食事する。寝る。エッチする。そんな三大欲求を満たすためだけの、本能に支配された獣のような日々を繰り返す。
何度もこんな生活はよくないと思って頑張ろうとするものの、そのたびに立ち上がろうとする意志がこぼれるように消えていって、改めることができない。
今日こそ何かしようと思うのに、思うだけで動けずにいるとエマが近寄ってきて抱きしめてくれる。そうして優しく囁かれると、またセックスのことで頭がいっぱいになる。
(何とかしないと……何とか……)
まずは正しく現状を認識する。今の俺は努力する根性が消えていて、安易なセックスに依存している。そう、言うなればスマホ依存症と同じようなものだ。
この状況で明日から頑張ろうと気合を入れることに意味はない。それで本当に明日から頑張れるなら、世の中にはダイエットに失敗する人も、禁酒に失敗する人も、勉強をさぼる人もいはしないのだ。
毎日スマホを触っていて成績が落ちている子に、スマホを止めて勉強をしようと言っても効果はないのだ。快適な行動から不快な行動へ移行するのには、強固な意志の力が必要になる。そして、今の俺にそれはない。
ならば段階を踏むべきだろう。快から不快へ移るのがハードルが高いなら、快から別の快へ移動し、相対的に依存性を薄めるしかない。セックス以外の楽しいことを見つけて、この単色の日々を終わらせる。
そう考えた時、ぽつりとつぶやきが口から漏れた。
「漫画が、読みたいな」
「漫画?」
俺の言葉に、向かいの席に座っているエマが答える。
彼女は俺が使っていたTシャツを着ていた。サイズが合っていないから前かがみになると胸の先端がちらりと見えるし、そうでなくてもブラジャーを付けていないから今もほのかに先端が浮かび上がっている。
下半身はパンツ1枚で他には何もつけていない。大きすぎるシャツの裾がギリギリその下着を隠しているものの、何か動きを起こすたびに裾が揺れ、その小さな布が俺の視界に移りこんでくる。
余りにもラフで、無防備で、煽情的な服装だった。頻繁にエッチばかりする日々の中で身に着けるようになったその服装は、裸になった後も簡単に着られて、そして簡単に脱がせられる代物だ。
今も押し倒せばすぐに捲り上げられるし、剥ぎ取れる。その事実から目をそらすように彼女の姿から視線を外し、食べ終わった目の前のカップ麺の容器を見つめた。
「うん。漫画。途中までしか読んでないのもあるし、読みたいと思ってもお金がなくて後回しにしてた作品もある。そういったのをたくさん集めて、読みたい」
「それは……」
次の言葉を探すように、エマの言葉が揺れる。おそらく、エッチだけじゃダメかみたいな、そんなことを言いたいのだろう。性に依存しているのは俺だけではない。
今までの経験から言って、ここで彼女に口を開かせたらまた流されてしまう。そう思って俺は急いで言葉をつないだ。
「それにさ、最近俺たちの間にほとんど会話がないじゃないか。四六時中一緒にいて同じことばかりしていたら、まあ話すこともなくなるよね」
「それは……そうだね」
会話というのは、いわばお互いの持っていない情報の交換だ。もしお互いが同じ経験をした場合でも、私はこう思った、あなたはこう思ったという見えない内心を公開して、感想を語り合うことができる。
けれど毎日同じことを繰り返す日々は、お互い全てを知っていて情報の交換の必要がない。気持ちいい、もっと、愛してるみたいな定型文を、壊れた機械のように繰り返すくらいだ。
「漫画を読んでここが面白かったって話し合ったり、このシーンがすごいねって言い合ったりするのも、楽しそうだと思わないか?俺が少年漫画を読んで君が少女漫画を読んだ後、面白かった作品をお勧めしあうのもいいかもしれない」
「…………先生は、そうしたいの?」
「うん、そうしたい」
「そっか」
俺の言葉に何とか納得してくれたのか、エマは笑顔の消えた無表情で、それでも小さく頷いてくれた。
「それが先生の望みなら、先生がそうしたいなら、今日は漫画を読む日にしよう」
「ありがとう、エマ」
「ううん。ボクは、先生に幸せになって欲しいだけだから、先生がしたいことなら、何でもするだけだから」
そして二人そろって席を立ち、久しぶりにまともな服装をその身に着ける。エアコンの効く室内と違って、外はもうずいぶんと気温が低い。
こんな薄い服装で、外に出るわけにはいかなかった。
■
俺たちのいる旅館、そこから一番距離の近い大きなデパートへと車を向ける。水や食料の回収は終わっている場所だが、その圧倒的な品ぞろえはそれ以外のものを揃えるのには便利で、衣類や家具などが必要になるたびにここへ来ていた。
そんな施設の中に、一つのフロアの半分くらいを使った大きな本屋が存在する。様々なジャンルが揃えられたそこには当然漫画も入っていて、本棚6つ分を大胆に占有していた。
「じゃあ、俺はこっちで少年漫画とか青年漫画からいいのを探すから、エマはそっちの少女漫画の棚を見てくれるかい?」
「うん。先生が楽しんでくれるようなもの、頑張って見つけてみるね」
