災害時用の保存水の賞味期限は長い。普通のペットボトルが1年程度なのに比べて、5年ほどあり、長いものでは7年や10年のものもある。
しかしそれは必ずしも回収した保存水が5年持つということではない。当然ながら備蓄してから2年後の代物なら3年しか持たないし、4年後のものなら1年しか持たない。製造後すぐ消費されるミネラルウォーターとは、その点が全く異なるのだ。
だから集めてきた保存水も賞味期限がばらばらで、使うなら期限の近いものから使っていく必要がある。今日はその整理をしようと思った。
もちろんまだ普通の水が使えており、保存水に手を出すほどではないのだが、こういう整理は早いうちにやっておいた方がいい。賞味期限が1か月後の水が入った段ボールが、積み重なった奥底にある、などと言う状態になったら目も当てられない。
「まずは掃除からだな。使ってない客室を五つ掃除して、そこにダンボールを積んでいこうと思う」
「五つってことは、賞味期限が何年かで分けて入れていくってこと?」
「うん。その方が分かりやすいだろう?」
この旅館において、俺たちの生活範囲は限られている。客室のうちの二つを俺と桜羽さんの個人の部屋として、後は調理場やスタッフの休憩室などを共用スペースとして使っている。無論温泉もだ。
そういった場所の掃除はちゃんとしているが、使っていない場所については今まで放置していたのだ。
何せここは小さいとはいえちゃんとした旅館である。二人で掃除して維持していたらきりがない。とはいえ食料品を保存するなら話は別で、一回ちゃんと掃除することにした。
まずは箒からだ。ほこりや小動物の糞、虫の死骸と言ったものを集めて捨てる。人類が滅亡した直後、この旅館の食料を食い荒らした存在のものだろう。
「こっち側は俺がやるから、そっちをお願い。詳しい動きは……あれだ、小学校のころと同じだ。最後のちり取りは俺がやるから」
「そっか。小学校とか中学校の掃除の時間って、大事なんだね」
「ほとんどの子供はこれで掃除の仕方を覚えるだろうしな」
そうしてごみを捨てた後は雑巾がけだ。まだ使える洗剤を使って水拭きから乾拭きと言う完全に慣れ切った手順で綺麗にしていく。
「ちなみ、競争とかはやらないからな?」
「男子じゃないんだし、小学生のころだってやったことないよ!ヒロちゃんに断られたし!」
「やろうとはしてたのか……」
さらに追加で脚立を使って壁と天井も掃除していった。荷物を入れてからでは掃除が大変になる。今の段階でできるだけ綺麗にしておきたかった。
「ボクがハシゴ支えてるね?」
「ハシゴ……?これって脚立じゃないか?」
「高いところに上るのは一緒だよ?本質を見ようよ、先生!」
そんな手間をかけて五つとも掃除する。そのあとは保存水の賞味期限を一つ一つ確認し、台車に乗せて運んでいく。これがなかなかの重労働だった。
当然ながら水は重い。台車は使ったものの、今までの水の保存場所と何度も行ったり来たり往復し、水を乗せては降ろしていく。桜羽さんの分の台車も用意して協力して作業を進めるも、あと少しと言うところで彼女は結構辛そうにしていた。
「後は俺がやっておくから、休んでていいよ?」
「でも、先生だけ働かせて、ボクだけ休むなんて……」
「こればっかりは仕方ないよ、純粋な体力の問題なんだし。無理して明日筋肉痛になったりしたら、その方が作業効率が悪いよ」
「それもそっか……じゃあ先に休んでるね?先生も大変だったらやめにして、明日また一緒にやるのでもいいからね?」
そう言って桜羽さんは下がっていった。
気を使った言葉を残してくれたが、残りの水の量を確認するもたいした量でもない。これくらいなら俺一人でも全て終わらせられそうだった。
■
それから1時間ほどかけて全ての水を運び終える。どの部屋も水でいっぱいというほどではないがかなりの数が並んでいた。
だが、人が1年で使用する水の量はペットボトルで換算すればあまりにも膨大だ。これからも水の回収は続けていくが、5年後まで賞味期限がある水を使うのはきっと5年よりも早くなるだろう。
今はまだ焦るほどではないが、川の水や雨の水を綺麗にする方法を考えないといけないだろうか。あるいは原始的に井戸を掘ればその水は飲めるのだろうか。
そんなことを考えながら休憩室に入ると涼しいエアコンの風が迎えてくれた。桜羽さんの姿を探すと彼女はソファで横になって眠っているようだった。
