これを書く予定だったから、投稿開始時に迷いなく残酷な描写タグを付けました。
きつかったら読み流して下さい。
俺と、そしてエマの通っていた小学校はよくある配置になっている。校門に入るとまず校舎の入口があり、その奥に校庭が存在する形だ。
屋上に出てもまず最初に向いているのは校門側で、眼下に移るのは外の街並みだ。だからあの日、俺たちが再会した日、エマは校庭に並んだそれに気づかなかったらしい。
382個に及ぶ子供たちのお墓に。
ザクリ、ザクリと、スコップを突き刺すたびに音が鳴る。振りなれたスコップは久しぶりでも当たり前のように手になじみ、何も考えなくても勝手に体を動かしてくれた。
そんな俺の様子を後ろからエマが眺めている。手伝うと申し出てくれたけど、人一人分程度の大きさの穴に対して二人でスコップを振るうと危ないと思ったため、遠慮して俺一人で作業をしていた。
ある程度の深さになったら、尾上さんの骨を入れる。そうしてある程度埋め直した後でランドセルを置いて、そこからさらに土を入れる。
全ての土を戻すころには、掘り返して色の変わった土の中心に、墓石代わりの水色のランドセルの頭が少しだけ覗く程度になった。
作業が終わって顔を上げると、校庭全体が目に入る。
そこでは傾きかけた日差しの中、赤、黒、紫、黄色、様々な色のランドセルが、まるで献花のように並んでいた。
校舎の中から持ってきた出席簿。全校生徒分をファイルにまとめて綴じたその中から、自分のクラスのページを開いた。生徒たちの一覧から尾上さんの名前を見つけて、その右端の空欄に丸を付けた。
「尾上ミヨコさん。出席、確認……」
これで、自分のクラスの子たちには全員丸を付けることができた。もっとも、他のクラスにはまだ空欄の子もいるし、その子たちがさらに見つかる可能性は、きっと低いのだろうけど。
「ごめんな、エマ。時間を使った」
「ううん。いいんだよ。いいんだけど……他のお墓も、先生が作ったの?」
「そうだね………他にできることも、やることもなかったから」
気付けば、ポツポツとあの日の出来事が口から漏れていた。心の暗がりから滅亡の日が浮かんできて、意識だけがあの時へと戻っていく。
■
あの日。俺はごく普通に授業をしていた。大魔女が国を滅ぼしてもそれは遠い場所の出来事で、きっと大丈夫だと俺達一般人はそう思っていたのだ。
政府から避難したり、隠れたりするような指示がなかったのも原因だろう。忙しさのあまりそんな余裕はなかったのか……あるいは、そんなことしても無駄だと分かっていたのかもしれない。
授業中に子供達の一人が突然うめき声を上げ始めた。顔がひび割れ、爪が伸び、体の外見が変わっていって、周囲に子たちに暴力を振るい始める。必死で子供たちをかばい、止めるように声をかけても意味などない。子供一人の力で、大人の俺の体に次々とあざがついていき、骨がきしみを上げていく。
大魔女によって人々が化物にされていることは報道されていた。その化物が理性を取り戻すこともなく、やすやすと死なないことも。きっとこれはそういう現象なのだと理解して、
だから俺は、他の子を守るために、大切な生徒を窓から放り投げた。
他の教師と共に一つの教室へと無事な生徒を非難させる。俺たちはドアに張り付き、化け物を中に入れないようにと配置につく。ひとまずこれで、一定の安全地帯は確保できたとそう思った。
しかし、意味なんてなかった。集めた生徒たちの中からもさらに化物になる子が出てきて、阿鼻叫喚が響き渡る。何とかその子を抑えて、子供たちを落ち着かせようとする。
そうしてみんなで協力して何とかしようとしていたのに、教師の中からも化物になるものが出てきた。子供と違い圧倒的な力を持ち、振り回された腕にぶつかっただけで俺は漫画みたいに吹き飛ばされた。
一瞬意識がもうろうとして、再び顔を上げた時には、すでにそこは地獄と化していた。
子供たちが、次々と殺されていく。泣き叫ぶ子が殴られて殺された。逃げようとした子が見えない刃に切り裂かれた。異形と化した子供が、クラスメイトを殺していた。
