私も知らない。
私の身体の秘密。
私は、ヒトじゃなかったんだ。
「ど、どうしたの、マキちゃん…!お、落ち着いて…!?」
「ふー…、ふー…っ!」
宮舞モカは動揺していた。いつもと同じように訪れた土曜日昼下がりの喫茶店。普段は朗らかな笑顔で迎えてくれる弦巻マキの声が聞こえなくて、どうしたのだろうかと店内を見渡せばカウンターで項垂れるマキの姿。
『だ、大丈夫?マキちゃん、どうしたの…?』
思わず声を掛けたモカの顔を見て、かっと目を見開いてマキは口を押さえてその場に崩れ落ちた。
『ま、マキちゃん…!?ねぇ、大丈夫…!?』
『こりゃあ、駄目だな。マキ、無理はするなって朝から言ってただろう?今日はもう帰りなさい。帰って熱を測って、あったらちゃんと連絡するようにな?』
『う、うん…。ごめん、お父さん、モカちゃん…』
膝を付いてその場で呼吸を整えるマキを支えながら、モカは厨房から顔を見せたマキの父親に視線を向ける。
『お父さん、すみません。マキちゃんのこと、家まで支えてあげてもいいですか?』
『いいのかい?僕としては助かるから全然構いやしないけど』
『なら、家までちゃんと送り届けます。安心してください』
『じゃあ、マキ。エプロンだけ渡してくれ。モカちゃん、荷物とタクシー代持ってくるから少し待ってもらっていいかな?』
『はい!マキちゃん。大丈夫?』
『う、うん…。ほんと、どうしちゃったんだろ…』
そんなやり取りを経て、モカとマキは弦巻家へとタクシーで向かう。しかし、その間もマキの高熱と呼吸の荒さは一向に収まる気配を見せず悪化するばかりの様に思われて、モカはいっそこのまま病院に向かうべきではないかとさえ思えてくる。しかし、マキに『大丈夫だから、家まで急いで』と言われて従うままに家路を急いでもらった。
二人分の荷物とマキをどうにか家に運び入れ、病状芳しくないことこの上ないマキも奥の自室へと運び入れた。そのままモカはリビングからどうにか体温計を探し出してマキの元へと戻る。
「マキちゃん、体温計持ってきたよ。あと、何か欲しいものある?お水とかなら今から採って、きゃ…っ!?」
「っは、はぁ…!も、もか、ちゃ…っ!」
一度行儀よく閉めた扉を開いてマキの元へと戻ったモカは言葉を失うことになる。先程までぐったりと身体をソファに沈めていたマキは、相変わらず体温も呼吸の荒さも快方には向かっていない。しかし、その筈のマキがゾンビ映画の怪物か本能のままに獲物を襲う肉食動物の様に素早く力強い動きでモカに迫り、そのままその身体を壁に押さえつけてきたのだ。
「ど、どうしたの、マキちゃん…!お、落ち着いて…!?」
「ふー…、ふー…っ!」
「ま、マキちゃ…、っ!?ひ、ひぇ…!」
モカは必死になってマキを落ち着かせようと声を掛ける。しかし、マキは荒く呼吸を繰り返しながら、今まで見せていた優しく朗らかな雰囲気を微塵にも感じさせない殺気立った荒々しい表情で睨みつけてくるだけで、モカは思わず気圧される。そして、モカはこういうときだけ無駄に働く観察眼で気付いてしまう。血走った眼が、明らかにそれだけではない赤みを帯びていて。己の手首を拘束するマキの手の力がいつもより強く痛いくらいになっていて。何より、普段は笑顔を見せる唇の端から、明らかに人間のそれよりも鋭く長い犬歯が覗いていることに。
