「「いただきます」」
桜羽さんと二人、両手を合わせる。今日の朝食は小魚の塩焼き。小松菜とツナ缶の炒め物。二十日大根の塩漬けだ。
「二十日大根も小松菜もおいしいね。桜羽さんのおかげだ」
「えへへ。ありがとう。しばらくしたらチンゲン菜とかカブとかもとれそうだから、楽しみにしててね」
「いいね、期待してるよ」
生活の拠点をコテージから旅館に移してから数日が経過した。
コテージから移動させたいくつかのプランターは収穫ができるようになっていて、食卓のバリエーションは少しずつ増えていった。
「俺も負けないように頑張らないとな」
「そ、そんな、先生に比べたらボクなんてたいしたことないよ」
「いやいや、俺がこうやって野菜を食べられているのは桜羽さんのおかげだよ。やっぱり役割分担は大切だね。人類が共同生活してきた理由が分かるよ」
「そうだね。昔の夫婦も、こういう風に生活してたのかな」
彼女の言葉に、ふと黙り込んでしまう。なんて返せばいいのか悩んでいると、桜羽さんも自分の言葉を思い返したのか、慌てて言葉を続けてきた。
「あ、その、そういう意味じゃなくて、その」
「分かってる分かってる。比喩表現だよな?」
顔を赤くして焦る桜庭さんをみながら、手早く朝食を食べてしまう。正直この空気はいたたまれなかった。
その後漁のための道具をもって、川へと行く準備を整えた。
「じゃあ、俺は行ってくるから」
「あ、待って先生」
家を出ようとすると、桜羽さんがパタパタと近づいてきた。そして僕に向かって手を振ってくる。
「いってらっしゃい」
「……ああ。行ってきます」
その姿に『幼妻』という単語を思いながら、俺は努めて平静に家を出ていった。
■
「実際、俺たちの関係はどう考えればいいんだろうな」
川底にペットボトルを沈めながらついそんな独り言をつぶやいてしまう。
二人で一緒に生活し、共に生活を支えている現状は夫婦のようだと言えばそこまで間違いではない。桜羽さんも俺に対して好感を抱いてくれているのも感じている。だが、しかしだ。
(調子に乗るな。調子に乗るなよ俺)
若い少女に頼られた結果、ワンチャンあるんじゃないかと調子に乗った馬鹿な大人。そんな話は枚挙にいとまがない。教師なんて仕事をしていると、その実例を聞く機会も注意喚起をされる機会も、あまりにも多すぎた。
勘違いした結果変な行動にででみろ。あまりにもカッコ悪すぎる。それに何より、嫌われるかもしれない。
(桜羽さんに嫌われたくない。嫌われるわけには、いかない)
この世界には、俺には、もう桜羽さんしかいないのだ。嫌われて離れられてしまったら、また俺は一人になってしまう。
いや、嫌われても一人になることはないのかもしれない。他に人がいないのは、桜羽さんも同じだ。たとえ俺が嫌いになっても、孤独にならないために一緒にいてくれるかもしれない。
自分のことを性的に見てくる嫌いな大人と、嫌々一緒に居続ける生活。
それは、地獄だ。
俺にも桜羽さんにも、お互い以外に選択肢がない。だからこそ、この関係は大切にしないといけない。万が一は起こせない。
俺は桜羽さんにとって、頼れる誠実な大人でいなければならない。気合を入れ直しながら帰路についた。
■
「ただいま」
「おかえりなさい」
出迎えてくれる桜羽さんを見て再び浮かんでくる『幼妻』と言う単語を振り払いながら彼女を見る。パジャマから着替えてきた服は、俺の見たことのないものだった。
「新しい服出してきたんだ」
「うん。これが一番涼しいかなって。似合う?」
なるほど確かに涼しそうだ。上半身は半そでのTシャツ。下半身はスカートと言うシンプルな服装で、布地が少ない。そう、少なすぎた。
「あー、その、なんというか……スカート短すぎない?」
「うん!ボクそういうのが好きなんだ。中学の制服もスカート短くしてたんだよ」
あら不良。いや、人様に迷惑をかけないならまあいいのか?だが問題がないわけでもない。
「短すぎて……見えちゃうんじゃないかなと思うんだが……」
「分かってる。対策もしてるよ。これを見て」
桜羽さんはそういうとスカートを少したくし上げた。とっさのことに目を離せずにいると、彼女の両手により布が持ち上がり、太ももが露わになって―――黒い布地が見えた。
「ほら!スパッツ履いてるんだよ。これなら大丈夫だよね?」
どや顔で太ももを見せつけてくる桜羽さん。そんな彼女に対して言うのは非常に心苦しいが、大人として、教師として、言わなければいけないことがあるだろう。