理解させられる。もうどうしようもないのだと。怪物に勝てる手立てがない。無事な生徒すら怪物になる。そして何より、俺自身も変貌し、子供たちを殺してしまうかもしれない。
気付けば俺は立ち上がり、校舎から飛び出していた。外も学内と変わらない惨劇で、あちこちで化物が暴れていて、物が壊れる音と人々の悲鳴が響いている。
そんな中、俺はただ走った。混乱と激情のあまり、叫び声も上げていたかもしれない。走って、走って、誰もいないだろう山奥へと向かう。暴れまわる化物の存在そのものと、俺が子供を、誰かを殺してしまうかもしれないことが恐ろしかった。
誰も殺したくなんてなかった。
山道を走り続け、途中で転んで倒れこむ。興奮任せに無理に動かしていた体はそこで急に疲労を訴え、全身が急速に重くなっていく。
でももう、それでよかった。立ち上がる気力もなかった。ここで俺は誰にも見られないまま、皆と同じ化物になる。そして終わりだと、そう思った。
なのに俺は、そのままだった。そこで眠り込み、夜が来て、朝が来ても、俺は人間のままだった。
もしかしたら夢だったのかもしれない、なんて愚かな期待を抱きつつ街へと戻る。当然そんなことはなく、そこには無数の死体が転がっていた。
おびただしい血の量とその匂い。車はあちこちにぶつかって横転しているものもあり、どこかで火災も起こっていた。
そんな光景を見ても、麻痺したように心が動かない。ただ茫然としながら、足だけは勝手に学校へと向かう。ふらふらと歩いて、転がる死体に足を取られつつ、俺は校舎の中へと戻る。
そして、それを見た。
死んでいた。みんな死んでいた。見知った子たち全員が、動かぬ遺体となって転がっていた。
もしかしたら生き残りがいるかもしれない、そんなことを考えて校舎の中を歩き回る。
1-1の教室。死んでいた。1-2の教室。死んでいた。2-1の教室。死んでいた。2-2の教室。死んでいた。
門野さんが死んでいた。篠崎さんが死んでいた。小坂さんが死んでいた。楠さんが死んでいた。
浦部さんが、見越さんが、本条さんが、須崎さんが死んでいた。
崎守さんが高城さんが今尾さんが辻井さんが芦田さんが大場さんが平沼さんが戸崎さんが奥西さんが瀬田さんが小日向さんが長嶋さんが神山さんが江守さんが及川さんが足立さんが北条さんが寺前さんが海野さんが富浦さんが石倉さんが吉河さんが宮森さんが国吉さんが杉野さんが
死んでいた
気付けば、教室の隅に座り込んでいた。この部屋にも遺体はあるけれど、もう遺体の無い場所なんてどこにもない。
俺は、何をやっているんだろう。なぜ俺だけ無事だったのだろう。なぜ子供達ではなく俺だったのだろう。
あの時、俺自身が子供への害になると思って走り出した。でも俺は、俺だけは、本当は子供たちを守れたんじゃないだろうか。俺だけ人間のままなのだったのは、そのために神様がくれた奇跡だったんじゃないだろうか。
なのに俺は、子供たちを見捨てて逃げ出したのだ。
何をすべきだったのか、後悔ばかりが心を満たして、その場から動けなくなる。焦点の合わない目がどこを見るでもなくふらふらと彷徨い、清水さんの死体と目が合う。その時に思った。
埋めてあげないといけない、と。
全校生徒の出席簿を集めて、バインダーに収める。備品のシャベルを倉庫から出して、校庭に穴を掘っていった。
体が上下に裂かれている死体を、血に汚れながら両方拾って埋めた。
顔がつぶれて判別できない死体を、名札から名前を確認して埋めた。
腕や目の数が増えて怪物となった死体を、それでも優しく抱き上げて埋めた。
教師たちは埋めなかった。子供の数が多すぎて、とても手が回らないと思ったからだ。きっと彼らも、子供を優先していいと言ってくれるだろう。
まあ、そんなもの俺の妄想と決めつけに過ぎないのだが。
数日かけて校舎の中から子供達の死体をすべて運び出し、土の中に眠らせてあげることができた。一人一人丸を付けていった出席簿を眺めて分かっていた事実を確認する。
数が足りない。
