以下当該作品の概要欄原文ママ。
拙作である「白百合は雪解けに濡れる」のエマ視点です。
メルルちゃんから見れば明るい生活も、エマから見たら……ってやつ。
Gがつくほどの描写ではありませんが、少し肉体的に嫌悪感を催すような描写はあるかもしれません。
加えて前作に引き続き、やっぱりR-15の範囲内ではあると思います。
メルエマの闇の部分はエマから摂取できるんですよ知っていますかヒロああいえメルルが光かというとそんなことはなく二人とも私にとっては闇であり影であり呪いなのですよフフフヒロ貴方はそんな彼女のことを救えますか救えませんよねだって生首になってしまいましたもんねでもやり直せば良いと思っているでしょう実際それでどうにか出来る未来もあるようですが少なくともこの時空では二人は生きながら腐り堕落していくのですよ素敵ではありませんかねえヒロ正しさとはなんでしょうねこんな彼女たちが正しくないとでも言いたいのですかそんなことありませんよねだって二人とも笑っていて嗤っているのですよ貴方のことをええ勿論私のことも嗤っていただいて構いませんよ何故ならこれこそが大魔女たる私が残した最後の魔法ですからねいつしか破裂するとわかっている風船に空気を入れ続けるのと同じくらい自明なことですそれまでの過程を楽しみつつ砂上の楼閣が崩される時の虚無感が最高なんじゃないですかえっ崩されるんですか!?
という、3章目があるかもしれません。ないかもしれません。
「エマさん、それでは、今回の魔女裁判を終わらせましょうか」
最後の死体が発見され、間もなく開催された魔女裁判。
メルルちゃんはボク以外眼中に無いようで、ボクだけを見つめてそう言ってきた。
最後に一人残された彼女は……信じられない、といった視線をボクとメルルちゃんへ交互に向けている。
それもそうだろう。
ボクは皆の心に入り込み、積極的に親睦を深めていた。
メルルちゃんは皆の一歩後ろで安心を与えて、いかにも人を傷つけられない、といった面持ちだ。
どうしてこんな二人が黒幕だと思えるだろうか。
「そうだね、メルルちゃん。」
吐き捨てる様に、自己嫌悪に陥る相槌をつく。
少女からの恐怖と怒りの視線から逃れるため、今回も醜い白へ縋り付くように進行させる。
看守へと指示を出し、自分の手を汚さない処刑が始まる。
「信じてたのに!どうして、どうしてなのよ!」
彼女の慟哭を背に受ければ、胸が苦しくなって、きっと真っ黒であろう内臓を掻き出してしまいたくなる。
今にも事を実行してしまいそうで震える、青白く細いボクの手。
そんな手へと静かに伸ばされる純白の手袋からは、ゾッとする生暖かさの体温が昇ってくる。
例えこれが震えの原因の一端だとしても、その間だけは生きているということを実感させてくれるから、振り払えない。
「エマさん、エマさん。今回、私は上手くやれていたでしょうか?」
子羊の皮を被った醜悪な狼は、自身の行いを顧みることなんかせずに。
ボクからの褒め言葉「だけ」を待ち望んでいる、期待に満ちた顔。
肯定されることを確信している悍ましい精神に、思わず吐き気がする。
蠢く胃の感覚を誤魔化すために、無理に笑顔を作って、メルルちゃんの顔を胸に抱く。
「そうだね、今回は前回より一週間も早く終わっちゃった。よくやったね、メルルちゃん。」
望まれた言葉を、心にも無い言葉を胃液の代わりに吐き出す。
それだけでメルルちゃんは、ぱーっと明るい満面の笑みを浮かべる。
本当に何を考えているんだろう。気持ち悪い。
でも、それはボクも同じか。
二人して、気持ち悪い。
だって、ボクも同じ笑顔をしているんだから。
仕方がないじゃないか。
生き残る。それだけがボクに託された使命。
今のボクが頼れるのは、メルルちゃんだけ。
そして、そのメルルちゃんに命を握られている。
だったら、メルルちゃんに気に入られれば良い。簡単な話でしょ?
