで、よく手入れされていた。強気な光を湛える碧眼は、彼女がただのギャルでないことを教えてくれる。
店内にいたのは彼女と、常連らしき年配の女性、それから眼鏡をかけた壮年の男性店主だけだった。
浅黒い木製の天井がやけに低く、クロウは温かみよりも圧迫感を感じる。テーブル同士の間隔も狭く、二人は一列になってその間を縫うようにダリアのもとに歩み寄った。
「スミレ! ちゃんと寝て――るみたいね。なーんだ。心配してたけど元気そうじゃない。――ちょっと待って」
ダリアはスミレの顔をまじまじと眺めた。
「なんか肌ツヤツヤじゃない?」
「あ、あのダリアさん……」
「っと、そっちが例の男?」
「はぁい……クロウさん、です……」
紹介され、クロウは軽く頭を下げた。
「どうも」
「ふうん。ま、座りましょ」
クロウとスミレが並んで座り、その向かいに座ったダリアは腕組みして二人を交互に見た。
「あっ、ふーん」
ダリアは意味深げな表情で、コーヒーを一口飲んだ。
「なんですか」
「べつに?」
あのスミレが男と並んで座っている。どころか、ほとんど引っ付いている。それだけで、二人の距離感はだいたい察しがついた。
彼女は改めてクロウを眺める。
(そんな悪いやつじゃなさそう。ま、弱っちそうだけど)
クロウの第一印象を、彼女はそう評した。それからカップをソーサーへ戻し、品定めするようにすっと目を細めた。
「クロウくんね。スミレを引き取りに来た、ってところ?」
「それもあります」
「アンタ、スミレと上手くやれるんでしょうね」
クロウは返答に含みを持たせたが、ダリアの関心はスミレがクランを出て上手くやっていけるかに向いていた。まるで、保護者面談だった。『先生、うちのスミレをよろしくお願いします』みたいな。この場合、クロウは淫行教師ということになる。
「大丈夫です」
「……そう」
彼女はクロウの心の内を図るようにしばらく見つめていたが、やがて観念したように目を伏せた。
「スミレがいいなら、それでいい。でも、泣かせたら承知しないんだから」
クロウよりも、スミレがびくんっ、と体を跳ねさせた。なぜなら、ベッドの上でずっと鳴かされたから。
「……スミレ?」
「え、えっと、えへへ。ごめんなさいダリアさん、ありがとうございます……」
「いいのよ。こっちこそ、ごめん」
スミレがクランをやめる話は、あっさりと片がついた。だが、さらに話は続く。
「クラン内の揉め事について教えてください」
「……スミレの件とは話が別よ。部外者が首を突っ込むのは感心しないわね」
スミレをちらりと見やってから、彼女はクロウに答えた。スミレは申し訳なさそうに縮こまる。
「スミレちゃんは、あなたが困っているのを見捨てて逃げたくないんですよ。内部だけで解決できる見込みはあるんですか? 」
「……」
ダリアは返事をしなかった。眉間には深い皺が刻まれ、苦々しげに唇を結んでいる。クロウは急かさず、その返事を待った。重苦しい沈黙が店内に降りる。
スミレはそわそわと二人の間で視線を行き来させ、ついにその空気に耐え切れず、口を開きかけた。しかし、ダリアは小さく手を上げてスミレを制し、一呼吸置いてから、静かに続けた。
「どこまで聞いてる?」
「概要は……。探索中にスミレちゃんがミスをして、リーダーが死んだ。それで、その蘇生費用の扱いで揉めていると」
クロウは自分の把握している話を掻い摘んで伝える。ダリアは最後まで黙って聞き、小さく息を吐く。
「そうよ。確かにスミレはミスをした。でも、いずれ起きたことよ」
「……?」
ダリアは詳細を語る。その日、クランは第二層地下で狩りを行っていた。薄暗く、入り組んだ迷宮では、知覚に優れたランナーの存在は狩りの効率・成否を左右する存在だ。パーティー内でのスミレの役割は、まさにその斥候・探知役だった。
「えぇ……?」
思わずクロウは声を漏らしてスミレを見た。スミレは思い出したくもないのか、ギュッと目をつぶっている。
――スミレちゃんが斥候?
