毎日一緒に寝ているから生活リズムが一致しているのだろうか、俺たちはいつも片方が目を覚ますとその動きでもう一人も目を覚ます。
今日は俺の方が早起きらしく先に体を起こしたが、それにつられてエマも目をこすりながら目を覚ました。
「おはよう、エマ」
「うん。おはよう先生」
挨拶をしながら、エマは手櫛で自分の髪を整えていた。毎朝行うその行為は、俺に可愛く見てもらうためなのだろう。そう思うと、その行動自体がすでに可愛らしくてたまらなかった。
そんな彼女の動きを見ていると、エマの首筋に赤い点がいくつかついているのが目についた。位置的に間違いなく、昨日俺がつけた歯型だろう。男の痕跡を付けたまま朝の光に照らされる少女は、爽やかさと淫靡さを混ぜ合わせたような妖しい魅力を放っている。
それにしても、昨日はエマを恥ずかしがらせるためにして欲しいことを聞いたのだが、まさか噛んで欲しいと言われるとは思わなかった。彼女はエスだと思っていたが、実はエムだったのだろうか。
いや、エスでないというはずはないだろう。あんなに楽しそうにしていたのだから。ただ単純に、イジメるのもイジメられるのも好きというだけかもしれない。
(まさかエマは、エスとエム、両方の性癖を併せ持つハイブリットエッチモンスターだとでもいうのか……?)
その傷跡を観察していると、俺の目線に気付いたのだろう。その痕を確かめるように、エマは自分の首筋に触れた。
「もしかして、痕残っちゃってる?」
「まあ、残ってるな。ごめん、強く噛みすぎたか」
「ううん、嬉しいよ。えへへ、ボクの体に先生の証が刻まれちゃった」
その発言につい朝から興奮しそうになってしまう。意識してはいないのだろうが、男を煽るセリフ過ぎないだろうか。
「あの……あのね先生。痛いかもしれないんだけど……ちょっとこっちに来てくれるかな」
「あ、ああ」
彼女が何をしたいか察して、上体を少し倒してエマの口元に近づける。エマは俺の首筋を一度だけ舐めると、手始めに軽く噛んできた。
力加減を模索しているのか、徐々にその力が強くなっていく。エマの八重歯が突き刺さったのだろうか、ズキリという痛みが少しだけは知る。その後エマが口を離したのに合わせて俺も姿勢を元に戻し、ベッドの上でまた向き合った。
「ふふっ。先生にもボクの痕がついちゃった。これでお揃いだね!」
(………これは押し倒しても許されるんじゃないだろうか)
頭に浮かんだ考えを、急いで振り払う。俺は今日もエマのために魚を捕る罠を仕掛けに行かないといけないのだ。こんな早朝から爛れた生活を送るわけにはいかない。
ベッドの上にいることすら危険に感じて、俺は急いで行動を始めた。
■
ライフルを見つけるのは思ったよりも簡単だった。民間で使用されるライフルは厳重に管理されており、地図を眺めればその手の協会を見つけることができる。
無人となったその場所に行けば所持者の住所という個人情報から銃弾の製造場所までしっかりとリスト化されており、それを頼りに車を回すだけで事足りたのだ。
ライフルが使われるのは当然山の近くの郊外であり、普段はいかないところまで行く必要があったが、ライフルは無事見つけることができた。弾丸と共に軽トラに乗せて、今は旅館のある森の中で帰路についていた。
「ライフルならクマが来ても何とかなるかな。先生が毎朝川に行くの、心配だったんだよね」
「対抗はできるだろうけど過信はできないかな。死に体になっても反撃できるだろうし」
「でも、スプレーとは射程が全然違うよ。遠くから撃てばどこから攻撃されたかも分からないんじゃないかな」
至近距離で遭遇してしまったときはともかく、遠くに見つけた時はどうするべきだろうか。危険なく駆除できるなら、そうして頭数を減らした方が安全かもしれない。
クマ肉も貴重な食料になるだろうし。
「あっ!先生、あれ!」
突然上がった大きな声に、ブレーキを踏んで車を止める。彼女が指さしているのは木々に隠れたそのさらに奥。一匹のシカが首を下ろして、足元の草を食べていた。
「シカって食べれるよね?」