ほら、看守に吊るされて、茨で痛めつけられている彼女を見て。
何本ものトゲが体に突き刺さって、皮膚を、筋肉を貫いている。
人工物のような鋭さではない、植物由来の鈍さ残る凶器。
どれくらい痛いんだろう。ボクには想像もできない。
ただわかるのは、その血まみれの少女が泣き叫び、怨嗟の声を撒き散らしているということだけ。
今回も幾人もの少女たちが、それぞれの原罪を象った処刑を受けてきた。
その惨状を目に焼き付け、戒め。
自分は生きている、と自覚するために反芻してきた。
これじゃあ、胸元に甘えてくるメルルちゃんとボク、どっちが主犯なんだろうか。
こんなボクたちの姿を上から眺める彼女は。
ただひたすらに、どうして、こんな目に、と虚ろな目で漏らし続けていた。
理由なんてわかりきっているのに。
胸に刺さり続ける針はそのうちに、つい口から出てしまった。
「キミもしたことじゃないか」
人のことを言えたものじゃないけど、彼女が罪人であることもまた、真実だ。
彼女の過去は事前資料で把握している。
ありきたりな理由で、ありきたりな方法で、友人を裏切った。
そして牢屋敷でも、繰り返し同じことをした。
でも真実だからといって、突きつけて良いものではない。
案の定、彼女の頬は溶け出し、いびつな形に歪んでは狂乱の感情を発露させている。
ボクは今、一人の少女を不完全な魔女に堕とした。
未完成品の行く末は等しく決まっている。
人間からなれはてへと変貌する。ただその過程というだけ。
何度見たって醜悪で、気味が悪く、心底嫌な気持ちにさせられる。
それでもボクは人間であるがゆえに。
いつしか慣れてしまっていた。こんな、人ならざる所業に。
現実逃避の俯瞰か、自分に言い聞かせているのか。
心の声に反応したかのように、メルルちゃんも彼女へと視線を向けた。
かと思えば、涙を流して胸に顔を埋めてくる。
すんすん鼻を鳴らして縋り付いて来る姿は、とても儚げ。
気がついたときにはメルルちゃんの頭を撫でていた。
何を思ったのか自分でもわからない。
ただ、メルルちゃんが純粋に悲しむ姿を見て、胸が苦しくなったんだ。
涙を流すことの出来ない自分の代わりに泣いてくれたから?
苦しみ、苦悩を受け止めて、人間より人間らしい姿に感傷的になったから?
それとも、ただメルルちゃんが望んでいるだろうという打算によるもの?
わからない。わからないけど、これは求められていることだから。そう、自分に言い聞かせて。
地下の保管庫へと血と汚泥の粘液が沈み、赤い蝶が飛んでいく様子を横目に。
みっともなく生き永らえ考えるのは、最後の人間であるボク自身のこと。
ボクに首輪を繋ぐこの牢獄は、いつまで存在しているのだろうか。
何度も考えた苦難は、同じ結論に至る。死ぬまでだ。
そして、その時が訪れることはない。
それが呪いであり、永久に存在する、唯ひとりの完全な魔女だから。
一人とひとり、間に流れる時間は決して等しいものではないけれど。
だからこそ、胸の内が腐りきっていくには十分な時間だろう。
温い血濡れの光景に、ボクの涙はすっかり枯れ果てていた。
数多の少女達の血を吸った花畑に、本土から取り寄せたティーセットを看守に準備させる。
椅子を使うのはボクとメルルちゃん、ついでにゴクチョーの三人で、背丈の高い看守合わせてこの場にいるのは四人。
にも関わらず、紅茶の準備とお茶菓子は五人分。
メルルちゃんは一体何を考えているんだろう。
もしかして、皆への贖罪のつもりなのかな。
鼻に血錆の匂いがこびりついて離れないから、ボクはこれらを食べたところで美味しさがわからない。
メルルちゃんが煎れてくれるハーブティーの方が、匂いが強くて飲みやすいほどであり。
それどころか最近は、看守が作るおよそ食事とは言えない食事を、顔色一つ変えずに咀嚼して飲み込めるくらいだ。
つまり、この場を楽しむ余裕があるのはメルルちゃんだけ。
そんな事も露知らず。メルルちゃんは健気に紅茶の準備をしている。
笑顔を振りまいて、今日のお茶会を楽しみにしていたと話しながら。
独りよがりの茶番。それでもボクは笑う。
だって、そうすればメルルちゃんが笑ってくれるから。
ボクに向ける笑顔は、屈託のない裏も表も同じの貌。
笑顔を向けられたら笑顔を返す。そうやって共感を示して、生きるために笑うんだ。
そう、だよね?