当たり前のことだ。何百人といる全校生徒が、いつも出席しているわけではない。風邪をひいて休んでいる子もいたし、家庭の事情や何かしらの都合でで休んでいる子もいた。
そもそもあの日、校舎の外に逃げ出した子や化物となって飛び出した子もいるだろう。誰もかれも、どこにいるか分からない。
それでも、探し出さないといけない。
街の中は腐り始めた死体によりひどい悪臭に包まれていた。カラスが合唱し、ネズミが走り回っている。空を飛ぶ無数の羽虫が嫌な音を鳴らし、地を這う虫が大量に日陰を走り回っていた。
そんな中をあてもなく、しらみつぶしに探し回った。子供たちの死体を求めて、幽鬼のようにさ迷い歩く。
いや、もしかしたら気付いていないだけで、俺は本当は死んでいて幽霊になっているのかもしれない。そんなことすら思った。実際に今の俺を見て、認識し、話しかけてくれる人なんていないのだから。
結果として、足りない子供達をいくらか見つけることができた。
腐り始めて異臭のする死体を埋めた。
内臓を啄むカラスを必死で追い払い、反撃でつつかれながらも学校まで持ち帰り埋めた。
ウジ虫の湧いた死体を迷いなく抱えて、掘った穴の中へと埋めた。
それでも、どれだけ歩いても、どれだけ汚れても、まだ死体の数が足りない。今日も生徒の死体は見つからなかった。そんな日が何日も何日も続いていく。
薄暗い日々が1か月ほど続いたある日、ふと道の端で、誰かの死体が山から下りてきた獣に持っていかれるのが目に入った。それ見て、思い至ってしまう。
見つからない、残り16人の生徒たち。きっと彼らの死体も貪り食われてしまったのだ。どこかで朽ちて、腐り落ちて、弔われることなく孤独に死んだ。
俺は、間に合わなかったのだ。
「は、は……ははは……」
会話することもなかったゆえの久しぶりの発声は、どこまでも空虚な笑いだった。まだ喋り方を忘れていなかった声帯を震わせて、壊れたおもちゃのような音を響かせる。
「は、は、は……」
皆を守ることもせず逃げだして、埋めてあげることもできず放置して、俺はいったい何をやっているのだろう。
そもそも生徒たちを埋めたこと自体も、俺の身勝手にすぎない。時間がないという理由で大人たちは全員無視しているのだから。
子供にしたってそうだ。街をさまよう中で他校の小学生を見つけても、手が足りないと理由で埋めなかった。学校を卒業して中学に上がった子たちまで探すことも、同じく手が足りないからしなかった。
それを言い出したら目に入った全員を埋めることになり切りがない。子供たちを見つけることはできない。とても俺一人では現実的ではない。それは事実だ。
それでも俺は、俺自身の意思で、誰を救うか選別したのだ。
「…………疲れたな」
なんだか、ひどく疲れていた。
誰もいない小学校の廊下を一人きりで歩いている。かつては大声で騒ぐ子供たちを、必死でなだめようとしていたこの場所。
でも、今は誰の声もしない。
とはいえ静寂と言うわけではなく、外ではガーガーとなくカラスの大音響がやかましかった。もっとも彼らに感謝はすべきなのだろう。人類滅亡後に発生した凄まじい腐臭が今はましになっているのは、きっと彼らのおかげなのだから。
皆が死んでいく中俺だけが生き残れたのは、恐らくただの偶然だ。少なくとも、選ばれし存在だとか思えるほど俺は若くなかった。
抗生物質に対して耐性菌が発生するのと同じだ。本来は全ての菌を殺す目的を持った薬に対して、多様な個体の中で、たまたま適合した一匹が生き残る。
俺もそれと同じなのだろう。ただ運がよかっただけ。それだけだ。
倉庫から食品を取り出す。学校と言うのは災害時の避難場所になりやすいというのもあり、緊急時の物資は大量に保管されていた。
それこそ、何百人もの人間を一週間ほどは養えるだけの代物だ。賞味期限も基本は5年、長いものは10年ある。俺一人で生きていくなら何の問題もなかった。
(まあ、ただ一人生きてどうしろと言う話だけどな)
人類が滅びてすぐはやるべきことがあったが、それももう終わってしまった。何もやることはない。
もう、何もなかった。
足が、自然と屋上へと向かう。かつて受け持った子供たちの中に、いじめを苦に死にたいと言っていた子がいたのを思い出した。
