『明日、ですか?確か7時くらいからマキさんの喫茶店でハロウィンパーティーするんじゃありませんでしたっけ?六花ちゃん、バイトに駆り出されるってむくれてましたよ?』
『まぁそうなんですけれどね。それがちょっと珍しいことに、午後からの予定がまるっと空いちゃいまして。それで、モカちゃんさえよければなんですが、折角だからパーティーの前に少し楽しみたいなと思いまして。街の方で夕方から歩行者天国あるらしいので、一緒に歩きませんか?』
夕飯後、仕事なのか音楽作りなのかノートパソコンを立ち上げて作業に勤しんでいたゆかりは、作業用の眼鏡を外しながら顔を上げてモカにそう提案した。少し季節を先取りしたココアを飲みながら一緒に課題に取り組んでいたモカはゆかりの微笑みに表情を緩ませてその提案を受け入れる。
『いいですね、ご一緒させてください。私もマスターと一緒に街を回りたいです』
『決まりですね。ふふっ、久しぶりのデートですねぇ。楽しみです』
『で、デートだなんて、そんな…!マスター、私をからかうの好きですよね…』
『そんなことないですよ〜。それに今回はちょっとお楽しみもありますから』
『お楽しみ、ですか?』
『そうです。まぁ、詳しくは明日話しますよ』
そう楽しそうに鼻歌を奏でながら視線をパソコンに戻したゆかりの様子に、モカは怪訝そうな表情を浮かべながらもそれ以上どうすることも出来ずに眉間に皺を寄せながら課題に戻った。
***
「…お楽しみって、仮装のことだったんですか。変に身構えちゃって損しちゃいましたよ…」
「モカちゃん、最近遠慮なくなってますねぇ。まぁかえって嬉しいですけども。前は何するにも怯えた感じで謝りながら許可貰いに来てましたもんね。うん、いい傾向いい傾向」
「そ、そんな買われたての話しなくてもいいじゃないですか…!」
そう照れながらじとりと視線を向けるモカを連れてゆかりが訪れたのは『ファッションショップ羽ノ華』と看板が掲げられた洋服店。確かに最近服とかは買ってなかったかもな、とぼんやり思っていたモカの考えはしかし店内に入った途端に鮮やかに裏切られる。普通の洋服は少なくとも今日は店奥にあるようで、その代わりに手に取りやすい場所にあるのは『ハロウィン限定仮装コレクション』と銘打たれた普段なら着るどころか手に取ろうとすら思わない仮装の数々。吸血鬼や人狼といったいかにもハロウィンめいた妖怪のものから、アニメやゲームで流行りのキャラクターの衣装、果ては最早ハロウィンとは何の関係も無さそうなメイド服などまで、様々な仮装が所狭しと並べられていた。
「おいおい、こんな所でイチャイチャしてんじゃないよゆかりちゃん。で、それがゆかりちゃんとこの子?可愛いねぇ」
「あ、ありがとうございましゅ…」
「もう、羽ノ華さん。モカちゃんは私のなんですからナンパしないでくださいよ。あ、紹介しますね。この人がこのお店の店長の羽ノ華さんです。マキさんの親戚なんですよ」
「あ、道理で声が似てるなって…」
「そんなに似てるもんかねぇ…。って、まぁそれは別にいいんだ。今日はどうしたのさ、ゆかりちゃん。いよいよ私の着せ替え人形になる気になった?」
「それはまぁおいおいってことで…。で、今日はモカちゃんのハロウィン衣装を何か見繕って貰えないかなって来ました。着せ替え人形にはなりませんが、私のと合わせて二着ほどお願いします」
「二着で満足する必要ないってのに。まぁ、任されましたー。ゆかりちゃんは適当に見繕ってな?」
「はい?」
そう言って紹介した自身より少し歳上の美人である羽ノ華に、ゆかりは身柄を明け渡すように優しく後ろからモカの背を押した。それに少し驚いてモカが振り返ればゆかりの楽しげな表情とグッドポーズ。正面を向けばわくわく顔の羽ノ華。逃げ場などない。
「ま、マスター…!?」
「大丈夫ですよ、羽ノ華さんは変な衣装も沢山作りますが何だかんだファッションセンスはいいですから」
