コッローディに教えられた街道を半日ほど進むと、荒野の向こうに町が見えてきた。
町というより、砦に近い。
家々の外壁が隙間なく継ぎ合わされ、巨大な環状の壁を作っている。外へ向いた窓は小さく、屋根の上には弓を手にした見張りが立っていた。
エスメラルダの庇護も、マンチキンの支配も十分には届かない緩衝地帯。
野生の獄鬼から自分たちを守るため、人々が長い時間をかけて築いた町なのだろう。
門をくぐったドロシーは、帽子のつばを下げた。
黒い魔女服は、コッローディから貰った布で辛うじて繕ってある。だが、肩口からは包帯が覗き、裂けた裾の奥にはカリダにつけられた傷が残っていた。桃色の髪まで含めれば、ひどく目立つ。
それでも、町の人間が彼女へ向ける視線は思ったほど長くなかった。
荷車を引く商人。仕事を求める傭兵。路上で鉄屑を売る老人。酒場から放り出される酔客。
皆、自分のことで精一杯なのだ。
「嫌いじゃないけど、落ち着かない町ね」
まずは宿を探そうとした時、広場の奥で怒号が上がった。
「ふざけんな! もう一度言ってみろ!」
人垣の中央で、大男が短剣を抜いていた。
向かいに立つのは、痩せた細目の男だった。武器を持っているようには見えない。ところが、大男が踏み込んだ瞬間、その右手で銀光が弾けた。
指輪が形を変える。
十本の鉤爪。
次の瞬間には、大男の短剣が砕け、胸元から血が散っていた。
周囲から歓声が上がる。
「またトンワンの勝ちだ!」
「何なんだよ、あの爪!」
手品でも早業でもない。
ドロシーは変形の瞬間を見逃さなかった。
「……ARM」
思わず声が漏れた。
形も、起動時の魔力の流れも、メルヘヴンのARMに酷似している。
だが、わずかに違う。
核を巡る魔力が濁っている。使用者に合わせて馴染んだ道具ではなく、粗い術式を無理やり動かしているような光だった。
神導器とも違う。
コッローディは、神導器をこの世に数えるほどしかない秘宝だと言っていた。酒場の喧嘩に使われ、見物人が囃し立てるような代物ではない。
細目の男――トンワンは、仲間たちと肩を組んで広場を離れていく。
ドロシーはその背中を目で追った。
この世界には存在しないはずのARM。
それを作れる者が、この国に来ている。
まず間違いなく、カペルの仕業だ。
今すぐトンワンを捕らえて吐かせることもできる。しかし、ここで騒ぎを起こせば、道具を渡した者へ辿り着く前に警戒される。
ドロシーは一度だけ男たちの姿を確かめ、反対方向へ歩き出した。
宿を取る。
服を直す。
そして、夜を待つ。
*
日が落ちると、町の粗野な活気はさらに増した。
酒場からは笑い声と喧嘩の音が漏れ、路地には酔客や娼婦、客を値踏みする商人たちがたむろしている。
ドロシーは帽子を目深に被り、昼間よりゆっくりと歩いた。
トンワンはすぐに見つかった。
赤い提灯の下で壁にもたれ、仲間たちと酒瓶を回している。
ドロシーは彼らの前を一度通り過ぎた。
視線が背中へ集まったのを確かめてから、足を止める。
「ねえ」
振り返り、トンワンだけを見る。
「昼間、広場で戦っていた人よね?」
「へえ。見てたのか」
「見てたわ。ずいぶん変わった武器を使うのね」
トンワンの目が細くなる。
男の目が、彼女の顔から胸元へ、そして裂けた裾から覗く脚へと下りていく。
不快な視線。だが、狙い通り。
ドロシーは帽子を少し上げ、彼にだけ顔をよく見せた。
「私も欲しいな。ああいう、強い道具」
「お嬢ちゃんが?」
「女が強くなりたがるのは、おかしい?」
「おかしくはねえさ。ただ、それなりに値が張る」
「お金なら、少しはあるわ」
ドロシーは一歩近づいた。
自分の胸元を引っ張る。
深い乳房の谷間が、男の目を釘付けにする。
それだけで、トンワンの喉が鳴った。
「それ以外の払い方も、相談できるけど?」
男たちがどっと笑った。
「気に入った!」
トンワンは肩へ腕を回そうとした。
ドロシーは捕まる寸前に身体をずらし、その手を空振りさせる。
「まだ何も教えてもらってないよ?」
「慎重な女だな」
「知らない男についていくんだもの。それくらいはね」
