普段の食事はできるだけ自給自足を試みてはいるものの、かといって全てがそれで賄えるほど、まだ食べ物の生産量は追いついていない。俺たちの普段の食事の半分ほどは、いまだに保存食に頼っていた。
そんな中、食べていた保存食の表記を眺めていた時、重大なことに気付いた。なんと、その製造場所が俺たちが住んでいる県内だったのだ。
まさかと思い地図を広げてみる。普段眺めている街からさらに離れた遠くに、その工場は確かに記されていた。ギリギリ日帰りで行ける程度に遠い距離だが、そこになら大量の保存食が残っているかもしれない。
そんなわけで、街から外れた田舎道を、エマと一緒に軽トラに乗って走っていた。
「街中に比べると大分走りやすくて助かるな」
「途中に止まってる車なんて、殆どないもんね」
人類が滅亡したときの車はぽつりぽつりとそこらに残されている。それは道をふさぐほどではないけれど、街中を走るときは回避するために徐行か、それより少し早い程度で走る必要があった。
だがこの田舎道ではそこまで気にする必要はない。車があるのはごくたまにのことで、それも反対車線に移るだけで簡単に回避することができる。中央分離帯がないことが、とてもありがたかった。
「このあたりも公園と同じで、結構動物がいるね」
「田んぼもあるし、水場には困らないだろうからね。きっと過ごしやすいんだろう」
田植えだけが行われた田んぼでは恐らく稲だろう植物が生えている。しかしその種類は一つきりではなく、稲以外の様々な雑草と生存圏を奪い合っていた。
そんな植物の上をトンボたちが悠々と飛び回っている。植物の争いに比べて気ままに見える彼らだが、きっと彼らも鳥などの天敵と戦って生き残っているのだろう。
人類がいなくなったからって、生物にとっての楽園になりはしないのだ。
つらつらとそんなことを考えながらも、眼はちゃんと注意深く前を向いている。飛び出しなどは無いものの放置車両はちゃんと避けていかないといけない。
しかしきっと、飛び出しなどは無い、という油断がいけなかったのだろう。
「あっ……」
エマが声を上げる。目の前に、小さなタヌキが一匹飛び出してきた。最近山から下りてきたのか、恐らく動いている車など見たことがないのだろう。
「危なっ……」
急いでブレーキを踏む。甲高い音が鳴り速度が徐々に落ちるものの、タヌキのいる場所まで止まることはできなさそうだった。
とっさにハンドルを切る。窓の外の景色がぐるりと回り、体全体に強力な慣性がかかる。そして次の瞬間、ガンッ、という嫌な音とともに車全体に衝撃が走り、その動きが止まった。
「えっと……」
「や……ちまった……」
道路脇のガードレールに突っ込んでしまったようだ。もしこの柵が無かったら、車体ごと田んぼに落ちてしまっていたことだろう。
落ち着いてバックして車を道路に戻す。幸い運転には問題ないらしく、ちゃんと後ろへと下がってくれた。
その時点で一度車の外に出て状況を確認すると、ガードレールの方はへこんでしまっており、同じく車の方も前面が軽くひしゃげてしまっていた。
「まずったな……エマ、怪我とか、痛いところとかないかい?」
「うん。ボクは大丈夫。さっきの子も、多分大丈夫なんじゃないかな」
道の先を見ると、先ほどのタヌキはどこかに消えてしまっていた。だが血の跡がないところ見るに、轢かずに済んだのだろう。
「ごめん。運転ミスしちゃったな」
「そんな、先生は悪くないよ。それにほら、車は動くんだし」
確かに車は動いた。ガードレールがたわんだおかげだろう。衝撃のほとんどはそちらが吸収してくれたみたいだ。
だが、しかし。
「でも、ダメだな。今日はもう帰ろうか」
「え?なんで?」
「今が動くからって、内部まで本当に問題ないかがわからない。拠点から離れた場所で急に動かなくなったら大変なことになるからな」
「そっか、仕方ないね」
「せっかくここまで時間使ったのに成果なしか……本当にごめんな」
「そんなに落ち込まなくても、先生は悪くないよ」
エマはそう言って励ましてくれるものの、俺の気が晴れることはなかった。
今回のことは、完全に俺のミスだ。
■
夕飯を終えた後、いつも通りのゆっくりする時間に、俺は一人で深く反省していた。
(まさか俺が事故を起こすなんて。これでも無事故無違反だったんだが)
あるいはその油断がよくなかったのだろうか。初めての恋人に、完全に色ボケしていたのかもしれない。
結果として二人とも無事だったものの、もしかしたらそうじゃなかったかもしれない。そして本当に最悪の場合、俺が交通事故を起こしたらエマが死んでしまう可能性すらあるのだ。
ではあの場面、突然動物が飛び出てきたらどうすべきだったのか。その答えはごく単純なものだ。
轢き殺すべきだったのだ。エマの命を守るために。
そんな結論にすごく嫌な気持ちになる。でもきっと、飲み込むべき真実なのだろう。エマのためを思うならば。
そんなことを考えていると、食器洗いを終えたエマが部屋の中へと入ってきた。
「ただいま先生。こっちは終わったよ」
