ここまで告白した後、
メムノンはおもむろにセリスの両肩に添えていた両手を離すと
砂の上でゆっくりと腰を上げた。
砂浜の上に仰向けにされていたセリスは、
突然のメムノンの行動の変化につられ自然と上体を起こす。
そして暗闇の中ではあるが、眼前で立ち上がった
彼の行動を見守った。
「残念だよ・・・・あんたが王妃ではなく、それでいて・・バルシネを知る前に、あんたと出会っていたら」
「・・・・・・」
そう言ってくるりと向きを変え、その背中をセリスの前に晒す。
「正直エドガーの・・・・国王エドガーに対する、当て付けの気持ちもあったんだが・・・・やはり」
突発的にセリスに対する“行動”を起こしてしまったことに対する罪悪感か、あるいは衝動的に行動した後に頭が冷静になってきたせいなのか。
ここまでとは、打って変わったメムノンの変化に、
逆にセリスの方が拍子抜けした格好となった。
「すまない・・・全然関係のない王妃陛下のあんたをこんなところまで連れ込んで・・・・・・・。
本来だったら、今あんたが腰にさしているレイピアで刺されても・・・・或いは不敬罪で捕まっても、おかしくないのにな」
そう呟くと肩を落としつつ、
その場を後にしようとするメムノン。
そんな彼に向かってセリスは思わず声をかけていた。
「待って・・・・!!」
その声にメムノンはピタリと歩を止める。
「・・・・・わかったわ」
「・・・・えっ」
「いいわ・・・・・今だけ、貴方の好きにしても」
何気ないセリスのひと言に
メムノンは耳を疑ったかのように再びセリスに向き直る。
見下ろしてくるメムノンに対し、
彼の黒い影の輪郭に向けた視線が薄闇の中で交錯する。
「・・・私と結婚する前って言っても、もともとエドガーはバルシネさん目当てでここに来たのよ。
過去のことかもしれないけど、今はもしかしたら、店の中で・・・・」
「・・・・・・・」
「正直あの女好きのエドガーだったら・・・バルシネさんと何をしてるか分かったもんじゃないわ・・・・・お互い様よ」
セリス自身、先程のメムノンの独白を聞いていて
改めてエドガーが過去にしでかした過ち、
そしてそれを再現するかのような今日一日のお忍びでの行動を
思い出していた。
結果として自分やメムノンだけが明らかに損をしているんじゃないかという俗な考えに至ったのである。
だから自分が背負う王妃という肩書の前に、
目の前のメムノンと”当て付けの行動”を
してもいいんではないかと。
そんな手前味噌な結論になったわけである。
どこか不思議な、それでいて過去にも経験した気持ちのまま
眼前で戸惑いの空気を醸し出しているメムノンの姿を視界に収めるセリス。
エドガーと結婚して相応の年月が経過しているとはいえ、
彼以外の男達との関係は限られ男性ということに対する免疫が少ない中、シャツの上からでも鍛えられたメムノンの頑健な肉体。
そして
彼から発散する塩の混じった独特の香り。
これを意識せざるには得られなかった。
どれだけの時間が過ぎたのか正直分からない。
だが無言のままで見つめ合っていた状況を最初に動かしたのは
メムノンの方だった。
真っ直ぐな視線を外さないまま一歩前へ踏み出し、
砂の上に座ったままのセリスの正面で片膝をつく。
互いの距離が近づいたことで、視線以上にメムノンの熱や息遣い、そして香りを間近で感じる。
その濃密さにこらえきれず無意識に視線を膝下に逸らしてしまったセリスの両肩を一回り大きいメムノンのゴツゴツとした両掌が掴む。
つい先程とは違った”配慮ある“力加減とはいえ、
セリスの抵抗はなかったーーーーー
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ーーーーー・・・・・ポッ、ポッ・・・・
ーーーーーサアァァァ・・・・・
窓ガラスに当たる雨粒の音に、
エドガーの視線は自然と音の聞こえてきた窓の方に移る。
視界に映る情景に夜半の雨の到来を感じるエドガーの耳に、
グラスの中の氷が微かに動いた音が響く。
ここで漸くエドガーが右手の中のグラスがほぼ空になっているのに気づいたのだった。
「もしかしたら・・・・」
「ん・・・・・?」
「貴方があの時のように、手を出してくれるのかなって期待してたんだけど・・・・・」
カウンターの席に座るエドガーの傍らで寄り添うようにして座り、彼の左肩に頭を預けるようにしてもたれるバルシネの呟き。
セリスが密かに自分を尾行してこなければ、或いはそんな展開もあり得るかなと心の何処かで考えていた節もあった。
だがエドガーはあえてそこには言及せず、ややおどけた口調で大きく息を吐いた。
「・・・私も鈍ったものだ、レディの願望に気づかないなんて」
「・・・嘘、とっくの昔に気づいていた癖に」
「・・・・・・・」
「あんな美人の王妃様がいるんじゃ、仕方ないわね・・・・」
エドガーに密着したままで自嘲気味に呟くバルシネの言葉の節々に、予想外の再会なのに肌を合わせることに距離を感じさせるエドガーを咎めるような響きが混ざっていた。
無論エドガー自身そのことに気づいてはいたが、
この場はあえて聞き流す体を装ったのだ。
「・・・・・・」
本当はバルシネとの再会以上に、
メムノンに対して過去を謝罪し心中のわだかまりを
少しでも溶かそうと思っていた。
だが肝心のメムノンが明らかにエドガーとの接触を避けようと姿を隠してしまったので本来の目的は達せられていない。
(・・・・・どうしたものかな)
空になったグラスを弄ぶように自らの眼前でグラスを無作為に動かしながら、
エドガーは中身の継ぎ足しをするでもなく
さりとて寄り添うバルシネとの会話を楽しむわけでもなく、
それでいてバルシネの黒髪や肌そして漂う香りに満たされているのも悪い気持ちではなく、
ただただセリス以外の女性と二人きりという特異な空間で時間が過ぎるのを受け入れているかのようだった。
(一人の男としてけじめを・・・借りを返させてくれよ、
メムノンーーー)
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