「えーっとな、実は世の中には、スパッツが好きだっていう男の人もいるんだ。だからやっぱり、スカートはもうちょっと長い方が……」
「それはおかしいよ!」
自信なさげな俺の言葉に対して、桜羽さんが力強く反論する。慣れた様子でピシッと指を突き付けてきた。
「世界に男の人なんてもう先生しかいないよ?気にする必要ないんじゃないかな?」
「それはそうかもしれないが……」
「それとも、先生はそういう目で見ちゃうの?」
「そ、そんなことはない!」
その質問をされたら、そう答えるしかなかった。俺は大人の男して彼女を性的な眼で見ないと、決めた直後なのだから。
「そもそも、君はまだ子供だろう?俺からすれば、そういう対象じゃないよ」
「………へぇ」
桜羽さんが目を細めて、低い声で答える。もしかしたら子ども扱いされたことが不満だったのかもしれない。
「なら、ボクがスパッツ履いてても問題ないよね?」
「そうかな……そうかも……」
勢いで押し切られたような気はするが、これ以上の反論は墓穴を掘る様な気がして、何も言い返すことができなかった。
■
今日は休養日にすることにしていた。それも勉強などすらしない、完全な休養日だ。
生活のためにただ頑張り続ける日々は桜羽さんのためなら俺はできるが、彼女にまでそれは強要できない。そして俺が働いている中で桜羽さんだけ休むなんてことは彼女のも心苦しいだろう。
俺はソファに座って漫画を読んでいた。社会で働いていたころは読む時間がなかったそれをまとめて読めるというのは、最高の贅沢だとも言える。
桜羽さんは家具屋から持ってきた人が埋まるほどの大きなクッションに埋まって、俺とは別の漫画を読んでいた。一時期、人をダメにするソファと呼ばれたそれに、膝を立てて座っている。
そう、膝を立てて座っているのだ。
つまり、その、なんというか……見えている。
もちろん見えているのは下着ではない。とてもとても健全な黒い布たるスパッツだ。それは例えば健全な運動の時に着用したり、見えそうな下着を隠して健全にするときに使われたりするものだ。これだけでもスパッツがいかに健全かが分かるだろう。
(とはいえ、あまり見るのはよくないのだが……)
桜羽さんに見えていると指摘するべきだろうか。いや、下着ではないのだ。先ほど問題ないと言ってしまった以上、なぜ見えてちゃダメなのかと聞かれたらその時点で俺は詰む。だからここは何も言わない方がいいと判断し、無言で目をそらしたときに――
桜羽さんが少し姿勢をずらした。それに合わせて、太もも近くの裾がヒラヒラと揺れる。
動くものを目で追ってしまう。そんな動物の本能に従い、再び視線がそちらへ動く。黒いスパッツとのコントラストのせいだろか、彼女の太ももがやたらと白く見えた。それは華奢で、とても細く見えるにもかかわらず脂肪はちゃんとあるのだろう。スパッツとの境目の肉が少しだけ盛り上がっていた。
というか、あのスパッツより少し膝に近い位置にあるベルトは何だろう。エマの太ももを締め付けるそれがまるで拘束具のようにも見えて、余計に覗き見ることに背徳感を覚えてしまう。
衣類を着るうえでまったく必要なものとは思えない。おしゃれなのだろうか?見せるためのものなのだろうか?なら見てもいいのか?いや流石にそれは……
「先生」
「ふぁい!?」
(まずい、ばれたか……!?)
驚きのあまり変な声が出でしまう。それが面白かったのだろう。桜羽さんはくすくすと笑っていた。
「もう、驚きすぎだよ」
「そ、そうだな、ちょっと漫画に集中しててな」
「そっか……何かに集中してたなら仕方ないね?」
そう笑う桜羽さんの表情が、妙に蠱惑的に見える。明らかに俺の心が平静でない証拠だった。
「読み終わったから次の巻を持ってこようと思うんだけど、先生は何か持ってきてほしいものがある?」
「あ、ああ、ならこの続きをお願いしても良いか?」
「うん。持ってくるね」
桜羽さんがゆっくりと立ち上がる。どうやら俺の視線はばれていないようだった。どうにか精神を落ち着けようと漫画の内容に集中してると、しばらくして桜羽さんが戻ってきた。
「じゃあ、ここ置いてくね」
「ありがとう」
そんなやり取りの後、桜羽さんは再びソファに座る。
その後もずっと、少女の白い太ももは見え隠れし続けていた。
ちなみに、先生はふしあなアイなので、彼のエマの心理を予想する描写は、だいたい無視してくださっていいです。