「後は、このボタンを押すだけでいいのかな」
「それだけでいいみたいだ。やっぱり一つの機能に特化してるとシンプルだな」
旅館の休憩室の中、エマとの間でそんな会話を交わす。彼女の手にはデジカメが握られていた。先日のデートでカメラを持ってくればよかった、と言う話になったことを思い出し、近くの電気屋から回収してきたものだ。
エマが本体右上のボタンを長押しすると、ピピッという機械音の後にシャッター音が鳴る。試しにボタンを押してみた結果、何もない壁が映し出されていた。
「スマホと違って誤タップの心配はなさそうだね。ボタン押した瞬間にぶれるってこともないみたい」
「それ専門の機械だからこそなんだろうな。だからこそ、デジカメは未だに生き残っていたんだろう」
実際、スマホが普及してデジカメの数は少なくなったのではと思っていたのだが、電気屋に行けば全くそんなことはなかった。大きいのから小さいのまで、ずらっと多種多様なものが並んでいたのだ。
俺たちが持ってきたのはその中でも小型のものだ。大型の方が高級で機能と画質もいいのだろうが使いこなせる気はしなかったし、何より重いというデメリットがあったからだ。
そんなカメラを1台ずつ、お互いに首から下げて持っていた。
「さて、何を撮ろうか。またあの公園に行くかい?」
「最初に撮るものは決めてるんだ。はい、先生。こっち見て」
エマはさっと俺から距離をとって、こちらにカメラを向けていた。意図を察してピースをしてやると、再び彼女の手元からシャッター音が聞こえた。
「うん、よく撮れてる。ふふふ」
「そうかい。俺の写真なんかとっても仕方ないんじゃないか?」
「そんなことないよ。だって、その……恋人の写真だし」
エマの愛らしい不意打ちに一瞬こちらの動きが止まる。その間にエマは持ち直したようで再びこちらにカメラを向けてきた。
「もう一枚撮ろうよ。次は別のポーズがいいな」
「ポーズって、どんなポーズがいいんだい?」
「どうって……こう、モデルみたいな?」
モデルと聞いて、一瞬グラビアアイドルのポーズをしようとしてしまう。
違う。俺に求められているのはこれではない。
「男性モデルのポーズは、ちょっと分からないなあ」
「ボクもよく分からないや。今度雑誌を見て、勉強しておかないとね」
「俺がそのポーズをするのか……?あの、ああいうのはイケメンにのみ許されるポーズであってな……」
「先生は十分かっこいいよ!」
「お、おう、ありがとう。ただそれは多分、恋人の欲目とか入ってないか?」
「そうかもしれないけど、ボクにとっては世界で一番……、あ、こ、これは不謹慎だったかも……」
言葉の途中でエマが急に消沈する。言わんとすることは分かった。確かに世界に男が俺しかいないのなら、世界で一番かっこいいと言えるのかもしれない。
とはいえ不謹慎だろうが、そのことでエマに悲しんでほしくない。だからこそ俺は、気恥ずかしさをこらえていった。
「じゃあ、エマは今世界で一番可愛い女の子だな」
「え、ええ!?そんなこと!それって、その、ダメじゃないかな!?」
「そんなことないよ。というか他の人がいても世界一可愛いよ。間違いない」
「はわわ……!」
あえて軽く、捲し立てるように、エマに対して言葉を浴びせる。そのことが彼女の罪悪感も悲しみも、全て押し流してしまえればいいと思った。
「次は俺の番だよね。世界で一番可愛い女の子を撮るから、何かポーズをとってくれ」
「ポ、ポーズって、えっと……!?」
「はい、撮るよ。3、2、1」
自分の持ってるカメラを構え、わざと素早く三つ数えてシャッターを切る。デジカメの中には、慌てふためきながらもなんとかピースサインを撮っているエマが映っていた。
それを見て思う。人類が存在していようと、やはりこの子は世界で一番可愛いのではないだろうか。
「じゃあもう一枚撮ろうか。別なポーズとってね」
「別って、ピース以外!?他にどんなのが……」
「さてなんだろう。3、2、1」
容赦なく再びカウントダウンをして、その度にシャッターを切っていく。エマは何とかポーズのバリエーションをつけようと、両手を上げたりこちらを指さしたり、片足を上げたりと変なポーズを取り始めていた。
そんな有様が、とても愛おしい。
「あ、あの、えっと」
「エマちゃん、いいよ~。おっ、斜めからもいいね~」
「せ、先生、その……」
「困った顔もかわいいよ~」
「もう、先生!!」
「はっ、お、俺は一体何を……」
気がつけばやたらとおじさん臭いセリフを吐いてしまっていた。もしかしたらエマのいじらしさには、おじさんの素養を持つ存在を狂わせる魔性があるのかもしれない。
「次はボクの番だよ。はい、そこに立ってて」
「そうか、えっと、それでどうすればいい?」
「立っててくれればいいよ。えっと、フロントカメラは無いから……」
言われるままに部屋の壁の近くに立つ。彼女はしばらくカメラをいじると、それを机に置きこちらへと駆け寄ってきた。
「せんせっ!」
笑顔でこちらの片腕に抱き着き、カメラに対してピースサインをする。俺も急いでピースをすると、その瞬間にカシャリと言う音が鳴った。
エマが机の上のカメラを手に取り、撮れた写真を確認して言う。
「ふふっ。先生変な顔してる」
