咲恵という女の子は、おとなしそうに見えて時に突拍子もないことを言い出すので、こちらが驚かされることが多い。絶対に萌とエッチをしたらダメだけれど、その代わり初めての女性となら許せるとか、今回は萌の前で二人でエッチしようとか、結構過激なことを提案してくる。それも、ボクを萌に取られないようにと思って言っているのだろう。そんな一途な咲恵を、好ましく思わないはずもなくボクもそんなところがかわいいと感じていた。しかし、そのけなげさの陰で萌に対する嫉妬心は、大きいことも忘れてはいけないと自覚していた。
萌が家を出て行ってから、3ヶ月が過ぎようとしていた。咲恵が心配していた、萌が戻ってきそうな兆候は微塵もなく、ボクは淡々と日々を生きていた。障害者作業所に通いわずかばかりのお金を手に入れて、咲恵が帰ってくるための旅費を貯金していた。咲恵は、毎日のようにメールで
「瑞樹さんに会いたい」
と言ってきていたが、仕事が忙しいらしくなかなか帰ってくることは出来ないでいた。
「溜まってきてませんか?」
相変わらず咲恵は、それも気になるようで時々聞いてきた。
「適当に、自分で抜いてるよ」
そう言うと、
「まぁ」
と応えてきた。きっとスマホの文字を見て顔を赤らめているのだろうと、見えない咲恵の顔を想像しておかしくて一人で笑った。
そんなある日、出会い系サイトのDMに一本のメールが来ていると通知が来た。サイトに行ってDMを見ると30代前半の女性から届いたものだった。
「助けてください。お金が必要なんです」
あまりにシンプルな文面に、余計に切実感が漂ったメールだった。ボクは、迷った。もう長い間、女性の体に触れていない。マスターペーションで性欲を吐き出しているとはいえ、やはり生身の女性の体には飢えていた。咲恵は、
「初めて会う人で1回だけならエッチしてもいいです」
と、言い続けていたのだけれども、実際のところボクがほかの女性とエッチしても咲恵は許してくれるのだろうか。
「そんなことがあったら正直に言ってね」
この言葉を、真に受けること自体がバカなのではないかと思ってしまう。これは咲恵を、裏切ってしまう行為にまちがいがないのだから。ボクは、ある意味一番汚いことを選ぶことにした。
「こんなメールが来てるんだけどどうしたらいい」
咲恵に判断を委ねる、というか責任を咲恵になすりつけるメールを送った。仕事中だと思うのに、あまり時間を空けずに咲恵から返事が返ってきた。
「わたしとの約束を守ってくれるのであれば、あとは瑞樹さんに任せます。その代わりに、どんなエッチをしたか、ちゃんと教えてくださいね」
咲恵からの免罪符を得たボクは、なにもわからない女性に、これも責任を転嫁するようにいつものワードを送信した。
「ボクは、車椅子ですけど大丈夫ですか」
「わたしは看護師をやってるので気にしません」
ボクのことに興味はないというように、あっけなく会う約束は成立した。その日のうちに会いたいということで、ホテルもボクがいつも使っているところになった。急いで身支度をして、待ち合わせ場所の駅に行く。目印に決めていた帽子を被っている女性は、もうすでに来ていた。花柄のワンピースを着た目的の女性に近づいていく。
「太っている」
それが、ボクが見た彼女の第一印象だった。近づくに連れ、それが間違っていたことに気がついた。横から見た彼女は、細めの体型で異常にお腹が張り出していた。
「あのぉ、明美さんですか」
「あっ、はい。瑞樹さんですね」
「失礼ですが、明美さんは妊婦さんなんですね」
「そうですけど、何か問題ですか」
「いえ、大丈夫なのかなと思いまして」
「ああ、もう、これで3人目ですから慣れてます」
ボクの質問の意味が、はっきり伝わっていないと思ってけれど、ここで長く話すことではないと思い直して彼女に言った。
「行きましょうか」
「そうですね」
今まで以上の困惑感と、緊張感と共に歩き出した。