朝からシャワーを浴びて体と顔を洗い、服を着替える。外を見ると今日は雨が降っていたため、川に魚を捕りに行くのは中止することにした。
そのままエマと一緒に朝食の準備をして、席に着く。そんな流れの中、俺はずっと自己嫌悪に陥っていた。
(昨晩のことは、完全にまずかった……)
エマと同じベットに入り、彼女に抱き着いたまま雄を押し付けて、射精してしまった昨日のこと。
思い出すだけで罪悪感で消えたくなるのに、それと同時にあの甘やかな絶頂を思い出す、自分でするのとは、また別種の幸福感。
(本当に、エマには申し訳ないことをしてしまった。普通に考えて最低なことを)
自分の罪を自覚している。本当だったら、エマのことを深く傷つけてしまったかもしれないことをしたのだと。
なのに、それでも――
「ごちそうさま!」
目の前のエマは、一点の曇りもなく笑ってくれていた。
「先生、今日は食べるの遅いね……もしかして食欲無い?」
「ああ、いや、そんなことないよ」
そう言って俺のことを心配までしてくれる。そこには辛さを我慢しているとか、そう言うものはないように見えた。
例えば、大人から性的な虐待を受けて、それでも生活のために受け入れなければいけない子供、そのような無理に耐えているような暗さはないように感じる。
だが、それはあくまで俺の目から見てにすぎない。
エマの本心はどこにあるんだろうか。もし我慢してたとして、それを素直に話してくれるだろうか。
(いや、悩んでも仕方ない。次から堪えればいい。これ以上は、もう本当にダメだ)
エマはセーフだと許してくれるけど、もはやそれに甘えてはいけない。
ここ最近、性欲の沼にズブズブと沈んでいくような感覚があるのだ。ここで立ち止まらないと、もう本当に止められなくなる気がした。
「ごちそうさま」
俺も食事を終えて箸をおく。食器として使った紙皿と割りばしをごみ箱へと捨てた。
水に比べるとこの手の食器は使い切れないほどたくさんあり、使い捨てにした方がよほど効率が良かった。
「ねえ先生、今日は何する?」
「そうだね……」
窓の外を見ると、ここ最近は見ないほどの大雨だった。台風でも来ているのかもしれないが天気予報も無くなった今、予想することしかできなかった。
「今日は外に出れないから、家の中で過ごそうか。俺はちょっとやりたいことがあるから、エマも何か好きなことをしててくれ」
「やりたいことって、ボクが一緒だとできないこと?」
「できないわけではないけど、君に農業を任せた以上俺には俺の役割があるからね」
そう言って立ち上がり、本棚から一冊の書籍を取り出す。それは最近読み込んで、逆に言えば読み込むしかしてこなかったもの。
「座学はもう十分だから、軽く実践してみようと思うんだ」
■
旅館の休憩室の中、床の上には六つの機械が並んでいた。それらはどれもボロボロで、そのままでは動かないだろうと見ただけで分かる代物だ。
「先生、これってなあに?」
「なにってラジカセ……あ、そっか、君の世代だとラジカセって知らないのか……!?」
驚きのジェネレーションギャップだった。だが確かに、今時の子なら音楽なんてスマートフォンで聞くだろう。音質を気にしてスピーカーで流すとしても、パソコンから流せば済む話だ。
「これは一昔……いや一昔かな……ともかくCDとかから音楽を再生する機械だよ」
「そうなんだ……パソコンじゃなくても、CDって読み込めるんだね」
「むしろ順番としてはラジカセのためのCDがあって、それにパソコンが対応したんじゃないかなあ」
詳しくはないうろ覚えの知識だ。間違っているかもしれないが、もはや間違っていても別にいいだろう。
「ここの蓋が開いて、そこにCDを入れられるようになってるんだ」
「なんだか蓄音機みたい」
「ラジカセは知らないのに蓄音機は知ってるんだね」
「ヒロちゃんが教えてくれたんだ。スマホの録音機能を説明してくれる時に、なんでか蓄音機のことから話してくれたの」
「ああ、うん。二階堂さんはそういうことをするかもね……」
あの子はいつも正しく、頭がよかった。そのことを自身で自覚もしていて、だから他の人間を導いてやらないととまで思っていた節がある。
(……エマに性欲を向けてしまった俺を見たら、二階堂さんはなんていっただろうか)
間違いなく、正しくないと言われるだろう。脳内ではいまだに小学生の姿のイマジナリー二階堂さんに説教されることを思うと、何の言い訳もできなかった。
そして小学生姿の二階堂さんを思い出すと、同じく小学生の頃のエマのことも思い出してしまって……そんな子に射精してしまったことに、余計に罪悪感が強くなる。
いや、気分を切り替えろ。今はそんなことを考える時間じゃない。
「それで、このラジカセをどうするの?どれも使えそうにないけれど」
「ほら、俺って機械の書籍を色々読んで勉強したけど、まだ実際に何かしたことないだろう?だから練習がてら、この六つのラジカセを組み合わせてニコイチ修理しようと思って」
人類が滅亡してなお、俺たちの生活は機械に支えられている。発電機を始めとして、エアコンも車もなくなったら生活は成り立たず、いつかその未来は訪れる。
「今使っている機械が壊れた時のために、勉強しておこうと思うんだ。延命でしかないけれど、その間にいろいろ準備できることもあるだろうしね」
