翌日の朝、気まずそうにしているエマを促して二人そろって水場に行き、早朝の支度を行った。彼女からしたら恥ずかしい姿をさらしたと思っているのかもしれないが、俺からすればただ可愛らしかったとしか思えない。
もしかしたら、普段はエマも毎朝、俺に同じようなことを思っているのかもしれない。
ともかく夜の痴態を昼間に持ち出すものでもないだろう。いつも通りの生活をして、今日も物資回収を進めていく。
ただし今回は、ある特別な道具一式をもって、拠点となる旅館へと戻ってきた。
「これが拳銃……結構重い」
「玉は抜いてるけど、気を付けてくれよ。銃口をのぞき込んだりしないようにね」
警察学校に行って回収してきた拳銃を、エマが物珍しそうに持ち上げる。またこちらを狙う動物に出会ってしまったときの対策として考えて持ってきたものだ。
ちなみに最初、エマは道端に落ちてる警察官の死体が装備している銃を使おうとしていたが、野ざらしにされたそれの状態は怪しすぎるので慌てて止めた。暴発したら目も当てられない。
危険物なのだから、落ちている拳銃を気軽に拾わないで欲しいと思った。
回収のために近くの派出所などではなく警察学校まで行ったのは、マニュアル類の回収のためだ。それに従って銃の整備を一通り行い、撃ち方についての記述を読み込む。
外に出て、広い駐車場のまだ畑にしてない一角にカラーコーンを一つ置いておく。昨日野犬と対峙したときくらいの距離をとって、引き金を引いた。
パンッ、という乾いた音。反動で手が強く叩かれたような衝撃が走り、腕が少し持ち上がる。予想以上の力につい驚いてしまうものの、できるだけ落ち着いて銃口を下ろす。
標的としたカラーコーンは、健在だった。
「やっぱり、素人の射撃じゃなかなか当たらないか……」
「漫画みたいにはいかないね」
二人で少しあたりを探すも、弾丸も弾痕も見当たらない。全くの見当はずれのところに飛んでいったのかもしれない。
「また何かあったときのために練習しておかないとな。貴重な弾丸を消費するけど」
「警察署だけじゃなくてちゃんとした基地に行ってみるのはどうかな。銃だけじゃなくてもっと強い武器もあるかも。ロケットランチャーとか!」
「ロケラン持ち歩くのもそれはそれで大変だし、拳銃以上に扱える気がしないよ」
武器がどんなに強かろうと、素人が撃ったところで野犬に当てることができるのだろうか。というか当たりさえすれば、拳銃でもロケランでも変わらない気がする。
「エマ。今のうちに決めておこう。もし昨日と同じ状況になったら、俺は一回逃げることにするよ。そのまま逃げ切れればよし。もしも君が狙われるようなことになったら、そのすきを狙って銃で撃つ」
「分かったよ。ボク自身も逃げて、できるだけ時間を稼げばいいんだね」
「ただ、当たるか分からないから銃を使うのは最終手段だ。基本的には二人並んで逃げるのが大前提で、これを使うのはそれ以外にどうしようもなくなったときだけにしよう」
いくら練習したところで、素人の射撃が野生動物に当てられるかというと微妙なところだ。正直なところ、次同じ状況になっても大丈夫という安心感をもたらすだけの、ただのお守りにしかならない気がする。
だが他に対抗策がないのも事実だ。拠点に引きこもるだけでは生きていけないし、近距離戦では噛まれる危険がある。
俺たちは今や大自然の食物連鎖に組み込まれている。肉食獣は、人類にとっての天敵だった。
「犬には当たらなくても、的が大きいクマだったら当たるんじゃないかな」
「逆にクマ相手だと効かないんじゃないか?狩猟にはライフルが使われてるし」
詳しいわけではないが、試してみたいとも思わない。的が大きいなら当初の予定通りスプレーの方がいいんじゃないだろか。
