ーーーカラカラカラ・・・・ンッッ
ドアが開くのに合わせて入り口に取り付けられていた鈴が鳴り、
カウンターの内側でうつむき加減に作業に没頭していた男女が来訪者を客だと認識したかのように自然と顔を上げた。
店の中にはその2人を除き、他の客らしい人影はいない。
「いらっしゃいませ」
カウンターの中にいた黒髪の女性がいつもの接客の延長で声をかけた瞬間、
その目がエドガーとセリス、というよりもエドガーの姿をしっかりと捉えていた。
思わず言葉を失い視線が釘付けになる。
かたやエドガーの傍らに並ぶセリスは、彼女がエドガーお目当ての女性であることを瞬時に察した。
「久しぶりだね・・・・元気そうだ」
エドガーの言葉にカウンターの中の女性は視線を外さないまま発する言葉を失ったかのように沈黙を守り、ようやく「ジェフ・・・・」という一言を紡ぐのが精一杯だった。
その彼女の傍らで、先程までカウンターの中の整理をしていた男性は、傍らの女性の反応に対して、エドガーと彼女に対し何度か視線を動かしている。
その表情には感情の起伏は感じられない。
だが明らかにエドガーに対して困惑の色を瞳の中に映しているのをセリスは見逃さなかった。
「・・・・ごめんなさい。ジェフ、じゃないわね。エドガー・・・陛下」
慌てて言い直す女性に対してエドガーは肩をすくめながら、柔らかい微笑みを浮かべた。
「どちらでもいい、ジェフでもエドカーでも君の言いやすい方で」
「・・・・あの、そちらの方は」
漸くセリスの存在に視線と意識を向けてくれた女性の問いかけに、エドガーは改めて自分の横にいるセリスを紹介する。
「彼女はセリス。私とともに世界が崩壊してからケフカとも戦った仲間の1人で、あの戦いの後に結婚した私の妻だ。
・・・・直接会うのは初めてでも、フィガロ王妃として頑張ってくれている彼女の存在と名前を君も聞いてはいるだろう?」
その言葉でカウンターの女性とセリスの視線は工作し正面から向き合う形となった。
年頃はエドガーと同年代、またはやや年下。
腰まで伸びる黒髪を頭の後ろでひと括りにし、耳には貝殻で作ったイヤリングをつけているものの、それ以外の装飾品は見当たらない。
化粧も控えめにしてはいるものの、彼女自身が生来の褐色の肌、そして淡いピンク色の唇。優しい楕円形の顔とスッキリと伸びる首、なだらかな肩。
そしてエプロンをつけてはいるものの豊かで張りのある胸。
飛び抜けて美人、というわけではないが、セリスから見ても彼女が自分とは違うタイプだが魅力的な女性だと意識させるには十分な存在だということが分かった。
「・・・貴女がセリス様ですね。お初にお目にかかります。立ったままでの挨拶お許し下さい」
一瞬の間を置いて、その女性は深々とスリスに対して一礼する。
セリスも微笑みながら無言で一礼を返した。
「紹介するよ。彼女の名はバルシネ。この店を切り盛りしている」
彼女の名前を紹介した後、エドガーは彼女の傍らに立つ男性に対しても顔を向けた。
「そして彼はメムノン、確か僕がバルシネと出会った時、彼はまだバルシネの恋人だったと思うんだが・・・・」
エドガーの言葉に、当のメムノンよりも先にバルシネの方が答える。
「貴方と別れてから少しして、彼と結婚をしました。今彼は漁師の傍ら、この店も手伝ってくれています」
夫を紹介したバルシネは、ここで傍らのメムノンに対して顔を向け、目線で挨拶するように促しているようだった。
だが当のメムノンは、エドガーや妻から紹介をされても表情に感情の起伏を表すことはなく、目線をちらりと向けるだけで一礼もせず、無言のままで再びカウンターの中の作業に没頭し始めた。
セリスは眼前での3人のやりとりと態度を第3者の立場から見て、その関係性が何となく分かったような気がした。
「それにしても・・・今日はどうしてここへ」
微妙な空気と沈黙を破るかのようなバルシネの問いかけに、エドガーは彼女の眼前の席に腰を下ろしながら意味深の微笑みを浮かべ、眼前で見下ろしてくるバルシネを見つめる。
セリスもエドガーの傍らの椅子に座りながら、
その2人の態度を見守っていた。
「セリスと結婚をしてから漸く少し落ち着いてきたからね。以前僕を助けてくれたバルシネのことが気になって、こうして忍んできたわけさ。
そこのところを王室の誰にも言わずにお忍びで来たものだから、目ざといセリスの方が僕が何か浮気をしたんじゃないかと疑ってしまってね。
密かについてきてしまったから、図らずも夫婦でこの店に来ることになったというわけだ」
エドガーの冗談めいた口調に、セリスはやや戸惑いを浮かべながらも照れ隠しからわざと頬を膨らませる。
「最初から事情を言ってくれれば、私も変な疑いをせずに城に残っていたのに、あなたがこそこそと動いているから、こんな風についてくる羽目になったんじゃないのよ」
そんな2人のやり取りを、バルシネは思わずフフッと微笑みつつ、グラスを二人の前に差し出した。
