このすべての人類が滅亡した世界で必要なものは何なのか。結局のところそれは食料と言うところに行きつく。
もちろん衣食住の内の衣類や住居も必要だが、それはいくらでも容易に準備できる。冬になるならば防寒が必要になるだろうし、病気対策の衛生面だって重要だがそれも結局栄養状態が重要だという結論に行きつくだろう。
だからこそ今まで、食料の確保は重点的に行ってきた。川には魚を捕る罠を仕掛け、野菜を育て、海で釣りをしたりをしてみた。だが今までの確保してきたものの中で、足りないものがある。
それは動物性たんぱく質……すなわち肉である。
「エマもやっぱり、肉は食べたいよな」
ある日の昼食の中、テーブルの上に置いてある鶏肉を眺めながら言った。缶詰から確保した肉はまだまだ存在するが、未来の自給自足を考えれば何かしら考えなければいけないだろう。
「うん、それはもちろん動物の、鶏肉とか、豚肉とか、牛肉とか食べたいとは思ってるけど、難しいのは分かってるよ?」
「家畜を育てるのは無理があるからなあ」
まず第1の問題。生き残っている家畜をどこから引っ張ってくるかだ。人から餌を与えられることが当たり前の動物が、野生の中で生き残っている確率は低いだろう。
次に彼らに与える餌をどうするか。食料が用意できるなら、その労力を自分たちの食事を用意するのに使った方がよほど効率がいい。
さらに言うなら面倒を見る時間があるのかという問題もある。旅館のある山で彼らを飼ったとして、それから目を離して二人とも街中に降りたりしたら、その間に他の動物のお食事になっていてもおかしくはないのだ。
結論として、現実的ではない。
「でも、肉を確保する手がないでもないんだ。狩りはさすがに現実的じゃないけど、罠猟なら俺達でも用意できると思う」
「そっか。お魚を捕まえるびんづけと同じだね」
「そう、用意自体はできるんだけど、捕まえたとしてそれを肉にできるかっていう問題があってな」
捕まえた動物は当然そのままでは食べられないため、血抜きをして解体しなければいけない。それが悩ましいところだった。
「その、食べるために殺さないといけないってことだよね?大丈夫。ボクも覚悟はできてるよ」
「そうだね。ただそこは問題ないと思うんだ。今も魚を殺して食べているわけだし、社会があったころも屠殺を他の人がしているというだけで肉は食べていたからね。生きるために殺すことは必要で、いまさら抵抗は無いんだ。ただな……」
「ただ?」
エマが続きを促すように疑問を投げかけてくる。それに対する回答は正直なところ情けなくて、少し言いづらいのだが、それでも言わざるを得ないだろう。
彼女から視線をそらして、うつむきながら言った。
「俺、スプラッタとか苦手なんだ……」
「え?」
「なんならホラー映画もダメだ。もう10年以上見てない」
怖いものを自分から見たがる人たちの気持ちが正直全く分からない。痛がってる人や苦しんでる人を見るだけで自分がそうなったらと想像してしまい、俺まで辛い気持ちになってしまう。
「いや、すまん。泣き言を言ってしまったな。こんな世界で肉を確保するなら必要なことだろう、うん。覚悟を決めるよ」
「そんなに無理しなくても……そうだ!解体はボクがするのはどうかな?」
「エマはそういうのは平気なのか?」
「うん。死体は見慣れてるしね」
「えっと、それは……」
「あっ……ほら!こんな世界だからね!先生だってたくさん見てるでしょう?」
それは確かにその通りだ。今も道端には白骨がゴロゴロしてるし、人類が滅びて一か月くらいはもっと生々しい死体がたくさんあった。
だがそれらは俺の苦手意識を強めこそすれ慣れはしなかったのだが、エマにとっては逆だったのだろう。
「ともかく、解体は任せてよ。ボク頑張るから」
