付き合うようになったからと言って、それで大きく何かが変わるわけでもない。
普段から四六時中一緒にいて、共同生活をしている。物資の回収はウィンドウショッピングのようなものだし、一緒にプールで遊んだ仲だ。付き合ったらやるようなことは、もう大体やっているのだから。
その考えは、ただひたすらに甘かった。
朝目を覚まして、顔を合わせる。微笑みとともに挨拶をしてくれるだけで、もう今までとは心によぎる感情が全然異なった。
「おはよう」
「ああ。おはよう、桜羽さん」
俺の返答に対して、彼女は意図的に作ったような、すねた表情をした。
「もう、違うよ先生」
「あ、ああ、そうだな……おはよう、エマ」
「うん!」
名前を呼んだだけで喜んでくれる。俺の恋人は、今日も可愛かった。
■
さて、付き合ったらやるようなこととは何か。いろいろあるだろうが代表的なものはデートと言うやつだろう。だが、やはり買い物のようなことはやったことあるし、人類が滅亡している以上まともなデートスポットなど存在しない。
しかしそれでも、恋人相手にデートもしてあげられないというのはあまりにも情けないし、俺もそういうことがしてみたかった。
「だが、そもそもの問題がある。デートとは、なんだ?何をすればいいんだ?」
「あはは……何をすればいいんだろうね?」
俺とエマがお互いの顔を見合わせて首をかしげる。俺も彼女も、恋人なんてこれが初めてのことで、つまりデートなどしたことがなかった。
「一緒に街中で遊べばいいのか?買い物したり、食事したり、カラオケ行ったり、か?」
「でも、もうどこにも人がいないよね」
「そうなんだよなあ」
というか歌が歌いたかったらカラオケに行かなくてもそこらへんで歌えばいい。誰にも迷惑などかけはしないのだから。
「あ!お家デートって聞いたことがあるよ?家で一緒にゲームしたり、お菓子食べたり!」
「……それってやっぱり、今までと変わらなくないか?」
「確かに変わらないかも」
こうして二人で悩んでいても仕方ない。ならば書籍に頼ろうかとも思うが、デートのための書籍なんて、そんなもの……
「そうだ、これ見てみようか」
「それって、旅行雑誌?」
近くの本棚から一つの本を取り出す。それは物資の回収場所を考えるために用意していた、このあたりの観光スポットを集めたものだ。
遠くに旅行に行くのはいろいろな点が心配だが、すぐ近場で済むのなら行ってみるのもいいだろう。
「この中に一つくらい、今でも行って楽しい場所があるかもしれない」
「そうだね、いい考え!」
雑誌を手にソファに座る。もちろん隣にはエマの座るスペースも残してだ。
「えっと、じゃあボクもそっちに行っていいかな?」
「ん?ああ、もちろん。どうぞどうぞ」
わざわざ許可を取る彼女に疑問を感じながら返事する。するとエマはソファに近づいてきて、空いた隙間を通り過ぎ、俺の前に立って……そしてそのまま、腰を下ろしてきた。
彼女は俺の太ももの上、開かれた両ひざの間に腰を掛けたことになる。
「え、ええっと、いいよねこれくらい?その、恋人同士、なんだし……」
「あ、ああ、まあそうだな。恋人同士の距離感ではあるな」
「そうだよね。えへへ」
そう言って笑う桜羽さんの顔がすぐ近くにある。彼女が俺の体に背もたれのように寄りかかると、お互いの背面と前面が密着した。
(お家デートが今までと変わらないと思ったけど、そんなことないかもしれん……)
エマの頭が目の前にあって、呼吸をするだけで少女の香りが鼻をくすぐる。かといって口で呼吸をするのも興奮しているように思われる気がして、どんな呼吸をすればいいかもわからなかった。
「それで、どこに行くのがいいかな」
「あ、ああ、そうだな」
催促されるがままに旅行雑誌を広げる。ジャンルごとにまとめられているが、どこを見ればいいだろうか。
「森や海みたいなアウトドアは、もうボクたちの日常だから、わざわざ行くことでもないよね」
「そうだな。山も……山岳救助隊もいない中素人二人の山登りは怖いこと仕方がない」
「川もダメだし……そもそも自然が特別なものじゃないもんね」
彼女の言う通りだった。自然をレジャーとして楽しめるのはそれが特別な体験だからにすぎない。今の俺たちにとってはそれは身近で、とてもデートとして楽しめる場所じゃなかった。
「あ!ここなんかどうかな、このあたりで一番高い塔だって!屋上には展望台もあるみたい!」
「おお確かに、ここなら今でも景色が楽しめ……あー、いや……」
「どうしたの?ここじゃダメだったかな」
「エレベーター、動かないんじゃないか?」
「そっか、徒歩で屋上までの昇るのも大変だね……」
「物資の回収も上階のものはできてないからなあ」
保存水は各企業でも保存されているが、それらはビルの高い階層に存在していたりもする。そういったところから重い水を回収し上り下りするのもかえって非効率なため、放置している箇所がいくつもあった。
「水族館も、動物園も……人間の管理から離れたら中の生き物は死んじゃってるよなあ」
「そういえば、動物園から逃げ出した動物って見ないよね?野生のライオンが町を歩いたりしないのかな」
「確かに見たことがないな。まあ、ライオンとかはそもそもこの国の気候に適した動物ではないだろうし、野生の生存競争では当地の生き物に負けるんじゃないか?」
みるみる候補が消えていく。出かけて楽しい場所などどこにもないように思えた。
家に引きこもってるのが一番なのかなと、そんなことを考えた時、エマがとあるページを指さした。
「あ!ここなんかいいんじゃないかな!」
彼女が指さしたのはとある公園だった。公園と言っても街角にあるような小さいものではなく、運動場もあるような大規模なものだ。一部には高台もあり、そこから見る街並みが綺麗だと雑誌では紹介されていた。
「うん、いいね。森林公園って程森の中でもないから、普段とは違う景色が楽しめるかもしれない」
「お花畑もあるんだって。四季それぞれに合わせて四つの場所が用意されているから、今も咲いてるかもしれないよ?」
「花か。今の時期だとなんだろうヒマワリとかかな」
エマの中では、もうそこで決まった扱いなのだろう。雑誌から目を離してこちらにより強くもたれかかってくる。
少女の匂いが、強くなる。
「そうだ!せっかくならピクニックにしようよ!」
「ピクニックか。お弁当はどうしようか……アルファ米をおにぎりにするだけでも気分は出るかな」
「うん、いいと思う!あ、そうだ、先生に聞きたいんだけど、あくまで、念のためなんだけど……」
「なにかな?」
「ボクが知らないだけで、ピクニックには箒が必需品だったりする?」
「うん?まあマナーのいい客が使うかもしれないけど……必需品ってほどじゃないんじゃないか?」
「だよねえ」
こちらを見上げてクスクスと笑う少女。顔にかかる生暖かい吐息すら、なぜか心地よいものと感じてしまう。
より近くに来て、より密着して、彼女のお尻が、より俺の体に押し付けられて……
(ま……まずい……っ!)