「まじか……消して撮り直さないか?」
「もう一枚撮るのは良いけど、消さないよ。これもボク大好きだもん」
そう言いながら再び机の上にカメラをセットしている。次からはちゃんと身構えた状態で、いくつかのツーショットを二人で撮った。
■
旅館の外に出る。駐車場に作った畑はジャガイモの他にもいくつかの種類を栽培していて、それらが緑の葉を伸ばして日の光を浴びていた。
「結構育ってきたな。これも君のおかげだね」
「そんなことないよ。ボクがやったのなんて計画と水やりくらいで、雑草取りとかは手伝ってもらってるし……」
「いやいや、本当にエマのおかげだよ。君がいなかったら野菜を育てることすら俺はしなかったからな」
会話をしながら畑の間を歩き、何度もカメラのシャッターを切る。
俺たちは素人で日々の植物の変化など分からない。分からないからこそ、ちゃんと記録をつけて見比べることが大事だと思った。
「こうしてると、小学生のころミニトマトを夏休みに育てたのを思い出すよ」
「そうだね。うちの小学校では定番の宿題だったな」
「先生にとって、あの頃のボクってどんな子供だった?」
「そうだなあ……」
エマが3年生と6年生の時を思い出す。そのころのことで一番印象に残っているのは、やはり二階堂さんといつも一緒にいたということだ。
とはいえ故人ことを話しても明るい話題にはならないだろう。他に印象と言うと――
「明るくて前向きな子だったかな」
「なんだか、誰にでも当てはまりそうなこと言ってない?」
「確かにそんな内容だけどな……でも仕方ないだろう?あの頃の俺にとって君は一生徒で、特別視してなかったし……というか、特別視してた方がやばいだろう?」
「それはそうだけど……」
不満げに言うがこればかりはどうしようもない。せめて成長した姿を見たときに、一目でだれか分かっただけでも許してくれないだろうか。
「じゃあ今は?今のボクは、先生から言ってどんな印象?」
「そうだね……」
これまでの彼女との付き合いを思い出して考える。小学生の頃の印象である明るくて前向きという印象は今はもう薄らいでいた。この世の中で、何度も落ち込んでいるエマのことを見たからかもしれない。
ではほかに何があるだろうか。優しい、かは俺自身しかサンプルがないから分からない。寂しがりも外的要因が大きすぎる。真面目なのは事実だけど、エマの代表的特徴かと言ったらそうでもない気がする。
太ももと謎のベルトがエロい……いや、ないな。この場でそれは無い。
いろいろ考えて、あえて一番を上げるなら、
「笑顔が綺麗、かな」
「そ、そう?えへへ……」
「あと八重歯が可愛い」
「八重歯!?」
俺の言葉で意識したのか、エマがさっと自分の口元を隠した。
「八重歯!?え、な、なんで!?それってこう……マニアックじゃない?先生って、その、そう言う趣味だったの……?」
「違うよ!?べつにそう言う趣味ってわけじゃないよ!?他の人でそういうの感じたことはないけど、エマのだけ可愛く感じるだけで……」
「ふ、ふーん……」
俺の言葉に、エマは顔を赤くしながら2、3歩後ろへ下がった。引いているというわけではなく、照れているのだろう。
「ということで、ほら、口を隠してる手を下げてくれないか」
「そんなこと言われたあとじゃ無理だよ!」
「でもずっとその姿勢のままってわけにもいかないだろう?」
「それはそうだけど……」
カシャリ
「な、なんで今写真撮ったの!?」
「照れて口元を隠すエマが可愛くって、つい……」
「うぅ……」
■
しばらくすると畑も一周歩き終えて、写真もそれなりの量がたまっていた。現状の写真としては十分だろう。
「これくらいでいいだろう。そろそろ戻ろうか」
「うん!帰ったら写真の印刷もできるんだよね?」
「ああ。インターネットが無くても、電気があればパソコンもプリンタも動くからね。写真の印刷はできるよ」
カメラを回収した時点で、そこから使うことになりそうな機器もまた一通り用意しておいた。心配なのはプリンタのインクだったが、未開封のものであれば結構な間持つらしい。
「じゃあ今日撮ったツーショットはラミネート加工して欲しいな。額縁に入れて飾るんだ」
「せめて、俺がちゃんとした顔をしてる方にしてくれよ?」
「ふふっ、どうしようかな……?そうだ、それなら二枚印刷して二つ作ろうよ」
「二つって、二枚とも飾るってこと?」
「えっと……」
エマは少しだけ言葉を選ぶように悩んで、言った。
「先生の分が必要かなって。お互いに部屋に飾ればお揃いだよ?」
「お揃いか……。まあ、君がそれを望むなら」
「ならそうしようよ!」
正直なところ俺は写真を飾ったりはしない性格なのだが、エマからすればお揃いと言うことが大事なのだろう。エマは嬉しそうに笑うと少しだけ早歩きになって、俺より前を歩き旅館に向かおうとする。
「先生も、ちゃんとボクとの写真を部屋に飾ってね?部屋の中の良く見える位置に置いて、いつも見てくれると嬉しいな」
「分かったよ。ただ何度も言うけど、印刷するのは俺が変な顔してない方だからね?」
「うんっそうだねっ」
旅館にたどり着いたエマが玄関を開けた。その楽しそうな有様を見て、印刷する写真はチェックしないといけないと、そう思った。