「なら、二人きりで話そうぜ。こんなところじゃ、商売の話はできねえ」
トンワンが路地の奥を顎で示す。
露骨な誘いだった。
だが、その先にいる人数も、退路も、すでに確認してある。
「いいわよ」
ドロシーは微笑んだ。
「案内して」
*
連れて行かれた先は、四方を古い建物に囲まれた袋小路だった。
トンワンが足を止める。
ほぼ同時に、背後を数人の男が塞いだ。
「二人きりじゃなかったの?」
「こいつらは勘定に入らねえよ。いつもの仲間だからな」
「便利な数え方だこと」
男たちの指輪や腕輪が光り、武器へと変化する。
短剣。
鎖。
小さな火球を放つ指輪。
「その道具、どこで手に入れたの?」
「まだ気になるのか?」
「ええ。身体を許す相手の仕事くらい、知っておきたいでしょ?」
甘い声とは裏腹に、ドロシーの指はリングダガーへ触れていた。
トンワンは得意げに鉤爪を広げる。
「OZ-ARMっていうんだとよ」
「オズアーム?」
「そうだ。魔法が使えねえ奴でも、精神力さえありゃ使える。もじゃもじゃ頭の、死人みてえに白い男が持ってきた。最初は試供品だってよ。明日の朝、また新しい品を持ってくる」
カペルだ。
容姿だけで十分だった。
「取引場所は?」
「そいつは、もう少し楽しませてもらってからだ」
トンワンが笑った。
ドロシーは表情を消した。
「残念。もう十分よ」
リングダガーが短剣へ変わる。
同時に踏み込んだ。
最初の男の腕輪を斬り、返す柄で顎を打つ。振り下ろされた鎖をかわし、持ち主の手首へ蹴りを叩き込む。
狭い路地では、人数の多さがそのまま有利になるわけではない。
前へ出られるのは二人か三人。
互いの身体が邪魔になる。
火球を放とうとした男の懐へ入り、その腕を掴んで別の男へ向ける。小さな爆発が起こり、悲鳴が重なった。
「道具を持っただけで、強くなったつもり?」
ドロシーはトンワンの鉤爪を短剣で受け流し、脇腹へ肘を入れた。
手応え。
男が呻く。
続けて足を払えば終わる――はずだった。
トンワンの左手で、別の指輪が光った。
青白い爪がドロシーの肩を掠める。
「っ……!」
傷は浅い。
だが、次の一歩が出なかった。
膝から力が抜ける。
「……《パラ・クロー》……」
「よく知ってるな。そう、麻痺のOZ-ARMだ」
トンワンが笑う。
ドロシーは歯を食いしばる。
あれはメルヘヴンで、シャトンが使っていたARM。それのOZ-ARMバージョン。
指先はまだ動く。
「毒消しの……アールフェ……」
かすれた声でホーリーARMを呼び、指輪に魔力を込める。
身体の奥から、痺れが抜けていく。
動ける。
トンワンが気づく前に背後へ回り、首筋へ刃を添えた。
「終わり」
「ま、待て。降参だ」
「取引場所を言いなさい」
「言う。言うから――」
その言葉の途中、ドロシーの身体が強張った。
麻痺ではない。
両腕が意思に反して背中へ回り、膝が石畳へ落ちる。
男たちの後ろから、小柄な男が姿を現した。
ナンウェイと呼ばれていた男だ。
その手に、藁と黒布で作られた人形がある。
人形の頭には、桃色の髪が数本巻きつけられていた。
「ブードゥードール……」
「気づくのが遅かったな、魔女様」
いつの間にか髪を切り取られていたらしい。
ブードゥードール。対象の髪をその人形に挿すと、対象を操れるダークネスARM。
「こいつは奥の手だ。発動に少し時間がいるが、一度つながれば身体はこっちのもんだ」
人形の腕が捻られる。
ドロシーの腕が強制的に頭の後ろで組む形になる。
「ぐっ……!」
肩が軋む。
人形の脚が折られるとドロシーの膝も折られ、石畳へ膝をつく。
動けない。パラ・クローの麻痺毒とは異なり、これは呪いだからアールフェでは無効化できない。
男たちの視線が、彼女の身体を這う。
裂けた黒いドレス。 乱れた胸元。
スリットの広がった裾から伸びる太腿。
戦っていた魔女が、膝をつき、身動きもできずにいる。
その事実が、男たちの卑しさを一気に膨らませた。
「さっきまで偉そうだったのになあ」
「魔女様も、こうなりゃただの女だ」
ドロシーの目が冷える。
「……後悔するよ」
「その口、いつまで利けるかな」
トンワンはドロシーの胸を服越しに掴む。