その子に対しては死んではいけないと励まして、いじめも何とかしようと奔走して解決できた。そんな俺が自殺など、示しがつかないのは分かっている。
でももう、どうでもいいだろう。その子も死んでしまったのだから。
屋上の扉を開けると、強い風が吹いていた。ましになったとはいえ確かにある死体の匂いが、俺の全身を包み込む。
自分の精神の危うさを認識する。さりとてこのまま生きてどうしろというのか。
ゆっくりと、フェンスへ向かって歩を進める。もう、俺一人しかいないのなら、いっそ、と。
そう、思っていたのに。
そこには一人の少女が立っていた。小柄な体躯。静謐なたたずまい。純白でありながら毛先が桃色になっている髪は、ボーイッシュに短く切られているものの、それでは隠し切れないほどの可憐さを持っていた。
「君、は……」
記憶の中から呼び起こされるものがある。俺が受け持ったたくさんの子供たちの中の一人。最後に見たのは小学6年生の時であり、それから3年以上たったから、当然成長した外見は変わっている。
それでも、その子が誰なのかは理解できた。
「桜羽さん……?」
■
懺悔のようなつぶやきが終わって、意識が今へと戻ってくる。あの日、俺は自分が守るべき存在と出会うことができて、失われていなかったと知って、本当に嬉しかったのだ。
その直前まで苦しみと絶望に支配されていた俺の精神が彼女との日々で光を取り戻していく。前を向いて立ち上がり、様々なことを考える余裕ができた。
だからこそ、今になって思う。
「どうして、大魔女はこんなことをしたんだろうな」
政府から復讐であるという発表はされたが、詳しい理由までは知らされなかった。人類は多く、様々な人がいる。どこかの誰かが、彼女に酷いことをしたのかもしれない。
その相手に復讐するというのなら分かる。
ある人間から被害に遭わせられたとき、その人の共同体が補償しないなら連帯責任と言う理屈も、一定の理解をしよう。
でも、それでも。
「子供達は……子供達だけは……何の責任も無いじゃないか……!!」
いつの間にか夕日が沈み始めて、その輝きがが血のように赤い光の中に、子供たちの墓を沈めていた。
悲しみを乗り越えてあの日を思い出すと、心に浮かぶものがある。
それは、怒りだ。
そもそも人類を滅ぼした大魔女は、その後にどこへ行った?
言うなれば彼女は勝者だ。きっと今も、どこかで生きてるのだろう。
「俺は……俺は……絶対に……」
子供たちの仇が、のうのうと幸せに生きているというのなら。こんなことをしておいて、償うこともしていないというのなら。
「俺は絶対に……みんなを殺したやつを、許さない」
「あああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
「エマ!?」
突然後ろから先日声が聞こえた。驚きに振り返ると、エマが頭を抱え、絶望の表情で泣き叫んでいる。
「いやだ……いやだよこんなの…………ひどいよ……いやだあ!!!!」
「エマ!大丈夫だ!大丈夫だから、落ち着いてくれ……っ!」
彼女のことを抱きしめて、背中を軽く撫でながら優しい声をかけてやる。それでも全く落ち着くことはなくて、彼女は縋り付くように俺のことを抱きしめ返した。
「こんなの、こんなのって……!先生……やだよぉ!!」
「ごめんな。こんな景色を、君に見せるべきじゃなかったよな」
(俺は何をやってるんだ!!)
彼女が滅亡の日に何かしらのトラウマを持っていることくらい、分かっていただろうに。生徒を一人見つけられたことが嬉しくて、彼女への気遣いを忘れていた。
あるいは俺自身、恋人に俺の苦しかった過去を聞いて欲しかったのかもしれない。そんな俺の身勝手のせいで、彼女は今こんなに苦しんでいる。
「すまなかった、エマ。俺が軽率だったよ。ごめんな」
「先生……先生、先生、先生……!!」
涙を流し泣き叫ぶ彼女を、どうにか宥めようと声をかけ続ける。
夜の帳が子供たちの墓を隠すまで、エマはその場から動くことができなかった。