***
一方のマキも、自身の身体の変調に恐怖と違和感を覚えながらも、無力にもそれに成すがままにされるしかなかった。朝から身体を襲っていた貧血めいた頭痛や倦怠感、息切れも起こった。でも、それほど重篤ではなかったから普通にしていればよくなるだろうとバイトに向かうも一向によくならない。しかも、貧血だろうはずなのになぜか体温が上がり呼吸も荒くなった。どうにか昼食時の少し忙しくなる時間帯は切り抜けたが、これはまずいと父に話に行こうとしたタイミングで訪れたモカの姿を見た時、体温が一段階上がったように感じられた。呼吸も荒くなり、心臓の鼓動もその速さを増すばかり。父親とモカの会話も碌に聞こえないが、自分が迷惑をかけているのは何となくわかる。申し訳なくて仕方がない。
そんな申し訳なさも吹き飛んでしまうほどの衝動に見舞われたのは、父親の呼んだタクシーに荷物を積んでくれたモカが身体を支えながらタクシーに乗せてくれた時のこと。肩を貸してくれたモカの首筋から香る匂いにきゅう、とお腹の奥から音が聞こえた気がした。タクシーの隣で心配そうにこちらを覗くモカの表情に申し訳なさを覚えるよりも先に飢餓感が思考を支配する。モカ自身の香りと汗の香りの混じった芳しい匂いも、まだ残暑の残る季節故かそれなりに薄い服装から覗く白く細い腕の柔らかさも、暑さで僅かに赤みがかった首筋も、今のマキにとっては余りに劇物だった。
(…なんだろう、モカちゃん、“美味しそう”…)
唾液が口の端から溢れそうになるのをばれないように、何とか隠しながら喉の奥に収める。それでも切りなく滴ってくる唾液にいよいよ危ない考えが頭を過ぎる。それを悪いと諫める理性は果たして今のマキにはなかった。不安げなモカの心配も無視して、マキは家へとモカを誘導する。そのまま辿り着いた家に、モカに支えられながら部屋へ。「体温計取って来るね」と部屋を後にしたモカの背を見送り、熱に浮かされた頭で身体の様子を見る。普段よりずっと熱量を帯びた身体は、しかし朧げな思考を除けば普段と変わらなく動けるだろう。ともすれば、いつもより力を帯びている気さえする。否、確実にいつもより力が満ちている。飢餓感を抑えるために右手で握っていた左手首の痣は普通にそうするよりも余程濃い。痛みを伴って訴える口内の違和感にも不思議と恐怖は覚えなかった。もし、この力を以て自身より力の弱いモカを襲ったらどうなるのか。やってはいけないと警鐘が鳴るのに、それを遠ざけるようにきゅるる、と確かな空腹の音が響いて仄暗い征服欲が脳を満たす。
「…キちゃん、体温計持ってきたよ。あと、何か…」
あぁ、愛しのあの子の声が聞こえる。何も知らない、無防備で可愛らしいあの子の声が。微かに残る理性の制御も振り切って、本能はマキを欲望の奴隷へと駆り立てる。マキは衝動のままに、怪物へと成り果てた。
***
「ま、マキちゃん…?こ、こわいよ…?どうしたの、その、歯…」
予想だにしない目の前の事態に怯えながらモカは恐怖と困惑で震える声を、マキが興奮しながら見つめるその喉から絞り出す。しかし、その発言は意味を為す言葉の羅列としてマキの耳には届いていなかった。それよりも、確かな健康的な身体として蠢くモカの喉元の肉に欲望を煽られる。ごくり、と確かにマキの喉が鳴った。
「ひっ…!?ま、マキ、ちゃ…」
「は、はは…!ごめん、ごめんねぇ、モカちゃん…!」
