ゆかりさんをタキシードにするかウエディングドレスにするかで少々悩みました。
そう言って箸先を口に含んで飲み込んだ。モカが言った通り、昔よりずっとロイドに対する権利が認められて就学や就労なども出来るようになった現在でも、ロイドと人間は法の上では結ばれることはできない。あくまでロイドは人間の生活を補助する存在という意識を双方に植え付けさせる目的もあるし、有機体ロイドも増えたとはいえ“人間”という種の存続の為を考えるとあくまで非人間であったり未だ少なくない機械体ロイドに没頭することを防ぐ目的もある。そんな方に反発する者も多いが、何はともあれ現行法では社会に不可欠な存在となったロイドはしかし人間と結ばれることは敵わない。その事実がモカの心を蝕み、味覚を失わせる。味付けを濃くし過ぎたはずのアスパラがこんなにも味気ない。
「そんなの関係ないって!事実婚って言葉は昔からあるんだし!それに、これから結婚出来すようになるかもしれないんだからさ!ロイドの幸せを法なんて勝手なもんで奪うんじゃないってんだ!」
モカを慰める意図もあるのか声を大きくする六花に相変わらず苦笑しながらも、その言葉はモカにとって確かに有難いものであった。同時にモカは六花くらい強く自身の幸せを主張できたらと思う。つい数日前、買い物帰りに見た綺麗なウエディングドレスとそれをきっかけに調べたジューンブライドの情報で、その日の夢はゆかりと共に純白のドレスを身に纏って教会で幸せな式を挙げる自分の姿だった。そんな笑ってしまうくらいに幸せな夢は確かに自分が望んでいた景色で、目が覚めた時に今も確かに幸せな筈なのに夢が終わった悲しみで涙が零れたのを確かに覚えている。ゆかりと結婚したい。ゆかりと確かな形で結ばれたい。それは紛れもないモカの願いであった。そんな淡い願いを想起しながら、モカは耳に届いた昼休み終わりのチャイムに急かされるようにお弁当の残りを六花と共にかき込んだ。先程と変わらず、いつもより味気はなかった。
***
「…あの、マスター?私達、どこに向かってるんですか?」
「んー?着くまでのお楽しみです」
そんな心の傷も忘れてしまった六月終わり、モカはマスターであるゆかりと共に彼女の運転する普段使わない車に乗って雨降る道を駆け抜けていた。車も人も多すぎる街中を過ぎて車通りもまばらになった郊外の道を走る白の軽自動車は、暫くして木々の茂る高原の途中に佇む白い壁の建物に辿り着いた。
「ここは…?」
「まぁまぁ。まずは入りましょう?」
そう、少し急かされるようにしてモカはゆかりと共に建物の中に入る。入口の自動ドアを潜り抜けると、広いホールの少し奥にスーツの女性が微笑みながら出迎えてくれていてモカはその様子に何かの式典会場を想起した。その女性がいる受付と思しき場所にゆかりはモカの手を引いて「予約していた、結月です」と告げる。受付の女性は承諾したように笑うとゆかりとモカを建物の奥の方へ案内した。
そのまま自分の手を引くゆかりの後を追うモカは、そこまで来て漸くゆかりの掌が汗で湿り気を帯びていることに気付いた。湿度は兎も角気温はここ最近では大分控えめで、普段から汗かきどころか逆に汗をかきにくい体質のゆかりにしては珍しいと考えて顔を上げると、湿度を含んで少しぺたんと抑えられた髪から僅かに覗く耳が真っ赤に染まっているのが見えた。何か緊張しているのかな、と思うと不思議と自分も緊張した心持になる。そんな二人を出迎えたのは、幾つもの扉が並んだ廊下。芸能界のドラマか何かで見た演者の楽屋か、規模は大分違うが大型の衣料店のずらりと並んだフィッティングルームを想起した。
「それでは、結月様はこちらのお部屋にお願いします。宮舞様はこちらのお部屋になりますね。ご準備はお急ぎではないとのことなので、たっぷり丁寧に行わせていただきますね」
「はい、お願いします」
「は、え、えぇ?ど、どういうことです?何するんですか、マスター…?」
案内した受付嬢に部屋を指示されて、ゆかりは微笑みを浮かべながらそれに従う。対して何も聞かされていないモカは不安そうな表情を浮かべてゆかりに視線を向けた。そんなモカの様子に、しかしゆかりは先程までの微笑みとは少し変わって悪戯っぽい笑いを浮かべると口を開いた。
「ふふっ。それは、そこのお化粧部屋に入るまでのお楽しみということでお願いします」
「お、お化粧…?」
「えぇ。それでは、たっぷり綺麗におめかししてきてくださいね?私もとびきり格好良くしてもらいますから。それじゃ、彼女のこと、よろしくお願いします」
「はい、かしこまりました。それでは、宮舞様。こちらへどうぞ」
「え、あ…。は、はい…?」
微笑みを浮かべる受付とは違う女性に促されるまま、モカは相変わらず晴れぬ疑念を抱えたまま、しかし『マスターのことだから、自分のことを思ってのことなのだろう』と一人納得させて用意された部屋へと入室する。果たして、モカがゆかりへと向けていた想定は何一つとして間違いではなかった。しかし、その想定を超えたゆかりの思いを部屋に置かれた“それ”を見て、思わず口を大きく開けて立ち尽くしてしまった。
「こ、これって…」
案内された大きな化粧室の殆ど中心に置かれていたのは、記憶から外れた少し前、いつか着てみたいと切望していた、涙を流すまでに夢見ていた純白のウエディングドレスだった。
***
「確かに、私達は人間とロイドで、法の下では結婚できないですけれど、そんなもので諦められるほど私の想いは柔じゃないですよ?」
「は、はい…」
「これからの生涯、一生を添い遂げる覚悟でこの式を挙げました。こんなことを今更言うのもおかしいですが…。モカちゃん、結婚しましょう?」
「…ぇ、え、えぇ…っ!?で、でも…!」
「同性婚ですけど、最近ならそう珍しくないですし。女同士なら子供だって作れますから。…まぁ、私は色々至らないものですから、モカちゃんには色々と苦労をさせてしまうかもしれませんけれど。でも、誰にも負けないくらい、モカちゃんのことを大切にしますから…!どうか、結婚してくれませんか…?」
「…い、いいんですか…?」
「…モカちゃん?」
真剣な調子を崩さずに、変わらず愛の言葉を告げるゆかりが顔を上げる。それまで瞳を伏せていたモカもまた顔をゆっくりと上げる。その瞳から、ほろりと涙が零れ落ちた。
「わ、私…、こんなに幸せでいいんでしょうか…?マスターに、結婚しようって言ってもらえて…!私、本当に…、マスターと結婚して、いいんですか…!?」
「いい、いいんですよ…!私、モカちゃんのこと幸せにします…!この身体が空に昇って、灰として地に帰るその時まで、私はモカちゃんを愛すると誓いますから…!」
そのまま二つ三つと続けて感涙するモカと前髪が崩れるのも厭わず額を合わせながら、ゆかりは自分まで泣くのを堪えて優しくも力強い調子でモカに語り掛ける。式の準備が完了したことを告げようとやってきた係員が言葉を詰まらせながら微笑むのにも気づかず、二人はまだ見ぬ未来の幸せを夢見て身を寄せ合っていた。