「エ、エマ、ちょっと離れてくれ」
「え!?なんで急に……」
「なんでって、その、なんというかだな」
そんな問答をしている間に、股間の反応が大きくなっていく。無心になれと念じるほど余計に感じてしまう少女の体に鼓動が高鳴り、そして、
明確な快楽が、股間に走った。
「ひゃっ!」
悲鳴を上げてエマが飛び上がった。そのままさっと振り向いて、俺のその場所を見つめてくる。隠す間もない一瞬の動作。俺のそこは、見るだけで大きくなっているのが分かってしまった。
「せ、先生……。それって……」
「す、すまんっ!」
こちらも慌てて立ち上がり、エマへと背を向けて股間を隠した。俺が彼女に対して何を感じたのか、その証拠を見られるのがたまらなく恥ずかしかった。
「その、先生、もしかして――」
「大丈夫!大丈夫だから!絶対何もしないから!」
すぐさま弁明しないといけない。付き合ってすぐの女の子にこんな生々しいものを見せたら、嫌われてしまうかもしれなかった。そんなもの、耐えられるものではなかった。
「ちゃんと我慢するし……いや我慢とかじゃなくってホント平気で、君の嫌なことは何もする気が無くて!」
「…………」
「そもそも、君はまだ15歳だもんな!今の君に手を出したら犯罪だ!18歳になるまでは何もする気がないし、それまでは安全、いや安全って言い方もおかしいな、ともかく大丈夫!大丈夫だから!」
「…………」
「いや、もちろん君が18になったからって、そこで何をしろってわけでもないんだけど!?嫌なら嫌でいいよ、うん!何も心配しなくていいから!」
「…………」
「だから、えっと、その……桜羽さん……?」
早口でまくし立てるも、彼女はずっと黙ったままだ。背を向けているためその表情も分からない。反応がないのも怖くて恐る恐る様子を伺っていると、ぽつりとつぶやいた。
「……そっか、それが先生にとっての
「え?……ま、まあ、そうだな。未成年に手を出すのは、それは罪だろう……?」
「うん、そっか、分かったよ」
今までに感じたことのない物静かな雰囲気。いったい何を考えているのか、怖くて振り返ることができない。
「その、ごめん。桜羽さん、ホントごめんな」
「エマだよ。先生」
「あ、ああ、その……」
「ほら、ちゃんとこっち向いてよ」
呼ばれるままに再び振り返る。性欲をむき出しにした俺のことを、彼女は恐れることなく見上げてくれていた。少しの間見つめあった後、気まずさに少しだけ目をすらして呟く。
「エマ……」
「あのね、先生、そんなに怖がらなくても大丈夫だよ?」
そう言って彼女は、俺の手を取った。
「こんな状況で、ボクより先生の方が怖がってるんだもん。逆に安心しちゃった」
「そ、そうか」
「男の人がそうなっちゃうのが仕方ないことくらい、ボクも知ってるよ。その、何も知らないわけじゃないし……」
「お、おう……」
純粋無垢だと思っていた少女の赤裸々な告白に、俺の方も何も言えなくなる。と言うか本当に何を言えばいいんだろう。
「ただね、先生。これだけは忘れないでほしいんだ」
「ああ、なんだい?」
彼女は一度だけ言葉を切って、真剣な眼でこちらを見上げて、言った。
「未成年には手を出さない。これは先生が自分から誓ったことだよ。だからそのことを、絶対に忘れないで欲しいな?」
「あ、ああ、もちろんだ。安心してくれ。君に酷いことなんてしない」
「そっか、良かった!」
俺の言葉に、彼女はまた輝くような笑みを浮かべてくれる。
「絶対に忘れちゃだめだよ?誓いを破ったりしたら、ダメなんだからね?」
「大丈夫だよ。絶対にそんなことしたりしないから」
「そっか、うん。楽しみだな」
ここで出る楽しみという言葉。俺に気を使って、ピクニックのことに話題を戻したのだろうか。
「すごく、すごく、楽しみだな」
歌うような彼女のセリフ。とてもきれいな笑顔を浮かべて、俺のことを見つめていた。