明らかな欲望の気配に怯えた様子を見せるモカに対して、マキは僅かな理性からの謝罪を零した。しかし、その謝罪も嗜虐的な笑みと共に零されたところで何ら意味のある言葉として働くことはなかった。モカの眦から雫が頬を伝って零れるのも意に介さず、マキはモカの白い喉に舌を這わしてその筋肉の震えを感じ取る。そこから感じるモカの汗と血の香りにいよいよ枷が利かなくなったマキは、最早何の欲かも分からぬまま衝動に従ってモカの首筋へと長く鋭くなった牙を突き立てた。
「…っ!?ぃ、痛…っ!い、いたいよ、ぉ…。ま、マキちゃん…」
親友の変貌と彼女がもたらした鋭い痛みに対する恐怖に震えながらも、モカは僅かな望みを託して痛みを堪えながらマキに声を掛ける。どうにか理性を取り戻してほしい、と。しかし、その甘い願望を打ち消すように、マキは喉から滴り落ちる鈍く赤いモカの血液に夢中になっている。異常に発達したマキの犬歯によって貫かれた肉孔から溢れる血流は火口から山肌を下る溶岩の様に白い肌を流れ落ち鎖骨から胸元へと向かう。マキは貪欲にも傷口から牙を抜き取って鎖骨のその先を目指そうとするその血液を、同じくらいに赤くぬらめく舌先で掬い取り自身の口内、そして喉奥へと流し込んでいく。
「ぁ、は、はうぅ…っ!」
「ふ、ふぅ…!も、もかひゃ、ん…!」
相変わらず茹る頭ながら、マキはモカの血液を喉に流し込むその度に自身の飢餓感が段々と薄れ、代わりに猛烈な多幸感が思考を埋め尽くすのを感じていた。ただ鉄臭く不快感しか覚えなかったはずの血液は果汁100%のフルーツジュースの様に濃縮された甘みを伴って口内に飛び込んできてそれがたまらなく心地よい。マキは傷口の深さに対して少々流れる量の多い血液を舐め取っては嚥下し、次第に鎖骨から昇って自身の穿った傷口付近、果ては傷口そのものに舌を這わして甘露を貪っていった。
「ぁ、ふ…?ん、んぅ…っ!ひ、な、なん、なに、これぇ…、っ!?」
一方のモカも、薄れてきた痛みを代替するように身体を襲ってくるむず痒い感覚に困惑を覚えていた。マキに襲われた驚きや恐怖を堪えるように耐え忍んでいたモカが覚えたその感覚は、時折襲い来る、同年代の少年少女も悩まされる性欲の気配の様で。自身の身体の異変を冷静さを取り戻しつつある脳内で必死に否定する。仮に痛みを抑えるための代償的なものだとしても、それを快感に置き換えるなどまるで変態の様ではないか。そんな年相応の羞恥心に駆られて遂には快感を否定すべく痛覚さえ拾おうとするも、馬鹿になったのか言うことを聞いてくれないモカの身体は傷口を舐め上げるその感覚さえも心地よい痛痒さに変換して下腹部に甘い疼きをもたらした。
「ゃ、ら、らめぇ…っ。おかし、こんなの、おかしい、よぉ…!」
次第にマキに襲われた当初に感じていた恐怖や困惑、痛みとは違う感覚でモカは身体を震わせる。マキの舌が肌を濡らす度、零れ落ちる血液が不思議と心地よい温かさで拭われる度、偶に硬く鋭い感触が塞がりかけた柔肌を掠める度、モカの奥底が熱く疼く。甘い熱を伴って下腹部が湿り気を帯びていくその感触に、恥ずかしさゆえの対抗心も次第に揺らいでいき、いつしかモカは敏感になった首筋への刺激を求めるように首筋を張って喉元を晒していた。そして、
「ん、ちゅ…。モカちゃ…、んっ、ちゅぅ…っ!」
「ひ、んぁ…っ!ま、マキ、ちゃ…!ん、んぅ―――――っ!!」
滴る血によって塞がれた傷口の上から吸血鬼の口付けが落とされた。それまで流れていた血の赤に取って代わるように皮膚に赤い花を咲かせたその痛みに、最早知らず知らずのうちに快感を望んでいたモカの身体は目聡く反応した。敏感な肌には些か強いそんな刺激の中にさえ疼きに疼いたモカの身体は甘い熱を見出し、気付けばモカは見出した快感に負けない程に熱い蜜を秘奧から弾かせ下着をじゅわ、と溢れる愛液で湿らせた。
