『聞こえるかい藤丸くん?もし聞こえているのなら、何も聞かずに私の部屋へ来てくれないかな?あー、それと注意事項が一つ──今から私の部屋に辿り着くまで、絶対に女性サーヴァントと接触しないようにしてほしい……理由は到着してから説明するよ』
マイルーム内に響いたダ・ヴィンチの通信は、いつもの軽快な声音でありながら妙な緊張感を孕んでいた。
ちょうど先ほど届いた荷物を片付け終えたばかりだった立香は、嫌な予感を覚えつつも足早に廊下へ出る。
普段なら賑やかな食堂方面から聞こえる笑い声や訓練室の衝撃音も、今の立香にはやけに遠く感じられた。
(女性サーヴァントに会うなって……どういうことだ?)
疑問を抱きながらも、立香は周囲を慎重に警戒する。
角を曲がるたびに顔だけを覗かせ、サーヴァントの気配がないことを確認してから進む。途中、向こう側の通路からエリザベートの歌声が聞こえた瞬間には、反射的に別ルートへ逃げ込んだ。
さらに曲がり角では、廊下の先から酒瓶を抱えた酒呑童子が現れそうになり、慌てて物陰に隠れる。
「……なんでこんな潜入任務みたいになってるんだ俺……」
額に汗を浮かべながら小声でぼやきつつ、どうにかダ・ヴィンチ工房へ到着した。
「やぁ藤丸くん。思ったより早かったね」
部屋の中央で端末を操作していたダ・ヴィンチが、いつも通りの笑みを浮かべて出迎える。
しかし立香はすぐ気付いた。
彼女の机の上には、解析途中と思われる複数の魔術礼装部品と、解体された小箱の残骸が山積みになっている。
「一体どうしたんですか? もしかして特異点ですか!?」
「いや、特異点ではないんだけどね……ある意味、それ以上に厄介かもしれない」
珍しく疲労の滲んだ声だった。
ダ・ヴィンチは深く溜息を吐き、こめかみを押さえる。
その姿に立香の表情も自然と引き締まった。
「今日、君の周囲で何か変わったことはなかったかい?」
「変わったこと……あ」
立香の脳裏に、先ほど届いた荷物が浮かぶ。
「アマゾネス・ドットコムから、差出人不明の荷物が届きました」
「……中身は?」
「小さい箱でした。開けたら煙みたいなのが出てきて。なんか“おじいさんになりたくない”って直感的に思って、とっさに振り払ったんですけど……すぐ消えました」
一瞬、ダ・ヴィンチが微妙な顔をする。
「おじいさん……あぁ、『浦島太郎』の玉手箱イメージか。確かに日本人の君ならそう連想するかもしれないね」
ダ・ヴィンチは苦笑しつつも、すぐ真面目な表情へ戻った。
「でも問題はそこじゃない。問題なのは、その“煙”だ」
そう言うと彼女は大型モニターへ向き直り、映像データを呼び出す。
表示されたのはカルデア内部の監視カメラ映像。一見すると何の変哲もない日常風景だった。
だが、映像処理によって色彩補正された画面には、換気口から薄く広がる透明な靄のようなものが映っている。
「これ……」
「肉眼では見えないレベルまで粒子化した煙だよ。解析の結果、君が開封した箱から漏れ出たものと同一成分だった」
立香の顔色が変わる。
「まさか、もうカルデア中に!?」
「落ち着きたまえ。煙そのものは既に消滅している」
「よ、良かった……」
胸を撫で下ろしかけた立香だったが、ダ・ヴィンチの表情はまったく晴れない。
むしろ、さらに言いづらそうに視線を逸らした。
「……正確には、“消滅”じゃない。“空気に完全拡散して同化した”と言うべきかな」
「え?」
「つまり吸引済みだ。館内の大半がね」
数秒の沈黙。
立香の頬が引きつる。
「…………え?」
「単刀直入に言おう、藤丸くん」
ダ・ヴィンチは静かに立香へ向き直る。
そして研究者ではなく、災害報告を行う責任者の顔で告げた。
「君の元へ届いたあの小箱。その中に入っていたのは──女性サーヴァントの感情と欲求を異常活性化させる特殊な魔術煙霧だ」
「…………」
「簡単に言えば、“好意”や“独占欲”が増幅される………つまり君は犯されるということだよ」
立香の顔から血の気が引く。
「ま、待ってください。それって……」
「うん。君はこれからしばらく、“非常に危険な日常”を送ることになると思う」
ルーレットによるランダムでサーヴァントに襲ってもらいます
なので誰が襲ってくるのかは分かりません