数日かけて各地を探索した結果、無事なジャガイモを見つけることはできた。時間経過により芽が出ており食べることはできないが、それも栽培する上ではちょうどよかったと言えるだろう。
ジャガイモは芋をそのまま埋めるのではなく、芽ごとにいくつかに分割するらしいと知り二人で作業をした後、桜羽さんが言った。
「ど、どうしよう先生。何処で育てるか、考えてなかった」
「どこって、畑……あー……」
そう、ここは山の中の温泉旅館である。近くに農地のようなものはなかった。
「でも確か植木鉢でも育てられるはずだよ!?今回もそれでいいかな?」
「一か月以内に収穫できる野菜なら少ない収穫量を繰り返してもいいけど、ジャガイモは4か月とかかかるだろう?収穫した後、保存して長期間食べることを考えると、プランターの収量じゃ厳しいんじゃないかな」
「そうだよねぇ」
土地自体はある意味有り余ってるのだからそこは問題はない。重要なのは、どこで栽培するかだ。
「山を下りて、近くの農地に埋めるのはどうかな。雑草は生えてきてるだろうけど、それ以外は整備済みだよ?」
「車じゃないと行くのが少し大変な距離か。頻繁に見れないと問題があっても気づけないし、育てるのが大変そうだ。それに何より、すぐ動物に食べられるんじゃないか?」
「動物か……」
農業において、害獣への対策は死活問題である。自分たちの目が入らない山の下で育てたら、恐らく全てなくなると思われた。
「この旅館、駐車場があったよな?あそこを畑にするのはどうかな」
「でもあの駐車場って砂利でできてたよね?ジャガイモは育たないんじゃないかな」
「だからまずは、スコップで砂利舗装を撤去するところからだね。どのくらいの厚みの舗装かは分からないけど、できなくはないんじゃないかな」
「そのあとは土を耕して、肥料をまいてか。かなりの重労働だけど、えっと……」
「大丈夫。俺が頑張るよ」
かなり大変そうだが、もとより農業と言うのはそういうものだろう。新たな土地を開拓するという初期投資のコストこそ高いものの、うまく行けば長期的なリターンが得られるのだ。
「あ!いいの思い出した!これを見て!」
そう言った桜羽さんがとある本を取り出してくる。その中の1ページを開いて、こちらに見せてきた。
「レイズドベッド……?」
「うん!今ある土を耕すんじゃなくて、地面を高さのある枠で囲ってその中に外から土を入れるの!農業に使えるちゃんとした土を入れれば、耕す必要はないよ!」
確かにそれはいい点だった。そもそもこの周辺の地質が、ジャガイモの育成に適しているのかもわからないのだ。施肥することも考えると、かなり効率がいいように思える。
「これを駐車場に作るのはどうかな。ちょっと、土を持ってくるのが大変だけど」
「砂利舗装を除去する手間を考えたら、どっちもどっちだろう。よし、それじゃあちょっとホームセンターに行こうか」
かくして軽トラに乗って、一緒にホームセンターへと移動した。道中で、そもそも夏にじゃがいもを埋めていいのかと言う話になったが、すでに芽が出たものが秋まで持つか分からない。そのため、ほとんど育たず収穫量が減ったとしても、次世代への種イモが作れれば十分だろうということになった。
ホームセンターにはすでに肥料が混ぜ込まれた土が、大量に袋に入れられてつまれていた。動物に狙われることのないその袋は今も無事なままで、何の問題もなく運び出せそうだった。
「じゃあ俺が台車に土を乗せてくから、桜羽さんは車の近くまで持って行っててくれるかな。そのあとの積み込みも、俺がやるから」
「分かった!」
土の入った袋は重い。土の密度は水とは全然違うだろうが、容量として書かれている25Lという数字が、きっとそれなりの重量なのだろうなと予測させた。
夏の暑い中いくつもいくつもそれを台車に乗せていく。体中に汗をかきながらなんとか目標量の土を下ろすと、最後の台車を掴んで軽トラの方へと向かっていった。
すでにかなり疲れている中、これから車への積み込みである。それを面倒だと感じながら到着すると、そこには意外な光景があった。
桜羽さんが台車から土を積み込んでいた。全体の内3分の1は終わっており、思っていたよりは俺の仕事は少なく済みそうだった。
「桜羽さん、やっててくれたんだ。ありがとう。思っていたよりも力持ちなんだね」