「変な衣装は余計だっての。私は私が作りたい服作ってるだけなんだからな。まぁ、モカちゃんだっけ?何かしたい仮装とかある?無いんなら私がモカちゃんに合いそうな衣装見繕ってやるよ」
「あ、その、えっと…!は、派手すぎないやつでお願いします…!」
「ふふ、了解。それじゃゆかりちゃん、30分くらいしたら声かけるわ。ゆかりちゃんもその間に選んじゃいなよ。マキの店に行くの考えたらあんま時間かけたくないだろ?」
「そうですね。じゃ、無難に魔女とかの衣装にしますんで並んで変にならないやつでお願いしますね」
「はいよー。じゃ、モカちゃんにはこれがいっか。じゃ、試着室行こうねぇ」
「は、はい…!」
そう言いながらいつの間にか選んだ衣装を手に、もう一方の手でモカの手を引いて羽ノ華は店の側面にそれなりの数設けられた試着室へと向かっていく。ふと視界に入った衣装に緊張と僅かばかりの期待を覚えながらモカは引っ張られていった。
***
「お、流石元がいいだけに似合ってんねぇゆかりちゃん。折角ならもっと露出過多気味だったり丈も短くてもいいと思うけどねぇ」
「寒いし恥ずかしいから勘弁してくださいよ、私もいい歳なんですから…」
そう言いながらもはにかむゆかりの仮装は宣言通りの魔女のドレス。ゴシック調の色合いにゆかりが好きな紫がところどころに見えるもの。羽ノ華は露出が少ないと嘆いているようだが、それでも膝下くらいのスカートに帽子の装飾を付けたカチューシャを頭に添えた少々浮かれた衣装だった。
「まぁここ最近はハロウィンなんて楽しめてなかっただろうし、たまにはいいんでない?んじゃ、モカちゃんの衣装も見ていきなよ」
「お、モカちゃんも着せ替え終わりましたか!どんな感じです?」
そう言って先に衣装に着替えて荷物もまとめてしまっていたゆかりはモカの入っている試着室の扉を開いて、そして思わず言葉を失ってしまった。
「ど、どうですか?マスター…」
モカの仮装は吸血鬼のゴシックスーツ。邪魔にならない程度のマントを羽織りきっちりと着こなされたスーツは、普段の気弱な少女然とした彼女らしからぬ中性的な魅力を醸し出していた。口元には血液モチーフの赤いシールが貼られていて間違いなく吸血鬼の仮装であることを知らしめている。
「ま、マスター…?」
「…か、」
「え?」
「かっこいいじゃないですかぁ、モカちゃん!普段可愛い系ばっかりだから見逃してましたけど、モカちゃんってかっこいい系もイケちゃうんですねぇ!グッジョブ!グッジョブですよ羽ノ華さん!」
「いやぁ、テンション上がっちゃってまぁ。浮かれてるねぇ。まぁ、喜んでるならいいや。良かったねぇモカちゃんも」
「は、はい…!か、かっこいいです、か?私…」
「はい、とっても!」
普段らしからぬ勢いではしゃぎながら褒めちぎるゆかりの様子に、今まで殆ど着たことのない男装に不安を抱えていたモカも安心を覚えたようで不器用な笑みを浮かべた。
***
「それじゃ私も8時くらいにはマキんとこ行くから先に楽しんでな?マキにも遅れるけど行くからって言っといて?」
「分かりました。それでは衣装、ありがとうございました」
「いいってことよ、お代は頂いてんだからさ。まぁ久しぶりのハロウィン、楽しんでいきな?」
「はい。それじゃ、行きましょうかモカちゃん?」
「あ、はい。羽ノ華さん、ありがとうございました。また夜に」
「あいよー」
仮装に身を包んで陽気に羽ノ華の店を後にした2人はそのままの陽気で歩行者天国を開催している大通りへと向かった。裏路地から1本2本と抜けて行くたびに1人2人と仮装する人も増えていき、大通りへと辿り着くころには普段なら悪目立ちもやむ無しといった2人の装いもそれが当然とでもいうように風景に溶け込んでいた。
「人沢山ですねぇ…。モカちゃん、はぐれないように気を付けてくださいね?」
「あ、は、はい。気をつけます」
「それにしても、なんかわくわくしますねぇ。仮装してる人もいっぱいですし、セールやってるお店もありますよ?あ、ほらモカちゃん。ハロウィン特製クレープですって!」