「仲宜しいんですね。確かセリス様は元はガストラ帝国の将軍でもあり、ルーンナイトとして世界を救ってくれた方々の1人だというお名前は耳にしていましたけど」
「そんな・・・私は大したことをしたわけじゃありません。本当に私以外の仲間達が助けてくれたからです」
「こんな素敵な奥様・・・いえ、王妃様をもらってエドガー様も幸せ者ですね。私なんか出る幕ないわ」
冗談めかしてはいるもののやや口調の変わったバルシネの言葉に、
エドガーやセリスよりも先に夫であるメムノンの方がようやく目元に感情の起伏を見せたような、気がした。
「何を飲まれますか?」
バルシネの言葉にエドガーは
壁にかかったメニュー表を一瞥し、
「そうだな・・・・折角だからジントニックでも」
「じゃあ、私もそれで」
「かしこまりました」
バルシネが棚から必要な酒瓶を出して準備する間、メムノンは黙って食器の後片づけをしていた。
それが終わると、無言のまま店の奥に入る。
店の奥はテラスになっていて、窓を開ければ、そのまま砂浜に出られるような造りになっていた。
メムノンは振り返ることもなく屋外の方に去っていく。
「ごめんなさい・・・折角来ていただいたのにメムノンったら、あんな失礼な態度を」
夫の無礼を謝罪するバルシネに対し、エドガーは首を横に振る
「いや、いいんだ。・・・・僕が命を長らえたのは君のお陰なんだが、メムノンにとってみれば、ある意味お邪魔虫みたいな存在だからね。この私は」
「後で私からよく言っておきます。我々の国王様ですから、あの態度は本当に無礼で」
「もう気にしないでくれ。そういうことはここではなしにしよう」
セリスはメムノンが去っていった方向を見つめつつ、彼の後ろ姿をぼんやりと思い返していた。
年の程は、エドガーやバルシネよりも、やや年上といったところだが、耳元で刈りそろえた茶色の髪に、エドガーの弟マッシュを彷彿とさせる鍛えられた肩、両肩と筋肉が、水色のシャツ越しにもはっきりと分かる。
袖なしのシャツのため、盛り上がった肩と筋肉がはっきりとセリスの目に焼き付けられた。
セリスが無言でメムノンの背中を追っていた間も、
バルシネとエドガーは当たり障りのない世間話のような話題で話を進めている。
エドガーは眼前に出されたジントニックを口に含みながらバルシネとの会話に興じていた。
バルシネも、夫メムノンがいなくなった後ようやく場の雰囲気に慣れたのか、エドガーとの会話を楽しんでいるように見える。
最初は意識していたセリスの存在も、エドガーとの会話が弾むにつれて、あまり気にならなくなったようだ。
セリスが砂浜の向こうに消えていく男の方向から
眼前で盛り上がっている2人に視線を移した時、先程には気づかなかった男女の関係を表す空気の変化を敏感に察していた。
エドガーはほとんど話題にしなかったが、このバルシネとは恐らく”男女の仲”になっていたのではないか。
それは当時ジェフとしてバルシネの看病を受ける中での成り行きなのか、あるいはエドガーが誘惑したのか。
その辺りははっきりとしないものの、
独特の空気感は男女の関係ならではのものであるということを、エドガーと結婚し妻という立場でセリスも感づく立場になっていた。
その場の空気というものも意識し、あえて口を開くことも会話に加わることなく、ただ2人のやり取りに耳を傾けている。
「・・・・今日はどうされるんですか?」
バルシネの言葉にエドガーは壁にかかった時計を見てうーんと唸る。
「今日は船で、しかもお忍びだからね。でも、こうしてニケアに来ることもこれからできないだろうし。今頃城では大騒ぎだろうから、早めに帰りたいとは思うんだが」
その言葉に、バルシネの頬に若干赤みが増したような気がした。
「・・・・・もしよろしかったら、今日は、お付き合いしてもらえますか?といっても、王妃様の眼前でこんなことを言うのは本当に失礼なんですけれど」
その言葉にセリスは一瞬気まずさを感じ、思わず立ち上がっていた。
「いいわよエドガー。久しぶりの再会なんでしょ?私、船に戻るから貴方もバルシネさんとお話が尽きたら戻ってきてよ。それまで私のんびりしていくわ。
明日船が出るまでに戻れば大丈夫よね」
妻の言葉にエドガーは少し驚いたような表情を浮かべて、それでいてどこか喜んでいるかのような風情も見せつつ、
「いいのかい、セリス」
「いいのかって言ったところで、元々バルシネさんと久しぶりの再会を楽しむ為に来たんでしょ。
これでも私王妃とはいえ、命の恩人との再会を邪魔するほど無粋ではないわ。どうぞごゆっくり」
その言葉にバルシネは微笑みを浮かべるセリスに視線を向け、
「申し訳ありません。何だか私が引き止めてしまったようで」
「いいんですよ。私もニケアに来るのも久しぶりですから。
それより折角の再会になりますが、どうぞエドガーのこと宜しくお願いしますね。あまり長居をさせないようにだけしてください」
「承知いたしました」
外に出る瞬間、背後の2人の表情がセリスが同席していた時よりも緩んだような、そんな印象を受けつつセリスの背後で店のドアが閉じられた。