「きゃ!?」
そのまま乳房を揉む。
「う…このお…」
更にスリットの隙間から膣内に指を入れる。
「あっ…やぁ…」
「おいおい、嫌とか言いながらこんなに濡らしてるじゃねえか。」
グチュグチュと淫猥な音を立てながら侵入するトンワンの指。
「あ、ずりいよアニキ!」
「俺らもそのデカ乳揉みてえよ!」
「悪い悪い、我慢できなくてよ。 焦らずにじっくりこの姉ちゃんで楽しもうぜ野郎ども。」
「く…あんたの思い通りになんて…」
「なるんだなあ!この魔法のアイテムさえあれば!こんなポーズだって思いのままというわけだ!」
ナンウェイがブードゥードールの腰を折り曲げ、手足も四つん這いにする。
するとドロシーの身体もそれに合わせて地べたに四つん這いになる。
「身体があの人形の動き通りに…!」
そのままナンウェイがブードゥードールの尻をつまみ左右に振ると、ドロシーも尻を突き出し、振ることを強いられてしまう。
「ううっ…このお…」
トンワン達に向かっていやらしく振られる尻。男ならだれでもむしゃぶりつきたくなるような光景だった。
やがて、尻を振った勢いでドロシーのスリットスカートが捲れ上がる。
「!!やっ……」
尻を振るほどに、どんどんずり落ちていき、やがてドロシーのお尻が丸出しになる。
その下に何も身に着けていないドロシーは、必然的に女の子の大事なところも惜しげなく男たちに見せてしまう。
「うひょーっ!!」
男たちの歓声が上がる。
「う……ううっ……!」
隠したいのに、自分の意思では指一本自由に動かせない。
それどころか、ドロシーとシンクロしているブードゥードールが男の手で腰を上へ引っ張られると、それに合わせてドロシーの腰も上へと突き上げられてしまう。
男たちに女性器を見せつけるように、お尻を突き上げるドロシー。
「こんな娼婦みてえな格好してるくせに、綺麗なまんこしてるじゃねえかよ」
男たちが口々にドロシーを囃し立てる。
「見るな……ううっ……見るなあ……」
見られている。
自分の大事なところが。
誰にも見せたことなんてないのに。
奥の奥まで、名も知らぬ下衆男たちに見られている。
恥ずかしさで涙が滲んでくる。どんなに気丈に振る舞っても、18歳の少女には耐えられない恥辱だ。
屈辱の時間はまだ終わらない。男の手の中でブードゥードールがポーズを変える。
四つん這いから、再び膝立ちのポーズ。
スカートが重力に従い、ドロシーの下半身は再び布に覆われる。
しかし―
男がブードゥードールの腕を動かし、腰回りを掴むような動作をさせる。
「な―」
ドロシーの腕も同じ用に動く。スカートを掴み、上へと上げる。
まるで自分でスカートをたくし上げるような動きを強要される。
ドロシーの下半身が再び衆目に晒されようとしている。
「うっ……あああっ!」
ドロシーは必死にブードゥードールの動きに抗う。
しかし、ダークネスARMの力には逆らえない。
ゆっくりと、ドロシーの太ももが、その中央の女性器が露わになる。
「この……クソ野郎……」
悪態をつきながら、いやらしく脚を開かされる。
「指で開いてみせろよ!」
ドロシーの指はぎこちなく秘所を這い、指を陰唇に押し付けると、外側に開いて膣奥を広げてみせる。
「うう…見るなぁ…見るな…」
目に涙を浮かべて視線を拒むドロシー。
(こんな…恥ずかしいところを大勢の前で晒すことになるなんて…)
「まじかよ、初物じゃねえか!」
男は目ざとくドロシーの処女膜を確認する。
「信じられねえ。こんなエロい身体してんのによ」
「もったいねえなあ。俺らでいっぱい使ってやろうぜ。」
(イヤ…見られてる…私の中… 恥ずかしくて死にそう…)
「そうだ、気持よくしてやるよ」
今度は秘部を抑えている左手が動き出す。ドロシーの指先はクリトリスを擦り、くちゅくちゅと水音が立つ。
「な、何を…っ!?」
「こんな人数の前でオナニーとは、魔女はやっぱり淫乱なんだな」
「あんたたちが…操ってんで…んんっ…」
望まぬ形とはいえ、敏感な部分を刺激されると声が漏れてしまう。
「んっ、あっ…はっ、んはぁっ」
指はドロシーの膣内に侵入し、愛液で濡れたそこを掻き回す。
