もう、あれから一週間も経つというのに、カラダの部品が飛んでしまったような喪失感を引きずっていた。咲恵とのやりとりは続いているし、完全に別れたというわけではないのだけれども会えないのは心が沈んだ。恋人と呼ぶには、あまりに軽薄な感じに思えてしまう。咲恵とカラダを重ねた時、心まで重なったと錯覚してしまったのだろうか。会おうと思えば会う手段はいくらでも存在する。だがしかし、会おうと言えば、咲恵は拒むのではないか。そんな恐れを抱くのが、今のボクの心だった。
咲恵を引き留めておけるだけの力は、ボクは持ち合わせてはいない。恋愛を語る資質さえも、ボクには与えられていないように思えて仕方なかった。
「普通の男に生まれたかったな」
吐き捨てるような言葉が、狭いボクの部屋の床に散乱していた。穴の開いたポケットの希望を詰め込む生き方しか出来ない自分が恨めしく思う。今さら何を言っているのだろうと自問自答を繰り返す。もう、この想いのすべては、時という海に深く沈めてしまえばいい。
心の痛みなんて慣れている。今まではそう言い聞かせて生きてきた。しかし、あの日、今まで味わったことのない甘美なカラダの快楽は消えそうな気配すらなかった。心の相性とカラダの相性の良さから来る相乗効果だったのかもしれない。
満たされないカラダの悲鳴を聞きながら過ごしていたある日のこと、出会い系サイトからメールが届いた。
「もしよければ、助けて欲しい」
と。前に出していて消すのを忘れていた、掲示板の募集を見てきたメールだった。
メールの相手は、30代半ばの女性だった。自分の母親とそんなに年が違わない事に、少し好奇心が湧いた。何でもいい、乾いたカラダに潤いが欲しかったのかもしれない。いつものように、こちらが車椅子であることを伝えるメールの返事を送った。
「大丈夫です。出来るなら会いたい」
と、条件である金額を伝えてきた。IDを交換して連絡を取り合い、でいるだけ早く会いたいということで、会える日時を調整して会う日を決めた。
その日は、お天気も良く青空の中に、力強い光を放つ太陽が浮かんでいた。咲恵と行ったあのホテルは、想い出の中にしまうつもりだったので、初めての駅で降りて改札を出たところで待ち合わせた。スマホでここからホテルまでの道を確認していると声がかかった。
「あのぉ、瑞樹さんですか」
「あっ、はいそうです」
「よかった」
「美貴さんですか」
「そうです。ちゃんと来てくれてありがとう」
ほっとしたように笑みを浮かべた美貴は、少しぽっちゃりした中年の女性だった。白いブラウスに無地の濃紺のスカートを穿いていて地味などこにでもいそうな感じだ。
「待たせてすみません」
「いえ、さっき着いたところですから」
「そうなんですね」
「どこかで、お茶しますか」
「いえ」
「じゃあ、ホテルに行きますか」
「はい。車椅子、押しましょうか」
「電動ですから大丈夫ですよ」
ボクはスマホのナビゲーションウィンドウを見ながら、電動車椅子のレバーを倒した。美貴という女性はボクの後ろを付いてきている。横にも並ぼうとはせず、足音だけが存在を意識させている。しばらく会話もないまま、初めての景色とナビを見比べながら初めてのホテル街に足を踏み入れた。ネットで調べておいた、車椅子でも利用可のホテルの前に着く。
「ここですか」
「みたいですね」
スモークガラスのドアの前で、四角く切られた空を仰いだ。