エマの声に、俺はゆっくりと後ろを振り向く。
そこには俺の恋人であるはずの少女が、青い顔をして立っていた。
俺が一体何を見たのか。肩越しにでも気づいてしまったのかもしれない。
「な……なあ、エマ……これは……なんだ?」
「そ、その、【気にしないで】……」
「気にしないって……そんなこと、できるはずないだろう……?」
その反応を見れば分かる。この写真は偶然似ているとか合成とか、そう言うものではない。エマ自身、何かしらの心当たりがあるのだ。
人類の滅亡に関わっていて、それを黙って俺の側にいたのだ。
頭の中で疑念が渦巻く。
――――君は、何を知っているんだ。
――――君が、子供たちを殺したのか。
――――どうして、俺のもとへ来たんだ。
高まる不信感がエマのこれまでの言動すら疑わせる。かけられてきた言葉にすら疑問を抱いたとき、まるで霧が晴れたかのように思考が晴れ渡っていった。
「どういうことだ……この写真の、この姿は何だ」
「…………」
俺の問いに黙り込むエマに、心の中で苛立ちが募る。言いたくないことが、隠すべき事実があるということが、さらに疑惑を深めていく。
「答えてくれよ」
「…………」
そして俺は、高まる感情のままに口を開け――
「なあ、エ……!!」
大声を上げる直前に彼女の顔を改めて直視して、止まった。
顔色がますます青くなっている。その眼には恐怖のあまりに涙すら浮かんでいる。深い絶望が、エマの全身を震わせている。
その表情は、ある意味で俺にとってはよく見知ったものだ。
これは
(何か失敗をしたときに、お母さんに怒られるって泣きそうになっている子供と、同じ顔だ……)
それに気づいた途端に、飛び出しそうになった言葉が喉の奥で固まった。
何度も見てきて、そのたびに慰めてきたのと同じ表情が俺の衝動を強制的に停止させる。
声を封じ込めるように、強く口を閉じて歯を食いしばった。耳障りな歯の鳴る音が、俺の頭の中に響く。
そうやって何とか、ギリギリのところで冷静さを保った。
(悪いことをした子を叱るときに、怒鳴ったりなんてしてはいけない)
そんな魂にまで染み付いた習慣が、俺の次の行動を導いてくれる。
深呼吸を一つ。頭の中で6秒数える。心臓の鼓動が、ほんの少しだけ落ち着きを取り戻す。
イジメの主犯となった子がいた。暴行事件を起こした子もいた。万引きをした子すらもいたことがある。
そういった子供たちを相手にしたことがある経験から、この場面でするべきことは一つだ。
「エマ……話を、聞かせてくれ」
力いっぱい握りしめた拳の中で、手のひらに爪が食い込んで痛みが走る。
そうして激情を抑え込み、何とか穏やかな口調を作り上げて、彼女に語り掛けた。
「事情を、話してくれないか」
俺の言葉を受けて、エマが少しだけ顔を上げる。相変わらず顔は青いままだけど、それでも少しだけ落ち着いた様子で、言った。
「…………うん」
■
そして俺は話を聞いた。
大魔女によって、世界中に魔女因子というものがばらまかれていたこと。
その因子が高いものが牢屋敷に集められて、裁判が行われていたこと。
大魔女がエマの友人として振る舞っていて、彼女に魔女殺しという魔法を与えられたこと。
そして、その大魔女によって自らの意思を操られて、世界の人類を滅ぼしたこと。
その話は駆け足で、言葉足らずなところもいくつかある。エマの主観で語られているから解決しない疑問もあった。
それでも分かることはある。
(エマも……被害者だ)
問い詰めたいことはたくさんある。突然明かされた真実に、心が乱れて不安定になってもいる。
だが今この瞬間、目の前のエマは不安と罪悪感と、そして俺に嫌われるんじゃないかという恐怖で怯えて泣きそうになっているのだ。
ならば最初にかけるべき言葉は決まっていた。
「そうか………………分かった。それなら、君は悪くない」
「…………っ!」
俺の言葉に、エマは目を見開いて言った。
「本当に……?ボクの事、許してくれるの……?」
「許すも何も、君のせいじゃない。最初から君に罪なんてないよ」
「先生……!!」
エマが感極まった様子で抱き着いてくる。その小さな体を、俺の方からも両腕で抱きしめ返した。
その瞳からは涙が流れ始め、俺の服を濡らしていく。それでも、これは悪い涙ではないだろうと思った。
「ボク……ボクずっと怖くて……普段で……言えなくてごめんなさい。黙っていて、ごめんなさい!!」
「大丈夫だよ、分かってる。まあ、これは言えないよなあ」
彼女の背中をあやすように軽くたたく。ずっと知りたかったエマの過去、その苦しみの根源に、ようやく俺は触れられた気がした。
■
それから旅館に戻り、もう少し詳しい話を聞いた。牢屋敷という場所、そこで何があったのか。 とはいえ一日で終わる話でもなかったため、途中で切り上げて眠ることにする。
衝撃的な事実に精神も疲れ果て、今日はエッチをする気力もないと言ったらエマもそれでいいと言ってくれて今日はただ一緒に眠ることにした。
ここ最近感じていた強烈な性欲が、なぜか不思議なほどに消え去っていたのだ。
まるで魔法のように。
エマから聞いた牢屋敷の日々と捕まっていた少女たち。その話の内容の中で、二点気になったことがある。
一つは、今現在はエマが全ての魔法を使えるということ。
もう一つは、牢屋式には洗脳の魔法を使える少女がいたことだ。
(多分……洗脳されていた)
思い返せば、いつも誘ってきたのはエマの方からだった。そこで魔法を使われていたとすれば、色々なことに納得がいく。
暗闇の中、隣で眠るエマの寝顔を眺める。微かに見えるその表情は、とても綺麗で美しく、穏やかだった。
洗脳される前と、その最中と、変わることなく。
エマが俺に魔法を使った理由は想像がつく。彼女の様子がおかしくなった日を考えれば、きっと不安のあまり俺を繋ぎ止めようとと必死だったのだろう。
だからこそここに、エマは俺を繋ぎ止めるためならば俺のことを洗脳するという事実が存在する。
(…………)
きっとエマの言っていることは正しい。彼女は悪くない。そう思いたいのに、疑念が心の中で浮かび上がる。
(君を好きだというこの気持ちは、君を信じるというこの判断は、本当に俺の物なのか……?)
言葉にしなければ洗脳できないならば、俺は洗脳されていないだろう。
――――エマが嘘を言っていなければ。
納得しなければ効果がないというならば、俺に効いてはいないだろう。
――――エマが嘘を言っていなければ。
彼女は操られていただけで、何悪くないのだから。悪い子では、無いのだから。
――――エマが嘘を言っていなければ。
(まさか……そんなはずない。エマは優しい子なんだ。本当に……いい子なんだ)
繰り返し溢れ出しそうになる不信感を、必死で心の奥底に封じ込める。
地雷のようなそれがいつか爆発することなく、消化しきれればいいと、そう思った。
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