「メルル様、楽しそうなのは良いですけどエマさんの分も忘れないであげてくださいね……」
隣の席で呆れた声色を出すのはゴクチョー。この人……人?も苦労が絶え無いというのは既に知っている。
今となっては二人してメルルちゃんに振り回される同じ立場、同じ目線で話せることから、メルルちゃんより理解出来る。
別にボクは気にしていないのだけれど、ゴクチョーに急かされメルルちゃんは焦って紅茶を注ぎ続ける。
でも、顔は相変わらず人畜無害な笑顔を浮かべていて。
そしてやっぱり、時折手を止めては一人楽しそうにニコニコ笑いかけてくる。
流石に場が進まないからってゴクチョーにどやされてたけど……
とにかく、ボクの笑顔の理由はわかっていないんだろうけど。満足してくれたならそれでいい。
楽しげな雰囲気を纏うのも程々に、口に運ぶ液体と固形物は横にどけて、メルルちゃんと今後の相談をする。
「メルルちゃん、今回はボクたちが直接手を下すことはなかったけど、毎回そう上手く行く訳じゃないと思う。」
「普段は管理者側しかアクセス出来ない場所に拳銃とかは用意してあるけど、万一を考えてボク達だけが干渉出来る倉庫とか用意できないかな?」
今回の提案は正直私情が全てだ。
既に人が殆ど目にすることのない場所をボクたちは得ているのだし、どうせそこを見られたところで大きな問題はない。
ボクの時がそうだったのに加えて、更に改善も行い自分自身の命は守れるようにしている。
じゃあなぜ必要なのか?
いつの日か、彼女たちの無垢な視線に耐えられなくなりそうだから。
自分の手で全てを終わらせてしまいそうで、怖いから。
もし、そういった時に秘密の場所あったなら。
一人で、二人で時間を潰せる。メルルちゃんで『ボク』を殺して、ボクは生きる。
ひどく倒錯した情緒。そういう名の毒が、今のボクには必要だから。
実際、今回は危なかった。
メルルちゃんに危害を加えそうになった囚人の背に、ありったけの弾丸を撃ち込んだら、どれだけスッキリするだろうか。
そんな狂執が付いて離れす、あわや第一の殺人犯がボクになるところだった。
その前に他の囚人が手をかけてくれたから助かったものの、そういった思考誘導をするためにメルルちゃんが行動を起こしたことから怪しまれて。
結果としてそこからパニックの伝染、ボク達が中心となる最も都合の良い展開に持ち込めたけど、危ない綱渡りだったことには違いない。
「それなら、牢屋敷二階のデッドスペースを使うのはどうでしょうか?」
いつもは聞き手ばかりのゴクチョーが珍しく口を開いた。
二階のデッドスペース……そういえば、出入り口のない謎の空間があったような。
位置にして中庭に面しているベランダのある部屋。
あの箇所に疑問を抱く人は多数居たけれど、たどり着くことは不可能だった。
しかし、過去の証拠があの場所に何かがあるという事実を浮き彫りにしている。
「そっか、あの空間を使えばいけそうだね。問題は出入りだけど……」
ゴクチョーと二人で議論する。
上から、下からのアプローチ。それか、無いものを作ってしまう?
工事をするという案も出たが、予算の都合もある。
あまりに大掛かりな物では、今期の生活に響いてしまうだろう。
ゴクチョーがベランダから確認してみてくれない?という冗談は即刻却下された。
それならお二人が木によじ登って壁伝いに入ればいいじゃないですか、などと。
相変わらずの勤務時間外労働アレルギーに、呆れた笑いが込み上げてくる。
二人だけでは埒が明かず。かといってメルルちゃんはこういった話題は苦手。
それでもまあ、蚊帳の外にしたままでは可愛そうだし。
意見だけでも伺おうと、視線をメルルちゃんに移したところ。
まさに目の前で、メルルちゃんが片手のティーカップを逆さまにしている様子を目撃してしまった。
「あうぅ、やってしまいましたぁ。」
わざとらしい、ボクに聞かせるための呟き。
紅茶がメルルちゃんの純白の洋服に降り注ぎ、染みを広げていく。
どういう意図か、というのはすぐにわかってしまった。
「メルルちゃん!」
立ち上がりながら慣れない大声を出したので、上ずった声になってしまった。
それもまた真剣な様子として映るだろうから、ある意味では正解かな。
必要ないとは理解しつつ、テーブルの上にあった水差しを持って駆けつける。
