しばらくすると、母親が小さなトレーに自分用のケーキと麦茶らしきものを持って戻って来た。ボクと向かい合わせの律子の隣に腰を下ろした。
「わたしが、口止めしてたからお母さんとはそんなに話してないんでしょ?」
「そうですね」
「じゃあ、改めて紹介するわね。わたしのお母さんの節子さんです」
「節度の節子さんと規律の律子さんなのですね」
ボクが、そう言うと向かいの二人は顔を見合わせて笑った。
「失礼しました。ウケ狙いで冗談のつもりで言ったので、お気を悪くされないでください」
ボクが、あわてて言うと、二人は再び口に手を当てながら楽しそうに笑った。
「違うの。私たちの名前を聞いて、そんなこと言ったのは瑞樹さんが初めてだったから」
「ごめんなさい。謝らなくていいのですよ。私たちの親子も、昔にそんな話をしたことを思い出したの。だから、二人で笑ったんです」
「じゃあ、まんざら的外れな話ではなかったのですね」
「そうなんです」
「でも、わたしは名前とはまったく違って、ハレンチ極まりないことをやろうとしてるけどね」
「大事な考え事には、甘いものが大切だから、まずはケーキをいただきましょう」
節子は、いったん話を落ち着かせるように、ケーキを勧めた。テーブルの上に置かれた小皿には、真っ白なクリームで飾られた上に真っ赤なイチゴが乗っかったショートケーキがおいてある。ボクはフォークで、三角形の頂点を切り取り口に運んだ。上品で上質な生クリームの味が口いっぱいに広がった。
「瑞樹さんは、そのイチゴはいつ食べるつもりですか」
律子は、ボクの食べる姿を観察しているかのように聞いた。
「うーん。難しい質問ですね。ボクが一人で自分の家で食べているなら、このイチゴは最後まで残しておくかもしれません。でも、こうやってお客として招かれているのであれば、イチゴに到達したなら、途中で食べるかもしれないです」
「大事なモノは、最後まで取っておくタイプなのかしら。わたしはね、自分がいつどうなるかわからないから、好きなモノは一番に食べることにしてるの」
そう言うと律子は、真っ赤で大きなイチゴにフォークを突き刺して頬張った。
「それはそれで、アリだと思いますよ。大切なモノを取っておくと、横からだれかに食べられたりしますからね」
「お母さんは、兄弟が多くて好きなモノをお皿に置いておくとお兄ちゃんとかに横取りされて泣いていたのを思い出すわ」
節子は、ショートケーキのイチゴを、皿の端に大事そうに隠して言った。
「だからね、お母さん。わたしの大切であろうモノを、瑞樹さんに受け取ってもらおうと思ってるの。わたしが朽ち果ててしまわぬうちに。わたしの大事であろうものが、輝きを失わないうちに。捨てるのではなく、受け取ってもらえる人に捧げたいの」
「母親としたら、娘には綺麗な体のままでいて欲しいの。でも、綺麗な体で過ごさざるを得ないカラダで産んでしまったわたしのエゴだと気がついたわ。普通の娘なら、青春を謳歌して、恋をして好きな男性と結ばれる。母親の知らない世界で大人になってゆくの。それが当たり前なのに、あなたはわたしに許しを求めてきたわ。お母さんは、それが苦しかったの。だから、もう自由にしていいのよ。難しい事があれば、お母さんがあなたのカラダに一部になって手伝うから大丈夫よ」
節子は、律子の頭をやさしく撫でながら肩を抱いた。
「ありがとう。お母さん。お母さんの前で、少し大人になってみせるからね」