翌朝。足の痛みは何もなかったかのように引いていて、完全に治っていた。
かなり酷い捻り方をした気がして数日は痛みが続くことを覚悟していたのだが、昨日の怪我が嘘だったかと思うほどに完治している。不思議と言うか、謎ではある。ただ痛いだけで大したことなかったのだろうか。
とはいえもちろんそれは喜ばしいことだ。俺は早朝から活動を始め、一人で山道を進み川へ魚を捕りに行ったりと、普段通りの活動をすることができた。
昨日のことが、夢や勘違いだったかのように思える。けれどそんなことにして、無視をすることもできない。
俺はこれ以上、流されるままにしてはいけないと思った。
■
朝ごはんを食べて、いつも通りのルーチンを終える。そして先に声をかけたのは俺の方だった。
話題の内容から言ってこんな明るい時間ではなく夜に話す方が適切かとも思ったが、そうやって後回しにしていたら今までと何も変わらない。
「エマ。話があるんだけど、少しいいかな」
「……話?……えっと、うん、いいけど」
俺の真剣な空気を感じ取ってくれたのだろう。彼女もまた、神妙に言葉を返してくれた。
「ああ、でも。話が長くなるかもしれないから何か飲み物を用意しておこうか。俺は麦茶にするけど、君は何がいいかな」
「それじゃあ紅茶にしようかな。まだ使える茶葉があるし、ちょっと待っててね」
そんなやり取りをして、それぞれに動き出す。お互いのカップを手元に置いて席に着いた。
さて――
「えっとな。エマ。昨日のことなんだけど……」
「あ、うん。昨日のことだね……」
俺の言葉でエマも察したのだろう。彼女は恥ずかしそうに俯いていた。
昨日のこと。エマの手で射精させてもらったこと。あれはもう誤魔化しようもなく性的な行為だった。
「まず最初に確認しておきたいんだけど、エマにとってああいう行為は、嫌じゃなかったか?」
「それはその、嫌じゃなかったよ?そもそもボクが嫌だろうって思うのは、先生自身の予測じゃないかな?」
「ああ、まあ、それはなあ……」
少女に性的な欲望を向けたら嫌がられるだろう。俺はそう思ったけど確かにエマ自身の意思を確認したことはなかった。
「つまり、その、エマは嫌じゃなかったということで、よろしいのでしょうか」
「なんで敬語になっちゃうのかな。えっと、嫌じゃなかったよ」
申し訳なさのあまり体を小さくしながら、エマに対してへりくだった言葉で訪ねてしまう。そんな俺の姿を見て、彼女は笑いながら答えてくれた。
「好きな人が喜んでくれることをしたいっていうのは、そこまでおかしなとこかな」
「いや、そんなことはないと思うが……」
「だから、そういうことだよ」
彼女の言っていることは筋が通っているように思える。だが例えばだ、ネット上で知り合った結果の彼氏に対して、彼が喜んでくれるからと言って自分の裸の写真を女の子が送った場合、男側が許されるか否か。
許されない。クソである。
でも小学生ならまだしも彼女は15歳だ。いやしかし15歳は未成年だ。『普通』の判断ではやはりいけないことだ。しかしそれはエマの判断力を馬鹿にしていることにならないだろうか。
「む……う……」
「もう。先生は真面目だなあ」
思い悩む俺の姿を見て、彼女は嬉しそうに笑っていた。
「正直に言うとね、ボクのために悩んでくれるってこと自体は嬉しいって思うんだ。でも、それで先生が悩んで、苦しんでほしくもないとも思う」
そこまで言って、エマは一口だけ紅茶を飲んだ。
「だから、こう、ボクは先生のために何でもしてあげたいなって。先生も素直にボクにして欲しいことを言って欲しい。ボクが好きな人のために頑張るのは、当たり前のことなんだよ」
きっとそれは、嘘偽りのないエマの本心だ。だからここで彼女の言う通り彼女に甘えても、きっと問題はないのだろう。だが、しかし、
「それを理由に、『やってもらって当たり前』とか思うのは、やっぱりダメなんじゃないか」
「えっと、そうかな?」
「君も、日々俺がいろいろ頑張っていることに感謝してくれているだろう?それと同じで、人間の間には互いに対する感謝とか敬意とか、そう言うのを忘れてはいけないと思うんだ」
「うーん。先生って、いつも小難しく考えちゃってる気がするな。つまり、どういうこと?」