「おいおいしっかり濡らしてるじゃねえか!」
否定しようとも、グチャグチャと音を立てている自分自身の指が濡れていることを証明しているので、ドロシーは真っ赤になって目を背けることしかできない。
男の1人がカチャカチャとベルトを緩め始める。
「ほら舐めろよ。」
「く…」
目の前に差し出された肉棒を、ドロシーは口を閉ざして拒む。
「無駄な抵抗しやがって…おい!」
ブードゥードール使いの男に指示を出す。
「えいっ!そりゃ…! ダメだ。この人形の顔、口が開くタイプじゃねえから顎は操れねえよ」
ドロシーの形をしたドールの顔をムニムニさせながら、困った顔をするナンウェイ。ブードゥードールの制御範囲は首から下の関節の動きのみなのだ。
「ちっくしょ…口開けよ!」
ぎゅっと閉じた唇に赤黒い亀頭が押し付けられる。初めて見る人間の男のペニス。不快なアンモニア臭がドロシーの鼻をつく。
「よせよせ。突っ込めたとしても顎は操れねえんだから噛み切られちまうぞ。」
「そうだ。胴体の動きはこっちのもんなんだから、後でこっちに突っ込めばいいじゃねえか。」
そういう男はドロシーの膣内に指を突っ込み、既に濡れそぼっているそこをグチョグチョとかき回す。
「あっはんっ!やめろ……ぉ……」
「な、なあ兄貴!もう……」
「そうだな……俺も我慢できねえ。」
トンワンはズボンを下ろし、いきり立ったペニスを露出させる。
“獲物”を一番にいただくのはリーダーであるトンワンという決まりだった。
石畳の上に仰向けになり、ペニスを屹立させながらドロシーに手招きする。
「ほら、自分で挿入れるんだよ。」
ドロシーの足は彼女の意思に反してトンワンの方へ赴き、彼に跨る。
「や……」
そのまま腰を下ろすと、ドロシーの秘裂とトンワンの亀頭がくちゅ、と音を立てて接触する。
このままでは、挿入ってしまう。処女を失ってしまう。
この醜い男が、自分の初めての相手になってしまう。
「や……だぁ……」
腰はさらに沈み込むが、位置が少しずれていたため、トンワンのペニスは秘裂をなぞってドロシーの下腹部に滑りこむ。
「やっぱり難しいな…」
ナンウェイは再度ドロシーの腰を持ち上げると、彼女の手を操り、トンワンの肉棒を握らせる。
ドロシーの白く細い指に熱くて固い感触が感じられる。
そのまま彼女の手はペニスの先を秘裂に導く。
今度こそ、亀頭の先端はドロシーの中心を捉えた。
このまま腰を下ろせば、ドロシーとトンワンは男女の関係になってしまう。
いつかまだ見ぬ恋人とすることを夢想した行為を、子作りの行為を、この醜男と―
「やめろクソ野郎…やめ……や……嫌ああああっ!」
ついに、気丈な態度を貫いていたドロシーは年相応の少女のように泣き叫んでしまう。
その時。
銀色の何かが、路地を横切った。
ナンウェイの手の中で、藁人形の髪だけが切れた。
「え?」
見えない糸が切れるように、身体の拘束がほどけた。
ドロシーは考えるより先に動いた。
トンワンの鼻先へ頭突きを叩き込み、腰へ回っていた腕を捻り上げる。身体を反転させ、その男を盾にして残りを押し返した。
「エアハンマー!」
圧縮された風が、袋小路を駆け抜けた。
男たちはまとめて壁へ叩きつけられる。
ナンウェイが人形を拾おうとした。
その手の甲へ、二本目の銀光が突き刺さる。
細身の短剣だった。
「彼女に触るな」
路地の入口に、一人の青年が立っていた。
白銀の髪。
褐色の肌。
旅で汚れた外套。
見覚えのある、静かな顔。
ドロシーは目を見開いた。
「……オスカー?」
「久しぶり、ドロシー」
オスカーは昔と変わらない穏やかな声で答えた。
「話は後」
ドロシーはトンワンの腕を捻り上げたまま言った。
「ARMを使ってるな。カペルが早速この世界に影響を与えているのか?」
「そうよ。だからこいつらから、カペルの取引場所を聞き出してたの」
「苦戦していたようだけどな」
「うるさい」
ドロシーは顔を紅く染めながら、乱れたスカートを整える。
オスカーはトンワンを石畳へ押さえつけた。
「明日の取引場所は?」
「い、言う! 町の西にある古い製粉所だ! 夜明け前に、品を受け取ることになってる!」