クマに拳銃が効くのか書かれている本があればいいんだが、どんな本を読めばいいか全く見当もつかなかった。
「なら拳銃じゃなくて、ライフルを用意するっていうのはどう?」
「それは……ありか。ただライフルの免許って他の銃の免許取ってから何年もの経験が必要だったろうから、そのぶん難易度が高いのかもしれないけど」
「そうかな。意外と簡単かもしれないよ。拾ってしばらくしたら鳥が撃てるくらいになれるんじゃないかな」
「そんな人がいたらよっぽど銃の才能に愛されてると思うよ」
でもライフルで鳥を打つというのはありかもしれない。貴重な肉が確保できる。
「じゃあ俺はライフルを装備するとして……この拳銃、エマが持ち歩くかい?」
「ボクが?」
「うん。君が狙われた時のために自衛手段はあった方がいいと思うしね。ただ、さっきも言った通り逃げるのが基本だよ。あくまで最終手段だ」
そう言って彼女に対して銃を手渡すと、彼女はとても大切そうに受け取った。
「自衛手段……うん、そうだね。これがあれば危険を冒さずに、先生のことを守れるもんね」
「……まあ、その時は頼むよ。俺も自力で頑張ってみるけど」
さきほど、エマが狙われたらその間に俺が撃つと言ったことを受けてだろう。逆の立場になったら彼女が撃つと言っている。
もしそうなったら俺を置いて逃げろと言おうとしたけど、その言葉は直前で飲み込んだ。彼女のためにも、俺自身も死んではいけない。
「もっと楽に扱える機械があったらいいのにね。素人でも扱える殺人マシーン、相手を刺し殺せるドローンとか!」
「ドローンに刃物を括り付けるのかい?刺さらずに空中分解しそうだな」
「じゃあロケットパンチを飛ばすことのできる、全身機械のロボットとか!」
「ロマンの塊みたいなアイディア出してくるね」
少しだけ後ろに下がって場所を開けると、俺のいた場所でエマが拳銃を持ち上げて構えた。遠くのカラーコーン見据えて、銃口を向ける。
その瞬間、エマの持つ空気がすっと変わった。周りの音が遠ざかり、風すらも凪いだように思わせる。まるで戦いなれた、歴戦の勇士の貫録を感じさせた。
(あの時、野犬に対してさっきを向けた時もそうだった。普段のエマが持ち得ないような、俺の知らない側面だ)
人類滅亡の日、彼女に一体何があったのだろう。時折呟かれるごめんなさいという言葉。あの日化物となって暴れたした人々。そして、戦いなれているかのような気配。
それらをつなげるとあまり愉快な想像にならない気がして、そこで考え事を打ち切った。全て、もう終わったことだ。
再び鳴り響いた銃声で、エマが引き金を引いたことが分かった。反動を受けたはずの腕はピクリとも動かない。瞳には一切動揺がなく、落ち着いて標的を見据えている。
そして、そんな彼女の撃った弾丸は――――当たったわけではないらしく、カラーコーンは健在だった。
「……やっぱり、当たらないね」
「当たらないなあ。雰囲気だけだったら完璧だったんだけど」
「雰囲気?」
「うん……銃を構えている姿が、めちゃくちゃカッコよかったよ」
「え、そうかな?」
俺の言葉を褒め言葉として受け取ったエマは、照れ臭そうに笑っていた。
「あとは獣を防ぐために、旅館の近くに罠でも増やそうか。ここは柵に覆われてるし出入りは車だけど、万が一があるかもしれないしね」
「もし罠にかかったら、晩御飯にもできるかな?」
「肉食獣はおいしくないらしいし、それはどうなんだろう……贅沢言える状況じゃないし、一回くらいは試してみようか」
逆に何故クマ肉は食べられるんだろう。その下処理方法が、何か参考になるだろうか。
その後もエマは射撃の練習をし、6発目にはカラーコーンへと当てることに成功した。
次に何かあったら、俺は6発の間逃げ回ればいいかもしれない。そんな楽観が、外を探索しなければならない不安を少しだけ晴らしてくれる気がした。