一人で駅まで行き、一人の家に帰った。誰もいない部屋の灯りを付け、鏡のような空気の水面にボクは波紋を描き出す。まるで、波立っている今のボクの心と共振しているかのように。
この、ボクの心に渦巻く漆黒の闇のような感覚は、最初に出会った『アカネ』の時とよく似ていると思った。あの時も、何も出来ず思うようにならなかったことが、またボクを襲ってきたように感じている。ボクの女性に対する経験値が、随分上がってきているはずなのに、本質的なところでは。何も進化していないのだと痛感していた。
それでも、咲恵との約束は守らなくてはいけない。
「今日、サイトで知り合った女性に会ってきた」
そう咲恵に、正直にメールを送った。
「女の人に会ったんだ。どんな人だったの」
「妊婦さん」
「えっ、妊婦さんとエッチしたの」
「そうなんだ。出会うまで、知らなかったんだけどね」
「わたしには、想像も付かない世界ですよ」
「ボクも、少し怖かったです」
「ですよね。お金に困ってらっしゃったとか?」
「そう思いますよね。それが、パチンコの軍資金が欲しいと・・・」
「ええっ」
「驚くでしょ。ボクもそれを聞いて、気持ちが萎えました」
「ですよね。でも、最後までしたんですよね」
「それがですね、強引にされたというか。ボクは、結局逝ってませんし、生で入れられたってことだけだったというか」
「そうですか。わたし、なんか悔しいって思ってしまってます」
「妊婦さんていうことも、あったんだろうとは思うのですが」
「瑞樹さんが、わたしとの約束を守って、ちゃんと報告してくれたのはうれしいです。ほんとは、そんな報告を受けたら、嫉妬するんだろうなって思ってたけど、そうじゃなくて悔しい気持ちの方が強くなってしまいました」
「悔しいですか?」
「はい。わたしが側にいたら、そんなことをさせなくて済むし、ちゃんと最後まで気持ちよくさせてあげられるのにと思ったんです」
「ボクは、もっと怒られるかなと思ってました」
「瑞樹さんの『しあわせの王子症候群』が発病したんでしょ?」
「困ってるって言われましたから」
「仕方ないですねって、言ってあげますよ。でも、もうその女性とは会わないでくださいね」
「ええ、それはないと思います」
そんなやりとりで、咲恵とのメールは終わった。しかし、咲恵は最後に必ずこう聞くのだった。
「萌さんから、何かありませんでしたか」
咲恵にとっての、最大の関心事は萌の動向にあるのだろう。咲恵が、予言したように、萌は本当に戻ってくるのだろうか。ボクの中でも、萌がどうしているのかは気になっているところだ。