そう言ってお互い別の列にある本棚に向かうと、エマの姿が見えなくなる。俺は片手にかごを持ちつつ、目の前の本を眺めだした。
俺の子供のころと比べると、漫画も随分と値上がりした。一冊700円として20巻完結のものを揃えると、それだけで14000円かかることになる。有名な話題作でも見てないものはあるし、100巻超えの物はとても後から追う気はなかった。
そんなお金の問題で手を出していなかった作品を、探してはかごに入れていく。すぐに満杯になったそれを交換するために、いったん漫画の棚から離れた。
入り口付近にかごを置き、新しいかごを手に取って踵を返す。漫画の棚へ戻る途中に、他のたくさんの本棚も目に入った。
小説の棚。雑学の棚。科学の棚。眺めるだけで、読んでみたいなと思うものがいくつもある。もともと読書は好きな方で、それは俺にとって不快な努力ではない。漫画以外にも、楽しめるものは色々あった。
そう言った本の中から、カウンセリングの本を見つける。依存症に関するそれが気になって、つい手に取ってかごの中へと入れた。
立ち読みして内容を確認したいところだが、時間をかけるとエマに見つかるかもしれない。俺がそう言う本を読んでいるのだと知られることが、カウンセリングの被験者にどう影響するのか分からない以上、できれば隠した方がいいと思った。
しかし、考えてみればいい機会だ。現状を打破するきっかけが、どこかにあるかもしれない。そう思って漫画コーナーから外れた場所も含めて、本の間を練り歩く。
とはいえきっかけらしいきっかけなど見当たらない。他の本、経済も機械も医療も政治も、今の状況変える役には立ちそうになかった。
ぶらぶらと進み、たどり着いたのは雑誌コーナーだった。ほこりを被った本たちが、5月当時の情報を最新のものだと伝えている。
そのさらに一角には胡乱な情報を集めた週刊誌もあった。信憑性のない飛ばし記事を書いたり、芸能人の不倫や政治家の陰謀論を書き連ねる3流のゴシップ誌。そう言ったものが並んでいる。
かつてだったら興味もなかったそれに書かれている、とある煽り文が目に入る。そこにはこう書いてあった。
『AV男優に聞いた!デキる男の超絶テク!夜のあなたを一段上の存在に上げる!!』
(…………これは、もしかしてきっかけになるんじゃないか?)
最近のプレイは、正直なところ俺ばかりが情けなく搾られている。もしかしたら、だからこそエマは物足りなく、あんなにも求めてくるのかもしれない。
エマをイかせることさえできれば、俺が疲れ果てることもなく日々の活動を取り戻せるんじゃないか。そう思ってその雑誌を手に取る。
一枚めくって目次を開く。R-18な文章は開いてすぐに書かれていることはなく、もっと奥に記載されているようだった。
そのページ番号の確認のために目次をたどっていく。その途中、とある項目で目が留まった。
『激写!大魔女の正体!政府がひた隠しにする不都合な真実に迫る!!』
(大魔女の……正体……?)
思えば、俺がそいつに関して知っていることは全くと言っていいほどない。当時の平和ボケした思考は無関心を決め込んで、少しも調べるということをしなかった。
そう言えば不自然なほどにニュースでその姿が発表されることはなかった。政府に批判も向っていて、そのことから大魔女の存在自体が嘘である、なんて意見もあった気がする。
こんなゴシップ誌の情報なんて信憑性がないだろう。多分適当なことが書いてある。あまり期待を持てないままに、記載されているページ番号を探して――
開いた。
そこには、一枚の写真が写っていた。
誰もいない、廃墟となったばかりの街並み。
そこを歩く、一人の少女の姿。
骨で作られた羽を生やし、三日月形の嘲笑をその口元に浮かべている。
その大魔女は、俺の大切な少女の―――桜羽エマの姿をしていた。
(………………え?)
『我々は政府が隠し続ける大魔女の姿を入手することに成功した。これは彼女によって滅ぼされたとある都市の、まだ生きていた監視カメラの映像である』
(なんだ、これ…………)
『政府はその姿を見るだけでも魔法の対象になりうる、という発表をしているものの、我々はこうして生きており何の被害も発生していない。つまり、政府は何か隠蔽したいことがあり、少女であることを隠しているのだ』
(なんだよ、これ、なんで……)
『このことは、政府が少女に対して非道な人体実験を行い、生物兵器を作り出したことを示している。つまりこれは生物兵器の暴走であり、我々は政府の責任を追及していく必用があるだろう』
(なんだこれ、なんだこれ、なんなんだこれは……!)
写真の下の文章に目を通すも、その内容が頭に入ってこない。
気になるのはただ写真の方だ。何度見返しても勘違いではない。俺のよく見知った少女が、俺の知らない笑みを浮かべて滅びた街を歩いている。
(なんで、なんでここにエマが写っているんだ!?なんで!?)
全身から汗が噴き出す。暑いのか寒いのか、そんなよく分からない不快感があちこちを駆け巡る。
どうすればいいのかもわからず、写真を見つめたまま動けない。
そんな時に
「先生」
俺の後ろから、声が聞こえた。