戦えない私がキヴォトス中の生徒に執着されるまで。 r18 作:Zuzuiikb
1話 汚された制服 前編
カタカタカタ、と。
キーボードを叩く、規則正しい音だけが響いている。
「レナさん」
「ひゃっ、はい!」
不意に名前を呼ばれ、肩が大きく跳ねた。
目の前でタブレットを覗き込む、銀色の髪。
ノアさんが、ふふっと小さく笑う。
「B列の計算、またずれていますよ?」
「ああっ、ごめんなさい」
慌てて覗き込むと、ノアさんの細い指先が、電子ペンでさらさらと数字を書き換えていく。
「いえ、大丈夫ですよ。レナさんのこういうおっちょこちょいなところは、私がしっかりカバーするように計算済みですから」
ノアさんは、困った妹を見るような、優しい目をしていた。
ふわりと香る、清潔な石鹸の匂い。
その笑顔に、私はほっと息を撫で下ろす。
「さて、今日の業務はここまでですね。…レナさん、少しだけ、地下の記録室まで付き合ってもらえませんか?」
「記録室? うん、いいよ。どうしたの?」
「トリニティから預かっている、新しい制服の試作品です。着心地や可動域のデータを取りたくて」
差し出されたのは、真っ白な布の束だった。
重い防音扉。無機質なサーバーの駆動音。
少し肌寒い、密閉された空間。
「ここで、着替えてくださいね。インナーも、こちらの指定のものに」
渡された下着と制服を持ち、部屋の隅にあるパーティションの裏へ隠れる。いつもの制服を脱ぎ、肌を刺すような冷房の風に少しだけ身震いした。
……見られる?
ふと、背中にちりちりとした嫌な感覚がした。
パーティションの向こうには、ノアさんが立っているだけのはずなのに。
急いで、新しいブラウスに腕を通した。
胸のボタンが、ぱつんと張る。
スカートの布地が、太腿にぴったりと吸い付くようにタイトだ。
「着替えた、よ……少し、キツイかな」
パーティションから顔を出す。
ノアさんは、机に寄りかかっていた。
その視線が、私の胸元から、腰、そして足先へと、ゆっくりと滑り落ちる。
ぞわり、と。腕に鳥肌が立った。
ガチャン。
急に背後で、重い音がした。
扉のパネルの光が、緑から赤に変わる。
「えっ」
「ふふっ。よく似合っていますよ、レナさん」
「の、ノアさん? 今、鍵が閉まった音が」
「ええ。閉めました。外からはもちろん、中からも、私が許可しない限り絶対に開きませんよ」
ノアさんが笑っている。
いつもと同じ、綺麗で、優しい笑顔。
なのに。どうしてこんなに、嫌な汗が滲むの。
「な、なんで。採寸、だよね?」
引き攣った頬。声が、震えて裏返る。
「7月12日。図書室の奥の棚」
ノアさんが、一歩、こちらへ歩み寄る。
「え?」
「背伸びをしたあなたのブラウス。第2ボタンの間にできた、3センチの隙間から見えた可愛らしいピンクの突起。……2.4秒」
コツ、と。
靴音が鳴る。
息が、詰まる。
「8月3日。シャーレの仮眠室。ソファで丸まって眠るあなたのスカートの裾から、下着のラインが45分間、鮮明に見えていました」
「な、なにをいって…」
「おや? 自覚がありませんか? あんなに無防備に、私を誘っておきながら」
ノアさんの顔が、目の前にある。
綺麗な瞳。
その奥が、黒く、どろどろに濁っている。
まずい、本能的に恐怖を感じる。
「あ、あけてっ」
後ずさる。背中が、冷たい壁にぶつかった。
逃げ場がない。横をすり抜けようと、足を踏み出した瞬間。
ぐっ、と。
腕を、万力のような力で掴まれた。
「痛っ」
「おや、どこへ行くのですか?」
「はな、してっ」
必死に振り解こうとする。
でも、ノアさんの細い指は、一ミリも動かない。
痛い。骨が軋む。
「ふふっ。暴れないでくださいね。せっかくの綺麗な制服が、シワになってしまいますよ?」
笑っている。
私がこんなに泣きそうな顔をしているのに。
痛がって、震えているのに。
ノアさんは、心底楽しそうに、目を細めて微笑んでいる。
「お願い、怖いよっ、帰して……っ!」
「怖い? ..ふふっ、可愛いですね、レナさん。その震える声も、涙目の表情もすべて、私の大切な『記録』です」
ぐいっ、と腕を引かれる。
部屋の中央にある、黒い革張りのソファへ。
足がもつれて、無様に床を引き摺られる。
言葉が、通じない。
何を言っても、どれだけ泣いても、この人は絶対に私を逃がしてくれない。
ただ笑いながら、私をゆっくりと解体しようとしている。
ドサッ。
背中に、冷たい革の感触がぶつかった。
「あっ」
反発力の強いソファに押し倒され、視界が揺れる。
逃げなきゃ。
そう思って上半身を起こそうとした瞬間。
カチッ。
手首に、硬く冷たいものが巻き付いた。
「え?」
「セミナーの備品です。とても頑丈な結束バンドですよ」
ジジジッ、と。
プラスチックの歯が噛み合う、嫌な音が鳴る。
「いやっ! やだ、外して!」
バタバタと両腕を振るう。
でも、両手首は頭上のパイプに完全に固定されていた。
「次は、足ですね」
「やめっ、こないでっ!」
私の抵抗など、そよ風程度にしか感じていないのだろう。
ノアさんは私の両足首を掴むと、同じようにソファの脚へ括り付けた。大の字に開かれた体。
タイトなスカートがずり上がり、太腿が冷たい空気に晒される。
「ひっ、うぅっ」
手首を捻る。
痛い。
プラスチックの縁が肌に食い込んで、赤く擦れるだけだ。
「おや」
上から、影が落ちる。
見上げると、ノアさんが目を細めて私を見下ろしていた。
「素晴らしいデータです。拘束完了から心拍数がさらに上昇。瞳孔の散大も確認できます」
「ごめんなさいっ、お願い、ほどいてっ」
涙が、頬を伝って耳の奥へ落ちた。
「謝罪は不要だと言いましたよ、レナさん。私はただ、あなたの物理的な反応を記録したいだけですから」
ノアさんの手が、ゆっくりと伸びてくる。
「ひっ」
ビクッ、と体が大きく跳ねた。まだ、触れられてもいないのに。
「ふふっ。視覚的な圧迫だけで、筋肉が硬直していますね」
ノアさんの細い指先が。
私の胸元の、少し上。ブラウスの布地に、そっと触れた。
「や、やだっ」
「7月12日の図書室。あの日、私の記録に生じたノイズを、今ここで照合します」