「ぁ、あ、は、はうぅ…」
「ふ、ぁ、はあぁぁああ…」
気付けば、マキは壁に背を預けて荒い呼吸を整えるモカに半ば身を預けるようにして恍惚に浸っていた。しかし、多幸感を代償に飢餓感を失って冷静さを取り戻しつつあったマキの頭は次第に現状を理解していく。
「ぁ、あ…?…っ、あ、あぁ、ああああぁぁ……っ!!?」
それまで熱く茹っていた思考は、突如として襲ってきた後悔と恐怖の念で急速に冷え込んでいく。興奮と多幸感からくる身体の震えも、今や自責がもたらすものにすり替わっていた。
「も、モカちゃん!だ、大丈夫…!?わ、私、何して…!」
涙を目に湛えて息絶え絶えのモカの様子に後悔の念が押し寄せたマキは縋るようにモカに声を掛ける。罵っても軽蔑されても一向に構わないから、せめて彼女の安否を確認したかった。あわよくば、無事であってほしかった。
「ま、マキちゃん…」
「大丈夫…!?大丈夫じゃなかったら、病院とか…!」
「す、すごか、ったぁ…」
そんな風に焦っていたものだから、襲われたモカが恍惚の表情を浮かべて甘く蕩けたような声を上げたことに対して、マキは困惑するほかなかった。
「も、モカ、ちゃん…?」
「きもち、よかったの、マキちゃん…。で、でもね…・まだ、たりないの…」
その困惑さえ知らぬ様子でモカはうわ言の様に呟きながら、ふわりとしたスカートに包まれた脚をはしたなく開いて自身の濡れそぼった下着の中央に指を這わす。ぐちゅり、とはしたない水音がマキの部屋に響いた。
「ぁ…、はう…っ。ひぅん…!ぁは…っ」
「ちょ、モカちゃん…!そ、そんなことしないで…っ!」
「ぇえ…?ふっ、や、やぁだ…。マキちゃんのせい、だもん…」
顔を真っ赤にしながら慌てふためいて制止を訴えるマキに、しかし淫らに溶けた笑みを浮かべながらモカはその制止を振り切った。そのまま最早意味を為さない程にぐしょぐしょに濡れた下着の布地をずらして、微かにまとまった秘毛が添えられた淫裂の浅瀬に指先を挿し入れる。指先が往復する度にモカの下腹部からくちゅりくちゅりと鳴り響く煽るような水音に、マキの冷静な部分も次第に淫熱に炙られて消え去り、呼吸も荒く激しくなっていった。
「ね、ねぇ、マキちゃん…っ!あっ…、ぅん…っ!もし、もしも…ね?私のこと、気にしてくれるなら、さ…。んぃ、ぁあ…っ。お願い…。もっと…、もっと、私を、気持ちよくしてぇ…?」
「そ、そんなこと…!」
「…ふふっ。気にしなくて、いいんだよ…?ちょっと痛かったけど…、私の血、もっと飲んで…?私、大丈夫だから、さぁ…?」
辛うじて体裁を支えるマキの残り少ない理性も、煽るように縋るように潤ませながら見つめてくるモカの瞳と彼女の指先が奏でる淫蕩の水音に遂に決壊したようだった。遂にマキは緊張で強張った表情を歪めながら遂にそれまで触れないように留めていた手を勢い任せにモカへと伸ばす。そうして手首を強く握ってモカを立ち上がらせたかと思うとそのまま勢い任せにベッドへと放ってみせた。
「きゃ…っ!」
「…っ!も、モカちゃんも、悪いんだからね…!あんなに煽るから…!だから、もう、私も止まらないからね…!」
