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「ーーーもう店を閉めるのか?」
セリスがいなくなって1時間も経たないうちに、
バルシネはおもむろにカウンターを出て、店の入り口の立て札をオープンからクローズへ切り替えた。
そのままテラスの方へ行き、テラスの入り口も閉じカーテンを閉める。
カウンターの前で座っているエドガーは、そんなバルシネの無言の行動の中で彼女が望むものを薄々察していた。
「同じ街に王妃様がいらっしゃるのに、こんなこと」
そう言いながらパルシネはエドガーの傍らにまで歩みを進め、もたれかかるようにして彼の左腕に自らの上体を押しつける。彼の肩口にバルシネの肩、そして滑らかな黒髪が触れた。
「貴方の姿を見て、かつて貴方と共に過ごした時間を思い出してしまいました。・・・・・できることならば一生の思い出に、あの時のように」
バルシネの言葉に、かつて自分を看病し傷を癒やしてくれた後、成り行きのまま一夜を共にした思い出がエドガーの脳裏に蘇ってくるーーーー
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ーーーー店を出たセリスは、ニケアの街並みをぼんやりと散策しつつ、いつしか海岸のほうに足を向けていた。
エドガーとバルシネが2人きりでいる時間の間、
セリスの脳裏には先程無言のまま店を出て行ったメムノンの背姿がこびりついていた。
言葉を語らずとも悲壮感すら漂わせていたメムノンの背中。
そんな彼が、もしかしたら海岸まで出てきているかもしれないという淡い期待のもとに、セリスは眼前に広がる砂浜をゆっくりと歩いていく。
足元には静かな波が引いては寄せ寄せては引いていた。
セリスが見たところ漁船や小型ボートが砂浜の上であったり、或いは目に見える範囲の沖合に何艘が浮かんでいるが、それ以外に目立った人影はない。
気づけば太陽は西の方に大きく傾いていた。
ちょうどセリスの位置から砂浜から市街地そしてバルシネの店までが視界に入る位置まで来た時、
セリスは船着き場の付近で佇んでいるメムノンとおぼしき男の姿を認めた。
その姿はどこかしら周囲に比して量感を帯びて浮き上がっているかのようであり、
そんな彼に引き寄せられるようにしてセリスは自然と彼の方に歩みを向ける。
彼女が砂浜を抜け、海岸線の船着き場付近まで来た時、メムノンの方もは背後に近づいたセリスの気配を察したのかおもむろに振り向く。
ここで近づくセリスとメムノンの視線が交わった。
「あんたか・・・・」
ただ一言メムノンはそう呟いた。
だがセリスからは視線を外さないまま無表情を貫いている。
「ごめんなさい・・・・」
「ん・・・・・・?」
「私やエドガーがお店に来たばっかりに、何だか貴方に不快な・・・気まずい思いをさせてしまったみたいで・・・・・」
セリスの謝罪にメムノンは表情は変えることなく、それでいて目元には不快な色を浮かべながらゆっくりと答えた。
「・・・・・本当は来てほしくなかったんだが」
その言葉にセリスはメムノンが抱いている感情が何なのかを確信することができた。
「あの・・・・さっき、エドガーとバルシネさんの話題にも出たけど、貴方・・・エドガーが助けられた時、バルシネさんと恋人だったの?」
聞きようによっては初対面の相手に失礼ともとれるものの、ある意味核心をついた言葉。
メムノンは内心の変化を表情から悟られたくないのか、再び沖合の方に視線を向け自身の背中をセリスの曝すことになる。
そんな彼の次の言葉を待つように、セリスは無言のまま彼の背中を見つめていた。
「・・・・世界崩壊の前から」
ようやくここでメムノンの言葉が紡がれる。
「子供の頃から幼なじみだった・・・・・だからバルシネと付き合うようになったんだ。
・・・・・それまでは単なる猟師と、単なる店の経営者くらいだったんだが」
メムノンの言葉が続く。
「だが、あの日・・・・・この砂浜に打ち上げられた男・・・・店の中に助け上げて、傷の手当てをしたのが良くなかったんだ」
「・・・・・・・」
