先生が、ボクの前で鉈を振っている。下草を払い、枝を切って、ボクが進む道を先導してくれていた。
川自体もレジャー施設の一部であったキャンプ場では川までの通り道がちゃんと整備されていたけれど、旅館から近くの川までの道はなかったから、こうして切り開く必要があった。
先生が腕を振るうたびに、クマよけの鈴がリンリンと鳴る。絶対に避けられるわけではないけれど、少しでも安全に進むために準備したものだ。
さらに万が一に備えて、クマに効くというスプレーをお互いの腰に装備していた。ただこれも効かないことがあるから、避けることが基本だと、先生は言っていた。
でも、どれだけ入念に準備しても、絶対に安全ということにはならないのだろう。社会がまだあったころですらクマによる被害は出ていたのだから。もしかしたら先生が殺されてしまうかもしれない。
だから、いざというときは、ボクが何とかするつもりだ。
この体には全ての魔法が詰まっている。ユキちゃんが集めて、ボクが使えるようにしたものだ。
ユキちゃん曰く、CBRN兵器に耐えられるようになっているらしい。最低でもそれくらいでないと、人類の軍隊には勝てないからと。
その兵器が何かはよく分からないけど、クマにも勝てると思う。多分戦闘機や核ミサイルや、人類全軍よりは弱いだろうし、なんなら『怪力』の魔法だけで十分じゃないかな。
でも、先生が見ている前で魔法を使いたくはない。ボクが魔女だって、バレるわけにはいかなかった。
考え事をしながら歩いたせいだろう。いつの間にか立ち止まっていた先生の背中に顔からぶつかってしまった。
「わぷっ」
「おっと、大丈夫かい?」
「う、うん。ごめんね先生」
慌てて数歩下がって、前を向きなおす。植物がだいぶ生い茂っている場所に出たみたいで、どうにか処理しようとしているようだった。
改めて先生の方を見る。大きくて広い、男の人の背中だった。そんな体が、今ボクの道を切り開くために力強く動いている。
ぶつかった瞬間の匂いと、その時の体温。それを思い出していると、なんだかそれだけで嬉しくなってくる。
興奮と安らぎ、期待と平穏、プラスとマイナスのような複雑な感情があって、自分が何を思っているのかいまいち判断がつかない。
この感情は、言うなれば―――
(安心、かな)
そう、先生は安心できる人だ。ボクをイジメない。ボクを殺さない。ボクを傷つけない。そんな、ボクを害さない人だ。
そして頼れる大人の人だ。問題が起こっても解決してくれる。ボクがどうすればいいか分からないような状況に陥っても、先生に任せれば大丈夫だという安心感があった。少なくとも、こんな世界で生きていく方法なんて、ボクは全く考えられなかった。
もしも、牢屋敷に先生がいたのなら。
(嫌。嫌だな。そうだったら、他の子も先生のことを頼りにしたと思う。……それは、嫌だ)
「ようやく着いたか。魚がいるといいが」
いつの間にか川までたどり着いていて、先生は僕をおいてさっさと様子を見に行ってしまった。
先生自身には置いていったつもりはないのだろう。当たり前にボクが後ろをついていくと思っているだけだ。
(けど、少しくらい振り返って、声をかけてくれてもいいのに)
そう感じてしまったから、悪いことを思いついてしまう。直したはずの悪癖が、心の影から顔を出す。
先生はこちらを見ていないから、ゆっくりと片膝をついて、両手を地面につける。それだけでよかった。
「ひゃ!」
「桜羽さん!?」
大きく声を上げると、先生がこちらを振り向いてくれる。慌てたように小走りに、僕に近づいてきてくれた。
「大丈夫かい?」
「ちょっと転んじゃった。えへへ……」
先生が差し出してくれた手を掴んで立ち上がると、彼は心配そうにボクの手の平を見つめてくる。
「怪我はないか?ぶつけたのは、膝と手の平かい?」
「う、うん、そのあたり」
先生は手に怪我が無いのを見た後、流れるようにしゃがみ込んで足の様子を確認していた。きっと慣れているのだろう。たくさん転ぶ小学生相手に。
相変わらず子ども扱いされていることにやるせなさを感じながら、ケープのような服の裾を少し開く。牢屋敷から持ち込んだこの服は、その方が膝が見やすいと思ったのだけど――
「え、あ、あー……よし、怪我はないみたいだね。じゃあ俺は川の方を見てくるから」
焦ったように頭を振って、先生はそそくさとボクから離れていった。
何か、見てはいけないようなものを見たような反応。それに疑問を感じてさっきの先生の視線を思い返してみる。
まず手を見て、しゃがんで下から足を観察しながら視線を上げて、膝を見て……太もも?
(でも、太ももなんてただの足だよ?下着とかじゃないのに?)
「お、ちゃんと魚いるな!何とかなりそうだよ!」
先生はわざとらしく声を上げている。動揺を隠すようなふるまいは、つまり動揺してしまったということで。
(そっか。男の人って、失敗しなくてもこういうので気を引けちゃうんだ)
悪いことを考えている。いけないことを考えている。それはちゃんと分かっている。だけど。
(先生。ボクのことを子ども扱いするのに、そういう反応しちゃうんだ。………そういうふうに、ボクのこと見てるんだ)
はしたないいことだと理解している。恥ずかしいとも感じている。だけど、それでも――
口角が上がるのを、抑えられなかった。
ところで皆さん。switch版パッケージのエマを見てください。
とてもエッチな表情をしていますね?
そうです。これがエマの本性です。
その手には乗るしかない。