※この作品はR-18です。

滅亡世界の生存者   作:トイタトタタン

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32話 草むしり

 夏の日の曇り空はとても助かる天候だ。暑すぎる晴れや傘が必要となる雨と違い、外で行う作業がとても快適に進められる。

 今日もそんな日だったから長時間日向で行わなければいけない作業、畑の草むしりを行うことにした。

 

 普段だったらエマと二人で協力して行う作業だったが、今日は彼女には別の作業をお願いしていてここには俺一人しかいない。

 今はただ、淡々と単純な作業をしながら、一人で思い悩む時間が欲しかった。

 

 日差しがなくとも熱い空気の中、軍手を浸けて畑の中を練り歩く。作ったばかりの畑に生えている雑草はまだ新しく、手で簡単に引き抜けた。念のためにと手持ちシャベルを準備してきたが、必要なかったかもしれない。

 

 畑の畝の間を歩き、草を抜いてまた少し進む。黙々と草を引き抜きつつ考えるのは、当然ながらエマのことだ。

 

 あれから、俺たちの間では一つの習慣ができた。

 エマが毎晩俺の部屋を訪れて、一緒の布団に入る。そして俺はエマに対して腰を振り、『事故』を起こす。そんなことがしばらく続いている。

 

 朝になればまたやってしまったと後悔するにもかかわらず、夜になるとエマの誘いを断れない。まるでアルコール依存症のように、無意味な反省を繰り返している。

 そんな自分が嫌になるのに、きっと今晩も俺はエマに抱き着いてしまうのだろう。

 

(このままで、いいんだろうか……)

 

 エマは明らかに許してくれている。誰も苦しんでいない。ならもっとしてもいいんじゃないか。けれどその判断が、性欲で濁った都合のいい結論じゃないという自信が全くない。

 

 俺の中の基準が、もはや俺自身でも信じられない。

 

 だから世間という基準に従って、15歳の少女にそういう行為をするのは間違っていると思っていた。だがこんな特殊な状況下で、消え去った社会のことを気にしても仕方がないのは分かっている。

 

 社会と言う基準では、もはや善悪は計れない。

 

 いずれにせよエマに何もしない。それが一番安全だった。そうするべきなのに、そうできない。

 

 自らの煩悩を摘むように、ただひたすらに雑草をむしり取っていく。それでも、いくら作業に集中しても心から消え去ってくれない。

 脳裏に何度も刻まれたエマの温かさ、柔らかさ、耳元で囁く甘い声、股間から感じる快楽、絶頂の時の、圧倒的多幸感。そんなものが何度も思い起こされて、頭の中から離れない。

 

 そして思うのだ。またしたいと。

 

(最低だ……!本当に俺は、最低だ……!)

 

 何度自分に言い聞かせても、きっと今晩も部屋に来てくれるというい期待感が消せない。そのことが本当に情けなく、消えたい気分になっていた。

 

 

 しばらくして、草むしりがすべて終わった。それでもエマのいる旅館の中に帰る気分にはなれなくて、俺は壁の近くで座り込み、体を休めている。

 抜いた草を入れた袋も、結局使わなかったシャベルも床に置いたまま、どうにも立ち上がれなくなっていた。

 

 曇り空でも真夏は暑い。エアコンのきいている室内に行きたい気がしないでもないが、今の俺にエマと会う資格はあるのだろうか。それは、彼女のための行動になるだろうか。

 いっそ性欲なんてすべて捨てて、エマの利益のためだけに動く存在になりたかった。欲望なんて捨てたかった。リスクがないのなら、去勢したってかまわない。

 

 そんなに思い悩んでも、暗い欲望が消えてくれない。

 

 繰り返す興奮と、繰り返す自己否定。それに疲れて、座ったまま俯いて、動けないでいる。

 

 そんな時に、頭の上から、声がかけられた。

 

「先生?」

 

 とても優しく、愛おしい声。今一番聞きたくて、そして聞きたくなかった声が空の上から降ってきた。

 目を上げると、そこには心配そうなエマが立っていた。俺のためのものなのだろうか、その手にはタオルが握られている。

 

「畑にいないから心配しちゃった。……もしかして、具合悪い?」

「……いや、そんなことない。大丈夫だよ、エマ」

 

 返事をするも、そこまで取り繕う余裕もない。俺の疲れ果てた顔を見て、エマが言った。

 

「先生、ひどい顔してるよ?」

「そうかな……」

「うん。自分のことが嫌いで仕方ない、そんなときのボクと同じ顔してる」

「エマが……?いや、君はいい子だと思うけど」

「そんなことないよ」

 

 彼女の言葉はとても真に迫っていて、きっと本当に自分が嫌いな時があったのだろうと思った。

 

「ボクはね、先生が思ってるほど、いい子じゃないんだ。悪いことを考えたことも、したこともある。自分が嫌で、自分が嫌いで、消えたくなってしまう感覚」

 

 しゃがみ込み、俺に目線を合わせてくる。そして片手で俺の頬を撫でながら言った。

 

「分かるよ。先生の気持ちが、ボクにはすごくよく分かる」

 

 なぜだろう。俺の今の自己嫌悪はとても強く今までにないほどなのに、彼女からはその感情に対する強い共感を感じる。

 

「でもね、ボクが自分のことを嫌いでも、先生はボクのことを好きでいてくれるでしょ?」

「ああ。もちろんだ」

「だから、ボクは幸せでいられるんだよ?」

 

 もう片方の手も頬に合わせてくる。彼女の両手に挟まれて、彼女の両目と視線が合わさせられた。

 

「ボクも先生が好きだよ。どんなに先生が自分のことを嫌いでも、ボクが好きでいてあげる。それじゃあダメかな?」

「それは…………」

 

 そのとても深い愛情は、癒しよりも先に罪悪感を感じさせた。どんなに愛してくれても、愛してくれるからこそ、彼女のそばにいていいか分からない。

 

「ダメなんだエマ……俺はもう、分からないんだ……」

「先生……?」

 

 気付けば、大人の男が少女に対して、みっともない泣き言を漏らしていた。

 

「どこまでがよくて、どこからがよくないのか。なにが正しくて何が悪いのか、そんな自分の判断が、何一つ信じられないんだ」

 

 自分の欲をすべて捨てるのは非現実的だ。なら、許されるのはどこまでだ?