「・・・・・あいつが、ジェフが、いや、エドガー国王と言ってもいいかな・・・・あいつとバルシネが、同じ屋根の下にいるってことが、俺には、どうしても耐えられなかった」
「・・・・・・・」
「本当はぶん殴ってでも、店から叩き出してもよかったんだけど、あの当時結婚もしていない、この俺は、あのバルシネの看病ぶりを見ると、何だか、やきもちを焼いてるように思われるのが嫌だったんで・・・・・自分から距離を取ったんだ」
「・・・・・・」
「だが・・・・・そうした結果、2人は」
そこでメムノンは言葉を切る。
「・・・・だから正直、あいつが盗賊団を率いて、このニケアを離れたのは、良かった。
あのまま居座られたら、俺は、パルシネに告白することもできず、俺が出る幕は全くなかったからな。
バルシネの方も・・・・・ジェフと名乗る男に対して、思うところあったみたいだが、一度別れてしまうとふっきれたのか、俺の求婚を受け入れてくれたよ。
だから俺自身も、そのことは、記憶の奥底に進めてたんだがな」
メムノンの告白を聞きながら、
セリスは彼が店の中でバルシネとエドガーが2人きりになっていることに対し、過去の一幕を思い出しつつ内心歯がみしていることを察していた。
セリスもエドガーと結婚している以上、
過去にエドガーの命の恩人とはいえ、
夫が別の女と1つ屋根の下で2人きりになっていることを耐えられるわけではない。
たとえ過去に自分がロックという別の男性に惹かれた時期があったとしても、である。
そういう感情が出る前に、
セリス以上に心が乱れたメムノンの方が先に店を出て、その後に図らずも彼の告白を直接聞くことになった。
ここでメムノンがくるりとセリスの方に向き直る。
再びセリスとメムノンの視線が重なった。
「あんたは・・・・これからどうするんだ」
「どうするって・・・・・」
一瞬言葉に詰まるセリス。
屋外にいるにも関わらず目の前の彼だけに意識を向けているせいか、告白前よりも強い思いのこもった視線を向けられることで何故か息苦しさを覚えてしまう。
結局バルシネとエドガーが2人きりの時間を過ごす以上、行きがかりでエドガーを置いて先にフィガロ城に帰るわけにもいかず、こうして時間潰しで砂浜を歩いているくらいなのだから。
「特に・・・・この後は予定は、ないんだけれど」
「そうか・・・・・・」
メムノンは1人で納得したかのように呟くと、
無言のままセリスの傍らを抜けて船着き場から海岸砂浜の方へ向かって歩いていく。
置いていかれる形のセリスも慌てて彼の後を追った。
砂浜を歩いていく間も2人は終始無言だった。
前を行く彼の斜め左後ろを歩きながら、セリスも彼に対して言葉をかけることなく、
メムノンもまた背後のセリスに対して何か言葉をかけることもなく、ただただ漠然と歩いていく。
周囲に人影がないことから、2人が踏みしめる砂の足音だけが打ち寄せるさざ波の音に交じって微かに響いていた。
砂浜を抜けていくと、そこは砂浜まで打ち上げられた小舟やボート、そして漁師が使う幾つかの小屋がそこかしこに存在している。
ここまで来て前を行くメムノンが足を止めた。
後に続くセリスも足を止めた時、前に立つ彼のがっしりした両肩が微かに震えているのにセリスは気づいた。
そして勢いよくメムノンが振り返り、再びセリスと正対する。
再び彼と見つめ合う形になったセリスだが、今眼前に立つ彼の瞳の奥の光が先程より強くなっていることに気付いた。
その光がセリス自身を吸い寄せるような、そんな不思議な感覚に陥ったのである。
瞳の光だけでなく、
表情は変えないまま頬がやや赤らみ顔立ちにもどこか力が入ってきたようだ。
ここでメムノンの上体がそろりと動く。
セリスの方はまるで金縛りにあったように動かなかった。
いや、動けなかったといった方が正確だろう。
おもむろにメムノンの右手がセリスのほうに伸ばされ、次の瞬間にはセリスの左手首は彼の手の中にあった。
ハッとしたセリスはここに至って漸く眼前のメムノンが自分に何かしようとしていると本能的に認識した。
反射的に逃れようと、セリスの体が動きかける。
だがメムノンの方がそれより先に動いた。