「もう、はしゃぎすぎですよマスター。それに、マキさん達がご馳走作ってくれてるんですからあんまり食べちゃ駄目ですって」
「んぐ…。…あ、じゃああそこのコーヒー屋さん行きません?飲み物くらいならいいでしょう?」
「まぁ、それくらいなら。じゃ、こっちですね。…エスコートしますよ、魔女さま。…なんちゃって」
「おぉ、王子様みたいですよモカちゃん。キュンと来ました」
「…えへへ、嬉しいです」
そんな甘いひと時を過ごしながらコーヒーショップに向かう。幸いなことにテイクアウトはそれほど混んではおらず、時間をそうかけずにハロウィン限定メニューを注文することが出来た。
「えへへ、『魔女の秘薬フラペチーノ』だなんてピッタリなものあるじゃないですか。嬉しくなっちゃいますね」
「ブルーベリーヨーグルト味でしたっけ。美味しそうです」
「モカちゃんは、何でしたっけ?『吸血鬼のご馳走フラペチーノ』でしたっけか。なんか怪しいんですよねぇ…」
「ふふっ。ちょっと冒険、です。ん、ちゅ…。…あ、苺味です」
「あぁ、なるほど。てっきりトマトとか入ってるものかとばかり」
「それはそれで気になりますね。…飲みます?」
「え、いいんですか?」
「そんな物欲しそうな目で見てれば分かりますよ。全部は駄目ですからね?」
「流石にしませんって。ありがとうございます、モカちゃん。じゃあ私からも。はい、魔女さまのお薬ですよ?」
「え…」
そうして何の気なくゆかりから差し出されたカップをモカは躊躇いがちに受け取った。どうやら口を付けるのを躊躇しているようである。
「んぅ?どうしました、モカちゃん?」
「…いや。間接キスだなぁ、と…」
「…今更なに可愛いこと言っちゃってるんですか、もう。本当のキスも、その先もやっちゃってるのに…」
「んぇ…っ!?そ、そんな恥ずかしいこと言わないでくださいよ、もう…!マスターの、からかい上手…」
「えへへ、モカちゃんが可愛いのが悪いんです」
そう意地悪く笑いながらモカから受け取った苺味のフラペチーノの美味しそうにゆかりは味わう。それを衣装には少々不釣り合いな真っ赤な顔で受け止めながら、モカも観念したようにゆかりから受け取ったブルーベリー味のフラペチーノに口付けた。
***
「あ、もう6時過ぎましたか。まだ時間には余裕あるかもですけど段々に向かい始めますか」
「そうですね、何か手伝えることもあるかもですし。…あ、すみませんマスター…。ちょっとお手洗い行ってきてもいいですか?」
「あら、そうですか。勿論いいですよ。じゃあ、そこのベンチで待ってますね」
「はい、すみません」
そう言って角に構えていたコンビニに駆け足で向かうモカの背中を見送りながら、ゆかりは心地よい疲れを吐息と一緒に吐き出しながら行き交う仮装混じりの人々の群れにぼんやりと視線を任せた。任せながら思う。今日は来てよかった。そりゃあモカの学校帰りに合わせての上にこの後の予定も詰まっていたからゆっくりとは言えなかったかもしれない。でも、まるで高校生の頃に戻ってモカと放課後デートしている気分になってとても楽しかった。自分が高校生の頃は親への反発から音楽にのめり込んでいて、とても青春とは言えない日々だったから。街の小さな変化も見れたし、これはお誘いに乗ってくれたモカに感謝しないとな。そう笑うゆかりであったが、
「あ、お姉さん?もしかして、今暇してたりとかしますー?」
「…はい?」
「あー、そんな怒んないでよ。俺らも折角ハロウィンだから楽しみたいんだからさ。どう?一緒に遊ばない?」
そう理想通りに事は進まない訳で。軽薄そうな声色に思わずしかめっ面を上げれば、声色通りに頭の軽そうな、大学生くらいの狼のフードを被った2人組。ゆかりはもう両手でも足りないほどに経験しているナンパの手口だった。
「いえ。私には連れがいますし、この後の予定もありますので遠慮させてもらいたいのですが…」
「あー、そんなこと言わないでって。傷つくなぁ。こんな風に待たせてる彼氏なんてほっぽっても罰なんて当たらないって。折角のハロウィン、お姉さんも格好バチバチに決めてるみたいだし、楽しい方選ぼうって」