険しい表情で自分もベッドにあがりながら襟元が血で僅かに汚れた喫茶店の制服に手を掛けるマキの様子に、僅かに驚いたモカもすぐに淫らに蕩けた笑みを浮かべながら緩慢に自らの薄着に手を伸ばした。
***
「じゃ、じゃあ…!今から襲うからね…!?血も貰うから…!」
「うん、来て…。もう、私も我慢できない、かも…」
身に付けていたもの一切を剥ぎ取り一糸纏わぬ姿になった二人が興奮で顔を赤く染めながら言葉を交わす。僅かな理性が残す後悔に苛まれながらも興奮も同時に抱えながらの硬い表情でモカに覆い被さるマキに対して、あとはもう快楽に溺れてしまえばいいだけのモカは惚けた表情でマキに微笑みかける。それに一層緊張を煽られて、マキは強張った指先を一先ず溶けたように愛液の滴り落ちるモカの淫裂に伸ばした。
「ん…、あぅ…っ!」
「ど、どうかな…?もっと激しくしていい…?」
「ぅん、いいよぉ…。マキちゃんの激しいの、頂戴…?」
半ば怯えたようにモカの身体を弄るマキの様子に、モカは快感と同時にもどかしさも覚えていた。そんな彼女の枷を外したくて、モカは身体をくねらせながら煽るようにマキに呟く。扇情的なモカの姿にマキがごくり、とその喉を鳴らした。
「も、もう、仕方ないなぁ…!やりすぎても、私、悪くないからね…!?」
「ぁ、あぁ…っ!い、いぃ…!マキちゃん…!もっと、もっとぉ…!」
覚悟を決めてひとつ奥まで押し進んでかき乱す激しさも増したマキの指にモカは一層高い喘ぎを漏らしながら恍惚の表情を浮かべていた。膣壁をマキの指が叩くたびに広がる快楽の波がモカの欠片ほどしか残っていない理性を一層蝕み、快楽の坩堝へとモカの思考を沈めていく。マキの緊張も段々と解れたのか指の動きが滑らかになっていくように感じられて、モカは笑みを一際蕩けたものへとしながら快楽の奔流へと身を任せていた。そんなときである。
「ぁ、あふ…っ。んう…、っ!ぃ…っ!」
「ぇ、あ?…っ!も、モカちゃん…!ご、ごめ、ん…」
モカが明らかに快楽以外の何かで表情を歪ませた。それに一寸遅れて気付いたマキは違和感を覚えて抜いた指先が赤く染まっているのを見て反射的に謝罪の言葉を口にした。それは間違いなく純潔が奪われた証であるからだ。
「ぁ、い、いいよ?マキちゃんになら…。マキちゃんは大切な人だし…。むしろ、あげたかったくらいで…、マキちゃん…?」
そんな不慮の事故もモカにとってはさしたるものではなかった。マキから与えられる快感に少しのスパイスが加わっただけ、それも今まででも十分すぎるほどに身体を侵してくれた途方もない快楽に特別な感情が乗ったように感じられて、モカは快感と同時に幸福感で心を一杯にしていた。しかし、そんなモカの傍らでマキは鮮血と愛液で濡れた指先を見つめているだけで。
「マキちゃん…?」
「モカちゃん、の、初めて…」
ぺろり。心配そうに見つめるモカの視線の先でマキはおもむろに赤と白で彩られた指先に舌を伸ばした。
「ゃ、ちょ、ちょっと…!?マキちゃん、汚いよ…!?」
「ぁ、は、はぁ…」
困惑と羞恥で思わず声を上げてマキが指先を舐めるのを止めようとしたモカの声は、しかしながらマキの耳には届いていないようだった。
———モカちゃんの初めて。私が、奪った。
ずぐん、と途端に身体の奥が熱くなる。それまでどうにか残っていた理性が急速に焼き切れていくのを感じる間もなく、それまで鳴りを潜めていた飢餓感が途端に目を覚ましていた。
———私が、初めて。モカちゃんの初めて。私の、私のモカちゃん…っ!
