二人は、しばらく黙って見慣れぬ天井を見ていた。ボクは、少し気怠さを感じていたが、心理的には達成感を心に抱いていた。
「あのぉ、終わった後は、ぎゅーっとして欲しいです。カラダが離れていると、わたしは心がさみしくなります」
「あーごめん。うん、わかった」
繋いでいた手を引き寄せて、背中に手を回し胸を密着させる。ボクの背中にも回った咲恵の腕にも力が入るのがわかる。
「うまく、記憶の上書きは出来たかな」
「ええ、これからは瑞樹さんの記憶になりました」
「それで良かったんだよね」
「はい」
二人は、汗をかいていた体をシャワーで洗い流し、身支度を調えてホテルを出た。もう太陽は西に傾いて周りの風景をオレンジ色に染めている。そよ風に揺れる木々が万華鏡のように光を揺らしている。ボクたちは手をつなぎ、駅への道を進んだ。
「瑞樹さん、すみません」
突然、咲恵は前を向いたままボクに声をかけた。
「どうかしました」
「わたし、来月から仕事の関係で遠くに行くことになってます。だから、瑞樹さんとはしばらく会えなくなると思います」
「そうですか。すこし残念な気がします」
「わたしもですよ。瑞樹さんの前だと、素直な自分になれた気がしました。いい想い出をありがとうございました」
「ボクの方こそ、咲恵さんにこうして出会えて良かったです」
二人の時間が、名残惜しくゆっくりと歩いたつもりでいたのだけれども、終わりの目印となる駅の改札に着いてしまった。
「会えなくなっても、連絡はしますからね」
「ぼくも、連絡します」
それは、自分に言い聞かせている言い訳のように、二人の言葉が往復をした。
「瑞樹さん、ありがとう」
改札を通り、振り返った咲恵は苦しいぐらいの笑顔で手を振った。
「咲恵さん、ありがとう」
ボクは自分がどんな顔をしているのかもわからず、手を振り返した。
駅の照明が、眩しく感じられるくらい辺りは夕暮れが深くなるまで、ボクは咲恵と初めて出会った駅前の広場で目の前を通り過ぎる人の影を眺めていた。咲恵に対して、安易に恋愛感情があったとはとても言えないが、なにかに胸が締め付けられるような気持ちがボクの中で渦巻いていた。始まろうとしていた気持ちが、終わりを言い渡された反動なのだろうか。経験を共有した事で、愛していたという幼稚な言葉が心の中で繰り返し湧き出していた。
このまま夜の闇がボクを溺れされそうで、光を求めるように駅に入り込んで電車に乗った。この不安を引きちぎってくれと願いつつ、窓の外を流れる闇を追い越していった。一人部屋に帰って、揺れ動く想いを止めようと酒をあおって、冷たいベッドに身を沈めた。
「こんな感情はいらない」
「こんなはずではなかった」
両手にも余る気持ちを持て余し、眠りにもつけない長い夜がボクを待っていた。