「それなら尚更待ちたいんですが。それに彼氏ではないです」
「あ、女友達?なら尚更好都合ですよー!何人かは分からないですけど俺達結構金あるんで遊ぶ分には困りませんから!一緒に遊びましょうって!きっと予定も大丈夫ですよ!」
お前に私の予定の何が分かるのか、なんて突っ込みたくもなるがこれは厄介だ。ゆかりの想定よりこのナンパ師達はしつこいらしい。雑に相手しているが、この様子だと相当に粘られるだろう。これはまずい。もし押しに弱いモカにまで手を出されたら、いよいよ実力行使に出ねばなるまいか。でも、とてもじゃないが2人相手に勝てる筈もない。どうすれば、と悪い思考がゆかりの中でぐるぐると渦巻く。その時だった。
「何してるんですか?」
普段はほわほわして弱気な筈の少女の、凛とした鋭い声が響いた。少し俯いた視線をゆかりが上げれば、吸血鬼のマントを少しはためかせたモカがゆかりと男達の間に割って入る。
「私のゆかりさんに何か御用ですか?」
「ん?君がもしかしてお姉さんの言ってた連れ?へぇ、君も結構可愛いじゃん?」
「ねぇねぇ、歳離れてるみたいだしお姉さんと姉妹だったり従姉妹だったりする?良かったら俺らと一緒に遊ばない?お姉さんも、この娘と一緒だったら安心ですよね?」
「…あの、いい加減に」
「何か勘違いしているようですが」
身勝手なナンパ師達の発言も業を煮やしたゆかりの言葉も遮って、モカはぴしゃりと言い放つとゆかりの腕に手を回して力任せに立ち上がらせた。
「ひゃ…!?ちょ、ちょっと、モカちゃん…!?」
「私はゆかりさんの姉妹でも従姉妹でもありませんよ?」
じゃあどういう関係なのか。そう問おうとする男に不敵な視線を僅かに向けると、すぐにゆかりに向き直ってその唇を奪う。
「んうぅ…っ!?」
「ん、ちゅ…」
一瞬、時が止まったように感じられる。目を白黒させるゆかりと目を見開いた男達を後目に、モカは唇を離して男達に余裕ありげな笑みを見せてゆかりの手を引いた。
「ぷぁ…。まぁ、ゆかりさんと私はこんな仲なんです。もうお相手はいるってことですよ、残念でしたね。それでは失礼しますね。ナンパなら別の方を探してください」
そのまま言葉を失って立ち尽くす男達の元からゆかりの手を引いてすたすたと去っていく。そんなモカに引っ張られる形で男達から引き離されるゆかりは顔を真っ赤にしてモカの表情を窺おうとする。ふと、揺れた髪の間から覗いたモカの耳もまた赤く染まっているのに気付いて、ゆかりは意を決して足を止めた。
「も、モカちゃん?大丈夫、ですか?」
「…あ、あの、マスター…。ごめんなさい…、出しゃばっちゃって…」
「い、いえ!とても助かりましたよ!ありがとうございます!…キス、されたのには、驚きましたけど…」
「い、いいじゃないですか!キスも、その先もやってるってマスターも言ってましたよね!?」
「ちょ…!?そんな大きな声で言わないでくださいよ…!」
「あ、ご、ごめんなさい…!」
顔を真っ赤にして、魔女と吸血鬼の装いを着た2人は好奇の視線に晒されながらも言葉を投げ合う。
「で、でも、すみません…。私が厄介なのに絡まれちゃったせいで恥ずかしい思いさせちゃって…」
「い、いや…!それを言ったら、マスターを1人きりにさせちゃった私にも責任はありますから…」
「あ、い、いえ…。…あ、じゃあ、何かお礼をしないとですね!モカちゃんのお願い、何か1つ聞いてあげますよ!」
「…本当、ですか?」
「え、えぇ!女に二言はありません!」
「…それじゃあ」
***
「あ、すみません。少し遅れました…」
「あ、モカちゃんお疲れー!」
「六花ちゃんこそ、お疲れ様。狼カチューシャ可愛いね。ウェイター衣装もかっこいいし」
「えへへ、そうでしょ?モカちゃんは吸血鬼?かっこいいじゃん!」
