俺は今、エマを抱きしめた状態でうつぶせになっている。右手は彼女の頭の後ろにあり、左手は背中の下にあった。
そして顔は、彼女の胸の間に埋まってしまっている。
(いや、これアウトだろ絶対にアウトだろ!!)
未成年淫行、犯罪、裁判、処刑、そんな言葉が脳裏に浮かぶ。
頭の中では自白したくなるようなピアノの前奏が流れ出し、セピア色の人形劇が開幕していた。
(これは偶然。そう偶然だったんだ……)
「先生?」
「あ、ああ、とりあえず起き上がるから……」
そう言って両腕を彼女の後ろから引き抜こうとするもうまく行かない。紐に引っかかっていること、変な姿勢であること、彼女の体と床に挟まれていること。そう言った複合的な理由だろうか。
せめて距離をとろうと無理やり上体を上げて、首を上にあげる。
「大丈夫?その体勢ってかなり辛いんじゃ……」
「だ、だが、いつまでもさっきの状態でいるわけにもいかないだろう」
正直なところ、かなりきつい姿勢だった。腕がプルプルと震えているし、力をこめすぎて首の裏が痛くなってきている。
だが、だがしかし、いつまでも少女の胸に顔を埋めているなどというのは……。
「えっと、この後荷運びもあるし、車の運転もあるんだから、ここで疲れてたら大変だよ。だからさ、【力を抜いた方がいい】んじゃないかな」
「あっ……」
エマの言葉を聞いた途端、体中から力が抜けた。さすがに無理があったのだろう。腕は曲がり、頭は落ち、顔が再び彼女の胸の谷間にふにょりと包まれてしまった。
「すまん……」
「謝らなくていいよ。それより先生、痛いところはない?後ろの紐……ロープ?重くないかな?」
「俺は大丈夫だ。むしろエマの方こそ重くないか?紐の重さに合わせて、俺自身の体重もかかってるんだし」
「平気だよ。そっか、ボクの感じている重さよりは軽いんだもんね。全然危ない状況じゃないみたい」
彼女はそう言ってあたりを見回す。うつ伏せになっている俺と違って、エマは仰向きで周囲の状況も見えているし、何より両腕が自由だ。この状況を打破するためには、彼女に頼るしかない。
「どうだろう。エマの方で何とかできそうかな」
「うん、任せて。すぐに――――あっ!で、でも!結構紐の絡まり具合が大変かも!少し時間がかかっちゃうな。心配はしなくていいけど、本当に時間がかかるだけで!」
「じゃあ俺の方でもなんとか……」
「や、やめといた方がいいんじゃないかな!変に動いたら、余計に紐が絡まっちゃうから!絶対大変なことになるから!」
「そうか、いや、本当にすまない」
つまりしばらくの間、彼女の胸に挟まれたままになるわけだ。そのことがあまりにもいたたまれなかった。
「もう、先生は謝ってばかり。先生は悪くないのに」
そう言いながら、自由な右腕を俺に頭の上にのせてきた。
「わざとじゃないって分かってるよ。むしろ乱暴に紐を引っ張っちゃったボクが悪いよね」
「でもな……」
「これは事故だよ。悪意のない事故。だからね、セーフなんじゃないかな」
確かに事故で、不可抗力だった。だがセーフと言っていいんだろうか。
「この間のハグだってセーフだったんだよ。だったら位置が少し違うだけで、これもあまり変わらないし、セーフだよ」
この間のハグ。彼女に抱きしめられて、密着して、そして勃起したペニスを押し付けてしまったあれ。あれがセーフなら、確かにこれもセーフなのか。
「ボクだって、他の人だったら嫌だよ?でもボクたちは恋人同士なんだし、ちょっとくらいはセーフなんじゃないかな」
なにか
なにか危うい状況に陥っている気がする
キスがセーフで、ハグがセーフで、事故もセーフで
「オーケーってわけじゃないけど、アウトとも言い切れないよね?だからこれは、セーフだよ」
セーフと言うあやふやな概念が、少しずつ、ずらされていっているような、誤魔化されているような、そんな感覚。