「ありがとう。今日はごめんな?車の運転、ミスをしてしまって」
「もう、まだ引きずってるの?それでお金がかかったわけじゃないし、ボクらにも怪我はなかったんだし」
「それでも、無駄に時間は使わせちゃったし」
「先生落ち込みすぎだよ。そんなに気にしなくていいのに」
俺の様子を見て、エマは困ったように笑った。
「いや、しかしな……」
「あのね、先生っていつも、ボクの前では立派な大人の男の人であろうとしてるから、失敗してすごく落ち込んじゃってるんだと思うんだ」
「まあ、確かにそうあろうとはしてるが」
「でもね、恋人同士として対等だって思うなら、落ち込まなくたっていいと思うんだ。先生より、よっぽどボクの方が失敗してるけど、毎回先生は許してくれるよね」
言ってることは理解できるが、だからといって立ち直ることはできなかった。そう言われても、俺はやはりエマを守れる、エマより立派な存在でありたいと思う。対等に見ていない、と言われたら反論できないが、それでも俺はそうありたいのだ。
単純に好きな子の前でカッコつけてたいだけとも言える。
未だに立ち直れない俺の様子を見て、エマは「しょうがないな」と言って笑い、こちらに近づいてきた。
「ねえ、膝の上に座ってもいい?」
「ああ、いいけど……」
エマがソファに座る俺の前に立った。前のように俺の体を背もたれにして座るのかと思ったが今回は違い、そのまま膝を曲げてきた。お互いに向き合ったまま、俺の膝の上にエマが乗る。
「顔が近いと、少し照れるね」
「……そうだな」
膝の上に乗られると、互いの身長差が縮まってすぐそこに彼女の顔がある。今にもキスができてしまいそうな距離だった。
「あの、確認しておきたいんだけど、ハグはセーフかな?」
「セーフ……?あ、ああ、そうだね。もちろんセーフだけど」
セーフと言う言葉に、先日、キスはセーフかと聞かれたことを思い出す。実際たかだかハグ程度では淫行にはならないだろう。
俺の返事を聞いたエマが、こちらへと体を倒してくる。互いの顔がすれ違い、俺の肩へと彼女の顎が乗せられる。
背中に腕が回されて優しく抱きしめられた。
「大丈夫だよ、先生。先生が頑張ってるってよく知ってるから、ちょっとくらい失敗しても大丈夫」
耳元で囁かれる彼女の声。とても優しいその声音は、彼女の方が年上かと思わせるような包容力を感じさせられて。
「もしかして、俺って今慰められてる?」
「そうだけど……嫌?」
「嫌じゃないけど、なんというか……気恥ずかしいかな」
「ふふっ」
俺の言葉にエマが笑う。片手を俺の頭に当てて、そのまま優しく撫でてきた。
「先生は悪くない。何も悪くないよ」
まるで小さな子供をあやすような手つき。おかしなことだとは思うけれど、年下の少女に対して母性すら感じてしまった。
耳をくすぐる声と吐息。こちらの体を抱きしめられて、互いの間で彼女の胸が形を変える。エマの体温が、すぐ近くにある。
体の一部が反応して、徐々に大きくなっていく。
(ああっくそっ。本当に節操のない……!)
「よ、よし。ありがとう助かった。助かったから離れてくれないか」
「え?……あ、もしかして……また?」
『また』という言葉に、責められているように感じてしまう。実際これで二回目で、反省がまるでないと言われたら確かにその通りだった。
「ボクがくっつだけで、先生はすぐ、その、そうなっちゃうの?」
「ご、ごめん。とりあえず離れて……」
「うーん、じゃあ、仕方ないかな」
エマはそう言うも、俺から離れることはなかった。むしろ俺の方に体を寄せて、より強く抱きしめてきた。
「エマ……?」
「くっつくだけで、えっと、大きくなっちゃうなら、もう気にしないことにするしかないよ。じゃないとずっとハグもできないし」
「でも、エマは嫌じゃないのか?」
「嫌じゃないよ。ちょっと驚いただけで、分かってれば大丈夫。気にしないことにしたから」
彼女はどれくらい分かっているのだろう。ただ大きくなっただけだと思っているのかもしれない。
だが実際は俺自身のものを彼女に押し付けることに、快楽を感じてしまっていた。ビクリと跳ねるたびに刺激は強くなって、甘い感覚が背筋を走る。
エマの知らないままに、俺はエマの体で快楽を得てしまってた。
汚いことをしているとは思うも、正直に彼女に言うこともできない。
そんな罪深い俺のことを、彼女は優しく抱きしめて、頭をなでてくれていた。
「大丈夫だよ、先生」
エマの甘い囁き声が、頭の中に染み込んでいく。
「ボクが、慰めてあげる」
慰めるという言葉が、別の意味に感じられる。
「先生は悪くない。何も悪くないよ」
今日の車のことを話しているはずだ。これは、そのためのハグのはずだ。
「ハグはセーフ。そうだよね?」
ペニスが感じてる快感は、ハグの領域を超えているはずなのに、それもセーフだと言われてるようで。
「大好きだよ。先生。ボクが全部、許してあげるから」
快楽とともに送り込まれる甘い言葉を、男の都合のいいように解釈してしまう。心の中から、罪悪感が薄らいでいく感覚がした。