7時を少し過ぎて10分程、少し遅れてモカは喫茶マキに姿を現した。普段の女性ものとは少しデザインの違う男性用の制服を着た六花は頭に狼のカチューシャを付けた人狼ウェイターとなってモカを出迎えた。そうして2人で盛り上がっていると、厨房の奥から普段とは違う装いのマキが顔を出した。
「お、モカちゃんも吸血鬼なんだ?私とお揃いじゃんね」
「うわぁ、マキさんの吸血鬼姿凄い似合いますね…!」
「そりゃあ金髪巨乳で身長もある美人さんなんだもん!ヴァンパイアにしてくださいって言ってるようなもんでしょ!いやぁ、目の保養!」
「…六花、何恥ずかしいこと言ってるのかな?罰としてご褒美の特製ノンアルカクテル没収ね?」
「褒めたのになんで!?」
「あ、あはは…」
調理には邪魔にならない程度ながらも確かに吸血鬼と分かる見事な仮装で姿を見せたマキの残酷な発言に目を見開いて驚く六花の様子に思わずモカは苦笑した。
「あ、マキさん。実は羽ノ華さんのお店にお邪魔したんですが、8時くらいに顔見せにいらっしゃるそうですよ?」
「うえっ、羽姉来るの!?」
「え、何かダメでしたか…?」
「いや、問題は無いけどさ。あの人カクテル好きな上に強いから割と付きっきりになりがちなんだよね。ちょっと今からでもきりたん辺りにヘルプ頼もうかな…。…あれ、そういやゆかりは?」
「あ、ちょっと向かいのドラッグストアに寄ってから来るって…」
「ど、どうもー…。遅れちゃいましたー…」
「お、お疲れー。ふーん、魔女の衣装なんだ、いいじゃん。それじゃ、六花。さっき言った通りにゆかり達よろしく」
「はーい!んじゃ、2人とも。こちらの席へどうぞー!テーブル席は埋まってしまったのでカウンターになりますがごゆっくり!」
見計らったかのようなタイミングでゆかりが顔を見せた。魔女の帽子の意匠が施されたカチューシャを一度外して恥ずかしそうに頭をかいたゆかりは、モカと共に立花に促されてカウンターに座る。そうすれば今度はマキが2人を相手取る番だった。
「それじゃ、まずドリンクは何にする?メニューは今日は基本のハロウィンセットに食べたいものがあったら追加で、って感じだけど飲み物は相変わらず自由だよ」
「わ、私はジンジャーエールで!」
「それじゃあシャーリーテンプルでお願いします。スペシャルカクテルはもうちょっとしてからで」
「あいよ、少々お待ち。…ん?ゆかり、首元どうした?絆創膏?」
「あ、い、いえ。ちょっと時期外れの虫刺されを掻きすぎちゃいまして…」
「なんだぁ、らしくないなぁ…。気をつけなよー?」
そう言いながら新品のジンジャーエールのボトルを開けるマキを視界の端に収めながら、モカは意地の悪い笑みを浮かべてゆかりを見る。それを受け止めながらゆかりは頬の赤さを悟られないように必死だった。
***
無防備な状態で受けた強い刺激に抵抗する暇もなく、ゆかりはモカの舌に翻弄されて眦から快感の涙を零した。
「ん、は、はうぅ…!ちょ、モカ、ちゃん…!ここ、街中、ですから…!」
「はぁ…っ。大丈夫、ですよ?流石にキスより先はしません。それに、折角の可愛いマスターの衣装、脱がせるなんてしたくないですから…」
耳元で零される熱の籠ったモカの言葉にぞわぞわとした感覚がゆかりを襲う。今にも腰砕けになって尻もちを着いてしまいそうだった。
「じゃ、じゃあなんですか…?」
「…さっき、マスターがナンパされてるのを見て、凄く悔しかったんです。私のマスターなのに、って。…ねぇ、マスター。私、マスターに私の印を付けたいんです」
「し、印って…!」
「ふふっ、折角吸血鬼になった訳ですからね…。今だけはマスター…ゆかりさんの怪物でいさせてください。…じゃ、付けますね?」
「ゃ、は、恥ずかし…!」
「…愛してますよ、ゆかりさん」
そう呟いたモカは息絶え絶えのゆかりの首元に顔を埋めて、首筋に舌を這わせた。その刺激にさえも身を震わせたゆかりは続けて首筋に走ったぴりりと僅かに痛烈な快感を受け止めて、自分はいよいよこの愛しい吸血鬼のものになったのだと、仄暗い幸せを覚えてモカの背に回した腕に込めた力をぎゅっ、と強めた。