メルルちゃんのやったことは、ボクの気を引くための、子供じみた仕草だ。
わざと失敗して、注目されようとする。
もし火傷をしようと自分の魔法で治せるのに。洋服だって使い捨てなのに。
それを理解してるのに、ボクはこれから行われる行為を想像してしまって。
まんまとメルルちゃんの思い通りに動いてしまう。
そうしてメルルちゃんの「火傷」を心配したボクの頭は、彼女の温かい抱擁に包まれる。
思った通り、紅茶の跡からは火傷する程の熱さなんて微塵も感じない。
片手に持つ水差しを横に起きつつ、メルルちゃんを抱き返して満足させてあげる。
メルルちゃんの体温と、仄かに残る紅茶の温もり。
口に含んでもその熱しか味わえなかった液体は、メルルちゃんという器に注がれると感じ方が変わってくる。
濡れた洋服、その奥に感じるメルルちゃんの柔肌。
ドロドロしてて、甘い毒。絶対に受容してはいけない物をフィルターとして空気を吸っているような。
一息で脳が痺れてしまうくらいの、猛毒。
「メルルちゃん、甘い匂いがする。」
ボクを内側から腐らせる、ボク専用にブレンドされた、ボクだけのおくすり。
湿った布地越しの一回の呼吸では酸素を十分に吸えない。
ならばと深呼吸をすればドンドン思考が蕩けていく。
それで良い。ううん、それが良い。
自然と目尻が下がってしまって、媚びた目線をメルルちゃんに向けていることを自覚してしまう。
ボクの視線に気がついたのか、何かを思いついたのか。
一際輝かしい笑顔を浮かべたと思ったら、ボクを胸から離してしまうメルルちゃん。
思わず物欲しそうな声を出しそうになったが、一足先に準備に取り掛かった姿を見て我慢した。
いつもと変わらないようで、どこか粘着質な雰囲気がある笑顔を浮かべているメルルちゃん。
こんな時は大抵悪いことを思いついたときだ。
証拠として、大して美味しくもない紅茶を再び準備している。
紅茶の抽出時間を待つ間、メルルちゃんはボクを抱きしめ直す。
頬に触れる洋服はすっかり熱を冷ましていて、密着感を強めるだけの湿度が残る。
我先にと体内に入り込む香りも少なくなっていて、どちらかと言えば安心が勝る加減。
ボク達二人だけの時間が流れる中、楽しそうに揺れるお茶の葉を横目にウトウト。
まぶたが重くなってきて、全体重を預けようとした時、メルルちゃんが動き出した。
湯気が立つ紅茶を自分のカップに注いで、蠱惑的な笑顔でそれを持ち上げている。
眠気か、あるいは艶めかしく感じてしまった故の惚けか、何をしていたのか一瞬忘れてしまっていた。
答え合わせは、紅茶の滴る音と、メルルちゃんの小さな喘ぎ声で始まった。
ボクを少しだけ離して、静かに、飛び散らないよう慎重にカップを傾け、逆光に照らされる黄金色が未だ白の洋服に垂れていく。
首周り、鎖骨にたらり。比較的薄地の布はピタリと肌に張り付き、薄くて細い鎖骨を強調させる。
フリルの空間は自重からぐったり沈んでしまって、体のラインに沿って流れていく。
既に乾燥し始めて、黒に近い色素が沈着している胸元にまで広がり。
咄嗟に、あっ、と声を出してしまうくらい、その様子は扇情的だった。
服と体の凹みに貯まる、金に輝く媚毒。
その一部はふるふるとメルルちゃんの震えに合わせて揺れ、こぼれ落ちていく。
行き着く先は、白より白いメルルちゃんの地肌。
繊維に吸われきらなかった紅茶が、汗のように甘さを伴って流れていく。
「エマさん、沢山こぼしてしまいました。どうしましょう?」
いつもの困ったような顔だけしといて、その内面は挑発的に、貪欲にボクを求めている。
自分を抱きしめて、ボクが引っかかるのを今か今かと待ち構えている。
これが罠だとわかっていても、ボクにはどうすることも出来ない。
ただ、メルルちゃんに求められるがままに、ボクのしたいままに動いてしまうだけ。
最初は、ちびちびと舌だけを使って。
メルルちゃんに触れないように、表面を伝う雫を舐め取る。
何も感じないはずの液体も、メルルちゃんを通せば甘露になってしまう。
そのうち我慢が効かなくなって、唇での奉仕に変わる。
服のシワ、装飾の間。奥のメルルちゃんを感じたくて。
まるで、煮詰めたドロドロの砂糖を口いっぱいに頬張っているようだ。
口の中から消えない、どこまでも深い甘さ。ボクの内側に絡みついて、熱を伝え続ける。