「あ、えっと、ちょっとだけ力持ちなんだ。『怪力』って程じゃなくて、本当にちょっとだけ。三分の一しか終わらせられないくらいの、本当にちょっとだけ」
言い訳のようにそう口にする。もしかしたら女の子が力持ちなのは可愛くないと思っているのかもしれない。俺は別にいいと思うし、この状況ではありがたかった。
「疲れてたら、後は俺に任せて休んでてもいいよ?」
「大丈夫だよ。ちゃんとボクも手伝う。きっと先生の三分の一しか頑張れないから、残りが三分の二で、きっと全体の九分の二しか運べないけど!」
そんな具体的な数字を言う桜羽さん。積み込みが終わったとき、彼女は宣言通り全体の九分の二を、俺の代わりに積み込んでくれていた。
■
旅館に戻ると、桜羽さんは一回汗を流したいと温泉に入りに行った。俺からするとこれからの作業でどうせまた汗をかくのだから変わらないのではないかと思うが、女の子との感性の違いに口を出してはいけないことは分かっている。
ともかく、まずは自分一人の作業だ。レイズドベッドを作るための枠は、市販品のプラスチックのものを使うことにした。もちろん外見や雰囲気のことを考えたら木製の方がいいのだろうが、とてもそんなところに気を使う余裕はない。
駐車場に枠を立ててその中に土を流し込んでいくと、桜羽さんが戻ってきた。
「お待たせ先生。なに手伝えばいいかな?」
「そうだね、まずは――」
指示を出そうと思って桜庭さんを振り返る。温泉に入って着替えてきたのだろう彼女の服装は、いつか見たとても短いスカートだった。膝上まで健康的な足が見えているそれは彼女好みの服なのだろうが、しかしである。
「ごめんな桜羽さん。土をいじるから、長ズボンを履いてきてくれないか。暑い中辛いとは思うんだけど」
「え!?な、なんで!?」
「転んだり、気づかない間に怪我したりして、そこから雑菌が入るかもしれない。破傷風って本当に怖いんだ」
「で、でも、こっちの方が可愛いし……」
小声で何か反論をしようとする桜羽さん。おしゃれしたい年頃なのかもしれないが、それでも認めるわけにはいかなかった。
「お願いだよ。室内ならそういう服装でも構わないから、土いじりをするときは絶対に長ズボンを履いてほしいんだ。おしゃれよりも、命の方が大事だろう?」
「正論で返されちゃった……。分かったよ、もう一回着替えてくるね?」
「ありがとう」
肩を落とし、落ち込んだ様子で桜庭さんは旅館の方へと戻っていった。かわいそうだけど、こればかりは仕方のないことだ。
■
長ズボンを履いて戻ってきた桜羽さんと一緒に、枠の中に土を入れる作業を進める。それが半分ほど終わったところで一度休憩を挟むため、旅館の中へと戻っていた。
全力で稼働させたエアコンと氷の入った水で、全身にこもった熱を冷ます。肉体労働によって体中に回った疲労を癒すため、だらりとソファに体を預けていた。
「お疲れ様、先生」
「桜羽さんもお疲れ様」
桜羽さんも自分の飲み物を持ってきた。そして俺の座っているソファに座る。
座る場所にはまだ余裕があるはずなのに、なぜかすぐ近くに座った。肩が触れるほどの距離で、お互いのむき出しの腕が触れるたびに少女特有の柔らかさが伝わってくるのだが、今はそれどころではない。
「ごめん、桜羽さん。めちゃくちゃ暑いから、離れてくれるかな」
「先生のこと暑がらせちゃった!」
慌てた様子でぱっとその場から立ち上がる。邪険にしたようで申し訳ないが、今は人の体温ですら辛かった。
■
残りの土を順次運び込んでいく。桜羽さんには軽トラから俺の近くまで土の袋を持ってきてもらい、俺がそれを撒いていく、という流れで作業を進めていた時だった。
「きゃあ!」
「な!?」
声が聞こえて桜羽さんの方を見ると、桜羽さんが地面に手をついていた。どうやら土を運んでいる最中で転んでしまったらしい。
「痛いところはあるか?」
「大丈夫だよ。土の袋がクッションになってくれたから、どこもぶつけてない」
駆け寄って助け起こすと、桜羽さんは嬉しそうに笑っていた。けれどその全身は汗にまみれていて、疲労の色を隠せていない。いくら力持ちだったからと言って、炎天下の中頑張らせすぎたかもしれない。
「先に旅館に戻って休んでるかい?」
「え?」
「いくら何でも、女の子に無理させすぎたね。後は全部俺がやっておくから、桜羽さんは――」