危機感を覚え始めているのに、都合のいい状況に流されていく。
「これはセーフ」
エマに頭を撫でられる。顔全体が、男の知性を溶かす柔らかさに包まれている。思考がほどけていくようで、考えがまとまらない。
「先生は悪くない」
優しくて甘い、エマの声。体から力が抜けていく。抵抗しなければいけない気がするのに、この状況が幸せでもっとこのままでいたくなる。
もっと、胸の感触を感じたくなってしまう。
「これはセーフだよ、先生」
違和感の端緒に指がかかる。たとえセーフでもオーケーではない。罪悪感はちゃんと感じるべきで、でもそれもエマに許されてしまった。掴みかけた理性が、手のひらから零れ落ちていく。
少女の谷間の匂いで、脳が満たされていく。
「セーフだから、大丈夫。そうだよね?」
エマが語り掛けてくる。その問いに視線を上にあげると、彼女の瞳と眼があった。
「先生も、セーフだと思うよね?」
「いや、でも……」
「でもじゃなくて、セーフだよ」
「これは……セーフ……」
「そう、セーフ」
「セーフ、なんだ……」
「セーフだから、先生はそうやっててもいいんだよ」
お互いにセーフだと言いあって、それを何度も繰り返す。響かせあい、共鳴し、高めあって、共通認識を刻んでいく。
エマがいいというのなら、それが正しいんじゃないかと思った。
「それじゃあ先生。ボク、紐をほどくために頑張ってみるから、先生はそのままおとなしくしててね?」
その言葉に返事さえしないまま、動かないことで回答を返す。彼女もそれで察してくれたのだろう。何かしら俺の視界の外で、腕を動かし始めたようだった。
彼女が腕を動かすたびに、その筋肉に連動して彼女の胸もわずかに揺れる。そのたびに右から、左から、柔らかな感触が俺の方に伝わる。
ぷにぷにと、くっついては離れてを繰り返し、その存在感を、男には持ち得ない部位を、皮膚感覚の敏感な顔面に伝え続けている。
それはもはや誤魔化しようもなく、俺にとっては嬉しいことだった。見たいと、触りたいと内心では思っていた女の子のおっぱいに、こうして顔を埋めているのだから。性欲をもとにした愉悦が、心の奥からあふれてくる。
本来ならそれはいけないことだろう。事故で触ってしまうだけならまだしも、それを喜んで、感触を楽しんで、もっとと望むのは悪いことだ。
だが、しかし
(これはセーフだから……。エマがセーフって言ったから……)
夏服の薄い布は胸の形を分かりやすく俺に伝えてくれた。その中の一部に、段差があることが分かる。それがワイヤーなのか太い紐なのかよく分からないが、それでもわかることがある。これは彼女のブラジャーの境目だ。つまりここから上の場所は、より彼女の肌と隔てる布が薄い箇所となっている。
そんな境目の上下、わずかな感触の違いに集中してしまう。より脂肪の多い下側、より肌に近い上側、そのコントラストがそれぞれの違いを強調して、おっぱいの感触を鮮明にさせてくる。
それでも、時折理性は浮上してくる。やっぱりこれはダメな気がする。ひどい間違いを犯しているような気がして
「エマ……」
彼女の名を呼ぶ。そこに続く言葉が謝罪なのか懇願なのか、俺自身にもわからず言葉がまとまらない。
そんな俺の呼びかけに答えて、エマが一度紐を手放し、俺の頭をなでてくれた。
「安心して先生。これはセーフだから。なにも気にしなくていいんだよ」
(ああ、良かった。やっぱりこれはセーフなんだ)
抵抗感が再び消えて、またおっぱいの感触に夢中になる。呼吸をすると谷間の匂いで思考がふやけていく。たまらずに両腕に力を込めて抱きしめるようにすると、その感覚はより濃くなっていく。
そんな俺に対して、エマはほほえみを向けてくれていた。とても嬉しそうに、満足そうに、楽しそうにしているから、君がそうしているだけで俺も幸せになる。