「ま、マキちゃ、…っ!?や、マキちゃん…っ!?」
「モカちゃん…っ!モカちゃぁ、んっ!!」
押し倒す体勢は先程までとそう変わらないが、蕩けた思考を僅かに冷静にしたモカと、逆に本能に理性を飲まれて欲望の獣となったマキという形で立場は大きく変わった。
「はぁ…っ!モカちゃんの血…!モカちゃんの、はじめて…!」
「あ、ぁああっ…!そ、そんな…っ!きたな、い、からぁ…!」
先程まで指先を染めていた赤と白で塗れたモカの鼠径部に、マキは顔を埋めてどちらも残さず収めると言わんばかりの様子で唇と舌を這わす。確かに熱い舌が肌を撫でる感触や僅かに牙が掠める心地よさ混じりの痛痒さのもたらす快楽は感じるが、それ以上にマキを汚してしまうのではないかという恥ずかしさと困惑で口からは制止を求める声が漏れる。
「は…、あは…!おいし…。ん、ちゅ…、じゅるる…!」
「あんっ…!や、やぁ…!ま、マキちゃ…!あぁ…!」
しかし、マキが止まる気配はない。ひとしきり秘唇の周囲を舐め終えると、余すことなく味わおうとでもいうのかモカの秘唇に口付けて滔々と流れ落ちる愛液と次第に薄まっていく血の味を堪能する。潤っていくマキの喉とは対照的に、一段階強まった快楽に嬌声も高くなったモカの喉は擦り切れるように枯れつつあった。尤も、当人であるモカでさえ快楽の強さに自覚するまで相応の時間を要したのだから、欲望に駆られたマキにそれを理解する余裕などなかった。
「ぁ、あぅ…、ふ、ぅ…!」
「ちゅ、れる…。ふぅ…、…足りない。モカちゃんの…、私のモカちゃんの血…」
モカが自身の喉の異常を自覚したのは、殆ど無味になるまで血液混じりの愛液を飲みつくしたモカが秘裂への責めを一段落させた頃だった。弱まった責めと比例する快楽の収束にモカの呼吸も一先ずの落ち着きを取り戻した。困惑と羞恥が一時支配し、それを塗り潰すように快楽が襲っていた思考も、少しずつ靄を晴らそうとしていた。
「は、はぅ…、ふぅ…、っ!?くぁ、きゃん…っ!?」
「は…!もっと、もっと気持ちよくしてあげる…!モカちゃん…!」
しかし、その思考に再び快楽の靄を掛けようとするのが、獣欲に支配されたマキの襲撃だった。それまでモカの腰より下に居を構えていた身体を丁度モカの身体に重なるように動かして、マキは自らの鼠径部を、秘孔を、胸元をモカのそれに押し付けるように華奢な身体を幾分か力の増した腕で抱き締める。そうして触れ合った身体を前後上下に蠢かせて、汗ばんだ互いの身体を、碌に触れられていないのにぷくりと膨らんだ胸元の蕾を、愛液滴る互いの秘裂を擦り合わせながら淫靡な水音を奏でていく。
「ぁ、はぁ…っ!モカ、ちゃ…!きもちいぃ…?私、上手に出来てる…?んぅ…!」
「あ、あぁ…っ!マキちゃん…っ、マキちゃぁん…っ!い、いいぃ…っ!いいのぉ…、っ!」
「あ、はは…!やった、ぁ…!んぅん…っ!モカちゃん、モカちゃ…っ!!ん、ちゅ、ぅ…!」
「は、ぁ…!ぁむ、ちゅ…!」
そして、僅かに正気を取り戻しつつも快楽で脳を蕩けさせていたモカが、与えられたその気持ちよさに耐えられるはずもなかった。すぐに与えられた快楽によって理性を融かされたモカは、自身の本能に従うまま快楽を強請るようにマキの背に腕を回しながらその名を呼ぶ。自身の名と共に快楽の悲鳴を漏らすモカの様子に興奮を煽られたマキは、名前を呼ぶのも絶え絶えに、代わりにその唇を自身のそれで奪う。先程まで自身の秘裂を舐っていたものであるのも構わずに、モカはマキの唇を受け入れて挿し込まれた舌に自身のそれを重ね合わせて、熱く絡ませる。全身で相手を受け入れて互いに昇り詰める二人の淫らな重なり合いは、眦から快楽の涙を流したモカの様子に満足したようにマキが唇を離すまでの間止まることなどなかった。