そして何故か、桜羽さんのスカートはめくれあがっていて、素足と、太ももと、その先のショーツが見えてしまっていた。
(いや、な、なんで……)
疑問に思うものも想像はつく。おそらく暑くて、眠っているさなかに無意識に足をだしたのだろう。エアコンはつけているものの電気と、そのためのガソリンは節約したい。そのため温度設定はかなり高くなっていた。
スパッツを履いていないのも同じく暑かったからだろう。そう言った事情は理解できるが、正直目のやり場に困った。
相変わらずの細い脚だ。かといって痩せすぎかと言えばそうではなく、膝からショーツまでの間を、柔らかい曲線が結んでいる。その先には飾り気のない白い布がある。
ショーツが無地であることは無頓着さや子供っぽさを感じさせるものの、その生地の質感や裁縫の精緻さがそう言った印象を打ち消していて、純粋な清楚さを想起させた。
桜羽さんは眠っていて、目を閉じている。例によってバレない状況ではあるのだが――
(まあ、さすがにこれはな)
眠っている相手のそういう部位を見るのは申し訳なく、俺は早々に目をそらした。ならなぜ起きている相手ならいいのかという問題もあるが、これは程度問題だ。
感覚の話になるが、俺にとってはこの状況では、背徳感より罪悪感の方が上回ってしまう。倫理観の問題ではなく趣味の問題かもしれないがともかくダメだった。
なにより、足を出し過ぎてるせいで風邪をひかないか心配になる。
「桜羽さん?風邪ひくよ?」
彼女に近づき声をかけるものの反応はない。深く寝入っているのだろうか。
今日は肉体労働をさせ過ぎたのだろう、よっぽど疲れているらしい。でもあまり寝すぎると夜に眠れなくなるかもしれないし、やはり起こした方がいいだろう。
「桜羽さん?」
そっと彼女の肩を掴む。それはあまりにも薄く、頼りない感触だった。男の手で簡単に押さえつけられそうな、弱弱しい体。そんな儚さが、強烈に男の庇護欲を掻き立てる。
「…………」
いつのまにか、桜羽さんの顔が近くにあった。目を閉じて穏やかに休んでいる、あどけない顔。彼女の一番可憐な表情は笑顔だが、こうして目を閉じているだけでもその可愛さはまるで変わらない。
つい彼女の頬に手を伸ばしてしまう。指先でつつくと柔らかい弾力と、滑らかな肌の感触が感じられる。
まずいことをしている、と頭の一部が警鐘を鳴らす。触っている場所が性的な部位でなくても、顔は十分セクハラになるだろう。だというのにまるで頭が熱に浮かされたかのように熱く、自分の行動が止められない。
だからつい、こんな妄言を口にしてしまう。
「エマ」
びくりと、彼女の肩が震えた。一瞬起こしたかと焦るもののただの寝返りだったらしく、桜羽さんはその場で体を回す。
全身がソファの背もたれの方へ向いて、彼女の顔が見えなくなった。
(何やってんだ、俺は……)
桜羽さんから距離を取って、つい頭を振ってしまう。聞かれてなかったからいいものの、もし聞かれてたら大変なことになっていたかもしれない。
一部の生徒を特別扱いしないように、一律全員を苗字呼びするように自らに課していたというのに。いや、もはや桜羽さんは特別ではあるのだが。
まあ、それはともかく。
「桜羽さんっ、そろそろ起きた方がいいよ?」
少しだけ大きめの声を上げると彼女は目をこすりながら体を起こして、そのまま口元を隠した状態で返事した。
「お、おはよう先生」
「うん、おはよう。こっちの作業は終わったよ」
「そっか、任せちゃってごめんね?」
「いいよ。もとより力仕事は俺の役目だし」
なぜか彼女は手で顔の一部を隠したままだ。少しだけ俯いていて、その表情は、
「……っ、ちょっと顔見せてくれ。赤くなってる」
「え、あ、いや……」
「やっぱり風邪ひいたかな。この状況で風邪は致命的だから、とりあえず体温計を」
「そうじゃなくて!寝てたせいで、ちょっと暑くなっただけだから!ボク、顔洗ってくるから!」
そう言って立ち上がり、そそくさと部屋から出て行ってしまった。部屋に取り残されて思わず呆然としてしまう。
(まさか、起きてた……?いや、無いな。それならスカートがめくれた状態で寝てるはずがないし)
とりあえず、眠気覚ましも兼ねて彼女のために冷たい飲み物でも用意しよう。
そう思って俺は冷蔵庫へと向かった。