柔らかくて、温かくて、幸せな、男を腑抜けさせる感触の中へと、俺の意識は、どこまでも沈んでいってしまった。
■
「トラックに載せられるのは、これくらいが限界じゃないかな。これ以上は絶対に落ちちゃうよ」
「そうだな。ガムテープも残り少ないし、これくらいで諦めるか」
紐の下から抜け出した後、俺たちは協力して荷物の積み込みを行っていた。結構な時間体を動かしていたからだろう。頭がすっきりとして、明瞭な思考が戻ってきている。
だからこそ、思う。
(さっきの俺はどうかしていた……)
完全に性欲に負けて暴走していた。エマが優しいから何も言わないでいてくれているだけで、本当だったら気持ち悪がられるようなことをしてしまった気がする。
少なくとも、社会と裁判所がまだあったのならば、未成年の少女に対する先ほどの蛮行は許されることではなかっただろう。
先に助手席に乗り込んでいたエマに続いて、俺も運転席のほうに入る。エアコンの冷房が頭を冷やしてくれる中、エマに対して言った。
「なあ、エマ。さっきのことなんだけど、本当にすまな――」
「先生、まだ言ってる」
俺の謝罪を言わせないかのように、彼女の言葉が強く遮ってきた。
「あれは事故で、先生は悪くないよ」
「そうは言っても、許されることじゃないと思ってだな」
「許すって、誰がかな?」
エマの言葉に考え込んでしまう。確かに、誰がだろうか。ここには俺たち二人しかいないのに。
「ボクは先生を許したのに、それじゃあダメかな?」
倫理も、規範も、道徳も、そして罪も、俺たちの間にしか存在しない。なら彼女が許したのならそれがいいという理屈。
一見筋が通ったそれが、どこかおかしい気がして、必死に矛盾点を探してみる。
「いや、でも……」
「ボクとしては先生に罪悪感で苦しんでほしくないだけなんだけど」
助手席から身を乗り出して、こちらのことをじっと見上げてくる。彼女の目に、射すくめられる。
それはなんだか責められているようで、罪悪感を感じてしまった。彼女に性的なことをすることにではなく、ここで反論をすること自体にである。
エマは少しの間考え込むと、いいことを思いついたというようにパンッと両の手を叩いた。
「そうだ先生!復唱してみてよ。『セーフだから大丈夫』って!」
「復唱って……」
「ダメ?」
そんなことを自分の口で言うのは、醜い自己弁護のようでかなり抵抗があった。だがねだるように首を傾げられては、恋人のお願いを聞かないわけにもいかない。これは、彼女の優しさからの言葉なのだろうから。
「ほら、『セーフだから大丈夫』!」
「えっと……『セーフだから大丈夫』……?」
「もう一回ね。『セーフだから大丈夫』」
「セ、『セーフだから大丈夫』」
「『セーフだから大丈夫』」
「『セーフだから大丈夫』」
「『セーフだから大丈夫』」
「『セーフだから大丈夫』」
「うん!よくできたね!」
エマが小さな子供を褒めるように俺に言葉をかけてくる。いや、ただ言葉を言っただけで褒められるなんて、まさしく小さな子供のような扱いだと思った。
「忘れないでね、先生。セーフだから気にしなくていいんだよ。ボクが先生を許してあげるから!」
幼子に言い聞かせるような、彼女の言葉がしみこんでくる。エマにそう言われると確かにそんな気もしてきた。何の問題もないだろう。きっとこれが正しいんだ。
「それじゃあ運転お願い!ボクにはできないから、先生だけが頼りなんだ!」
「あ、ああ。そうだな。任せてくれ」
エマに言われるまま、エンジンを入れてアクセルを踏み込む。山積みの荷物を落とさないよう、普段よりも低速で車を進めていく。
そうしてこの日、俺たちの間に、『セーフ』という概念が刻まれた。
信じてください!エマちゃんは純真無垢な女の子なんです!
洗脳みたいなことをしてても、洗脳のやり方の知識なんてありません!
これはただの本能です!!