「ああ、食べれるな。……やってみるか」
車を止めて、エンジンを切る。エマとともに外に出て、荷台からライフルを取り出した。
ちゃんとライフルが動くかを確認するために、回収時に1発だけ試射を行っている。その時に読んだ教本を思い出しつつ銃を構えて、銃身の上のスコープをのぞき込んだ。
このスコープの存在が本当にありがたい。拳銃にはないこれのおかげで、銃口がどこに向いているのかよく分かるようになった。
とはいえだから素人でも当たる、などということはないだろうが、シカは比較的大きな的だ。少しずれても、当てることはできるかもしれない。
チャンスは一度きりだろう。発砲音が響いた時点で、恐らくシカは逃げてしまう。射撃の反動で狙いがそれたりしないように、できるだけ全身に力を込めて、撃った。
拳銃より大きな射撃音。同じく大きな反動と共に、弾丸が放たれる。それに驚いたのかどこかで鳥が飛び立つ音を聞きながら、俺はスコープから顔を上げる。
シカが倒れこみ、動かなくなっていた。
「当たった……当たったよ先生!」
「本当か……!?ビギナーズラックってやつか……!?」
急いで駆け寄ると、確かに銃弾は当たっていたようだ。奇跡的に頭を打ちぬいたらしく、頭部から血を流している。
そのグロテスクな光景も、もはや慣れたものだった。
「急いで旅館に戻って、そのまま川に行こうよ!血抜きは時間との勝負、鮮度が命だよ!」
「そうだな。よし、早く車に乗せよう」
「ボクも手伝うよ。男の仕事とか言って断らないでね。お肉のためなんだから!」
ノリノリのエマと共にシカを持ち上げ、軽トラへと積み込んだ。
流れる血液が荷台を汚すも、今はそれより優先するべきものがある。新鮮な肉は本当に貴重なのだ。
急いで川へ向かい、シカの解体を進めていく。その間にエマが用意してくれた氷が入ったクーラーボックスへと、切り分けた肉を入れていった。
■
「シカもおいしいね。ウサギは鶏肉みたいだったけど、これは牛肉に近いかな」
「イノシシを掴まえれば豚肉が手に入るな。家畜がいなくても、色々な肉が手に入るものだね」
二人でシカ肉のステーキに舌鼓を打つ。エマが育てていたハーブと共に焼かれたそれは、ちゃんとしたお店で出される食事と遜色ないものじゃないかと思った。
もっとも、そんなお店の味の記憶も、もはや薄れているのだけれど。
「ねえ先生。これからもちゃんとライフルは持ち歩こうね」
「それはもちろん、護身用のために用意したし……」
「ブルーシートもいつも荷台に乗せておこうよ!血で汚れ過ぎたから今のトラックは交換しなきゃいけないと思うし」
「結構酷いことになっちゃったからね」
「後は氷とクーラーボックス!解体用の鉈とナイフも用意しないと!いつ獲物が見つかるかも分からないしね!」
言っていることは物騒だが、浮かべているのは輝かんばかりの笑顔だった。とはいえ古代のころ、狩猟民族はこんな会話をしていたのかもしれない。
毎日狩りにでては獲物を持ち帰り、成果を喜んでくれるとともに家族が――奥さんが、料理を振る舞ってくれる。
(実際、恋人というよりは夫婦の方がふさわしいのかもしれないな。俺たちの関係は)
俺が撃ち殺し、解体した獲物を妻が嬉しそうに食べている。その笑顔を見るだけで、遺伝子に刻まれた喜びが胸の内から溢れだす。
「えっと、なんでボクの事見てばかりなの?もしかして口とか汚れてるかな」
「いいや。ただ幸せだなって思って」
「そう……?うん、そうだね。幸せだね!」
微笑むエマの顔をさかなに、俺も自分の肉を食べながら考える。シカはとても素晴らしい獲物だったが、問題点が一つあった。
ウサギに比べて取れる肉があまりに多く、悪くなる前に食べきれるか分からない。
(夏が終わって、気温も下がり始めてきた。保存食についても、本格的に考え始めた方がいいかもしれないな)
文明が残した備蓄の賞味期限はまだまだ残っているけれど、冬の間もちゃんとした肉を食べさせてあげたい。
楽しそうに食事をする奥さんの笑顔を眺めながら、それを守るための計画を頭の中で立てていた。