 

「君のために全てを捨てたいのに、そうすることもできないんだ。君を幸せにしたいのに、それは本心なのに、それに徹することができないんだ」

 

 エマのことを思うのならば、一切手を出すべきではない。なのに、エマに対して何も害がないという甘い考えが、無用なリスクを背負わせる。

 

「なあ、エマ。俺はもしかしたら……」

 

 君のことを、襲ってしまうかもしれない。

 

 そう口にしようとしたとたんに、エマがすっと両手を話した。立ち上がり、後ろを向いて、数歩だけ、俺から離れる。

 

「だったらさ、先生」

 

 そして振り返り、言った。

 

「ボクのことを信じてほしいな」

 

 とても優しく、笑ってくれていた。

 

「自分のことが信じられないなら、ボクのことを信じてほしい。自分の中に基準がないなら、ボクのことを基準にしてほしい」

 

 自分でも、どうかしてると思う。ごく普通の人間の女の子に、こう感じるのはおかしいけれど、

 

「先生は以前、嫌なことは言って欲しいって言ったよね?その約束、ちゃんと守ってるんだよ?」

 

 柔らかい曇天の光に包まれたその姿は、まるで全ての罪を許してくれる天使のように見える。

 

「ボクが何も言わないなら大丈夫!だから先生、ボクを信じて?」

 

 エマを信じる。それはとても当たり前のことだ。俺はエマのことが好きで、エマも俺のことを愛してくれている。ならば彼女の言うことは、きっと全て正しいのだろう。

 

 彼女が何も言わないのなら、全て問題ないのかもしれない。

 

「ボクが先生を許してあげる。だから、ねえ、先生」

 

 微笑むエマの顔には一切の影がなく、とても嬉しそうだった。

 そう感じる俺の判断を、信じていいのだろうか。いや、エマが幸せだというのなら、きっと信じていいのだ。

 だから、もう我慢する理由なんて何もなくて

 

「これから、何したい?」

 

「エ……マ……」

 

 彼女の呼びかけに、ゆらりと体が立ち上がる。心臓が早鐘を打ち、興奮で呼吸が荒くなる。

 これから。これからしたいこと。ただ腰を押し付ける以上のことをしても、多分また許してくれるのだろう。きっと傷つかないし、笑ってくれると思う。

 

 なら、もういいんじゃないだろうか。足がゆっくりと動き出し、少女に襲い掛かる幽鬼のようにエマへと近づいて

 

 

 

 その瞬間。左足に違和感。何かを踏みつけた。それがくるりと回転し、俺の足も引きずられて動いて、足首に鈍い痛みが走った。

 

「なっ……ぐっ……!?」

「先生!?」

 

 再びしゃがみこんだ俺に、エマが慌てて近寄ってきた。自分の足元を見ると、そこには置きっぱなしにしていた手持シャベルが転がっている。

 

「だ、大丈夫だ。シャベルを踏んで、足を捻っただけで……」

「本当に大丈夫……!?」

 

 痛みのあまりに体中から冷や汗が噴き出てくる。さらに言うなら。時間とともに悪化している気がした。

 様子を見るにしろ何にしろ、まずはエアコンのある涼しいところに行きたかった。

 

「とりあえず、中に戻ろう。壁に手をつけば、歩けるから」

「そうしないと歩けないって、かなり重症だよ!ほら、肩を貸すからボクに捕まって?」

「ありがとう。くそっ、カッコつかないなあ……」

「そんなこと言っている場合!?」

 

 怒気すら滲む声を上げながら、俺の体を支えてくれる。焦ったり、慌てたりする様子はとても普通の女の子だ。先ほど感じた神聖さや妖艶さなんて、全部俺の勘違いだったのだろう。

 きっと、夏の暑さにやられたのかもしれない。

 

 エマに体を支えられながらゆっくりと玄関へと向かっていく。エマの体と密着しているものの、痛みのあまりに性的な何かを感じる余裕すらない。今はそのことがとてもありがたかった。

 

(危なかった。さっきは本当に、危なかった……)

 

 もしシャベルを踏んでいなかったら、痛みを覚えていなかったら、俺は彼女に何をしていたのだろう。

 自分の判断が信じられなくても、ちゃんと考えて行動しなければいけない。エマに全て委ねるなんてしてはいけないのだ。

 

 俺は、エマと違って大人なのだから。

 

 そう思い、不安定になっていた精神を無理やり握って固めなおす。俺はまだ大丈夫、まだ大丈夫だと言い聞かせる。

 

 それでもきっと夜になったらエマは部屋に訪れて、俺も受け入れてしまうのだろう。

 

 『セーフ』の呪縛から逃げ出すことは、俺にはできそうもなかった。

 




エマちゃんは天性のファムファタルだと思います。
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