クロウが知っているスミレは、魔法使いビルドであり、それも状態異常や継続ダメージに特化した構成だったはずだ。彼女は確かに、魔力の濃淡を見分けることのできる感知スキルを持っている。ただしそれはあくまでも補助的なものであり、本職の感知スキルの持ち主とは比べるべくもない。それでも彼女は役に立とうと必死に頑張っていた。その成功体験が、クランに「スミレ一人で十分だ」という慢心を生んでしまった。
「つまり、スミレちゃん一人に索敵を頼り切っていた……」
「ええ、ほとんどね。環境激変が起きて、狩場を地下に移すまではうまくいってた」
地下の瘴気溜まりがそこかしこにある環境は、スミレの感知スキルとすこぶる相性が悪かった。魔力感知なんて当てにならない。スミレは混乱と焦りでミスを連発し、最終的には高濃度の瘴気を纏うエーテルキノコを隠れ蓑にしたダンジョン・クローラーのアンブッシュを見抜くことができず――
「うちのリーダーはクローラーに奇襲攻撃されて死んだの」
「……」
「あー、うあー、あうあうあー」
横でスミレが現実逃避するように情けない声を漏らしていたので、その背中を擦ってあげる。
聞いて分かった。それは、人ならば誰でもミスをするだとか、そういった次元の話ではなかった。クランの歪なメンバー構成に端を発する問題であった。
「改善しようとはしなかったんですか?」
思わず、責め立てるような言い方になった。ダリアは口元をぴくっと動かしたが、怒ることはなかった。一触即発、とまではいかないものの、不穏な空気を敏感に感じ取ったスミレが擁護する。
「だ、ダリアさんは感知スキルをとってくれててェ……」
「ダリアさんだけ?」
「……私と、もう一人。ヒーラー役の子がね」
「他は……?」
「持ってない。恥ずかしい話、必要性を理解してなかったってことよ。私たちだけじゃ、スミレをカバーしきれなかった」
ダリアは力なく息を吐いた。
ソロ専でやってきたクロウにも、この程度の知識はある。索敵の専門家がいないなら、本来はパーティー全体でその役割を補い合うのがセオリーだ。前衛も後衛も、それぞれ索敵系のスキルや装備を少しずつ積んで、一人に負担を集中させない。しかも、彼女たちのクランの場合、本来ならば索敵が本職でないスミレにその負担を負わせていた。
問題を認識していたメンバーが改善を訴えても、「上手くいってるから今まで通りでよくない?」と、成功体験に縛られたメンバーは耳を貸さなかった。あまつさえ、蘇生施設行きになったリーダーは、スミレ一人に責任を押し付けようとする始末。
「……それがなんで、蘇生費用を払わせようっていう話しに?」
クロウの疑問はそこだった。ミスの責任を一人に被せて、組織としての欠陥を見て見ぬふりをするのは、ありそうなことだ。でも、蘇生費用に使える積立金があるのに、それを使わない。クロウの視点では、ルールを捻じ曲げてまで彼女に蘇生費用を支払わせようとする、合理的な理由が見当たらなかった。確かにスミレは気弱で、標的にしやすい女の子ではある。
「腹いせとか?」
「……私も最初はそうだと思った。ダンジョン・クローラーに奇襲されて死ぬなんて、ネットで一生バカにされるようなことだし。間抜けを晒した怒りのはけ口にスミレを使ってるんだ、ってね。余りにもムカついたから一回ガツンと言ってやったの」
しかしリーダーは折れず、主張は変わらなかった。ダリアも引き下がれない。こうして、クランは空中分解を始めたのだ。
「確認させてください」
クロウは直感した。ここには、なにか別の要因が働いている気がする。
「なに?」
「腑に落ちないことがあって。積立金の用途は他にもありますか? ようは、大きい買い物をするために貯めてるとか、あるのかなって」
「そうねえ……」
ダリアは人差し指を顎に当て、天井を見上げた。
「基本的には、もしもの時に使うものだし……。ああ、クランハウスの消耗品とか?」
「なるほど」
「細かい用途までは把握してないけどね。詳しいことは会計記録見たら分かると思うけど」
「会計記録なんてあるんですね」
「当然じゃない」
「すみません、クラン入ったことないんで……」
「ああ、そうなの。クランはね、年一で調査員が派遣されてきて、会計記録もだけど、色んな書類を提出しなきゃいけないの。適合しないと助成金も打ち切られるしね。どこもその辺はちゃんとしてるわ」
ダリアにとっては、ごく当たり前の話なのだろう。なんてことない声音で、詳しく教えてくれる。しかし、その当たり前がクロウには妙に気になった。クロウが考え事をしていると、トントンとテーブルを指で叩く音が聞こえる。ダリアがクロウの注意を引いていた。
「考え事してるところ悪いけど、そろそろなんか頼んだら?」
「あ……」
男性店主のなんとも言えない顔が目に入る。スミレと一度目を見合わせ、それぞれ飲み物と、デザートを注文する。店主はニッコリと笑った。
ダリアは空になったカップを見つめながら言う。
「あんたと話してて、確かに、なんか引っ掛かってきた。――ちょっと、調べてみようかしらね」
「それが良いと思います。……俺も、できることがあれば手伝います」
「手伝うって何を? クランハウスに連れてくわけにもいかないわよ」
「んー、まあ、クランの外から見えることもあるかなと」
クロウは露骨な表現を避けて、はぐらかした。実際には、リーダーの言動を怪しんで、彼の身辺を調べてみようかと考えていた。
「……ま、いいわ。好きにして。でも迷惑はかけないでね」
「わかってます」
注文したコーヒーと、お皿に乗ったチョコケーキが運ばれてくる。香ばしい匂いに乗って、ほのかに甘い匂いがした。
「じゃ、スミレ。みんなには私から言っておくから、気に病まないようにね。いつでも連絡しなさい」
「はい、ダリアさん……」
ダリアは立ち上がり、会計すると店を出ていった。張り詰めていた空気がようやく緩む。残された二人は、並んでコーヒータイムを愉しんだ。会話はあまりなかったが、スミレはちょっとだけ浮かれていた。
(デート……!)
難しい顔をしているクロウとは対照的に、スミレはぽわわぁ……と頬を緩ませている。その様子を、年配の女性がどこか微笑ましそうに眺めていた。