「あまい、あまいよぉ」
自分自身、何を言っているのか理解が出来ない。
でも、メルルちゃんが喜んでくれることだと思う。
ボクがやりたいことがメルルちゃんの喜んでくれることだし。
メルルちゃんの喜ぶことがボクのやりたいことなんだ。
顔が濡れても気にしない。蜜に溺れ死ぬのなら、きっとそれも幸福だ。
ボクがボクでなくなっていくのが気持ち良い。メルルちゃんがボクを埋めてくれるのだから。
胸を押し付けられて、呼吸が上手く出来なくて思考が緩慢に溶けていく。代わりに考えてくれる人が居るからそれでいい。
メルルちゃんのことを「ボク」に任せて、ボクはボクで自分を慰める。
こんなにも甘くて、こんなにも気持ち良くて、こんなにも息苦しい。
だから体が勝手に動いてしまうのも当然。自分の体を弄るのは自然。
自分で自分を抱きしめて、メルルちゃんで染まっていないところを染め上げる。
冷たい、寂しい、疼く。切ない、欲しい、足りない。
思いつく限りの言葉でも言い表せないほど、貪欲に求めてしまう。
満ちる寸前、溢れる直前の絶頂手前までメルルちゃんで侵す。
ボクと同じことを考えてくれたのか。
メルルちゃんは抱きしめる力を強くして、二人の境界線を曖昧にさせる。
息苦しさが増し、視界は段々とボヤケて、けれど感覚は鋭敏になっていく。
本能なのか、恐怖なのか、快感なのか。全身が強張ってしまう。
自分の中で渦巻く快楽に翻弄されて、体のコントロールが効かない。
メルルちゃんにコントロールされているわけでもない。
背中をゆったりとしたペースで叩く手の、何倍もの速度で胸が鳴る。
不思議と苦しさはない。けど、落ち着かせる方法も、発散させる方法もない。
余裕なんて一切無いボクの胸中を、メルルちゃんが察せるはずも無く。
次第に体の震えが大きくなり、全てが白に、黒に彩られていく。
苦痛は無いのに怖くて、ただただ絶対に感じられる安心に殺されそう。
もはや正気で居られない、狂気じみた一体感。
底無しの庇護に沈む感覚を振り払うように、半ば暴れながら最後の力を振り絞り。
ボクは、眼の前の餌に齧り付いた。
歯ぎしりするように噛みつくと、じゅわっと甘い香りが口に広がる。
メルルちゃんの味。メルルちゃんの毒。メルルちゃんの、血。
服越しでもわかる。味わい慣れた、しかし記憶のそれよりも常に甘くて、ドロリとしている血。
他の誰の物でもない、メルルちゃんだけの特別。
他の誰の物でもない、ボクだけの特別。
離さない、逃さないと噛みつき続ければ、それだけ犬歯は食い込んでいく。
同時に、メルルちゃんの抱きしめる力は更に強くなる。
自分で自分の首を絞める行為を、二人してやっている。
メルルちゃんに、血に、全身で浸る。
ボクの全身を濡らしているのは、メルルちゃんの血。
勿論そんなのは空想で、願望だ。
ボクの手を洗い流して、罪に塗れて感傷に耽っていたい。
そういった、白昼夢。
ボクたちふたりだけの、どこまでも緩やかな時間。
どちらともなく意識が混じり合い、ひとつになろうとする。
真っ赤で、真っ黒などん底へ。
ふたりっきりの、孤独な世界。
このままずっと、これが続けばいいのに。
間違いだらけの選択を抱えて、ボクは意識を手放した。
朦朧とした意識の中、メルルちゃんが何かを喋っているのが聞こえる。
ボクに向けているわけではないようで、冷たい体を何かが担ぎ上げて、移動させられる。
……寒い。とっても、寒い。
全身が痛むし、それを覆い隠すほどの倦怠感がある。
視界は視界として機能しないで、色を色として認識できない。
ただ揺らされる感覚と悪寒だけが残り、重たい体を垂らしている。
なぜだか、ふとあの娘のことを思い出した。
真っ白で、どこか浮世離れしてて。
皆に、虐められていた娘。
他に思い出すべき事は沢山あるんだろうけど。
今のボクには思い出せない。ううん、もう覚えてないんだと思う。
でも、どうして今更になって思い出したのかな。
ボクの夢想に影響されたのだろう。
肌身離さずポケットに入れていた万年筆が、独りでに花畑に落ちる。
ボク自身もメルルちゃんも、ましてや遠くのゴクチョーにボクを運ぶ看守だって気が付かずに。
熱を持ったソレは、陰りを帯びた牢屋敷を見上げているかのようだった。
満足そうに。嗤っているように。
消えない傷痕を、呪うように。