「ち、違っ、そんなつもりじゃ!!」
桜羽さんは焦ったように言葉をかぶせてきた。土の袋を拾い上げると、俺がさきほどまでいた場所にささっと動き出す。
「ボク、まだまだ全然元気だよ!頑張れるから、大丈夫!」
「そうかい?辛かったら、俺に任せていいからね?」
「……うぅ、余計な心配させちゃった」
その後、桜羽さんの様子を観察するも特に辛そうな様子も見せず、日が落ちる前に全ての作業を終わらせることができた。
■
お風呂に入ったあと、桜羽さんと一緒に夕飯を取っている。
彼女は元気そうに笑っているものの、空元気のように感じられる。おそらく、落ち込んでいるのだろう。
「今日は桜羽さんのおかげで助かったよ。ありがとう」
「ううん。ボクなんて大したことしてないよ。先生の足ひっぱちゃって……」
「いやいや、流石にそんなことないよ。桜羽さんがいなかったら一日で終わらなかったって」
「でもボク、先生に甘えてばかりで……」
「いいんだよ、甘えるくらい別に」
「それは、ボクが子供だから?」
そう言われると、そういう側面はある。けれどそのことを伝えても、彼女を元気づけることはできないだろう。いったい何を言うべきか、少しだけ頭の中で考えをまとめる。
「自分自身のために、他の誰かに負担をお願いする。これって大人でも普通にすることだよ。社会人こそ、誰かに頼って仕事をしてるんだから」
「それは、そうかもだけど」
「だから重要なのは、適切な度合いだね」
「度合い?」
疑問符を浮かべたような表情で、こちらを見上げてくる。こうしていると勉強を教えていたころのようだった。
「全てのことを自分一人でやるのは、負担多すぎてあまりにも大変だよね。かといって、少し頑張れば自分一人でできることを、余裕があるのに他の人に押し付けるのは、これは他人に頼りすぎだろう?」
「うん、そうだね」
「だから大切なのは、甘えすぎと甘えなさすぎ、頼りすぎと頼りなさすぎ、その境目を見極めることだね。そしてそのために必要なのが、話し合いとコミュニケーションになってくる」
話の合間に、少しだけ桜羽さんの様子を見る。どうやらこの生徒は、ちゃんと話についてきてくれているようだった。
「仕事が多すぎて大変だとかの情報共有。相手にそれをされて嫌だったという率直な意見交換。そしてそれをしても問題ないという信頼関係。そういったものを積み重ねて、お互いの間での適切な境目が定まっていくんだ」
さて、大切なのはここからだ。俺は努めて優しい口調を心がけて、桜羽さんに言い聞かせる。
「今回ミスがあったかもしれないけど、俺が指摘したら直してくれただろう?それで十分なんだよ」
「そう、かな」
「もちろん。むしろ甘えられすぎない方が問題があるかな。甘え過ぎの時は俺も指摘できるけど、その逆で君が我慢し続けてるときは、俺は気づくことができないからね」
それは切実な問題でもあった。人は他人の内心なんて推し量ることしかできないのだから。俺には桜羽さんの本心なんて、分かりはしないのだ。
「だから遠慮なく甘えてほしい。それがやりすぎだったらちゃんと指摘するから。そうやって適切な境界を探していこうよ」
「うん、分かった。……あれ?」
桜羽さんが疑問の声を上げる。何か不明点があっただろうか。
「やりすぎだったら指摘するってことは、指摘が無かったらやりすぎじゃないってことだよね?先生が何も言わなかったら、嫌じゃないってことだよね?」
「うん、まあそうなるな」
「そっか、よく分かっちゃった!この間の時、先生嫌じゃなかったんだね!」
彼女の雰囲気が途端に明るくなる。四六時中一緒にいるせいで『この間』と言うのがどれのことか分からないが、何か不安に思ってたことがあるのかもしれない。
「ボク、これからも先生の言ったことだけを信じて、いい子にしてるね?」
その言い回しに少し不穏なものを感じる。俺だけを信じるというようなニュアンスはこんな世界だからまあいいとしても、子供が自分で言う『いい子にする』は少しだけ危ういものを感じた。
「これはお互い様だから、桜羽さんも俺にされて嫌なことがあったら、ちゃんと指摘してくれな?遠慮したり、我慢したりしなくていいから」
「うーん。先生にされて嫌なことなんて、何もないと思うんだけどな」
きっと彼女は、俺がひどいことをしないと信じているのだろう。恐れもなく、クスクスと笑っていた。