「延命か……うん、そうだね。いつか、もしかしたらボクが、全部なんとかできるかもしれないもんね」
エマはそう言ってくれるけれど、希望的観測だろうと思う。間違いなく現代的な生活は終わりを迎える時が来る。
でもそれまで、延命できればいいんじゃないだろうか。俺たちがそんな長生きできるかすらも分からないのだから。
ドライバーを片手にラジカセの外装を外していく。大雑把に理解するならば機能はとてもシンプルだ。CDを読み込んで、それを電気信号にして、その電気の波を音の波へと変換し、スピーカから増幅して、音を鳴らす。
「分かるかい、エマ。電気も音も、結局のところは波であり振動なんだ。だから間に適切な変換を挟んでやれば、音を電気で表現することはすごく簡単で――」
「あ、あの、教室じゃないんだから、理科の授業は必要ないんじゃないかなって……」
エマはそそくさと俺から離れて、遠くのテーブルの椅子へと座った。その手には農業の本が握られていて、彼女は彼女の勉強をするつもりなのだろう。
やはり小難しい話は嫌いだったかと反省するとともに、どこか安心もしていた。俺にはまだ、俺自身の役割がある。彼女の役に立てることがある。
その事実が、俺がエマの側にいていい理由になってくれる気がした。
■
分解して、中の構造を理解して、動かない理由をチェックして組みなおす。それでも音は鳴らなくてまた分解する。
間に昼食をはさみつつ、半日かけてもなお直らなかったが、当初の目的通り全くそれで問題なかった。
ばらして中を見るたびに、失敗を一つするたびに、知識が経験として俺の中の血肉になっていく。今回はラジカセだが、今度はもっと大きい機械を修理してもいいだろう。なんなら事前練習として、俺たちの住居じゃないどこかのエアコンや、そのあたりの車を修理してもいいかもしれない。
そんなことを考え、勉強になったことをメモに残して、幾度目かの修理結果が目の前にある。
さて、今回はどこが悪くて動かないのだろうか、そんな逆の期待とともにボタンを押すと
CDの音楽が、流れ出した。
「あっ……」
そうなれば、当然エマも気づいたのだろう。声を上げてこちらを向いていた。
「直ったの!?」
「ああ、うまく行ったみたいだ……」
「わぁ、やっぱり先生ってすごいね」
年下の恋人に褒められて調子に乗ってはいけないと思うものの、実際今回は俺もそこそこ頑張ったと思う。
ラジカセからは適当に拾ってきたCDから、流行りの曲が流れていた。エマも知っているものだったのか、彼女の口から歌声が聞こえてくる。
それは柔らかく、軽く、どこか調和のとれた讃美歌のようにも聞こえて
「君って、もしかしてかなり歌が上手い方か?」
「えっと、どうだろう。……先生は上手だと思う?」
「上手だと思うよ。テレビのプロとか以外でここまですごいのは初めて聞いたかも」
「そうかな、えへへ」
小学生の頃、彼女の歌を聞いたことはあるはずだがこんなにうまかっただろうか。いや、声量がある方ではないから、合唱の中では埋もれてしまっていたのかもしれない。
「今度、また別の曲も聞かせてくれないか?」
「それなら先生はピアノで伴奏してほしいな。できるよね?」
「それはまあ、小学校の先生だからね」
「じゃあ約束!一緒に何か音楽やろうね」
そう言って二人で約束を交わす。キーボードならどこかに落ちているだろうし、それこそ修理もできるだろう。
音楽を聴きながら過ごす穏やかな時間が、とても暖かなものに思えた。
■
「うん、今日はすごく健全に過ごせたな」
夜の自室で、一人反省会を開く。いや、今日は反省点など一つもなかった。
機械の修理と言う未来のために技術をまた一歩身につけ、先に進むことができた。さらに今日一日ずっと、エマに対して何か性的なイベントも一つも起こっていない。
昨晩の反省が生きた一日だったと言えるだろう。
(これでいいんだ、これで)
こんな時間がずっと続けばいい、明るく、健全で、後ろ暗いことなんて何もない日常。
俺はエマのために頑張っていると、そう胸を張れる日々。
とはいえただそれだけで成り立つほど俺の精神は強くない。そんな現実は、嫌と言うほど思い知っている。
その日々のために今日もとっとと性欲を発散しようとズボンに手をかけた時。
コンコンと、ノックの音が部屋に響いた。
それはデジャヴだった。昨日にも聞いたような音。それに嫌な予感を覚える。
扉の先には当然エマがいるのだろう。昨日と同じように高鳴る動悸を抑えつつ、ゆっくりと立ち上がりドアを開ける。
その向こうにいる少女は、いつもの可愛らしいピンクのパジャマを着ていた。昨日と違うのは、今日は準備万端に枕を抱えていることだ。
「先生に、お願いがあって……」
昨日よりもさらに赤い顔、うつむきがちに下を向いて、恥ずかしそうに目を伏せる。その後に意を決したようにこちらを向いて、上目遣いで口を開いて
「今日も、一緒に寝て欲しいな、なんて。えへへ。」
エマは、明らかに分かっている照れ笑いで、俺のことを誘ってきた。
エマちゃんの歌が上手いかどうかに公式設定なんてないけど、ゲームのOPを歌ったりカラオケ店とのコラボでボーカルを務めるくらいには上手いと信じてます