タイラズマ家 ~子宮妻 東と4人の娘たち~ 分割版 作:eronosuke
最終話 四十四年の絆
1号,2号の出産から、3年程過ぎたある日。
「パパの腕の中じゃなきゃ眠れないよう!」
五号が泣き喚く。
四十を大きく越えた歳になった私の膝上で暴れる末娘は平の遺伝子を色濃く継いだ茶髪の少女だ。
**更年期の波**
「すまんな紫乃」平が玄関で靴を脱ぐ。
コンビニ袋から零れる安物の栄養ドリンクが床に転がる。「今日は残業だった」
私のかつて誇ったプロポーションも無惨に崩れかけていた。
「生理が二十日も来てないの」 声が掠れる。
リビングの鏡台には皺が増えた私が映る。気が付けば五児の母になっていた。
「更年期の方か」彼が呟く。「病院は行ったのか」
「行ってきたわよ」答える唇が震える。「ホルモン療法とかあるけど……正直言って怖い」
「医者はなんて?」
「もう妊娠する可能性は低いって」
「そうか…」
寝室の暗闇で布団の擦れる音。私は枕を抱え込んだまま夜通し泣き続けた。
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**忍び寄る影**
数週間後—。
四号が夕食の皿を落とした。「ママ臭い……」
十歳の娘が眉を顰める。「いつも甘くていい匂いだったのに……」
私は自分の腕を嗅ぐ。確かに以前の麝香混じりの芳香は失せていた。
「汗と加齢臭よ」自分で冗談めかすが声が裏返る。「老けた証拠」
「そんなことないっ!」突然叫んだのは三号だ。「おっぱい大きくてお肌つるつるで……みんなの憧れのママだもん!」
彼女は昔から私のレースランジェリーをこっそり拝借するほどのフェティシストだった。
**母としての葛藤**
その夜遅く、自室でインターネット検索。『閉経 男性 冷める』。画面の文字列が滲む。
携帯のカメラロールを開けば二十年前—華奢だった平が学ラン姿でピースサインしている。
彼が大学ノートに書き殴ったラブレターのコピー。鉛筆で"俺のすべてを君に捧げる"と走り書き。
「もう要らないわね……」ゴミ箱へ投げ捨てようとした瞬間、背後で扉が開いた。
「何してるんだ」平が立ち尽くす。
私の手元の紙切れを目ざとく見つける。「それは……高三の冬に渡したラブレター?」
「燃やそうと思ってた」嘘が喉を裂く。「若い頃の汚点だから」
「待ってくれ!」彼が掴んだ掌には皺が刻まれていた。
「それ大事に取っておいてくれてたんじゃないのか?」
沈黙が痛い。窓外の桜並木から虫の音が届く。
**夜の逃避行**
深夜—。
私はヒールを履き家を出た。マンション階段の踊り場で振り向くと胸元に5号の寝息がこびり付いている。
「どこへ行く?」平の声が背後で響く。
「高校よ」告げると彼が青ざめる。「母校へ?」
「私たちが出会った場所よ」
タクシーに乗り込むと、平が焦ったように滑り込んでくる。
運転手がバックミラー越しに怪訝な視線を寄越す。
窓ガラスに映る老けた自分を掻き消すように目を閉じた。
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**思い出の教室**
母校の校舎は四半世紀以上を経てなお健在だった。
教師用駐車場から忍び込む。夜警ロボットのセンサー網を潜り抜け三階へ。
西日の刺さる廊下で懐かしい匂い—消臭剤と鉛筆削りの粉塵—が鼻腔を擽る。
教室のドアを開け放つ。
蛍光灯の切れた天井。黒板消しの残骸が塵溜まり。
中央席に腰掛けると机上に埃が舞った。
「俺たちここにいたのか……」平の足音が背後で止まる。「紫乃?」
振り向く勇気がない。鞄から取り出したのはあのラブレター。
「ずっと持ってたんだな」彼が歩み寄る。
「汚点なんかじゃない……宝物だった」
「でももうダメ」嗚咽が漏れる。「私……女じゃなくなっていく」
「そんなことない!」彼が肩を抱く。「お前は俺にとって永遠の初恋だ」
埃っぽい室内に重なる吐息。
**最後の告白**
窓硝子に映る四十路夫婦。互いの額に刻まれた歳月。
彼が学生服姿の幻影を纏う。私の胸元に伸びた指がブレザーの襟を捉える。
「覚えてるか? ここで初めてキスした」
「忘れるわけないじゃない」瞳から滴る泪が頬を伝う。「世界が変わって見えるって思った」
「いまも変わらない」彼の唇が私の傷んだ爪先に触れる。
「俺はお前が何歳歳を取っても……子供を産めなくなっても」
声が詰まる。夜風に揺れるカーテンの隙間から月光が差し込む。
「絶対に手放さない」
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**終幕の家族劇**
翌朝—。
「パパ!ママ!」
1~4号が寝室に押し入ってきた。「昨夜心配したんだから!」
1号(25歳)、2号(20歳)、3号(14歳)、4号(10歳)—それぞれの年代で母譲りの美貌を誇る。
「実は昨日ね……」4号が切り出す。「ママが泣いてるとこを見ちゃった」
「僕も!」3号が被せる。
「お父様が必死にお母様を追いかけてましたわ」1号が繋ぐ。
平と私は顔を見合わせて噴き出す。
「じゃあ今から家族デートしようか」平が提案する。
「新しい家族アルバムを撮りに行こう」
末娘5号(3歳)が母のスカートに縋りつく。
「みんなでカメラチェキしたい!」
リビングには陽射しが溢れ、かつての校庭を彷彿させる暖かさだ。
「ママ?」2号が袖を引く。
「昨日の夜、パパママがいなくなった後、皆で電話したの。だけど繋がらなくて心配で……。3号がGPS追跡したらあの高校周辺で止まってたから」
「えっ?」私は蒼ざめる。「まさかあなた達、高校まで追いかけてきたの?もしかして泣いてるところも見られちゃった?」
「もちろん!」四人が声を揃える。「パパとママの青春スポット観たかったしね!」
笑い声が家中に満ちる。子供達の熱が私のこころを芯まで溶かしていく。
「さて出発!」平が車の鍵をジャラつかせる。
「記念すべき五十歳に向けて旅立ちだ!」
次は五十歳—。私達が高校卒業して三十年以上。
新たな軌跡が始まる予感が44歳の東の胸を躍らせた。
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平は過去のすべてに感謝しながら未来の頁を捲り、私は老いた己を受け入れ愛する術を学んだ。
家族という名の舟で荒波を乗り越えれば必ずや春が訪れる。
窓辺に佇む私の老眼鏡越しに映るのは少女時代の幻影ではなく、今ここにある確かな幸福だった。