「ぐ……正直それは助かる。すごく助かるのだが、女の子にだけ汚れ仕事をさせて俺だけ安穏としているなどと……」
「もう。先生は真面目だな」
真面目かどうかという話ではない。これは男のプライドの問題だ。エマが平然としている中、俺だけ血とグロ画像にビビるなど、情けないことこの上ない。
「とりあえず、罠だけ設置しちゃわない?捕まえてもいないのに心配しても仕方ないしね」
「それは確かに。まさしく捕らぬ狸の皮算用だしな」
「あ、先生っぽいこと言ってる」
まずは罠を準備しようと思い、関連する書籍をとるために立ち上がった。捕まえるまでの間に俺はグロ耐性をつけなければいけないだろう。
(その手の映画でも見なきゃいけないかな。嫌だなあ……)
■
用意したものはくくり罠と言うものだ。地面に埋めておき、それを動物が踏んだ場合にその足首を拘束するという代物だ。
ちなみに木や枝からサバイバル的に自作したのではなく、市販されているワイヤー製の代物だ。将来的なことを考えれば自作することを考えなければいけないが、使える間はこれでいいだろう。
「これで動物を捕まえられるの?」
「そうらしい。えっと……」
説明書を読みながらテーブルの上で金属の筒にあれこれセットする。十数分の格闘の後、ようやく一つだけ完成させることができた。
「この筒を、本当は土に埋めるんだよね?」
「そしてその上を動物が通って、筒を踏んだら、こうなる」
言葉と同時に、試しに軍手を付けた手で筒の上部を押してみる。するとカシャッという軽い音とともに仕組みが動作して、俺の手首がワイヤーで拘束された。
「本当に動いた!」
「これ、ちょっと楽しいな。こういうギミックは男心をくすぐる」
「ボクだってそうだよ。ねえ先生、もう一回セットして見せて?」
エマにそう言われて、罠を解除してワイヤーをほどく。もう一度一からセットしなおした後、彼女に軍手を差し出した。「それじゃあやってみるね」といいながら軍手をつけ、エマが筒の上部を押す。再びギミック音がして、エマの手首が金属でくくられた。
「すごい!ちゃんとしてるんだね」
「そうだね。よし、それじゃあ罠を解除するよ」
「お願い。あ、でもこれって……」
エマが突然顔を赤らめて言った。
「ボクが、先生の罠に捕まっちゃったってことなのかな」
「あ、ああ、そうとも言えるか」
「だよね…………あはは、何恥ずかしいこと言ってるんだろう。解除してくれるかな」
エマを捕まえた罠に対して、獲物を調理する直前の動作を行う。それがなんだか意味深に思えて俺まで恥ずかしくなりながら、彼女を罠から解放した。
「それじゃあ次はボクがセットしてみるね。マニュアルちょうだい?」
エマに本を手渡し、今度は彼女がいくつかの操作を行う。そうして準備を終えた罠を、俺に対して差し出してきた。
「ねえ先生、ちゃんと動くか試してみて?」
「それじゃあ、やってみるな」
差し出された金属の筒を、再び軍手を浸けて上から押す。正常に罠が発動し、俺の右手の自由が失われた。
「うん、ちゃんとセットできてるね。それじゃあ解除を――」
罠を解くために左手を動かした瞬間だった。その手首を、エマが自分の手でがッと力強く掴んでくる。
「えっと、エマ……?」
「ボクの……ボクが……」
「エマさん?」
「ボクが、先生のことを罠で捕まえちゃった……」
エマはもう片方の手で自分の口元を隠しているものの、それで隠しきれないほどに彼女の口角が上がっていた。興奮した様子で、顔を赤くして、動かせない俺の手首を見つめている。
「……エマ。罠を解除したいなって思うんだけど」
「あ、ご、ごめんなさい!」
正気に戻ったかのようにエマがぱっと手を放す。その隙に罠へと手を伸ばし、罠の解除を実行した。
(もしかして、エマにはそういう趣味があるのか?…………将来的に、それに付き合うことになるのかなあ)