難しく考えすぎている。と言われれば確かにその通りなのだろう。だがこうやって考えることこそが、エマにない、俺自身の仕事だと思える。だからこそ考えて、そして生徒に教えるように、思考経路をかみ砕く。つまり何が言いたいかというと
「その、エマに対して申し訳ないっていう気持ちを忘れてはいけないと思うんだ。それを忘れてしまったら、奉仕させるのが普通になってしまったら……こう、なんというか、誰も止められないDV野郎とか、そういうのになってしまう気がするんだ」
社会はもはやない。警察も、法も、俺を止める人間は誰もいない。だから俺が欲望のままに行動したときに、俺を止めるのは俺自身の理性しかないのだ。
怖かった。理性を失うことが。それによりエマを傷つけてしまうことが。
俺のその意見を理解してくれたのだろう。彼女は「分かったよ」と短く言ってくれた。
「先生がそう思うなら、その方が安心なら、ボクはそれでもいいよ。ずっとボクに申し訳ないと思って、ボクに罪悪感を抱き続けても、ボクは先生のために頑張ってあげるから」
そう言ってエマは笑った。その顔には純粋な優しさと、愛情と、隠し切れない喜悦がある。
そう、喜悦だ。エマは間違いなく、申し訳なさのあまり身を縮めている俺の姿を見て喜んでいる。思えば昨晩もそうだった。わざわざ射精直前にはしごを外して、俺にこれはセーフだとねだらせるやり方。そして俺を焦らして、いじめるような指の動き。
目の前に現れたエマの本性。その真実に、俺はたどり着いていた。それは、すなわち――
(エマがこんなに、エスっ気のある女の子だったとは……!!)
それは決しておかしなことではないのだろう。成人男性だってそうだ。
俺たちはサドもマゾも、ロリコンも熟女好きも、NTR好きも逆レ好きも、どんな特殊性癖を持っている人も昼は真面目な社会人をやっているのだ。
むしろ真面目な人間ほどえぐい性癖を持っているという噂も聞いたことがある。それを考えれば、エマがちょっと特殊な性癖を持っていることは何ら不思議ではない。
彼女自身は、そんな自分を自覚していなかったかもしれない、だが昨晩の彼女は、間違いなく俺をイジメて、俺の情けない姿を見ることに興奮を覚えていた。
(まさか、俺が目覚めさせてしまったというのか。甘責めボクッ娘ピュアピュア少女を……!!)
昨日、とても楽しそうに俺のことを追い詰めていた彼女の姿。それを思うにエマは性的なことに喜びすら感じていただろう。
だがそれで俺が開き直ったりしたら、むしろがっかりさせるのではないだろうか。エマが楽しいのなら俺が罪悪感を覚える必要はないかもしれないが、俺が罪悪感を覚えなくなった時点で彼女は楽しくないのかもしれない。
いや、もちろん、エマの言う通り純粋な奉仕の気持ちだという可能性もあるのだが――
(分からない。分からないがしかし、今後も心の縛りを外してはいけない。それをエマが許してくれて、これから日常になるとしてもだ)
きっと今晩もまた、エマは俺のことを気持ちよくしてくれるのだろう。そのことにもう耐えられる気はしなかった。耐える意義も見いだせなかった。
男の俺よりも小さなエマの手が、紅茶の注がれたカップの取っ手を握っている。それは昨日俺のペニスを握っていて、気持ちいい射精へと導いてくれた性的な部位だった。
その手を見るだけで、昨日のことを思い出すだけで、期待と興奮が湧き上がってくる。きっと今夜も、彼女にしてもらえるのだろうと。
「えっと、先生。ボクの手を見すぎじゃないかな」
「う……す、すまん……!」
慌てて目をそらす。俺の視線に反応して、彼女は自身の右手を左手で隠すように包んでいた。
どちらにしろ、手が見えていることに変わりはないのだけれど。
「もしかして、もうして欲しくなっちゃった?先生がして欲しいなら、別に……」
「い、いやいや!今はまだ昼間だしな!そんな不健全なことはよくない!よし、俺は旅館の掃除でもしようかな!」
そう言って慌てて立ち上がる。今日は旅館の中の、普段使ってない部屋の掃除をしようと決めて、頭の中で計画を立て始めた。
それと同時に思う。夜までの我慢だと。夜までだ、夜になれば、エマにお願いすることができる。気持ちよくしてくれる。
湧き上がる期待。高まる興奮。夜になるのが、待ち遠しくて仕方がなかい。今の俺は、とても素直にそう思えた。
だって、性欲処理はセーフなのだから。