「んぅ、む…!ちゅる…、ぅ、じゅ…!はぁ…っ!も、モカちゃん…!じゃ、じゃあ、吸っちゃうよ…?モカちゃんの血…!いいよね?モカちゃんも気持ちよくなりたいよね…!?」
「んむぅ…、ちゅ…!ぁ…!いいよ、マキちゃん…!私の血、吸って…!沢山飲んで…!私も、私のことも、気持ちよくして…?」
絡まった舌を解いて重なった身体をくねらせながらも向かい合った二人は、興奮で茹り熱に浮かされた瞳を交わし合って二度目の血の逢瀬を取り決めた。
「じゃ、じゃあ…、やるよ…!?ちゅ、れる…。ふ、ぁ、あぁむ、ぐ…」
「ん、んぅ…!ふ、う、うぅ…」
そしてすぐにその誓いは果たされる。一度牙を突き立てられて、赤く色づいた他の肌よりも一層朱色に染まったモカの首筋にマキは口づけを落とし、その上から更に労るように血色良い舌を塗りたくる様にして舐め上げて、遂にマキの鋭い犬歯が二度目の侵入を果たした。モカの承諾も得て、それどころか強請るように受け入れられて、欲望に素直になったマキは一度目よりも僅かに深く牙を刺し貫かせていた。相応の痛みを覚えてモカはその表情を微かに歪ませるも、その後に想像よりずっと早く訪れた甘い疼きにすぐに表情を和らげて下腹部に訪れた淫熱に身を任せた。
「ん、じゅる…。は、あ…。おいしい、よ…!モカちゃん…!はむ…、れる…!」
「ふ…っ!んぅ、ん……。ぁ、ひぅ…っ!ま、マキちゃん…!」
一度目の吸血と同じくマキに襲い来る多幸感は重ね合わせた肌の熱との相乗効果でこれまで以上の快楽としてマキの身体と獣欲を襲い、その快楽に身を委ねるままマキはモカの身体と滴る血液を貪った。滴る血液に舌を這わしながらも無意識の内に重ね合わせた身体を擦り合わせる動きを一層激しくするマキの貪欲さに翻弄されながらも、モカが与えられる快楽が強まったことに喜悦を覚えるのもまた自然の摂理で、痛みで歪ませていた表情を恍惚に変えて一身にその快楽を享受する。
「あ、ぃ、いい…!マキ、ちゃ…!マキちゃん…!」
「ふ、ぅう…っ!モカ、ちゃん…!おいしい、よ、ぉ…!…っ、ぅ…!?」
そう、快感と幸福の海に身を任せていた二人であったが、マキはその中で微かに、しかし確かに自身の身に降りかかった違和感に気付いた。痛みと共に鋭さと長さを増した犬歯に、更に異変が降りかかる感覚を覚える。何か、牙の内側を作り替えられるような感覚。それに僅かな困惑を覚えつつも、同時にマキは本能的な部分で自らの口内を襲う異変が何を望んでいるのかを理解していた。理解させられていた。
「ん、んぅ…?ま、きちゃん…?」
「…モカ、ちゃん…!もし、変になったら、ごめんね…!?」
変になる?何が?僅かに制止して、首筋に顔だけ埋めていたマキの様子に心配するように声を掛けたモカが困惑を浮かべるのも素知らぬ様子で、マキはそのまま自身の唾液とモカの血液で塞がりかけた牙の痕に寸分違わず三度その鋭い切っ先を挿し入れる。
「ん…!あ、ぁう…」
「も、かひゃ…!ん、く…」
幾度目か喉を滑り落ちる甘美な赤い雫に心奪われそうになりながらも、マキは本能が訴えかけるのに従って舐め取り吸っていた今までとは逆に、今度は牙の内側を貫くように仕上げられた細穴を介してモカの内側に自身の血液を流し込んだ。
「ふぅ…、っ!?ひゃ、な、なに…!?ま、マキちゃん…!なに、これ、ぇ…!?」