ともかく罠のセットの仕方は分かった。後はこれを、森の中へと仕込んでおけばいいだろう。
■
俺の朝の日課として、旅館から切り開いた道を通って川にびんづけをセットするというものがある。罠を設置することにしたのはその道中の道の端だ。
森の奥に罠を設置して、毎日獲物がかかっているかを確認するのは時間がかかりすぎる。そのため日々川に行くついでに、罠の状態を確認できる位置に設置することにしたのだ。
普段は俺一人で歩く道を、エマと二人で罠を抱えて歩んでいく。
「とはいっても、獲物がかかる確率はかなり低いだろうけどな」
「そうなの?」
「多分ね。マニュアルによると、本来は動物の痕跡を発見して、その通り道にセットする罠らしい。ただ俺たち素人にそんなものは分からないから適当な位置にセットするしかないわけだろう?その上を偶然動物が通りかかる確率は、かなり低いと思うんだ」
だからこそ、罠の数が必要だ。出るまで回せばガチャが当たる確率は100%なのだ。舗装されていない山道では台車を使うこともできないため、俺たちは旅館と川への道の間を、罠を抱えて何往復もしなければならなかった。
持ってきたスコップでもって地表に少し穴をあけ、そこにくくり罠を埋めていく。そんな作業を幾度か繰り返した時だった。
「あっ、うさぎだ!」
エマの声に振り向くと、確かにそこには兎がいた。それは先ほど俺がセットした罠の近くにいて、そこをじっと見つめている。
カムフラージュもしたし、ぱっと見ではわからないはずだ。だが野生の勘と言うものだろうか。まるで不思議な力で固定されたかのように、じっと罠の位置を見つめ続けている。
もしかして設置したその日に、目の前で獲物がかかるなんて奇跡が起こるのか。そう思って兎の挙動を観察する。相変わらず視線は動かさずに、何かにおびえたかのように徐々に後ろへ下がっていって、罠から距離をとり始めていた。
「うーん。ダメみたいだね」
エマの声がきっかけだったのだろうか。兎はぱっと視線を外すとともに、まさしく脱兎のごとく逃げ出していった。
「興味みたいなものは持ってたんだけどな。そう上手くはいかないか」
「罠に視線を向けたからって、そこに飛び込んでいったりはしないんだね」
「野生動物は警戒心が強いからな」
残念だが、あたりまえのことだろう。やはり数を仕掛けなければならない。その日一日、俺はエマと協力して、たくさんの罠の設置を行った。
■
「流石に疲れたな……」
風呂上がりに、ソファにもたれかかって俺はぐでっと脱力していた。山道を重い罠を抱えて何往復もしたのだ。脚に疲労がたまっており、それはお風呂に入った程度では取れなかった。
(明日筋肉痛になってなきゃいいけど)
そう考えているとエマもお風呂から上がってきた。少しだけ髪を湿らせて、共用の場である休憩室へと入ってくる。
「お風呂あがったよ……先生、もしかして疲れてる?」
「そうだね。エマもお疲れ様。今日は大変だっただろう」
「そんなことないよ。先生より一度に運ぶ量は少なかったしね」
彼女は調理場から持ってきたのだろうコップを持って、近くの椅子へと腰掛けた。
「疲れてるのは、脚?」
「そうなる。まあ一晩寝れば回復すると思うよ。明日も川まで行かなきゃいけないしね」
魚は保存のきくものではないから、できるだけ毎日とりにいかないといけない。動物が捕まらなければこれが唯一の新鮮なたんぱく質だ。さぼるわけにはいかない。
「明日くらい、休んでもいいんじゃないかな」
「本当に辛かったらそうするよ。いずれにせよ、明日また考えよう」
「そっか……あ、そうだ!」
俺の言葉を聞き、エマがとても嬉しそうに声を上げた。
「ボクが先生のことをマッサージしてあげるっていうのはどうかな?」
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