「他には?」
「知らねえ。本当だ! 俺たちは試作品を渡されただけで――」
オスカーはそのまま、地面に落ちていたトンワンの指輪を拾う。
鉤爪へ変形させることはせず、裏側の細工を確かめた。
「ここに番号がある。試作品の管理番号だろう。こいつらが嘘をついても、製造元へは辿れる」
「随分詳しいのね」
ドロシーが言うと、オスカーは指輪から目を上げた。
「一応、彫金師だからね」
冷たい風が路地を抜けた。
破れた服の隙間から夜気が入り込み、傷ついた肌を撫でる。
今さら、自分の姿を思い出した。
胸元は大きく乱れ、裾も腰までずれている。男たちに触れられた箇所には、不快な感触が残っていた。
ドロシーは片腕で身体を隠した。
オスカーは何も言わず、自分の外套を外す。
彼女の肩へ掛け、前を閉じた。
紳士的な手つき。必要以上にドロシーに触れない。
けれど、指先が一瞬だけ首元へ触れた時、ドロシーの肩が強張った。
「……見た?」
「君が勝つところは」
「その前よ」
「さあ、なんのことだか」
気の利いた答えではない。
ただ、この異世界にやってきてから人間、獄鬼問わず自分の身体を厭らしい目で見る男たちに囲まれ続けたドロシーには、同じメルヘヴンから来た仲間であるオスカーの紳士的な態度がありがたかった。
「八年前より、強くなったな」
「当たり前でしょ」
「八年前は、工房の入口で転びそうになっただけで泣いていたのに」
「その話したら吹き飛ばすわよ」
「それだけ元気なら安心だ」
オスカーは小さく笑った。
昔と同じ笑い方だった。
カルデアの工房で、幼いドロシーが何度話しかけても、面倒がらずに相手をしてくれた青年。
もう忘れたと思っていた胸の奥が、微かに疼く。
「どうして、ここにいるの?」
「君と同じだよ。逆門番ピエロに巻き込まれてから、この世界を彷徨っていた」
「カペルは?」
オスカーは頭を横に振る。
「いいや。俺は一人で転移した。この近くの森の中さ。ドロシーもそうだろう?きっとカペル達もこの世界の別の場所に転移したんだろう」
ドロシーが異空間で暴れたおかけだな と、オスカーは笑った。
「ARMの扱いも上手くなってる」
ドロシーはオスカーのARM「エアハンマー」を指して言う。
オスカーの家系はカルデア人としては異常なほど魔力が少ない体質だった。
それ故カルデアでは迫害され、代々ARM彫金師として食いつないでいた。
それなのに、オスカーは先ほど立派にエアハンマーを使いこなしていた。
「ああ、この世界の魔力はメルヘヴンと少し違うようだな。俺には馴染むみたいだ。やっと人並みにARMが仕えるなんて皮肉だな」
言葉の端に、わずかな熱があった。
喜び。
あるいは、長く諦めていたものを手にした興奮。
ドロシーはそれ以上問わなかった。
ARMを作れても、自分では満足に使えない。
その苦しさを、幼い頃から彼を見ていたドロシーは理解していた。少なくとも、そのつもりだった。
オスカーは倒れた男たちのOZ-ARMを集め、起動できないよう核の接続部を外していく。
「製粉所へ行くなら、夜明けまで待たない方がいい。カペルが来る前に、地形と逃げ道を見ておきたい」
「“行くなら”じゃない。私は行く」
「だろうね」
「あなたは?」
「俺もカペルを追ってる」
オスカーは立ち上がった。
「それに、女の子を一人にするのは寝覚めが悪い」
「一人でも平気よ」
ドロシーは外套の前を握りしめた。
銀と薬草の匂いがした。
昔、何度も訪れた工房と同じ匂い。
「…製粉所までよ」
「わかった」
「その後も一緒に行くとは言ってないからね」
「はいはい」
オスカーは先に路地を出る。
ドロシーはその背中を睨み、少し遅れて歩き出した。
倒れたトンワンが、背後で小さく呻く。
カルデア最弱だったオスカーはこの世界ではARMを上手く使える。
反対にカルデア、いやメルヘヴン最強格の魔女であった自分は、あんな下衆にすら遅れを取ってしまうほどに弱体化した。
それを悔しいと思う一方で、胸のどこかが安堵している。
知らない異世界で、昔から知っている誰かが隣にいる。
今は、それだけで十分だった。