流し込まれたマキの血液はモカの血管に流し込まれ、そのままモカの身体を急速に作り替えていく。青緑色の瞳に影を差すように暗さのある朱色が差し込まれ、犬歯が僅かに蠢きマキ程ではないがその鋭さを増した。何より、ただでさえ自身の脳内を満たした快感を塗り潰すほどの数段飛ばしの快感と多幸感が押し寄せてくる。最早普通の人間を逸脱したマキの血液がもたらす埒外の効能に、心地良さも気持ち良さも振り切って恐怖すら覚えながらモカは抱き着くようにしてマキの身体の伸ばしていた手に縋るように力を込める。
「や、ぁ…!こわ、い…!こわいよ、マキちゃん…!へん、なの…!」
「ん、じゅ…!は…!だい、らいじょーぶだから…!私に任せて…!モカちゃん…!んちゅ…」
「ふ、むぅ…!ぅ、ん…!れ、ちゅ…」
未知に怖がるモカを少しぶっきらぼうに宥めながら、マキは血液を送るのを一旦やめてモカの唇を塞いでやる。そのまま首筋を零れる血液の様に赤い舌をモカの口の中へ挿し込んで自分より少々薄く小さいモカの舌を絡め取った。そのまま重ね合わせ、嬲り、口内を侵していく。ぱちぱちと頭の中に光を弾かせながら許容量を超えた快楽に溺れるモカに、マキは更に追い打ちをかけるように擦り合わせる腰遣いを激しくしてぱちゅんぱちゅんと腰を弾ませながら秘裂と、その上で開花しかけている秘芽にも耐え難い刺激を与えてやる。
「は、あ、ら、らめ、マキちゃん…!あ、はぅ…!ひ、まき、ひゃ…、ぁあ…っ!」
そこまでしてやればモカの意識は最早限界寸前だった。つい数十分前まで処女であった身体には耐え難い快感でどうにか持ちこたえていた意識の糸はもう解けて千切れるところまで追い詰められている。そして、モカを快感の果てへ導こうとしつつも自身の獣欲にも抗い難さを覚えていたマキは、とどめとばかりに労るように首筋を舐め上げるのをやめてまだ血がほんのりと浮かぶ傷痕へと幾度目かの牙を伸ばした。
「モカちゃん…、それじゃ、いってらっしゃい…!」
がぶり、とマキの牙がモカの首筋を捉え貫いた。
「あ、い…っ、あ、ぁ、ああぁあああ―――――――っ!!!」
瞬間、爆ぜたように抱きしめられた腕の中で身体を震わせながら、モカは意識を捨てて快感の果てへと旅立った。
***
今は亡きマキの母親、弦巻真里は吸血鬼であった。日本ではおろか、世界でも数えるほどしかいない彼女らはしかし高慢な伝聞とは些か異なり、人の中で隠れ住みながら自身の血を絶やさぬように細々と生きる種族であった。真里の家系もまた、その血を絶やさないようにはしつつも人と共存していた。そんな真里は想い人であるバンドマン、徹平との間に一人の女児を授かった。彼女こそ弦巻マキであり、真里は彼女が成長したら、自身の血筋についてどう教えようかと少々の不安とそれ以上の期待を持って暮らしていた。だが、現実は上手くはいかず、真里は病に伏してしまう。せめてもの思いとして、自身の知る限りの吸血鬼の知識や掟をノートに書き記して、真里はマキの父である徹平にそれを託した。どうか自身が血に目覚めた18歳の誕生日にマキに託してほしい、と。
だが、そううまくはいかないのが世の常だった。いつまでも来ない連絡の不在に、嫌な予感を覚えて店を早々に閉めて帰宅した徹平がマキの部屋で見たのは、何一つ纏わぬ姿で身体を重ねながら満足そうに眠るマキとモカの姿だった。口元に添えた手には人間の輪から外れた証である鋭い犬歯の感触があり、それで全てを察した徹平は思いがけず娘とその親友に訪れた事故、或いは事件に頭を抱えてその場に立ち尽くした。すまない、と今は亡き妻の真里に謝りながらも、不思議と表情の緩んだ二人の寝顔を見ていると後悔の念は浮かんでこなかった。せめて二人が目覚めたら、落ち着かせながらあのノートを二人に見せてやろうと徹平は心に誓った。